第32話『それはね、もっとこう、愛が必要なんだよ。僕みたいに溢れる愛が!』

「こう?」

「そうそう」


 ハヤはキヨの発動する魔法を見ながら用心深く頷いた。俺たちは今日のキャンプに枯れ枝の薪を集めながら、何となく二人を見守った。

「じゃあ、呪文」

「うん」

 キヨはそう言って目を閉じる。集中したのか、少しだけ光が多く集まったような気がした。

「……レクパラシオ」

 キヨが呪文を唱えると、集まった光が急激に明るく光り出し、そのまま近くにいたコウへと降り注いだ。コウは突然の事に驚いて薪を取り落とした。え、失敗……?

 でもコウは自分の胸を撫でて「おおー」と小さく感嘆の声を上げた。成功だったんだ。

「……できた」

 目を開けて嬉しそうに振り返ったキヨに、ハヤは苦笑する。


「キヨリン、どうせやっただけ疲れるんだから自分にかければよかったのに」


 キヨはそれを聞くと、あ、そっかと言った。でも初めての白魔術を、キヨは意外とあっさりマスターしたみたいだった。少なくとも俺にはそう見えた。


 キヨは本来サフラエルで白魔術の勉強を始めるつもりだったのに、それをこの旅に参加することになったから辞めてきちゃったのだ。でもマレナクロンの図書館で勉強するにつれ、やっぱり白魔術の勉強をしたいという気持ちを強くしたらしい。そこでうちの白魔術師が直々に教える事になったのだ。

 そう言えば旅の間教えるってハヤ自身が言ってたんだもんな。もちろん対価は支払わなきゃならないらしいけど、それがいくらになるのかは俺には教えてくれなかった。


「あーあ、白魔術の勉強妨害して旅に連れてきたのに、僕が教えてあげなきゃなんないなんて」


 ハヤは大げさにうなだれた。みんな笑って見ている。

「でもまだこれじゃ、時間ばっかかかって実戦じゃ意味ねーよ」

 キヨは初めての白魔術成功に嬉しそうな顔をしながらもそう言った。

 うーん、やっぱり違うもんなのかな。そんなに集中するのに時間かかったような気はしなかったけど、でもバトルになると変わるって事なのかもな。ハヤは恨めしそうな表情でキヨを見ると、唐突に肩を組んで引き寄せた。


「キヨリン、そこはそのあと『やっぱりお前がいないとだめなんだ』って言うところでしょ。はい、言って。ドンと受け止めるから」

「お前、それを自分から言わすか普通……」


 キヨは呆れたような顔で苦笑している。


 マレナクロンを出てからの旅はもう一週間を超え、順調に行っているのならこのままあと数日で噂の村にたどり着けるはずだ。

 途中、小さな集落を通り過ぎたけど、ハルさんから聞いた物語が物語だから大っぴらに情報を集める事は出来なかった。まさか「死んだはずの恋人から手紙をもらい続ける女性の話知ってますか」なんて、なんだか失礼過ぎて聞けない。


 ハルさんはそういう噂を聞くと、直接その地へ赴いてそこで本当の物語を仕入れ、それを詩にして歌っているんだという。ただの聞きかじりでない本当の物語を歌うから、なかなか人気があるんだそうだ。そう言えばマレナクロンでもたくさんの人を集めてたもんな。


 この辺りは森が多く、マレナクロン近郊のような見晴らしのいいところとはうって変わって、木々に紛れて進む感じ。山岳地帯はまだ遠いのか、森が多くても山登りには至らないから、馬がいても進むのに困難とまではいかない。モンスターが現れた時に戦いにくいけど、狩りの獲物も多いし結構旅は順調に進んでいた。

 キヨとハヤは焚き火から離れて練習していたが、さっきの成功で一段落ついたのかキヨの勉強メモなどの荷物をまとめていた。


「キヨー、火ー」


 薪を集めてたき火の用意をしていたレツがキヨを呼んだ。キヨは自分の片付けをしながら「ん」と言って指を鳴らした。するとたき火の真ん中に唐突に火が灯った。たき火に近すぎてびっくりしたレツが尻もちをついた。


