第22話『なんで俺が勇者になっちゃったんだろ』

 気持ち……悪い……


「だいじょうぶかー?」

 シマが隣のベッドに座ったまま苦笑しながら言った。レツは冷たく濡らした手拭きを絞って俺の頭に載せる。


「これで酒やめるか、また飲むかで人生変わってくるよね」

 ハヤはシマの隣に座って面白そうに言った。っていうか、もういろいろどうでもいいんで俺の事はほっといてください。


 あの時、足は立たない割に全然平気な気がしてたのに、なんでこんなに辛くなってんだろ。

「飲んで酔って動いたから回っちゃったんだよね」

 レツは俺に響かないようにそーっと手拭きの位置を微調整した。

 そうなのか、飲んで酔ったら動いちゃだめなのか……ちくしょーキヨとコウがガンガン引っ張って歩くから……


 あのあと意外と元気に宿に戻ったのだけど、とにかく足に力が入らない感じなので俺は休むことになり、することもないから昼寝した。


 しかしこの昼寝の間に何度か嘔吐感で目が覚め、結局夕飯も食べたみんなが帰ってきたこの時間になってもこの体たらくだ。

 動けない俺を気遣って、みんなは俺が寝ている部屋で話し合いをすることになった。


「で、結局カナレスは落としてこれたんだ?」


 ハヤが期待いっぱいで楽しそうに言うと、俺の寝ているベッドに座ったキヨは不機嫌そうにため息をついた。

「大活躍でした」

 そういうコウを隣のキヨが叩こうとして、コウが笑って避ける。

 う、だからベッドに座って動かないで……


「うぷ」

「あああキヨもコウちゃんも、ベッドから降りて!」

 レツに言われて二人は立ち上がった。うう、その揺れすら危険です……

 キヨが椅子を引き寄せて座り、コウは壁に寄り掛かって立った。


「でも大聖堂に近づく日時は確約してこなかった。そこまで話進められそうじゃなかったし」

 キヨの言葉に小さくコウが吹き出し、キヨはまたコウを睨む。

「うんうん、その辺の詳しい事はあとでコウちゃんに聞かないとだね」

「そんな事はいいから、そっちはどうだったんだよ」


 うるさそうに遮ってキヨが聞いた。

「僕? 僕は順調だよ。でもあれだな、とりあえず僕が大聖堂を見に行くのは可能だけど、みんな連れては無理かも。カナレスがここに現れた事を根に持ってる感じ」


 そういえばカナレスもカリーソが現れた事を気にしてたよな。キヨがばっくれちゃったからよかったけど、たぶんカリーソと仲良くしてたハヤが一緒にカナレス伝手で大聖堂に行くのは難しいかもしれない。


「それっていつ行くんだ?」

「んー、明日、かな」

 キヨはそれを聞いて少し考えるように顎に手を添えた。


「ああ、それよりモンスターの話は聞いたか?」

「え! どっからそんな話が出てんだよ!」

 シマは驚いて言った。

「ああ、居るのは大聖堂にじゃない。大聖堂の地下室の奥深く、たぶんこの辺りじゃねーかな」


 キヨはそう言ってまた手書きのメモを取り出した。

 今日の午後、図書館で調べて来た大聖堂の見取り図だ。大聖堂の正面玄関から入って中程まで進むと両脇に地下へ下る階段がある。そこから降りて一番奥の聖域。


「実際には地下へ入ると、崩れ落ちた石とかがごろごろあって危険な状態だから、階段付近までしか入れないらしい。

 聞いた話だと地下室の奥に黄鉱石の鉱脈が見つかったんだと」

「それって……」


 シマが言うと、キヨは黙って頷いた。

「確かに勢力図は変わるな。だから躍起になってんだ」

「でもそしたらモンスターはどこから出てくんの?」

「鉱脈に居たって言ってる。だからどっちも占拠できねぇし、未だ採掘もできねぇと」

 なーるほど、と言ってシマはベッドに後ろ手をついた。


「それがレツくんの見た白いのなんじゃね?」


 コウが言うとレツがものすごい勢いで反応した。また思い出したのかな。

 モンスターと幽霊って違う気がするけど、ゾンビとかもあるからあり得るのかな?


「でも、なんでそんなとこにモンスターがいんの?」

 恐る恐る聞いたレツの問いかけに、キヨは小さく肩をすくめた。

「聞いてみれば?」

 聞いてみるって、モンスターに聞けるのかよ!

