第21話『あれだけツンなら、ギャップ萌えが狙えるんじゃね?』

 キヨはお世辞にも機嫌良さそうには見えなかった。


「絶対いらねぇと思うんだけど」

「まぁ、でも味方は多い方がいいんだし」


 コウはさりげなくフォローする。俺は機嫌悪そうに拗ねたキヨとコウと並んで歩いていた。


 結局あの後、ハヤがいつもの防御性高い格好で出掛けようとするキヨを引き留め、またむりやり着替えさせていた。シャツの前を開けさせ、上着をいつもより緩くベルトで押さえる。


「いい、キヨリン。カナレスが街を二分する影の有力者だとしたら、いくらでも遊べるとこにいるって事だからね。心してかからないと、あっという間に気持ち離れちゃうから!」


 キヨは納得いかない顔でハヤを見た。みんな真剣な顔で見守る。


 キヨにカリーソだけを味方としたらカナレスからの妨害が予想されるというと、それについては納得していた。だからこの際、双方美味しいトコ取りをしようと持ちかけたのだ。

 つまり、キヨはできる限りカナレスの気を引くこと。

 って事は、キヨは自発的にカナレスに好かれる必要があるから、カナレスが喜びそうな接し方ができるし、迫ってきたとしても無下にはできないだろうし、ましてぶっ殺しちゃったりできないだろうと。さすがやり手で知能犯、こういう場面のハヤってすごい頭の回転早い。


 ハヤは緩く自然と開いたキヨの胸元に、またあのペンダントをかけた。

「最初に受けた印象って結構消えないからね」

「印象?」

「ペンダントと一緒に刷り込まれた印象。今朝この事聞いたってことは、少なくともコレは相手にとって欲しい印象って事。

 つまり相手にはコレが色っぽいイメージを引き起こすきっかけになるってわけ」


 ハヤはそう言ってキヨの胸元のクロスを指先でもてあそんだ。

「もうちょっと、ちゃんと着てちゃダメなのかよ、これじゃやたらだらしないだろ」

 キヨは上着を直そうとしながら言った。寝起きの自分を棚に上げてよく言う……

「ダメだってば! キヨリン、小細工ナシでやりきる自信あんの!?」


 そう言われてキヨはちょっと不満そうにしながら、それでもそのままの格好で出掛けることになった。

 ちなみに俺とコウが同行する事になったのは、本気でカナレスがキヨを拉致っちゃわないようにだそうだ。もしもの時に備えて、コウが「実働部隊」で、俺は「お子様」的目撃者らしい。だからお子様じゃねーっつの!


「だいたい好かれるようにするって、どうすんだよ……」

 気分良く飲んでるだけじゃダメなのかと聞くと、コウはうーんと唸った。

「まぁ、それでも良さそうな気がしなくもないけどね。キヨくんって、昨日の夜、どんな感じだったか覚えてる?」

 今度はキヨがうーんと唸る番だった。覚えてないのかよ……


「気分良く飲んでた、なぁ……別に記憶無くす程飲んだわけでもねーし、酔って気持ち悪くなったとかもねーし」

「でもそれだけでカナレスってあんなにキヨに迫るよになるかー?」


 俺が言うとコウもキヨもぎょっとした顔で俺を見た。何だよ、またその顔か!

 キヨは「俺がいつ迫られたんだよ」とか何とかごにょごにょ言った。コウは苦笑してる。

「やべぇなぁ、お子様どんどん悪いことばっか覚えちゃってるわ」

 っていうか、こないだからそのお子様って呼び方ヤメロよ!

 俺がコウの背中を叩いた時、キヨが「そこだよ」と言って足を止めた。


 結構普通の酒場って感じ。泊まっている宿屋とさして変わらない。特に影の有力者が来そうな豪華な店でもなかった。

「この時間に開いてんのかな」

 キヨはコウの問いかけに少し肩をすくめ、それから店の扉を押した。

 閉まってるかと思ったけど、すんなり扉は開いた。キヨはちょっと俺たちを振り返って、それから店に入った。俺たちも後に続く。


「おい」


 店に入ってすぐ唐突に止められた。うわあ、ものすごくでかくてガラが悪そうで頭も悪そうな、見た目から下っ端用心棒って感じの人!