「ちょっと今の! どうやったの!」

「え? あ、悪い。近くにいると思わなかった」


 キヨは怒ったような声を出したハヤでなく、尻もちをついているレツに言った。レツはあははー……と誤魔化すように笑いながら手を振った。


「そうじゃなくって! 今見もしないで付けたでしょ! しかも呪文なく」


 キヨの炎系の攻撃魔法で火をつけるのはいつもの事だけど、言われてみれば、いつも火をつける時はたき火に向かってたっけ? 呪文を唱えていたかは覚えてないけど。

「あ? ああ、それならだって、別に呪文なくてもイケるのはわかるだろ」

 えーと、メジャーな呪文は集中するために使えるからで、他のは呪文そのものに力はないんだっけ。俺が言うとキヨはそれというように指差した。

「そうそう、よく覚えてたな。魔法を使うのに本当に必要なのは、持ってる力を練って発動する事。だから呪文でなくても集中出来れば大丈夫」

 こういうので、と言ってキヨはもう一度指を鳴らした。指を鳴らす事で一瞬、魔法発動させるために自分を集中させるのか……ハヤは呆れたみたいにため息をついた。


「そんな事するの、キヨリンくらいだよ……もう、変なとこ面倒くさがりっつーか……普通そんな簡単なもんじゃないでしょー?」

「そうか? 黒魔術だったら散々やってるし、ちっさい事ならすぐ出来るよ。でも白魔術は全然……出し方違うから」

 そう言って小さく不満げな息をついた。ただ見てる俺からだと、何の違いもなさそうなんだけどな。


「それはね、もっとこう、愛が必要なんだよ。僕みたいに溢れる愛が!」


 ハヤはそう言ってドラマチックに腕を広げた。体も大きく顔もやけに美形だからまるで舞台俳優みたいだ。みんな笑ってハヤを見る。キヨは苦笑してその脇をすり抜けてたき火に近づいた。

「ちょっとちょっと、キヨリンに言ってんでしょー? 回復系だったら、魔法かける相手全員チカちゃんだと思って発動するくらいでないと!」


 キヨはその時俺のすぐ脇にいて、ハヤの言葉を聞いた瞬間、一瞬だけすごく不思議な表情をした。すごく硬い表情で、何だかおびえているようにも見えた。

 でも俺の脇を通り過ぎた時には、もういつものうんざりした表情で、ハヤの言葉をスルーするみたいに首を鳴らしていた。俺はキヨの後姿を見送った。


 今の、一体どういう事なんだろ。もしかしてハルさんの名前を出されたから? そうなるとマレナクロンで見たあの表情の事もある。


 でもキヨとハルさんって、傍目には何の問題もなさそうな感じだったよな。なんつーか、キヨがあーいうタイプだからあからさまにいちゃいちゃした感じはないけど、でも何となくお互い思い合ってるんだろうなっていう雰囲気はあったと思う。


 ……あったよな? あれ、二人が一緒にいるところって俺が見たのは最初に会った時と、その翌日あの物語を聞いた時と別れる時だけ、か?

 そうだ、ハルさんのところにハヤと行った時はキヨが寝てたから、一緒ってわけでもなかった。でもあの時の寝惚けたキヨに対するハルさんのかいがいしさって、やっぱちゃんと恋人だからだった気がするんだけど。


 キヨは何事もなかったように、コウがご飯を作るため焚き火の近くで石を積んでかまどを作っていた。コウが何かキヨに話している。


「何ボンヤリしてんだ?」

 声に振り返ると、シマがでっかくて黒いモンスターを連れてきていた。まるで巨大サイズの狼のような毛の長いモンスターで、四つん這いで歩いている高さが既に俺より高い。眉間にねじれたような鋭い角が生えていて、目が金色だった。


「今日のベッドだよー」


 シマが言って焚き火近くに腰を下ろすと、狼はシマのすぐ後ろに伏せ、まるであつらえたようにシマが寄りかかるソファーのようになった。レツもちょっと恐る恐るだったけど、後ろ足に寄りかかっている。

 いいなぁ……ただ俺には、絶対大丈夫と言われてもあそこで眠る勇気はないのだけど。


 シマのモンスターはバトルの最中に仲間になる事もある。つまり、まず敵として俺たちに牙を剥いているのを見ているのだ。だからシマが何かあったら、あっという間に食われそうなんだよな……っていうか、あのサイズを使役している獣使いなんて見たことないよ……


 コウはキヨが微調整したかまどにハヤに買ってもらったお気に入りのフライパンを載せて、何か香ばしい香りのするものを炒めていた。何だか伺うようにちらちらキヨを見ている。どうしたのかな?


