第28話『あったとしても、お子様の前ではちょっと』
「え、旅に戻るの?」
ハヤは驚いたように言った。俺だって驚いた。コウは驚いた顔をしつつも、成り行きを見守るように聞いている。
「あのね、何かね、お告げを待ってちゃいけない気がするんだ。なんか、ちゃんと動いてないとお告げも来ない気がするんだよね」
レツはそう言いながら、少しだけ体を動かして座りなおした。シマは突然の展開に首筋をかいている。
その日の夜は宿屋の夕飯じゃなくて、近場の飲み屋に来ていた。まぁ、宿の食事だって美味しいのは間違いないんだけど、キヨが飲み歩いてて見つけた美味い店ってやつだ。もともと酒場なんで大人数でテーブル囲む事も出来るし、つまみにしてはやけにボリュームのあるメニューが好評の店だった。
「まぁ……確かにこないだのだって、この街に来たからお告げが来たような感じだったけど」
ハヤは言いながら自分の皿のソーセージをつついた。煮込みに入ったソーセージは肉汁たっぷりで食べ応えがある。俺はみんなの顔を見ながらソーセージをほおばった。
「でもその場合、次にどこに向かうかって問題が」
シマはそう言いつつキヨに振った。キヨはグラスに口を付けたまま肩をすくめた。そりゃキヨだってわかんないよな、お告げがないんだから。
「テキトーにめぼしい辺りに進んでみるって事は可能だろうけど、それにしたって目的もなく動いてお告げが来るかな……」
キヨはちょっと首を傾げながらグラスを置いた。
マレナクロンに来たのだって装備を新調するって名目があったから一応は目的があった。目的もなく動いてればお告げが来るのだとしたら、ここ数日街の外へ出稼ぎに出ている時にだってありそうなもんなのに。
まぁ、前回はあの村を出てから三週間してもお告げはなかったんだから、まだまだそういう時期じゃないってこともあるかな? それともあれか、三週間は移動と考えて、これから次の街か村に移動したら来るとか。
「行き先がどこでもいいってのも……なんかなぁ……」
ハヤは言いながらフォークでソーセージをつついていたら、コウに「食べ物で遊ばない」と怒られた。ハヤは慌ててフォークを置くとちょっとだけちっさくなって、ごめんと言った。
「何でもいいから、何か気になる情報とかってないかな?」
宣言した割りに行き先にまでは気が回っていなかったレツが、みんなを見回して言った。みんなは一様にうーーーんと唸って腕を組んだ。
「キヨリン、飲み歩いてて情報とかないの?」
キヨはそう言って振るハヤを睨んだ。飲み歩いててって言い方がすごいな……今日みたいな美味しい店発見はあったけど。
「だってさー、カナレスだってもう下手なちょっかい出せなくなってんでしょ? だったら何か聞こえてきそうじゃん」
「何かっつっても、漠然とし過ぎててわかんねっつの」
カナレスはあの後、キヨにちょっかいを出す事は出来なかった。いや、酒場でちょっかいは出してきたけど、キヨがまるっきりスルーしたのだ。
でもカナレスも強くは出られなかった。そりゃそうだ、あの場でかっこ悪く逃げ出したのをみんなに目撃されてるんだから。
「結構命知らずだね」
酒場であっさりキヨに振られたカナレスに、コウが言った。数日前の事だ。
「んだよ、お前は。あんときの連れか」
カナレスは不機嫌そうに睨む。俺は珍しくコウが声をかけたのでこっそりその場にいたのだ。コウは片手にグラスを持ったままキヨの行った方を眺めた。
「キヨくん黒魔術師だから、あんま本気で怒らせない方がいいよ」
カナレスは小さく舌打ちした。バカにされたと思ったのかな。
「こっちは日々命狙われる仕事してんだ。その位の防御しないでどうする」
え、そしたら攻撃魔法よけの防御道具とか身につけてたりするのかな。でもコウはそれを鼻で笑った。
「その程度のレベルで勇者の旅に選ばれると思うか? 国家戦略で育てた魔術師だぞ」
カナレスはそれを聞いて少し眉をひそめ、それから小さく「まさか……」と呟いた。
国家戦略って、サフラエルに集められたってやつのことかな。何かそう言うとすごい事に聞こえるけど……コウは否定も肯定もせず、そのままカナレスを置いて行った。
確かにキヨは危険な黒魔術師だ。寝惚けてる時は特に。
媚びる必要がなかったらいくらでもカナレスを攻撃しそうだ。むしろそれは怖いから、カナレスにはキヨに近づいてほしくない。仲間が犯罪者とか笑えない。
「キヨリンさー、どうせだったらちゃんと遊んでくればいいんだよ。そしたら情報とか転がって来ちゃうもんだって」
キヨは「お前と一緒にすんな」と不機嫌そうに睨んだ。って言うか、
「ちゃんと遊ぶってどういう……?」
「団長、お子様の前でそれは禁句」
コウに言われるとハヤはふざけるみたいに鼻の下を伸ばした。え、ちょっと俺にわかんないようにハナシ進めるとかやめろよ!
