第31話『もっとこうぎゅーーーっと抱き合って、もう離れたくないーーみたいな、そういうのを期待してたのに』

「全部用意できた?」

「うん」


 俺たちは馬に荷物をくくりつけた。なかなか上手くいかなかったけど、シマと二人がかりで何とかできた。全員分の馬を用意する事はできなかったから、普段は荷物を運ぶ用だ。二頭の馬は濃い茶色と淡い栗毛の馬で、なかなか大人しかった。

「おまたせー」

 声に振り返ると、食料を買ってきたコウとハヤが戻ってきた。途中で会ったらしきキヨとハルさんも一緒だ。食料を全部積むと、さすがに馬も大変そうだ。ちょっと買い込みすぎたんじゃないかな……しばらく食事に期待できそうだけど。


「そしたら、行くから」


 荷物をまとめたキヨはそう言ってハルさんに向き直った。ハルさんはちょっとだけ拗ねたようにも見える心配そうな表情をしていた。なぜだかキヨは、少し寂しげで穏やかな笑顔だった。


「……無茶なことしないでね」

「うん」

「魔法を過信しちゃだめだよ」

「うん」

「お酒飲み過ぎないように」

「うん」

「あとー、あとー……」

「ハルチカさんも、お腹弱いから気をつけてね」

「そんな事はいいんです」


 ハルさんはそう言ってキヨの頬を優しくつねった。そのままキヨの髪をかき上げ、首筋を引き寄せておでこをくっつける。それからハルさんはため息のような吐息をついた。

「あー、ヨシくんが歌い手になって俺と一緒に旅してくれればいいのに」

 キヨは少し吹き出した。

「俺が歌ったら、せっかくのハルチカさんの音楽めちゃくちゃにしちゃうし」

 そう言って顔を上げるキヨに、いやいやそんな事はないですよとハルさんは真面目な顔で言った。それでもキヨは穏やかに微笑んだままだった。

「じゃあ、またね」

「……うん」

「みんなも、元気でね」


 俺たちは手を振りながら城門を出た。ハルさんはいつまでも手を振って、見えなくなるまで俺たちを見送っていた。


「意外とあっさりなんだね」


 ハヤの言葉に馬を引いていたキヨはチラッと視線だけ送った。

「もっとこうぎゅーーーっと抱き合って、もう離れたくないーーみたいな、そういうのを期待してたのに」

 ハヤはそう言いながらドラマチックに自分を抱きしめた。

「それだとキヨが旅に戻らなくなっちゃって困るよ」

 レツが笑いながら言う。うんざりした表情のキヨは冷たい視線をハヤに送り、「するわけねーだろ」と小さく言った。


 そりゃまあ、キヨがそんなんだったら俺もみんなも驚くだろうけど。それよりも俺はキヨのあの穏やかで寂しげな笑顔の方が気になっていた。


 ハルさんの表情はわかる。キヨをまた冒険の旅に出すのを心配して、できれば一緒にいたいって思ってた。だから拗ねたみたいなあんな表情だったんだ。

 でもキヨの表情は……何となくだけど、あれって好きな人と別れる時の表情じゃなくないか? 寂しいのはあると思うんだけど、でもなんか……なんて言っていいのかわからないけど、なんだかキヨの表情は諦めているみたいに見えた。キヨは、何を諦めているんだろう……


「まぁ、そんな言うなら昨夜までにそういう事は済ませたんだとして、一昨日と昨日でこなした全体位を告白したら許してあげる」

 ハヤはそう言ってキヨの肩を乱暴に組んだ。

「はぁ?! お前は何言ってんだよ!」


 キヨは何だか赤くなってハヤを振り払おうとしたけどハヤはがっちり捕まえていて、ほとんどじゃれて抱きついてるみたいだった。それを見てみんな笑う。一体何を告白すんだ?

 コウがR15っつってるだろーと言いながら俺の頭を叩いた。っつか何で俺だよ! 笑って抱きつくハヤから何とか逃げたキヨには、もうあの表情は残っていなかった。あれ、もしかしてハヤのこれってそういう事……?


