第24話『ここ……知ってる』

 俺が朝ご飯を食べに出た時には、もうシマもレツも出掛けていて居なかった。

 結局コウが恐ろしくゆっくりした動作の俺に付き合ってくれて、何とか支度をした頃にハヤが帰ってきた。その頃には頭痛はだいぶ治まっていた。


「さて、どうしよっか。カリーソとは大聖堂で落ち合うつもりなんだけど」

「それって、俺たちが一緒に行っても大丈夫なのかな?」

「んーとりあえず、大丈夫なんじゃないかなー。あ、レツとかは?」


 コウは答える代わりに小さく肩をすくめた。出掛けちゃってたけど、俺たちは行き先を知らないし。

「キヨくんも、ちょっと出てくるって言ったきり」

「ちょ、キヨリン昼間だったら安全とか思ってないでしょうね!」


 あー、そう言えばカナレスって昼夜関係ない感じだったもんな。でもあれって好かれる必要があったから、いろいろ面倒だったんじゃないのかな。そこら辺関係なかったら、キヨって好きに攻撃しそうな気がしなくもない。


「まぁ、そうは言っても今から探しに行くってわけにもいかないか。あとは自己責任って事で。何かあったら色々聞かないとだね……」

 言いながらハヤがニヤリと笑ったので、俺はむしろそっちのが怖かった。


 それから俺たちは三人で宿を出た。

 気持ちよく晴れているから、何だかこれからモンスターがいる大聖堂に向かってるって感じじゃなかった。どっちかっていうと、観光名所に向かう気分。


「大聖堂って南の端っこにあるんだろ? ハヤは行った事あんの?」

「前に住んでた頃? たぶんないと思う。僕は街の東に住んでたし、あんまり南側って行くことなかったと思うんだよね。それに小さかったし」

 それから、僕みたいに可愛い子が子どもだけで遠出したら、あっという間にさらわれちゃうと言った。うん、それはわかりました。


 街を分ける大通りを越えると、港側とは雰囲気の違う感じになった。

 路地の入り組んだ裏町も、なんとなく乾燥した感じ。ハヤは時々通りの名前を確認しながら、南へ南へと向かっていく。


 途中からは小さな通りが真っ直ぐ大聖堂に向かっているという事だった。大聖堂だった頃が古すぎて、今の庁舎とは大通りで結ばれていないのだそうだ。

 何十年前から病院なんだもんな、都会の高級街っぽい大通りは明らかにもっと最近できた感じだし。


「あれ」

 市庁舎の裏側辺りへ辿り着いた時、唐突にハヤが呟いた。え、迷子になっちゃったとか?

「いや……」

 ハヤは少し不思議そうな、なんとなくボンヤリしたまま先へ進んだ。どうしたんだろ。俺とコウは顔を見合わせ、でもどうしようもないからそのままハヤについて行った。


 通りを抜けると、そこに大聖堂があった。

 崩れた屋根、ほとんど壁しか残っていないが、濃い灰色の石造りで残った部分は堅牢そうに見える。大きく開いた正面玄関は、落雷の後の火事で扉が燃えたのか真っ黒に染まっていた。もう十五年も経つはずなのに、黒々とした煤が未だ張り付いてるみたいだ。


 公園として整備されたって聞いてたけど、それはちょっと良く言い過ぎだった。

 どう見ても廃墟。申し訳程度の芝生が周りに敷かれているけど、雑草もはびこっていて緑がある分余計にみすぼらしい。


 大聖堂って言われたら広い敷地にどーんと建ってるイメージだったけど、思ったほど大きく感じなかった。市庁舎からの道を整備しなかったのは、すでに捨て置くつもりだったからなのかもしれない。


「ここ……知ってる」

「え!」


 ぼんやりと呟いたハヤを俺とコウは見上げた。ハヤは大聖堂から目を離さない。

 でもさっき来たことないって言ってたのに。もしかして記憶になかっただけ? それじゃさっき通りでのも、来たことあったからなのかな?


 俺たちはボンヤリしたまま大聖堂に近づくハヤの後を追った。

「あー、やっと追いついた」

 声に振り返るとキヨがいた。

「どこ行ってたの」

「いろいろ。あと餌撒きに」

 コウの言葉にキヨはそう答えた。餌? 何の話だろ。


 大聖堂の玄関に到達すると、突然屈強な男が物陰から現れた。うわ、ホントに近づいただけで出てきた! 思わずコウの後ろに隠れる。


「いってっ!」


でも捕らえられたのはキヨだけだった。腕をねじり上げて背後で押さえられる。え、どういうこと?