「そんなんだったらハヤが掴んで来てるだろ。何かめぼしい情報ないのかよ」
ハヤはキヨにそう言われると、うーんと唇を尖らせて天井を仰いでから、
「あったとしても、お子様の前ではちょっと」
と言って、やけに完璧な罪のない顔で微笑んだ。
むむ……それは、何か聞くのは早い気がします……なんだろう、キヨの時は突っ込めるのにハヤだとできないこの空気ってのは……
それからハヤはグラスを取ると、中の液体を回すようにしながらうっとりと言った。
「それに僕、案外カナレスみたい方が好みなんだよねー、気が強くて強引とか? あーいうの攻略してガツンとやっちゃう方が楽しくない?」
ハヤがにこやかに言うので一同全員青ざめた。カナレス大変! 逃げて!!
「まぁでも、ほっといたら転がってくる情報ってあんま無いよな」
シマはグラスを空けてから言って、ため息をついた。レツもうーんと考える。
「しかも何となく、気になる情報とか……あればいいのにね」
「情報が必要?」
唐突に声をかけられて、俺たちは振り返った。
そこには濃い藍色にも見える黒髪の男性がにこやかに立っていた。少し長めの前髪を真ん中で分けて流し、こざっぱりとした服装はシンプルでみんなよりもちょっと年上っぽい。優しげに微笑んだ見た目はすっごく人の良さそうな感じ。
すると唐突にキヨが立ち上がった。
「ハルチカさん?!」
「チカちゃん!」
「ハルさん!」
みんな口々に呼んだ。え? 知り合い?
「ちょ、何でこんなとこにいんの?」
驚いているキヨにその人はテーブルを回り込んで近づき、隣のコウが詰めたので礼を言いながら手近の椅子を取ってきて隣に座った。キヨも茫然としたまま腰を下ろした。
「何でって、連絡はしてたでしょ。マレナクロンにいるっていうから、じゃあついでに寄って行こうかなって」
にこにこ笑っている彼と何だか複雑な表情のキヨは妙な対比だ。ついでに寄るって、何の仕事してるんだろ。
「あ、彼初めてさんだね。初めまして、ハルチカです。ハルチカさん以外の呼び方で呼んでください」
そう言って彼はぺこーっと頭を下げて丁寧に挨拶した。
何か、もしかして初めてまともに挨拶されたかも……そう言えばこの仲間の中で俺に挨拶した人ってシマくらいじゃね? 俺は何だか緊張して会釈した。
「じゃ、あの……ハルさんで」
「はいはいよろしくどうぞー」
ハルさんがそう言ってる間にシマが店の人を呼んで新しいグラスを用意しつつ、俺を指さした。
「こいつ勇者見習いなんだよ」
「へぇ、そうなんだー……ふむふむ、なかなかお目にかかる事ないんだよね」
そう言ってマジマジと俺を見る。え、そうなの? だって勇者になりたいけどお告げをもらってないヤツなんて、いっぱいいるんじゃ。
「そうは言っても、見習いにさせてもらえる人のが少ないよ。パーティーにとってはあんまり戦力になる訳じゃないし。見習いの印は祝福を受けても勇者に断られたら消えちゃうもんだからね」
そうだったんだ! じゃあもしかして俺って相当ラッキーだったのかな……レツなんて俺のこと全く知らないのに即オッケーだったもんな。
「それにしてもチカちゃん、突然現れるとか狙ってたの?」
言いながらハヤはやけに無口になってしまったキヨをチラチラ見た。
「いやいや連絡はしてたんだよ、ちゃんと。俺はこっち戻ってくる途中だったから逢えるかもなって思ってたし。ここに宿取ってたのは偶然だけど」
