第30話『気になる話かー……うーん、気になる物語ならあるかな』
「えー! 出掛けちゃったのー!?」
嘆きの声を上げるレツの後ろで、悪いのだけどみんな爆笑した。
「ああ、ちょっと前だな。飯を食った後に二人揃って出掛けたよ」
店主は酒場の準備をしながら答えた。レツは唇を尖らせて拗ねている。
「いや、まぁ、それならしょうがないじゃん、な」
シマは笑いながらレツの肩をぽんぽん叩いた。
「もう、レツってばかーわーいーいー」
ハヤは言って拗ねて膨れるレツを抱きしめた。
わかりやすくというか、予想通りというか、キヨとハルさんはすでに出掛けていた。大人しく待っていなかったからすれ違ったという事だ。
もしキヨが今日もレツはいつも通りだと思ってたら、みんなと一緒に宿でのんびりしていると考え俺たちの宿にハルさんを連れてくると思う。話を聞きたいのが旅のパーティーの方とは言えキヨの荷物だってあっちにあったんだし、そしたらハルさん連れてくる方を取るよな。
膨れたレツを笑いながら三人はなだめている。
何というか、うちの勇者のこの外れっぷりは仲間に取っては魅力なんだろうか……いやでも勇者なんだけどなー……
「じゃあ、今日はこれからキヨを探すのも面倒だから、旅の支度のための買い物をするって事で!」
「はーい!」
シマがそう宣言すると、ハヤは嬉しそうに返事をした。ふてくされていたレツも、おやつ買っちゃうかと言われてちょっとだけ顔をほころばせた。
俺たちは五人で買い物に出掛けた。いつもだったらバラバラに出掛けるところだけど、ハルさんの情報によってはすぐ旅に出られるように支度をしてしまった方がいいから、みんなで荷物持ちを兼ねるのだ。
「うーん……」
「もういいよ、買っちゃえば?」
コウはものすごく怖い顔で悩んでいる。両手で握りしめたまま睨んでいるのを、隣でシマもハヤも苦笑しながら見守った。
コウは今までもスープストックなんか、あまり荷物に響かないけどご飯を美味しくできる調味料を購入していたけど、今回ものすごく悩んでいるものがあった。携帯用のフライパンだ。
柄の部分を折りたためるそのフライパンは、小さいけど質は一流とお店の人も太鼓判を押していて、荷物の底に入れてしまえば持ち運びに困る大きさではない。ただコウ自身が悩んでいるのはそこじゃないらしい。
「これ買っても……旅じゃ普段通りには出来ないし、一度に全員分作れる訳じゃない……」
いやだから野宿の旅の間にお店で食べるような食事を求めたりしないってのに。それに、今まで焚き火に直接ぶち込んで焼くか、木に刺して焼くかだったから、フライパンがあったら出来ることって広がる気はするけど。
「わかった! じゃあ僕が買ってコウちゃんにプレゼント!」
そう言うとハヤはコウの手からフライパンを取り上げ、さっさと店の人に手渡した。
「え! え、だってあの……」
「いいの、コウちゃんには美味しいご飯作ってもらうから。それに僕だって出稼ぎには出なかったけど、稼ぐところでしっかり稼いできたから大丈夫」
そう言ってウィンク残して会計に行った。コウは困ったような、それでも何だか感激したようにハヤの背中を見送った。ハヤ、一体何して稼いだんだろう……
俺たちは両手に荷物を持って街の中を歩いた。
日差しが柔らかく気持ちのよい日で、こういう日に買い物とかすっごい楽しい。日持ちのしない食料は出がけに買うとして、着替えなんかも新調した。俺が集落から持ってきて、いろいろすり切れてたりほつれたりしてしまった服も新調。
今まで繕ってずっと着てたから丸ごと新調するのに抵抗があったけど。絶対、集落で買ってたらこんないい服買えなかったよな……シンプルでも質が全然違う。
「あれ、なんだろ」
午後も遅くなって、おやつにコフカを頬張りながら街の中心でもある広場に差し掛かると、人だかりができていた。気になるハヤとレツは顔を見合わせると楽しげに人だかりの方へ走っていった。俺も!
三人でなんとか人だかりの前へ潜り込む。あ、れ……?
