第29話『っていうか、そんな惚気聞きに来たんじゃないんだった』

 翌朝、コウと一緒に早朝練習して帰ってきたらハヤが部屋から出てきた。


「あれ、出掛けんの?」

「うん、お子様も来る? 大人の世界が覗けるかもよ」


 ハヤはいたずらっぽく笑ってそう言った。……そういう事言いつつ俺を誘うなんてあんまないからな。俺はハヤに待っててと言うと、ソッコーで支度した。


「どこ行くんだ?」

「まぁ、ついて来ればわかるって」

 宿を出てすたすた歩くハヤを追って歩く。体デカイ分足長いから歩くの速いっつの。俺はムキになってついて行った。鼻歌歌いながらハヤが辿り着いたそこは、あれ?

「ここ……」

 昨日の飲み屋じゃん。


 俺が店を見上げているうちに、ハヤは中に入っていった。あああ、置いてかれる! ハヤは店のカウンターに居た主人と二言三言話して、それから階段を上がっていくところだった。ちょっと待ってよ!

 ハヤを追って二階に行くと、ハヤは既に部屋の前でノックしていた。ドアが開く前に俺も追いついた。

「どなた」

 言いながらドアを開けたのはハルさんだった。え? 俺はハヤを見た。


「ちょっと話があって」


 ハヤはにっこり笑って言った。ハルさんもにっこり笑って、ちょっと待ってと言って中に戻った。ハヤの横から覗くと、ハルさんがベッドに近づいていた。

「ほら、ヨシくん起きて」

 ハルさんがベッドに寝ている人影を揺するともごもごした声が聞こえた。うわ、キヨを無理に起こすとか危険!


「あ、いいよーキヨリンにじゃないから」

「あれ、そうなの」

 ハルさんは言いながら背を向けたキヨの顔をつついていたが、そのうち払うように伸ばしたキヨの手に捕まった。あれ、攻撃、こないのかな……


「どうせ起きないと思うけど、どうする? 下に行きますか」

 ハルさんはキヨの手を外すと毛布を戻して俺たちに向き直った。ハヤはチラッと寝ているキヨに視線を送ったけど、どうでもいいように肩をすくめて、それから部屋に入って椅子を取った。


「昨日は激しかったって意味ですね、わかります」

「そんなこと言ってないですよ」


 ハルさんは俺にも椅子を勧め、テーブルにあったボトルを取ってグラスに冷たい水を注ぐと俺とハヤに手渡した。

「たまーにしか逢わないんだから、もっとこう壊れるぐらいめちゃくちゃにとか、そういう若さみたいのはないのー?」

 ハヤ、一体何の話してるんだ……? っていうか大人の人が若さとかって言うと、何か不思議。


 ハルさんはちょっとだけ俺を気にしながらうーんと言ってベッドに座った。

「まあでも……一生離れるつもりないし、別に焦ることないかなーって」

 それを聞いてちょっと驚いたような顔をしたハヤは、片手で顔を拭うと、

「あーーーもう、聞いてらんない! なにその余裕!」

とハルさんを指さした。ハルさんはビックリしてちょっと引いた。っつか、そんな声出したらキヨが起きるってば!