「え、だってマレナクロンに居るとか、そういう事言ってなかったじゃん」
キヨがそう言うと、ハルさんはとぼけるようにそっぽ向いてグラスに口をつけた。
ハルさんて旅をしてる人なのかな? でも旅の間って連絡取れるのか? 手紙だって街や村からじゃないと出せないし、宛先だって曖昧じゃ届かないのに。そう思っていたら、ハルさんとキヨが同じブレスレットをしているのに気がついた。
細いバングルの中ほどに深い藍色の鉱石が填っていて、魔法文字がその周りを飾る。俺がじっと見ていたらハルさんがそれに気付いた。
「あ、知らないのかな。コレは魔術師が通信に使う道具でね、通信できる量はお互いの力に左右されちゃうんだけど、その代わり距離関係なく届けられるのですよ」
「へー、便利!」
すごい、それでキヨはハルさんに連絡してたんだ。そしたらハルさんは魔術師なんだな。
「あ、そこはちょっと違うんだよね」
そう言ってやっぱりにこにこしたままグラスを傾けた。
え、でも今魔術師同士がって言ったよな? 俺がきょとんとしたままみんなを見回したら、レツが面白そうに言った。
「ハルさんは吟遊詩人なんだよ」
「吟遊詩人!」
初めて見た! ……っつか、吟遊詩人て街とか村を渡り歩いて歌ったり詩を詠んだりしてる人だよな? なんで魔術師の通信道具が使えるわけ?
「まぁ、でも吟遊詩人って表の顔だよね」
ハヤはニヤリと笑って言う。表の顔?
「え、王子そんなこと言って俺は何もしてないですよ」
お、王子?? あ、ハヤの事か。言われてみればハヤって王子って感じもするし、何かやたらハマってるあだ名ではあるな。いやいや今はその話じゃないんだった。
「まぁ、一応国を渡り歩くし、詩を作るのに色々話も聞くから」
「むしろ情報屋」
シマが言うと、ハルさんはちょっと苦笑するみたいにしてグラスに口を付けた。
でも否定しなかったところを見ると、結構そういう需要があるのかもしれない。そっか、それでさっき情報って言ってたんだ。
「あーもうそれだったらさー、チカちゃんに情報聞く前に話す事いっぱいあるよね」
ハヤがもったいぶって言うと、キヨが唐突に顔を上げた。
「なになに、なんですか」
「ちょ、ハヤお前変なこと言うなよ」
キヨ以外の四人は面白そうに笑っている。っつか面白がっているって方が正しい気がする……
ハヤはゆっくりとグラスを傾けて一口飲むと、みんなの集中がマックスまで高まったところでわざとらしくため息をついて言った。
「キヨリン、浮気してたんだよねー」
「はぁ!? なんだよそれ! 俺なにもしてねーぞ!」
「ちょっとヨシくんどういうことですか」
ハルさんは言いながらキヨの顔を両手で包んでむにむにつまんだ。え、キヨが押されてる……
「だからそんなの知らないって!」
「えーだってカナレスをあんだけ誘っておいて、それはないじゃーん」
「お前! やれっつったのはお前だろ!」
「それで誘ったんですか王子に言われるままに」
ハルさんはそのままキヨの頬をむにーっとつまんだ。キヨは痛って!とか言いながらもハルさんの両手首を掴んだままだ。あれって、俺たちがやったら絶対吹っ飛ばされてるよな……するとハルさんはおもむろに立ち上がった。
「そしたらちょっとその辺の事、詳しく聞かせてもらうことにしようかな」
