第23話『お前、よく二日酔いでそんな頭振れるな。勇気あるよ』
日差しにやられて目が覚めると、どかんとものすごい頭痛がした。俺の頭、割れてるんじゃないだろうか……
「起きたのか」
なるべく頭を動かさないように声のした方を見ると、キヨが片手に水の入ったコップと、薬のような物を持ってきた。
「ほら、これ飲め」
俺はそろそろと起きあがって、言われるままに薬を飲んだ。
「まず……」
「美味い薬があるかよ」
キヨはそう言って少し笑った。
昨日あれから飲みに出掛けちゃって、一体いつ帰ってきたんだろう。俺がこんなになってんのに、キヨはあの後また飲んだはずなのに二日酔いすらしてないみたいだ。
まぁ、昨日だって酔ってもいなかったけどさ。
「昨日……」
俺が言うとキヨは少し視線を上げて俺を見た。
「……いつ頃帰ってきたんだ?」
俺の問いかけにキヨは少し意外そうな顔して、それから何だか優しげに小さく笑った。もしかして、俺がレツの事言うと思ったのかな。
それから少し体を近づけると、俺の耳元にいつもの低くてハスキーな声で囁いた。
「あいつのベッドが気持ちよくて朝まで……」
!! 驚いて唐突に顔を上げたら、ものすごい頭痛が俺を襲った。うおおお……俺が悶絶しているのを見てキヨは面白そうに笑った。
「お前、よく二日酔いでそんな頭振れるな。勇気あるよ」
ちっくしょーウソかよ! タチ悪いよ! っていうかウソだと思ったけど!
「こーら、お子様になに悪い教育してんだ」
背後から現れたコウがキヨの頭を叩いた。キヨは笑ったままイテとか言っていた。
仲直り……したのかな。仲直りとかいうもんじゃないのかもしれないけど。
「あの、みんなは……」
「もう飯食ったよ。お前だけだ、寝てんのは」
いつも誰よりも寝坊してるクセに。しかも昨日はみんなキヨを探しに行ったんじゃないか。
でも……仲直りしてるんだったらあえて突っ込む事じゃない、よな。俺も大人になったな。
「今日は大聖堂に行くからな。その薬一時間くらいで効くから、そしたらお前も早く飯食いに行け」
「え、大聖堂、行けるの?」
ハヤが今日行くって言ってたけど、キヨはカナレスに連れてってもらうって話だけだったはず。繋ぎ取れたのかな? いや取れたとしても、ハヤが今日行けるって事は向こうで鉢合わせしちゃうし……
「っていうか、ハヤは……」
「いつものとこ」
いつもの?
「墓参りだよ」
きょとんとしていた俺にコウが言った。ああ、そう言えば……
「どうかしたか? また頭痛?」
難しい顔をした俺にコウが聞いた。
いや……今、何かすごい違和感が……なんだろう、俺の知ってる事で何か妙な事がある気がする。
「ねぇ、ハヤがしてる墓参りって……誰の?」
俺の言葉にキヨとコウは顔を見合わせた。
「誰って……両親、だろ?」
キヨもコウも、あの墓地には行ってない。
俺は何かを忘れていて、それが何かわからなくてすごくもどかしかった。二人は俺をしばらく見ていたけど、そのうちキヨが「ちょっと出てくる」と言って部屋を出て行った。コウはそれを見送る。
俺はぼんやりとコウを見上げた。
「仲直り、したの?」
コウはそれを聞いて小さく肩をすくめ、それから俺の隣のベッドに座った。
「お前、キヨくんの言ったこと、許せると思うか」
……なんかそんな聞き方されると、コウには許せないみたいな気がするけど……
でも俺は、あの言葉はそのまま受け取るもんじゃない気がしてる。
それは俺が勇者じゃなくて勇者見習いで、勇者のプレッシャーとかわかんないからとか言われたらそれまでなんだけど、でも俺だったら、言われなきゃ気づけない勇者になりたくない。きちんと仲間に向いてたい。
きちんと仲間に向いてたら、あの言葉がただ傷つけるためのもんじゃないってわかる。
「俺は……キヨが、お告げやこの旅を妨害しようとしてるとは思わないよ」
俺がそう言うと、コウはやっぱり小さく肩をすくめた。
「そりゃそうだ。俺たちキヨくんがいなかったら、どっちに進むかも決めらんねーよ」
そこまで、じゃないと思うけど……
「キヨくんはマジメなんだ。ちゃんとしてる。俺たちが遊んでる間にも色々考える。俺たちが進む方向を決めてくれる。俺たちはそれに乗っかって楽しんでる。
ときどき、キヨくんは何で楽しんでるんだろうって思う」
もしかしてコウはあの言葉を、レツだけに向けたもんじゃないって思ってるのかな……いつだってキヨに頼りっきりだと思ってるから。
そんなキヨが言った言葉は額面通りに受け取るなら、「やるべき仕事をしてない」ってことだから。
「……でもキヨは、この旅に誘われて嬉しかったと思う、よ」
コウは少し驚いたように視線だけで俺を見た。最初この旅を断る気満々だったキヨ。
でも仕事が入ってて絶対抜けられないってわかってるのに、それでも声をかけられて、しかも無理矢理連れて行かれて、そこまで求められて嬉しくないはずがない。
きっとそういう仲間なんじゃないのかな。
コウは全部キヨがやってるみたいに言うけど、キヨはたぶんやらされてるとは思ってない。仲間の内での自分の役割をわかっているだけだ。仲間だからみんなで動いてると思ってる。戦略家で思考家でキツイ言葉でずばずば言う。それがキヨの役割だ。厳しい優しさだ。
受け入れる優しさや認める優しさ、見守る優しさ、気付くまで待つ優しさ、それぞれ他の仲間が持つものとは違うけど、でもみんな役割がある。ああ、そう言えば……
「たぶん、キヨは信じてると思うよ。だって前のお告げの時だって、結晶を壊すのはレツに頼んだじゃん」
お告げはレツが受けたものだ。旅の仲間で成就するんだとしても、でもレツがクリアしなきゃならない。勇者はレツだから。
あの時、逃げるかもしれない恐がりのレツじゃなくて、コウにだって結晶を壊す事は頼めたはずなんだ。それでもキヨはレツに頼んだ。
「そうか……」
コウは少しぼんやりとそう言って、それからもう一度「そうか」と小さく呟いて両手に視線を落とした。しばらくそのまま黙っていたけど、それから何かに呼ばれたようにゆっくりと視線を上げ、窓の外を眺めた。
「まさか見習いくんに諭されるとはな……」
そこで見習いとか出さなくてもいいのに。俺はわざとらしく唇を尖らせた。
コウは俺を見て面白そうに笑った。
「頭痛、治まったんなら飯食えよ」
俺はコウの言葉に思いっきり頷いて、それから悶絶した。
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