第4章 湖のお告げ
第27話『知らんでいい事も世の中にはあんのよ』
シマは豪快にあくびをした。俺もつられてあくびする。
「お前、
「そう言われても」
ヒマだ。ヒマっていうか、まぁヒマって言ってられないのだけど。
「キヨたち帰ってこないね」
俺たちは城壁の上からぼんやりと街の外を眺めていた。
今日はキヨとレツとコウが出稼ぎ担当。
マレナクロンはもちろん、標のある街だから街の周辺はがっちり安全だ。その守りの外まで出ないと稼げるモンスターを倒す事はできない。まさに出稼ぎ。普通、仕事ってこんな賑やかな街の中にあるもんだけどな。
「まぁ……レツがいるからな」
シマが言ったのはレツが馬に乗れない事を指している。
俺とレツ以外が出稼ぎ担当だったら、馬を借りて一気に街の守りから離れてがっつり稼いでこれるのだけど、馬に乗れない俺たちが同行するとなるとそうはいかない。歩きで行くから帰りも遅くなる。
でもレツがせっかくやる気出してんだから、まさか来なくていいとは言えないんだろうな……そりゃ、これからの旅を考えたらレベルアップしてる方がいいんだし。
とは言っても今後の旅でレベルアップも出来るだろうから、手間のかかる今やらなくてもって気がしなくもないけど。
「街の中でなんか働ける口とかないの?」
俺が聞くとシマは少し難しい顔をして首を傾げた。
「無い訳じゃない。まぁ、選ばなきゃいくらでもあるだろうが、簡単に旅に戻れなくなっても困るし、日雇いも結構重労働だしな」
俺はモンスターが働いてくれる分こっちのがラクだと言って、シマは笑った。
「そう言えばハヤは?」
シマは飽きもせずまた豪快なあくびをしてから、涙目で俺を見た。
「あー……そこら辺は、聞くな」
え、秘密!? 俺だって仲間なのに! それに結構大人の世界もわかってきたってのに!
「知らんでいい事も世の中にはあんのよ」
そう言ってシマは俺の頭をぼんぼん叩くように撫でた。ちょ、いてぇっての!
すると空高くから甲高い鳴き声がしてシマのモンスターが合図を送ってきた。
「お、来たな」
シマはそう言って片手を庇のようにかざして目を凝らした。街へ続く街道の向こうに人影が見えてくる。あ、れ……?
「おおお?」
三人の人影……と思ったら、馬に乗った二人と歩く一人……
「ちょ、レツ、馬乗ってる!」
「えええええええ!!」
近づいてきたのは、馬に乗ったキヨとレツ、それからレツの馬を引いているコウの三人だった。
レツは城壁の上の俺たちに気付くと片手を離して手を振り、そのせいでバランスを崩して落ちそうになってコウに助けられ、何だか猛烈にかっこ悪く馬にしがみついた。
……いや、まだ乗れてるとは言わないな。
「どうしたんだよ、一体!」
俺たちは城門に駆けつけて三人を迎えた。
レツがえへへーと笑って説明しようとした時、姿勢が崩れてまた落ちかけた。
「ほら、背筋伸ばす!」
「うああ」
キヨに言われてぴょこんと姿勢を正す。でもまだぐらぐらしていて、コウが支えてなんとか持ちこたえた。
そうか、どこで馬を手に入れたか知らないけど、キヨとコウで教習したんだな。なんだかズルイ……
「俺も馬に乗りたい!」
「じゃあ、俺と次の出稼ぎの時に教えたる」
シマはそう言って俺の頭を撫でた。やった! っていうか撫でるのやめろよ! ガキ扱いか!
