第26話『そう、これは約束だから、絶対に守らなきゃダメよ』

「団長のこと、知ってたのか?」


 シマ が声をかけた。キヨは小さく「ん、」と言って足下を見た。

「こいつが、何か引っかかってたらしくて気にしてたんだよ。プライベート探るのは趣味じゃねぇけど、何か気持ち悪いから団長が毎日出掛けてる墓地に行ったんだ」

 キヨは頭で俺を示した。あの時、ちょっと出てくるっつって出掛けていったのは墓地だったんだ。

「今日も入れ違いだったらしくて、でも団長が花を手向けてたのがどれかはすぐわかった」

「あのお墓、両親のじゃなかったのか?」

 キヨは小さく肩をすくめた。


「たぶん、こいつが気になってたのって没年だと思う。あそこには計算すると十歳で亡くなった事になる年が書かれていたんだ」

「あ……」

 そうだ、そう言えばあの消えかかった墓石の年!

 そうだ、あれやっぱり見間違いじゃなかったんだ。

「名前が団長の母親だとしても十歳で亡くなってるはずないだろ、それでちょうど墓守のじいさんが居たんで、その墓に眠る人の事を聞いてみた。そしたら覚えてたんだよ、まだ彼女が生きてた頃の事。団長の事も含めて」

「えええ!」

 幼い頃のハヤを覚えてる人がいたの!?


「あの墓に眠ってるのは、団長が居た孤児院を運営していた人の娘さんだったんだ。よく一緒にいたみたいで、まぁ団長ってあんなだからやっぱ目を引くんじゃん。あの少女も……かわいかったしな」


 キヨはちょっとだけ、思い出すように視線をそらせた。白く輝く微笑んだ少女。幼い頃仲の良かった二人……

「元々体の弱かった子らしくて入退院を繰り返す生活だったらしい。でも結局病に倒れて……団長はその後、サフラエルに移動することになったんだって」

 十歳で亡くなるなんて、まだまだ色々やりたいこととかあっただろうな……そう言えば彼女、ハヤに白魔術師になったんだって言ってた。もしかして彼女も、白魔術を勉強してたのかもしれない。体が弱いからこそ、誰かを癒したいって願うのはあるような気がする。あの鉱石のように。


「それで、あの鉱石は」

 コウに聞かれてキヨは顔を上げた。

「爺さんが一度、内緒でねって言って見せてもらったのを思い出したんだ。黄色にオレンジの十字が入った鉱石。珍しいもんだから爺さんも覚えてた」

 黄色の鉱石は癒しの力を持つ。回復を司る。だからあの時、蜘蛛の足が元通りになったんだ。

「まさか今日聞いたばかりの鉱石が、あそこにあった時は驚いたよ」

 それに大聖堂と団長の繋がりなんて全然聞いてなかったし、とキヨは言ってため息をついた。


「団長、大聖堂に来た事あるって言ってた」

 コウはぽつりと言った。

 ほとんど忘れていたけど、いや記憶の表舞台からは忘れ去られていたけど、どこかに残っていた思い出。通りの雰囲気や大聖堂の中を、記憶を辿るように見ていたハヤ。あの地下のサンクチュアリだって、何か覚えがあったんだ。だから思わず近づいた。

「時期的に、その彼女が入院した事あるってのが一番ありえるっぽいな」

 シマはそう言って壁にもたれた。俺たちは四人とも廊下のベンチに座って、同じように壁にもたれていた。


「……あの時、団長がキヨも見たって言ったけど、何を見たんだ?」

 キヨは手放すようにため息をついた。

「結局お前らも見ただろ、あの少女だよ。レツが鉱石を貫いた時、一瞬少女の姿が見えたんだ」

 だからハヤは、敵のはずのモンスターに回復魔法をかけたんだ……

 でもキヨの言葉が正しいのなら、あの回復魔法が鍵となって彼女の縛めを解いたことになる。

 癒すための黄色の鉱石を、癒しに使える誰かに託すため、モンスターの姿の彼女が傷ついた時、彼女に回復魔法を使う事が彼女を解き放す鍵だったんじゃないだろうか。


「ハヤ、あの子のことが好きだったのかな……」

 泣いてすがりついたハヤ。いつもの自信満々な態度からは想像もつかないくらい、小さくて弱く見えた。誰か、温かい保護者の胸にいるべき時の姿。


 きっとあの鉱石の事もハヤは知ってたはず。もしかしたら、あそこに隠した二人の秘密だったのかもしれない。でもだからって彼女の姿をしてない時からあんな風にかばうなんて、並大抵の事じゃない。相手は白い大蜘蛛で、まだまだ俺たちを襲う気満々だったんだ。