「キヨリンがこのくらいで起きるわけないでしょ」

 ハヤがクルッと俺に向いてガンくれた。うわあ何か怖い……

「っていうか、そんな惚気聞きに来たんじゃないんだった」

「うんうん、何か話があったんだよね?」

 ハルさんはやっぱり柔らかい表情のまま、親身な感じでそう言った。


「チカちゃん、たぶん聞いてると思うけど……ここの大聖堂の話」

「ふんふん、大聖堂を取り合うヤクザもんが居たんだってね。地下に巣くうモンスターと」


 ハルさんは言いながら手近に置いてあったリュートを手に取った。

 そう言えばハルさんって情報屋なんだっけ。それなら耳が早くて普通なのかな。ハルさんがリュートを軽くつま弾くと、思ったよりも柔らかく優しい音がした。


「うん、その……モンスター、なんだけど」

「……でもあそこには、もっと違う思いがあったんじゃなかったかな」

「え?」


 ハルさんはそのまま、ゆったりとした簡単なメロディーを紡ぎ出した。


「俺が知ってたのは、あそこには寂しい女の子がいて、誰かを待ってるんだ。誰かを癒したくて、そして自分も癒されたかった女の子」

「なん、で……それを……」


 呆然としたハヤに、チラッと視線を送りながらも優しい音色を奏で続ける。


「話ってその事?」


 ハヤは少しだけ泣きそうな顔をした。一瞬だけで見間違いかと思ったけど、その後深く息を吸って長いため息をついた。

「あー……チカちゃんの情報屋の腕見くびってたわ、そんなのただ情報集めるだけじゃ絶対知れるはずないのに。そう言えば元魔術師って言ってたじゃんね」

 ハルさんはそれを聞いて少し笑ったけど、何も言わずにリュートを弾き続けた。

 元魔術師だと何がすごいんだろ……そんな絶対知られない事までわかっちゃうなんて。


「そこまでチカちゃんがわかってるんだったら話は早いや。チカちゃん、そのモンスターが出てくる話を、正しく女の子の話として詠ってくれない?」


 え、どういう事? 俺はハヤを見た。ハヤの表情は真剣だった。手の中のグラスを両手で握る。


「彼女の……あの子の想いは、みんなを癒す事だった。決してモンスターとして人から疎まれるような事は望んでなかった。カナレスもカリーソも結局鉱脈を取り損ねてるし、かっこ悪いとこ見せたから余計にモンスターの話をばらまくかもしれない。そうでなくても人の口に上ってるのは鉱脈とモンスターの話なんだ、そんなの耐えられない」


 せっかく街の人の憩いの場になる公園なのにと、ハヤは言って少し首を振り、それから落ち着けるみたいにそっとグラスに口を付けた。


「でも、うたなら……口さがない噂より美しいうたならみんなそっちを取ると思う。チカちゃんがあの子のことを知ってるんだったら、尚更いい詩になる。だから彼女の本当の話を詩にしてほしいの」


 ハルさんは優しい表情のまま曲を終え、それからやっぱり微笑んだままハヤに向いた。


「……王子は優しいなあ」

「優しいとかでなくて。やってくれんの?」


 ハヤは何だか逆ギレっぽく言ったけど、それってどこか恥ずかしがってるみたいだった。やっぱハヤ、あの子のこと好きだったんだなー……

「……いいよ、王子たってのお願いだもんね」

 ハルさんは柔らかい笑顔のままそう言った。ハヤはさっきの泣きそうな表情を一瞬見せた後、すとんと肩の力を抜いて、それから花が咲くようにふんわりと笑った。


――― ありがとう……


 あれ、今なんかあの少女の笑顔とダブって見えた。ハヤの笑顔。もしかして彼女が分けてあげてって言ってたのって、こういう事なのかな……? きっと今の笑顔って、ただハヤの見た目がキレイだからだけじゃない気がする。


「ん……」

 声に気付いて見ると、キヨが体を起こしていた。片手でぐしゃぐしゃ顔を擦っていて、まだまだ目覚めた感じはないけど。

「あ、キヨリンおはよー」

「ヨシくん!」

 ハルさんは慌てて立ち上がるとキヨの元へと駆けつけた。あれ、何かあった?

 まだボンヤリしたままのキヨは、ベッドを降りようとしてわかってない顔でハルさんを見上げた。

「そんな格好みんなに見せちゃダメでしょ!」

 ハルさんは毛布でキヨの体を包んだ。


 ……いや、まぁ恋人のずぼらな姿を見せたくないって気持ちはわからなくもないけど、今までの旅の中で寝ぼけたキヨは散々見てるし、別に半裸で寝てるくらい今さら何とも思わないんだけど。

 キヨはまだ寝惚けて半分つむった目で、不思議そうにかけられた毛布を見ていた。

 あーあーダメだ、キヨ終わってるわ。俺は大人になっても寝汚い人にはならないようにしようと心に誓った。あ、いやもう半分くらいは大人だけど。


「そしたら帰る」

 ハヤが唐突に立ちあがったので俺も慌てて立ちあがった。

「うん、またね」

 ハルさんは立ち上がって手を振った。キヨは何だか首を傾げて俺たちを見ていた。たぶん、なんでここに俺たちがいるのかわかってないんだろうな。もしかしたら覚えてもいないかも。俺はハヤと一緒に宿を出た。


「あれって隠したつもりなのかなー」

 ハヤは歩きながら歌うように言った。え?