キヨは素早く馬から降りると、どこかへ馬を引いて行った。レツもへっぴり腰のまま何とか降りて、コウがその馬を引いてキヨを追いかける。
「途中で街まで戻す馬を預かったんだよ」
レツは両手をはたきながら言った。へー、じゃあそれも仕事の内って事なのかな。キヨがその辺はしっかりしてそう。っていうか、ただ働きはしなさそう。
「先帰っちゃっていいのかな」
「いいんじゃね? 別にガキの使いじゃねーし」
そう言ってシマは歩き出した。
ヒマすぎてわざわざ帰りを待ってた割りには、こういうとこは淡白だよな。でもこのくらい自由だからやりやすいのかも。
「今日またレベル上がったんだよー」
レツは嬉しそうに言った。
むむ! 何かだんだん差を付けられてるみたいでイヤだな。馬に乗れるようになったりレベルが上がったり……それじゃ酒では負けないようにしようか……いや、それは全然関係ないな。
レツはあの後、結構自分から動くようになった気がする。ただ今までが今までだから、これでプラマイゼロって気がしなくもないけど。
それでも何となく前向きな感じだから、やっぱりその方が安心できる。やっぱ旅の中心になる勇者が逃げてばっかとかよくないよな、精神衛生上。
俺たちがまだずるずるとマレナクロンに滞在しているのは、レツのお告げが来ないからだ。大きな街だから今度は教会で祝福をしてもらったりもしたけれど、やっぱりお告げは唐突に来るのが普通らしく何の助けにもならなかった。
ただ祝福を受けると、このままでいいんだって感じがして気持ちはスッキリした。だからみんなゆっくりお告げを待つことにしたのだ。もし行く先もわからないまま旅に出ちゃって、受けたお告げが全く違った方向だったりしたら困る。
だいたいこんな大きな街に今後滞在する事なんてないかもしれないから、できればのんびりしたいって気がなかったわけじゃないんだよな。
俺がこんな都会に滞在してるなんて、家族が知ったらどんな顔するか……驚く兄弟の顔を思い浮かべたら、思わず顔がにやけた。
「何、思い出し笑いしてんだ、エロいヤツ」
シマはそう言って俺の頭を小突いた。ちょ、違うっての!
「そんなんじゃねーよ!」
……でもその後は言えなかった。シマは笑っていたが、急に黙った俺をちょっとだけ不思議そうに見た。
そうだ、シマとかってみんな孤児なんだから家族の事とか、あんま言わない方がいい……のかな。なんか気を使う。
でも俺今まで家族の事とか、あんまり思い出したりしなかったな。考えてみれば集落を出て、サフラエルで仲間になって、もうその翌日には旅に出ていた。
全てがあっという間に始まって、その後はもう毎日がバトルとか冒険とかで気が付いたらここにいる。毎日同じように寝て食って過ごして、なんだか仲間が家族みたいな感じだから、それでホームシックにはならなかったのかも。
みんな孤児院にいる時から仲間なんだから、ずっと家族みたいな感じなのかな……あ、でも別々に仕事についてるんだし、一緒に住んでるわけでもないもんな。
……もしかして、レツが言ってた昔みたいにみんなでって、そういう事もあるのかな。
「そう言えば、今日早く帰れたら出掛けるってキヨ言ってたんだよ。俺が馬乗って戻れたから、ちゃんと早く帰れたんだよー」
「キヨが飲みに行くのって別に珍しくないじゃん」
俺がそう言うとシマが、お前が言うかーと言って笑った。だってそうなんだもん。
「何かやっぱ図書館とか。今日もね、新しい魔法とか試したりしてたんだ。この街おっきいから図書館もすっごいんだって。そんで魔術とかも新しいのを勉強したんだって」
へー、そりゃ魔法だから、剣と違って練習だけじゃなくて勉強が必要な分野だけど、そんな風に図書館で勉強して新しいのが使えるようになったりするのか。
「いや、そんな簡単なもんじゃねぇって」
「違うのか?」
「魔法って、素質さえあれば呪文唱えるだけで何でもできるとかじゃないらしいぜ。体に流れる魔法の力とか掴んだりってそう言うのは素質もあるけど、魔術を練るとかってのが難しいんだそうだ」
魔術を練る? 普通に呪文があって、みんなそれを唱えるんだと思ってた。
「まぁ、メジャーな魔法は集中しやすく強い言葉が呪文になってるとは言ってたよ。みんな聞いた事あるよなのはな。でもそうじゃない魔法になると、呪文そのものに魔法を呼ぶ力が少ないとか何とかで、それを自分のものにして発動するためには独自のやり方が必要なんだと」
全部キヨの受け売りだけどなーと言ってシマは両手を頭の後ろで組んだ。
まぁ、魔法が使える時点で相当勉強してるんだろうとは思ったけど、やっぱ何でも大変なんだな。剣だって毎日鍛錬しないとすぐなまっちゃう感じあるし、シマも出来る限り街の外へ出てモンスターの訓練とかしてる。コウなんか時間が空いたら自主練してるイメージだ。楽な仕事はないってことだな。
俺は何となく自分の手の甲を眺めた。魔法陣は少し傾けるときらきら儚く光っている。まだまだ全然足りてない気がする。本物の勇者に選ばれるためには。
でもレツはレベル0の段階で勇者に選ばれたんだよな。それってどういう事なんだろう。
「……お腹すいたよ」
レツが唐突にお腹を押さえて立ち止まった。えー……
「しょうがないな、まぁ働いてきたんだから何かちょっと食うか」
シマは笑ってレツの肩を叩いた。レツは嬉しそうに頷いて食べたい物を列挙し始めた。
うわ、片っ端っから甘いもんだよ……俺とシマは顔を見合わせて苦笑した。
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