「そんでー、いつもの調子で行ったら、どんくらいかかる?」

 キヨを振り返ってシマが後ろ歩きのまま言った。服を直したキヨはちょっと考えるように視線をあげた。

「そうだな……街道をそれて一直線に向かったとして、二週間はかかんねぇと思うけど」

 街道をそれればモンスターも格段に増える。次の村に着くまでに、十分レベルを上げることも可能だな。俺はだいぶ馴染んだ剣の柄を握った。


「それだとがっつり5レクス圏外に出るんじゃね?」

「出るだろうな」


 キヨはちょっと肩をすくめて簡単に言った。マレナクロンに戻る途中も、5レクス圏内を出た事はあった。でも、そう聞いても前ほど不安に思わなかった。

 レベルだって上がってる。もちろん今までに、このメンツでも引かなきゃならないモンスターに当たった事はあるけど、今ならもうちょっと高いレベルのモンスターに当たっても大丈夫って気がする。武器も変わったし、大聖堂の後にレベルも格段に上がってた。出稼ぎしてたから実戦だってこなしてる。


「どうかしたか?」

 剣の柄を握ったままの俺を見てシマが言った。

「もっとレベル上げなきゃと思って」

「おー、いい心がけ。でもお前、何の訓練もナシに実戦から始めてそんだけレベル稼いでりゃ、十分だと思うぜー」


 そ、そうかな? でもレベル上がるのはレツのが早いし……まぁ、レツは訓練を受けた上でレベル0だったんだけど。

「もともと剣士に向いてたんじゃね? 武闘家同様、特殊技能って言うより練習の賜物だしな」

 そう言って俺の頭をぼんぼん撫でた。向いてるとか言われるとちょっと嬉しいかも……

「シマさん、あんま甘やかすとこいつ練習サボるから」

「俺そんなサボったりしねーよ!」

「わかったからちょっと馬見てて」


 叫んだ俺にキヨは手綱を押しつけると、早歩きで馬から離れて魔法を発動した。え、モンスター!?

 渡された手綱を慌てて捕まえている間に、さっきまで俺のすぐ前にいたと思ったコウはすでに前線にいた。


「ザコだから二人で終わっちゃうでしょ」


 同じく手綱を握ったハヤが言って眺めていた。バトル中は油断しないって言ってたのに……まぁ、街道近辺のじゃね、そうかもだけどね。

「俺も、俺だってレベル上げたいのに」

 一番強いのに、あの二人が先に片付けちゃうなんて何かズルイ。


「だったら、あの二人より先に気付ければいい」


 え? 俺はシマを見た。シマは戦う二人を見ていた。


「簡単な話。あの二人は強い。だからモンスターの気配を掴むのだって誰よりも早い。ただそれだけの事だ。レベル上げたいなら、もっと強くなればいい。あの二人より強くなれば、あの二人より早く気づける」


 俺も彼らを見た。キヨとコウに何とかレツが混じっている。二人は明らかにレツに攻撃を回すために力を抜いているように見えた。二人より強くって、すでにスタートラインが違うのに……


「関係ないよそんな事。大体僕なんか白魔術師としては結構レベル高かったんだけど、実戦中心の旅になると結局攻撃して稼ぐ方がレベルが上がるのは早い。キヨリンは元々仕事にがんがん出てたからわかるけど、コウちゃんだって僕に迫る勢いだもん」


 ハヤはそう言ってモンスターを片付けた彼らに近づいていった。


 そう、なんだ……いや、キヨもコウも同じ攻撃部隊なんだから、俺のスタートラインが違う事がハンデなのは変わらない気がするけど。でも、彼らが気付いた時に同じように攻撃に出られれば、それだけで違うのかも。そうだよな、邪魔して横取りするくらいの気持ちで……いや、それはあとが怖いからやめておこう。


 俺は剣の柄を握りしめ、それから馬を引っ張ってみんなに追いついた。

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