「キヨくん……」

「あーもう、わかったって」


 キヨの返答に、コウは嬉しそうな顔をして何か大きな葉で包まれたものを手渡した。

「失敗しても知らねーからな」

「大丈夫大丈夫、キヨくんなら出来るって」

 キヨは複雑な顔でその包みを持って焚き火に近づき、唐突にその包みを火にくべた。えええ?


「……ジュールトルカーダ」


 キヨは包みを見たまま小さく呟いた。すると唐突に包みの周りに水蒸気が発生して、包みが見えないくらい真っ白になった。うわ、火が消えちゃう!

「ミストイゾラシォン」

 キヨが重ねて呟くと、白く広がりかけた水蒸気が包みの周りにぎゅっと集まった。包みが濃い水蒸気で覆われたまま、焚き火の他の部分は普通に火が燃えている。どうなってんだ?


「いつまで?」

「んーたぶん圧縮効果があるんで、数分で」


 コウは言いながら皿を用意し、フライパンも見つつ他の作業にも余念がない。不思議そうにシマを見たレツに、シマはわからないと言った風に肩をすくめた。ハヤまで黙って成り行きを見ている。

「おい、そろそろ」

 キヨが声をかけると、コウは金属の皿を使って器用に火の中から水蒸気の固まりを取り出した。キヨがふっと力を抜くと、水蒸気は空気へとけて消えた。コウは慎重に包みを開く。

「おお!」

 感嘆の声を上げてフライパンで炒めていたソースを載せた。

「完成!」


 俺たちが皿を覗くとそこには、香ばしいソースのかかった、香草と蒸し肉のスライスが乗っていた。これってもしかして……


「キヨくんの魔法圧縮蒸し!」


 得意満面のコウに俺たちは一斉に吹き出し、それから爆笑した。ちょ、コウってばキヨの魔法使って料理したよ! しかも二種類使いだっただろ、さっきの!


「ありえねーー!!」

「コウちゃんサイコー!!」

「キヨおつかれ!」

「あー疲れた……二度とやんねー」


 キヨは苦笑しながら後ろ手をついて座り込んだ。

「いやー、キヨくんがあの魔法マスターしたの見てから、一度試してもらいたいと思ってたんだよねー」

 コウはいそいそとパンを用意しながら言った。あ、さっきの魔法ってマレナクロンで勉強して出来るようになったヤツなのかな。一体どんな魔法なんだろ。

「最初のは水属性の魔法でそんなに珍しいもんじゃない。二つ目のは空間分離する魔法なんだ、属性攻撃を生かすために」

 あーなるほど、他に散っちゃったらもったいないから、その空間を分離してそこに属性攻撃を集めるのか。


「しかしそれ見て料理を連想するとは……コウちゃんホント、武闘家辞めてシェフで食っていけるよ」

 シマの言葉にコウは笑って、まず最大の功労者にと言ってキヨに肉の皿とパンを回した。キヨはパンを取って肉を挟む。

「ハヤのは白魔術だから補助魔法じゃん、ズルイよなー俺みたいに使われる事ないし」

「団長が補助したら、蒸し肉が茹で肉になっちゃうよ」

 レツがそう言って笑う。コウはそれを聞いて、それもいいかも……と呟いた。

「やらねぇよ! っつか、長時間キープするもんじゃねーっつの!」

 思いっきり裏拳を決めたキヨに、美味けりゃいいじゃんとコウが言ってみんながまた笑った。


 確かに、生まれて初めての魔法蒸しは美味しかった。

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