「何を隠すんだ?」

「いろいろ。今日はキヨリンのお風呂覗いちゃおー、あー楽しい!」


 ハヤはやたら浮かれてそう言った。すれ違った人がびっくりして振り返る。ちょ、そういうの口に出して言うなってば! 俺が困るじゃん!


 でもやけに嬉しそうなのは、あの子の事を話せたからなのかな。ハルさんは快諾してくれたんだし。しかもハルさん、何も話してないのにみんな知ってるみたいだった。


「そう言えば、元魔術師だと何ですごいんだ? ハルさんは普通の情報屋と何が違うんだ?」

 ハヤは俺をチラッと見て、それからまた前を向いて話し始めた。

「情報屋ってのは、色んなところで話を聞いて集めるってのはわかるよね?」

 うん、普通はそうだろうな。情報屋ってくらいだからただの噂話だけじゃなくて、その裏付けをとったりするのかもしれないけど。


「それでも普通の情報屋が集められるのは人が伝える話だけ。決してそれ以外は集められない。でもチカちゃんの場合はね、それだけじゃないんだ」

「それだけじゃないって……?」


 情報って人が伝えるものだよな。それ以外に情報ってあるんだろうか。ハヤは小さくふぅっと息をついた。


「チカちゃんはね、白魔術を勉強してて、もともと癒しの力が強かったんだって。癒しっつっても、僕が使うような回復魔法をかけるのとは別のものがあんの。僕にはその手の特性はないんだけど、」


 言いながらハヤは少しだけ考えるような顔をした。


「……癒すのにはその対象との同化が必要になるんだ。相手が全くわからない状態で癒す事はできないから。チカちゃんはその特性が強かったみたい。チカちゃんの場合、同化って言っても人相手じゃなくて、残された思いとかって言ってたけど」


 残された思いとの同化? それってどういう事? 癒すために対象と同じ気持ちになるならわかる気がするけど、ちょっとよくわかんない。俺が難しい顔をしていると、ハヤは俺を見てからくすっと笑った。


「まぁ簡単に言うと、チカちゃんは建物だったり植物だったり、人以外のモノから情報を得る事ができるんだ。人が残した思いが強ければね」


 前に聞いたのに忘れてたんだよねーと、ハヤは言って清々しい顔で伸びをした。

 人以外から情報を得るって、そしたら人に聞かなくてもわかっちゃうって事? あ、でも思いが強くなきゃだめなのか。単なる噂話を木の下で話したとしても、その木に残るわけじゃないよな。でも何かしら強い思いが働いたところでは、その思いがそこに残る。それをハルさんは詩にするのか。

「あの子の思いは、あの大聖堂に残ってた……」

 残ってただけじゃない、ハルさんが知った時は彼女はまだあそこにいたんだ。だからハルさんには彼女の思いを受け取ることができた。モンスターじゃない、本当の彼女の思いを。


「ハルさんはその力を活かせるから情報屋になったんだ?」

 俺がそう言うと、ハヤはげんこつを俺の頭に載せた。

「チカちゃんは吟遊詩人です。情報屋はついで」

「でもそんな力あるんだったら、情報屋やった方がいいじゃん。なんで吟遊詩人なんだ? 誤魔化してんの?」

 俺はハヤのげんこつを避けながら言ったけど、再度、今度はごつんと音がするくらい叩かれた。うっ……いてぇ……涙目でハヤを見上げたら、ハヤはちょっと怒った顔をしていた。


「人の残された思いってのは、幸せなもんばっかじゃない。悲しかったり苦しかったり色んな思いがある。それぞれの思いを大切にしたかったから、チカちゃんはそれを詩にする事で癒すことにしたの。付属的に手に入れた情報を分けたりはするけど、それだってあからさまにお金目的だったり、正しく使ってくれないような人には分けないんだよ」


 う……なんか、俺がそんな力持ってたら絶対情報屋で稼ぐけどな。剣士だって魔術師だって大変な仕事だって思ったからこそ、そんな才能あったら伸ばすべきって気がしなくもないんだけど。

 ハヤは黙った俺を置いて歩き出した。

 でも……あのほわーってしたハルさんがお金儲けにがっついてるところとか、悪事に手を貸すようなとこってちょっと想像できないかも。それに……

 俺はハヤの後ろを追って歩き出した。それに、もしかするとハルさんがそんな人だから、みんなは認めてるのかもしれない。


 宿に戻ると、みんながすでに一階でご飯を食べていた。

「どこ行ってたんだー?」

 シマは俺とハヤの分のスペースを空けながら言った。

「ん、ちょっとヤボ用」

 ハヤはそう言って席に着く。店主がすごい絶妙のタイミングで俺とハヤの分のスープを持ってきた。

 あれ、別に隠す事じゃないと思うけど、ここは黙ってる方がいいのかな?