「ハヤ!」

 明るい声に視線を上げると、カリーソが背後に護衛つれて近づいてくるところだった。キヨを捕らえた男も小さく会釈する。


「カリーソ! 僕の友達に何するんだよ!」

「ハヤ、君のことは信用してるけど、君の友達はあの男と通じてるだろ」


 カリーソはそっとハヤの胸に手を置きながら、冷たい目で腕を取られたキヨを見た。

 うわ、なんかバッサリ切り捨てる容赦ない人って感じ。カナレスも強引で怖い気がするけど、この人のがホントは怖いのかもしれない。


 別に情報得るために取り入ったんだし、キヨはいくらでも言い訳できるはずなのに何も言わなかった。

 腕を外そうと無駄にもがいたりして、何だかキヨっぽくない。


「通じてるって、君だってカナレスにつきまとわれて可哀想って言ってたじゃないか」

 そう言ってハヤはカリーソの顎に手を添えて自分に向けた。カリーソはちょっと拗ねるように上目でハヤを見た。

「それはそうだけど、やっぱり目障りなんだよね。あの男に関わるヤツは消えて欲しいっていうか。ハヤの友達じゃなかったら即排除するんだけど」

 怖いセリフを吐きながらカリーソはハヤの胸に寄りかかった。


「おいおい、勝手な事してくれちゃ困るな」

 もう何だか聞き慣れた声に俺たちは振り返った。

「そいつは俺のもんだ。むやみに触らないでもらおう」

 カナレスが睨むと、キヨを押さえていた男は納得いかない顔でカリーソを見、カリーソは舌打ちして頷いた。男は乱暴にキヨを離す。解放されたキヨの腕をカナレスが掴んだ。


「大人しく待ってる事ができねーみたいだな」

「何も言ってこねーからだろ」

 キヨは悪びれずにそう言って掴まれた腕を、痛いんだけどと言って振り離そうとした。カナレスはキヨを引き寄せる。

「キヨ、お前上手いこと逃げられると思うなよ」

「逃げる? 何から? っつか、お前が俺を大聖堂に連れて行くはずだろ。だから来てんじゃんか」

 早く行こうと言ってキヨは逆にカナレスの腕を取って歩き出した。そのまま正面玄関を上り、それからカリーソに向く。

「あんたの許可取る事ねーよな?」

 そう言ったキヨをカリーソは憎々しげに睨んだ。


 ああ、そうか! キヨが言ってた餌って、カナレスをおびき寄せるためのもんだったんだ。

 カリーソとは今日会う予定だったけどカナレスとの約束はなかった。でもカリーソしか居なかったら、敵視されているキヨが大聖堂に入れるはずはない。だからこの場にカナレスが必要になる。

 きっとキヨはカナレスのシマをうろつきながら大聖堂へ向かい、カナレスの元にキヨが大聖堂に向かっているという情報を届けさせたんだ。


 睨み付けたままキヨとカナレスを見送るカリーソを、後ろからハヤが抱きしめた。

「じゃ、僕たちも行こうか」

 カリーソは少しだけ背後のハヤを気にして、何も言わずに促されるまま先に行くキヨとカナレスについて大聖堂に入っていった。


 うわ、あの一触即発状態を一発で丸く収めたよ……ハヤもすごい……

 俺とコウは何となくそのまま一緒について行ったけど、もうカリーソの護衛もカナレスの護衛も何も言わなかった。


 廃墟の内側は完全に屋根が落ちていて青空がぽっかり見えた。

 それでも壁は高さが建物三階分くらいありそうだし、窓に填ったステンドグラスが陽光を通して色の光を床に落としている。ただくすんだステンドグラスは何だか暗く感じた。


 身廊の真ん中は人が歩いた跡のようにすり減っていた。たぶん座席のあったところにベッドが並び、人々は身廊の真ん中と側廊を歩いていたんだろう。人の足でなめらかになった石畳は何だか歩きにくく感じた。


 屋根がないからまるっきり外と変わりない。それでも何だか壁の内側の空気は外とは違う気がした。

 何か気分的に、神聖な感じがするんだ。それはここが元は祈りの場だったからなんだろうか。俺たちは翼廊を過ぎ、側廊から地下へ続く階段に辿り着いた。


「モンスターって、いつもいんの?」

 キヨがカナレスに聞くと、カナレスは嫌そうに少し首を振った。

「いや、ある程度近づくだけなら何も起こらない時もある。だからって手を出したらおしまいだ」

 キヨはふーんと言いながら階段を降り始めた。がっちり腕を組んでいるけど、むしろそれは逃がさないようにしているみたいだった。その後に俺たちも続く。


「ハヤ、こんなところ見たって面白くないだろ? もっとくつろげる部屋で美味しい酒でも飲んだ方がよくない?」

 カリーソは肩を抱くハヤを見ながら言ったけど、ハヤは何だか真っ直ぐ前を見ていて聞いてないみたいだった。


 地下へ降りると、足の踏み場もないくらい石のブロックが転がっていた。立ち入りを制限する柵がある。

 これだけのブロックが壁から崩れ落ちたって事は、上の建物だって支えきれないんじゃないだろうか。でも上の壁はまだ健在だし、全部崩すにしても大変だよな。でも不思議と空気は落ち着いていて、今すぐ崩れそうな気はしなかった。


 キヨは少しだけ辺りを見回していたけど、やっぱり躊躇せずに柵を越えた。


「おい、お前どこまで行く気だ」

「え、怖いのか?」


 キヨが間髪入れずに切り返したから、曲がりなりにもこの街を二分してる影の権力者たちは後に引けなくなった。

 さすがキヨ……カナレスもカリーソも護衛も無言で柵を越える。


 俺たちは転がる石を避けながら一番奥へと辿り着いた。地下のサンクチュアリだ。

 その壁に、たぶん何らかの聖像を飾るために作った台が、石が崩れて大きな裂け目が現れ、深く地下へ続く穴になっていた。

「何も居ないね」

 俺が呟いて顔を上げると、ハヤは魅入られたようにその穴を見ていた。でもハヤの目には何か違うものが見えてるみたいだった。

「あそこ……」

 ぼんやりとしたまま穴に近づく。ちょ、手を出したら危険なんじゃなかったのか!?


「ハヤ!」


 思わず止めようと俺が飛び出すと同時にコウも飛び出していて、その瞬間、穴から真っ白な糸束のようなものが伸びて俺たちを捕らえた。


 何これ!?

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