 でもその腕の中にハヤは飛び込んだ。

 それって、どれほどの思いなんだろう。


「お待たせ」

 声に振り向くと、レツとハヤが廊下を歩いてきていた。

「話、ついた?」

「バッチリだよ」


 レツはそう言って親指を立てた。それを聞いて俺たちは立ち上がった。

 市庁舎の廊下には、午後遅い柔らかな日差しが差し込んでいる。美しく建てられた中にも機能的なところが垣間見え、さすが都会の市庁舎って感じだ。


「キヨが先に話しててくれたから、あとは確認だけって感じだったよ」

 歩きながらレツは嬉しそうに言った。

「まぁ、街の端とはいえヤクザもんが取り合いしてる物騒な場所なんて、ない方がいいもんなー」

 シマはそう言って両手を頭の後ろで組んだ。


 街にとっても、あの場所でのカナレスとカリーソの抗争は問題だったらしい。何を狙ってのことなのかは知らなかったようだけど。

 だからキヨは市庁舎に出向いて、この大聖堂取り合い抗争を終わらせるための協力が得られるか聞いてきていたそうだ。あの時はどんな風に転がるかまだわかっていなかったけど、それについては街も協力的だったらしく、何らかの明確な案を提示されれば街としても動きやすいと言われていたそうだ。

 大聖堂について調べた日にキヨとシマが立ち話してたのって、この事だったんだな。


 そして大聖堂の少女が消えた後、残ったのはあのオレンジ十字の黄鉱石と、その下に眠る黄鉱石の鉱脈だった。鉱脈を確認して出てきた俺たちを迎えたのは、街の役人と衛兵だった。

 俺たちが大聖堂から出てきたら、即周りを固めてカナレスとカリーソたちが入れないようにするよう、キヨが要請していたんだという。そしてそれを街に全て委ねる代わりに、あの大聖堂周辺を本格的に癒しの公園へと改修する事を確約させたのだ。


「いい考えだよなー、まさか街の公園をヤクザもんが取り合うとか、かっこ悪くて出来ないだろうし」

 まぁもう鉱脈は押さえられちゃってるけどと、シマは言って笑った。きっときれいな公園になれば、市民が集まって今までの事なんて忘れられちゃうかもしれない。そしてみんなを癒す場所になる。

「でもよく簡単に説得できたね。黄鉱石だって一財産だから、いくらでも街が勝手にする事だってできるのに」

 俺がそう言うと、知った風に言うなとコウが小突いた。むむ、俺だってもう大人の仲間入りでいい頃だぞ?


「……知った人だったんだ」

「え?」

 穏やかに言ったハヤを見る。

「この街の市長、あの十字の黄鉱石を知ってる人だったんだ」

「それって……あの子のおとうさ、ぶっ!」


 俺が最後まで言う前に、キヨが足を引っかけたので俺は派手にすっころんだ。

「なにすんだよ!!」

 顔から行ったぞ、顔から!!

「お前が勝手に転けたんだろ、俺の所為にすんなよ」

 足短いのに器用なヤツ、とキヨは言ってそのまま歩き出した。何て事を! 


「俺だって、すぐにキヨくらいになるんだからな! すぐ追い抜くんだからな! 今に見てろ!」

 騒ぐ俺を市庁舎の役人が不思議そうに見る。

 笑って歩き出すみんなを追いかけて、俺は走り出した。




――― いい、この石に誓うの

――― なんて?

――― 必ず、りっぱな白魔術師になります

――― かならず、りっぱなしろまじゅつしになります

――― そう、これは約束だから、絶対に守らなきゃダメよ

――― わかった!

――― さあ、ここの裂け目に隠しておけば大丈夫よ

――― どうして隠すの?

――― この鉱石は癒しの力があるの。十字が入ってるから特別

――― なんで持ってちゃだめなの?

――― 一人のものにしちゃダメよ。みんなを癒してあげなきゃ

――― ふーん……

――― ここは病院だから、ここならきっとみんなを癒してくれるわ

――― うん

――― いい、これは二人の約束だからね

――― だいじょうぶ! 忘れないよ! みんなをいやすんだね!

――― ハヤはいい子ね、いつも私を癒してくれる

――― いつも一緒だよ、だからずっと一緒にいてね

――― みんな癒しが必要なのよ。お願いだからその力、みんなに分けてあげてね

――― うん、やくそく

――― 約束。ハヤ、ありがとう……大好きよ……

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