「どうせ団長の事だから、キヨの様子でも覗きに行ったんじゃね?」

 うわ、バレてるよ。

「ちょっとー、僕が脱いでもいないキヨリンに興味があると思う?」

 ハヤの言葉にコウは盛大に噴き出し、シマは「脱いでたら違うのかよー!」と突っ込んで爆笑した。笑いまくるシマたちにハヤも笑顔を見せる。

「まぁ、どっちかっつーと団長は、二人まとめていじる方が好きそうだよね」

 コウがそう言うとハヤは、にやーって感じに笑った。下手に何か言っていじられても困るから、俺は何も言わずにスープを口に運んだ。


 今日のスープはカボチャだな。朝からこってりな感じかと思ったら、意外にもさっぱりしていてサラッとしたスープだった。ホントこの宿ご飯が美味しい。そんでそれを吟味しているコウを見ると今後の旅も楽しみになる。


 美味しいスープに焼きたてパンもお腹いっぱい食べて、お茶でくつろぐ。ああ、幸せ。俺がそんな幸せに浸っていると、レツがみんなを見回して言った。


「そんで、今日ハルさんと話す機会とかあるのかな」

「キヨくんがいるんだからそのうち来るんじゃない?」

 いつになるかわかんないけどねと、ハヤは優雅に紅茶を口に運びながら言った。


「でもそしたら出掛けらんないね」


 そう言ったレツをみんなが見た。

「え、だって出稼ぎに……」

 レツの言葉を受けてシマはとりあえずみんなを見てから、ちょっとだけ視線を上げてとぼけた表情をした。

「今日はいいんじゃね? 一日くらい休んでも」

「情報得るのだって仕事だよ」

 コウはそう言って何事もなかったようにお茶を飲んだ。

「そう……かな」

 レツはそう言って俺を見た。え、俺に振る!?

「う、うん。だって情報なかったら旅続けらんないし、レベルもお金も意味ないじゃん」

 俺は何だか慌てて当たり前の事を言った。いやその程度のことしか言えないけど……レツはちょっと考えるようにしてから小さく「そっかー」と言った。

 なんだろ、レツって案外一個のことに集中しちゃうタイプなのかな。


「じゃ、キヨとハルさんのトコ、このあと行こっか! そしたら話も聞けるしね」


 レツはそう言ってニコニコしながらみんなを見た。勢いに負けてシマもハヤも頷いた。


 レツはなんだか急いでお茶を飲み干すと、「ちょっとトイレ!」と言って席を立った。もしかして、今すぐ出掛けるつもりなのかな……もうちょっと美味しい朝ご飯の余韻を楽しみたい気がするんだけど。何この推進力……あれ、でも勇者だからいい……のか? もしかしてコレが普通?


「……なんか、」

「慣れない、ね」


 コウはとぼけるみたいにちょっとだけ眉を上げた。いやでもほら、本来勇者ってみんなをまとめて引っ張っていくもんだから。

「それは……レツの役目じゃないよー。キヨリンがやるからいいのにー」

「そんな身も蓋もない」

 コウはそう言って笑う。いや、笑ってらんないような気がするんですが。


「まぁ、あの子がやる気になってるんだし、しばらくは生温かく見守らないとね。それにがんばっちゃってるレツもかわいいし」


 ハヤはそう言ってお茶を飲む。生温かくですか。どことなく前向きに感じないところが微妙な感じだな。っていうかレツが超急いで支度したとしても、俺たちがこんなのんびりしてたらしょうがない気がしなくもない。

 何となく非協力的な気がしたので、俺はお茶を終えて立ち上がった。みんなもそれを機に立ち上がる。


 さて、勇者レツについて行って今日の旅をはじめようか。

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