 俺の心の声と同じよな反応をレツがした。まぁ、ちょっと……いや、かなり違うか。


「やだやだやだやだ! 絶対行かないいいい!」


 思いっきり拒絶するレツを、ハヤが頭を撫でてなだめる。


 まぁ、怖がりもわがままもレツにとってはいつもの事だよな。キヨはしばらくそれを眺めていたが、諦めたように視線を落として小さくため息をついた。


「別に行かなくてもいいさ。お前はカリーソにもカナレスにも繋ぎ取ってねぇから、どうせ行きようがねぇんだし。

 現物見た本人が手がかり小出しにして仲間パシらせてるだけだろ」


「!!」

「キヨリン!」

 厳しくたしなめたハヤを無視してキヨは立ち上がった。


「それにそんなの、勇者がお告げを無視するだけだからな。大した事じゃねーよ」


 そう言ったキヨを、今度は誰も責めなかった。キヨは沈黙の後、小さく息をついた。


「……団長、昨日団長が飲んだのってどの辺の店?」

「こっから西に行った……港からちょっと離れた辺り」

 キヨはふーんと小さく言って、それからマントを取ってそれ以上何も言わずに出て行った。

 みんな黙って、閉じたドアを見ていた。


「あの子は全く……」

 コウは少しだけ、吐き出すようにそう言った。うんざりしているというよりは、止められない事を容認してるみたいに聞こえた。


「キヨくんがわざわざカリーソのシマに飲みに行ったのは、この時間に下手に出歩いたらカナレスに捕まっちゃう可能性があるからだと思う」

 それからコウは壁から体を離し、キヨの座っていた椅子の背に両手を載せた。

「でもキヨくんの事をカリーソが知ってたら、結局キヨくんの身の安全は保障されないと思う」


 使いようがあるから、とコウが言うと、唐突にシマが顔を上げた。

「ちょ、やべぇじゃんそれ、探しに行かねーと」

 コウが頷くとシマも立ち上がった。


「団長、もしかするともしかするんで、カリーソの対応してくんない? カリーソ押さえとけば、とりあえず半分は安全だから」

 シマが言うとハヤは頷いた。それからレツを撫でながらそっと俺の隣のベッドに座らせる。

「お子様の看病お願いね」

 レツは俯いたまま小さく頷いた。


 三人は俯いたままのレツをしばらく見ていたが、何も言わずにそのまま部屋を出て行った。


 レツは黙ったまま座っている。

 俺は気持ち悪いまま寝ちゃうって手もあったけど、何となくそういう風に出来なかった。何だか沈黙が重い。

 あんな風に言ったキヨを、みんな心配して探しに行っちゃったんだ。レツはどう思ってるんだろう。


「あーあ。なんだかなぁ……」

 レツは小さく呟いた。俺は少しだけ手拭きを退かしてレツを見た。


「なんで俺が勇者になっちゃったんだろ」


 それはお告げが選ぶ事だ。勇者になりたい人間はこの世界にたくさんいる。俺だってそうだ。

 だから今のレツの発言は、ものすごく失礼だ。失礼な、はずだ。


「勇者のお告げ見たとき、何かすごい事だって思ったんだ。そんで、これならみんなと一緒に旅が出来て、それで絶対楽しいぞって思ったの」


 レツは少しずつ、ぽつぽつと言葉を続けた。俺は黙ったまま聞いていた。


「みんなで楽しく旅ができればって、思って……昔みたいに、みんなで……」

「モンスター倒さなきゃならないとか、考えなかったの?」


 俺が言うと、レツは涙を浮かべたまま顔を上げた。


「だって、それは怖い……し」

「だから、一緒に行く人がやってくれるって思ったんだ?」

「違う! 違う違う違う」


 レツは子どもみたいに激しく首を振った。


 でもたぶんそうなんだろう、でなきゃあんな風に逃げたりできない。

 レツの周りにいる仲間はみんな強い。レベルだってこの旅を始める前からそこそこあった。レツだけが0だったんだ。


「でももうモンスターだって倒してるし! 俺だってがんばってるよ!」


 たぶん、レツは頑張ってるんだろう。旅の中でバトルだってちゃんと参加するようになった。

 でもまだ甘えはたくさんある。その甘えを認めてしまう仲間もいる。そして、それにレツが自分で気付くまで待とうとしている仲間もいる。傷つくような言葉を使って気付かせようとする仲間もいる。


「現物見た本人が手がかり小出しにして仲間パシらせてる……」

 俺がキヨの言葉を引用すると、レツはビクッと体を震わせた。

「そんなつもり……なかったもん……」


 キヨだって本気でレツの事そんな風に考えてるわけじゃないと思う。仲間がみんなでお告げの解読に走り回ってるのだって、別にただレツのためじゃない。この旅の成就をみんなが願ってるからこそ、それだけ動けるんだ。


「だって……怖かったんだも……」


 でもレツは肝心なところで甘えてしまう。だからキヨの言葉は厳しいけど事実だ。レツが見たお告げは曖昧で、だからこそ細かく聞きたかった事だってあるのに、あの一文以外は全く答えなかった。そして、それで許されていた。


 その事に、レツは気付いているんだろうか。


「……なんでレツが勇者なんだろ」


 俺が言うとレツの目から初めて溜まっていた涙がこぼれた。


 レツは勇者で俺は違う。

 レツには旅の成就に尽力する仲間がいて、俺はその後をついてまわってるだけだ。ただの見習いだ。ただの邪魔者だ。


「俺だって勇者になりたいのに、俺だってあんな仲間がほしいのに……なんでレツなんだろ」


 何だか俺まで泣きたくなってきた。

 怖かったら逃げていいのか? 怖かったらやらなくていいのか? 逃げても甘えてもわがまま言っても、それでも勇者はレツなんだ。俺じゃない。

 どんなに向いてないくても似合わなくても、勇者に選ばれたのはレツなんだ。それはなぜなんだろう。


「……ごめん」


 レツは俯いたまま長く黙っていて、それから小さく謝った。


「謝ってもらってもしょうがないよ……レツは、ズルいな」


 レツはズルい。何でも持ってるのに、何もない俺にそれを愚痴る。もしレツが俺に勇者を譲るとか言いだしたら、俺はたぶんレツを本気で怒るだろうなと考えていた。


 でもレツはそれ以上何も言わず、だから俺はそのまま眠りに落ちていった。

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