ハヤたちはニヤニヤしながら見上げてる。怪訝な顔で見るキヨをスルーしてハルさんはみんなを見回した。
「ちょっとヨシくん借りてっていいかな」
「どうぞどうぞ」
四人はニコニコしながら同時に言った。何この仲良しっぷり。
「え、ちょ……お前ら情報とかって話は」
「あ、全然気にしないで。チカちゃんとは明日ゆっくり話せばいいんだし」
ハヤは言ってひらひらと手を振った。レツも手を振って「いってらっしゃーい」とか言ってる。
「そしたらヨシくん」
ハルさんはそう言ってキヨの手を掴むと引っ張って立たせ、そのまま歩き出した。
「ちょ、ハルチカさん!」
「ん?」
「いやそんな引っ張らなくても行くし……」
手を繋いで行くみたいなのが恥ずかしかったのかな。チラッと手元に視線を送ったハルさんは言葉の意図に気付いたのに、再度手を繋ぎ直してキヨを引っ張っていった。うわ、強気……俺たちはその後ろ姿を見送った。どんだけ飲んでも顔色変わらないキヨが、首まで真っ赤になっていた。
「今夜は長い夜になるね……」
ハヤが言って不敵に笑った。コウも笑ってR15っつってんじゃんと突っ込んだ。っていうか、
「ヨシくんって、誰?」
俺が呟くとコウがあれって顔で俺を見た。
「キヨくんの名前。ヨシ・キヨってんだよ、知らなかったっけ?」
俺は思いっきり首を振った。いやだってそんな、きちんと教えてもらってないし。みんなキヨって呼んでるからキヨだと思ってた……
「俺たちは最初からキヨって呼んでたよ、ちょっと捻ってたんだよ」
「それに今は、キヨリンが他の人にはヨシって呼ばれたがらないからね」
「何で?」
俺が言うと、シマが俺の頭を小突いた。
「ハルさんがそっちで呼ぶからだろー」
「え、あ……ああ!?」
特別ってヤツだよなーとシマは笑いながら言う。
ちょ、え、待って、そしたらキヨとハルさんて……!! あ、だから二人だけ通信道具持ってたんだ……
あれ、そしたら吟遊詩人なのに何で魔術師のが使えるんだ?
俺がそう言うと、コウとシマが吹き出した。
「この話の流れでそこへ落ち着くのがスゲー」
「いや、そこがまだお子様って事だろ」
っていうか、何でそこでバカにされなきゃなんねーんだよ!
「ハルさん、もともと魔術師だったんだって。そこでキヨと知り合ったんだよ」
へぇ……じゃあ魔法は使えるけど、今はそれで生活してないって事なのかな。魔法使えるんだったら、普通の人より旅はしやすいのかもしんないな。
それにしてもキヨがあんなに一方的に押し込まれる相手がいるとは……何か仲間内じゃ最強って気がしてたのにな。それにハルさんって醸し出す雰囲気が柔らかだったから、キヨが強く出たらそれで済んじゃいそうなのに。実は怒ると怖いとか。
そう言うと、レツが「ハルさんが怒ったとこなんて見た事ないよ」と言った。じゃあなんだろ。
「お子様はまだまだお子様だねぇ……」
ハヤは何だか嬉しそうにそう言ってグラスを空けた。なんだかなぁ、そんなに言うなら教えてくれればいいのに!
俺はふてくされつつハルさんとキヨが消えた方を見た。キヨ、色々言い訳すんのかな……まぁ、カナレス相手に大活躍とは言え嫌々だったのは事実だしね、ケンカにならないといいけど。
ボンヤリ眺めていたら、コウに頭を掴んで顔の向きをテーブルに戻された。
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