人だかりの中心には噴水があって、その縁に腰掛けていたのはハルさんとキヨだった。ハルさんが柔らかく清々しい感じのするメロディーをリュートで弾いている。
みんなこれを聞きに来てたんだ。俺たちは顔を見合わせて、それから少しくすぐったい感じがして笑ってしまった。知ってる人がこんな風に人を集めているなんて、何かすごい。
するとハルさんのメロディーが途切れたところで、キヨがすうっと息を吸い、独特のハスキーな声で歌い出した。
とある少女の話をしよう
心清らかで癒す花のよう
彼女の願いは人の安らぎ
しかし彼女は幼く逝った
少女の想いはそこに残った
人は忘れて月日が経った
廃墟となったその地のもとで
彼女の想いはそこに眠った
ああ、人よ その愚かなる者よ
彼女の想いを踏みにじる者よ
彼女の想いを荒らして汚し
人ならざるものへと貶めた
眠れる少女の想い儚く
想い救わんと若者が往く
人にあらざる姿のままに
彼女の想いを抱きしめた者
彼女の願いは人の安らぎ
彼女の願いは癒しの光
彼女の願いは人に届いた
そしてこうしてこの地に流る
「……廃墟って、南の大聖堂のことじゃない?」
「そう言えば癒しの鉱石が見つかったって」
「タチの悪いのが取り合ってたけど」
「こんな物語があったのね……」
人々は音楽を邪魔しないように小さく呟いていた。これって、この歌って……俺はハヤを見上げた。ハヤはやっぱり少しだけ泣きそうな顔をして、それからすごくキレイな笑顔を見せた。
人々の反応は、何だか彼女が街の守り神になったみたいな感じだった。でもそれって間違いとは言えないよな。彼女はみんなを癒したかったんだから。彼女はマレナクロンの守り神になって、それでずっと街の人たちを癒し続けるんだ。
キヨの声は低いと思っていたけど、高音になると全く違った伸びのある声になる。ハルさんのリュートの柔らかな音色と絶妙な感じで合っていた。こんな風に歌えるなんて知らなかった……
ハルさんは演奏を終え、街の人たちは拍手で応えた。ハルさんの前に置かれたリュートのケースにお金を入れている人も多い。にこやかに応対するハルさんと違って、キヨは話しかけてくる多くの人に、少し困ったようにはにかみながら応えていた。
「チーカちゃんっ!」
ハヤが声をかけて近づくと、ハルさんは嬉しそうに微笑んだ。対照的にキヨはぎょっとした顔をした。
「あ、見てくれてたんだー。ありがとう」
ハルさんは丁寧にぺこーっと頭を下げた。
「すっごくよかったよ!」
「キヨリンが歌うトコなんて面白いもん見れたから、超満足」
にやにやしてキヨを見るハヤに、不機嫌そうな顔をしたキヨは全く違う方を見て視線を合わせようとしなかった。
ハルさん、あの依頼を受けてからすぐに詩を書いてくれたんだ。それを街に浸透させるために、こうやって人を集めて演奏してたんだな。それで朝早くから出掛けていたのかも。
俺は幸せそうな顔で散っていく人々を眺めた。鼻歌で歌いながら帰る人もいる。うん、この感じだと首尾は上々って感じ。このきれいな曲と詩がみんな自分の街の事って気付いてたみたいだし、そうなると更に愛着がわく。それに詩の中でカナレスたちは悪者になっちゃってたから、きっと彼らがまき散らす噂なんか聞く人いなくなっちゃうぞ。
「ヨシくん、いつもは頼んでも全然歌ってくれないんだけどね」
まるで俺たちを無視して片付けをするキヨを見ながら、ハルさんは小さく言って、それからハヤをチラッと見た。ハヤはくすぐったそうに笑った。
「はい、キヨ! これ!」
レツはキヨの元に駆けつけると両手に持っていたコフカの片方を差し出した。キヨは怪訝そうに見る。
「二つ買ったから、一個あげる!」
「お前はまた……甘いもんばっか食ってると太るぞ」
それでもレツは嬉しそうな顔をしていた。ハルさんが頼んでも歌わないキヨが、あの詩をこうやって披露してた事が嬉しいみたいだ。
「でもキヨが、俺は俺のままでいいってゆったから」
「それはそういう意味じゃねぇだろうが!」
キヨの裏拳が決まってもレツは楽しそうだった。きゃっきゃと楽しそうに笑ってるレツに苦笑しながら、コフカを受け取る。
人垣がはけたところで荷物をたんまり持ったシマとコウも現れた。シマが小さくさっき歌ってたのキヨじゃね? と聞いたので、俺は黙って頷いた。コウが冷やかすように小さく口笛を吹いた。相当珍しいんだな。
「それじゃ、そろそろ戻ろうか」
ハヤがそう言って、みんな頷いた。キヨたちも来るのかな? 振り返るとキヨがハルさんの荷物を持って、もらったコフカをハルさんにあげていた。ハルさんも甘いモノ好きなんだな、すっごい嬉しそうだ。
シマが声をかけるとキヨは手を上げて応えた。
「じゃあみんな、次に行くべき目的地が欲しいってわけなんだ」
ハルさんはふんふんと小さく頷きながら話を聞いた。
「でも、どこに向かっていいか全然わかんないんだ」
「何の意味もなく、とりあえずうろうろしてればいいって感じしなくて」
「何か、何でもいいんだけど、気になる話とかない?」
レツはちょっと必死な感じの表情でテーブルに取りついた。ハルさんはそうだなぁと言いながらグラスを取った。
「気になる話かー……うーん、気になる物語ならあるかな」
「どういうの?」
ハルさんは一口飲んでから、グラスを置いて両手を合わせた。
「ある村に、美しい女性がいてね。彼女は旅に出た恋人の帰りを待っているんだ。ある時、彼の旅の仲間が戻ってきて、彼らは無理をして強大なモンスターに立ち向かい、その恋人は命を落としたと彼女に告げた」
「……可哀想だね」
ハルさんはレツの言葉に少しだけ、優しそうな微笑みを見せた。
「ところがある日、彼女の元に手紙が届いたんだよ。それは恋人からの手紙だった。誰もが疑ったが、彼女は信じていた。手紙は定期的に届く。でもそれから数年経っても彼は帰ってこなかった」
「どうして?」
ハヤは不思議そうにハルさんを見た。ハルさんは小さく肩をすくめた。
「さぁ、どうしてかな。物語は続いているからね、まだ詩にする時じゃないよ」
いつかまた行ってみないとと言って、ハルさんはグラスに口を付けた。
「どっかで生きてて、罪滅ぼしに手紙を送ってる、とか」
「そんなことしないで、さっさと帰ってくればいいじゃん」
ハヤに突っ込まれてシマは肩をすくめて酒を飲んだ。
別にそんなに不思議な物語ではないような気がする。死んだと思っていた恋人が生きていて、それで彼女を安心させるために手紙を送る。いや、それだと戻らないのが不自然なのか。
じゃあ彼女に諦めて欲しくて手紙を送っているとか。彼女が手紙を返すから、何度も送ってるとか。
「手紙の送り主の名前は無いんだ。投函元もわからないから、彼女は返事が出せないんだよ」
そしたら……そしたら、何だろう。
「手紙の文面がなきゃ、真意はわからないよ」
キヨがそう言ってグラスに口を付けると、ハルさんは「他人の手紙を覗けるわけないでしょ」と言ってキヨの耳を引っ張った。
「それ、どこの村の話?」
「ここから南西に進んだ辺り。南へ行くとクルスダールだよ」
ハルさんはそう言ってチラッとキヨを見た。クルスダールが何かあるのかな。
「美人は嬉しいけど、恋人待ってるんじゃね……」
そう言ったハヤをコウが裏拳で突っ込んだ。ハヤは面白そうに笑う。
「どうする?」
シマは伺うようにレツを見た。みんなレツに集中する。レツはしばらく考えて、それから力強く頷いた。
「そこに、行ってみる」
「決まりだな」
シマはそう言ってテーブルを拳で叩くと、店の人を呼んでおかわりを注文した。俺はみんなの顔を見回した。なんだかみんな、わくわくしてるように見える。俺だってそうだ。
俺たちは旅に戻るのだ。
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