「お前ら何だ、まだ開いてねぇぞ」

「用事があって来たんだ、ここで待ち合わせてる」


 全く動じないで答えたキヨを、男は眼を細めて見た。キヨってやっぱ心臓に毛が生えてるわ……


「はぁーん、お前がか? じゃあ証拠を見せてみろよ」

「証拠?」

 男は面白そうにそう言った。

 え、だって今朝何も言わずに帰っちゃったじゃんか、カナレスがそんなパスワード設定してるなんて聞いてないよ!

 キヨはしばらく男を見、それからうんざりしたようにため息をついた。


「カナレス!!」


 キヨは男から視線を外して天井に向かって叫んだ。男は突然の事に驚いている。

「お前、会う気がねーなら最初からそう言え! 帰るぞ!」

 そして踵を返して俺たちの脇を抜けて出て行こうとした。えええ、ちょ、ホントに帰っちゃうの!?


「おい、待てって!」


 キヨが店の扉に手を掛けた時、背後から止める声が聞こえた。キヨは不機嫌そうに振り返る。カナレスは少し苦笑しながら店の奥から出てきた。

「……ちっ、釣れなきゃいいのに」

 俺たちにやっと聞こえるくらいの小さな声でキヨが呟いた。うわ、ホントに帰る気満々だったんだ……コウも何だか困ったように苦笑していた。


「キヨ、お前のその気の強いとこ嫌いじゃないぜ」

 カナレスはさっきの男を、ちょっと視線を送るだけで下げさせた。

「別に高く買ってもらうつもりはねーよ」

 不機嫌なキヨはほとんど素だ。嫌いじゃないとは言われてるけど、やらなきゃならない事とは正反対なのに、大丈夫なのかな……


「なんだ今日は、コブ付きか」

 カナレスは面倒くさそうに俺とコウを見た。まぁ、邪魔だよな。そのつもりで来たんだし。

「気前のいいお前だからな、俺の友達にもいい酒飲ますくらい簡単だろ? ガキは気にしなくていいんで」

 諦めたキヨは扉から離れてカナレスに近づく。


「それで、お前の話って?」

 キヨは何だか開き直っちゃったみたいだ。カナレスは少し俺たちを気にして、それからキヨの肩に手を掛けた。

「まぁ、立ち話も何だろ。お前の友達にも飲ますんだったら、それなりのもん用意するわ」

 それから奥へ促すように腕を開いた。

 キヨは俺たちに視線を寄越すと、着いてこいとばかりに頭を振ってみせた。

 俺は後ろ姿を見ながらコウに近づいた。


「……ねぇ、キヨ全然素だけど大丈夫かな?」

 コウはちょっと眉を上げて、わざとらしく唇を曲げた。

「あれだけツンなら、ギャップ萌えが狙えるんじゃね?」

 ……なるほど。俺はわかったように頷いた。


 奥へ通されると、個室っぽく仕切られた中に半円形のテーブルとベンチシートがあった。キヨは促されるままに先に座り、隣にカナレスが座った。

「お前が奥」

 コウが二人には聞こえないくらいの声で小さく言うので、俺は手前側から入り込んでキヨの隣に座った。結果的にはコウがカナレスの真向かいになる。


 あ、そっか、コウが端に座ったのはすぐに動けるようにだ。俺の隣のキヨはカナレスに向き合おうと体を向けるため、微妙にカナレスからは離れている。たぶんその距離って別の意味もあるんだろうな。


「それで」

「まぁそう急くな。まず酒だろ」

 カナレスはそう言って手を上げた。さっきの男とは別の、もうちょっと弱そうな感じのヤツがトレイに酒の入った瓶とグラスを持ってきた。

「さて、何に乾杯する?」

 酒を注いで聞くカナレスに、キヨは面倒くさそうに首筋をかいて何でもいいよ言った。

「じゃあ、俺たちの出会いに」

 カナレスはそう言うと一方的にキヨのグラスに自分のを当てて飲んだ。キヨはグラスを取って何の抵抗もなく一気に空けた。

 っていうか一気かよ!


 びっくりしてコウを見ると、コウはちびちび飲んでいるようだった。そうだよな、普通違うよな。俺もおっかなびっくりグラスに口をつけた。


 これがそれなりのもんか……赤くて濃い感じのする酒は、どことなくフルーツみたいな香りがして少し甘い。サフラエルで飲んだ苦い酒と違って、何となく飲めそうな感じ。

 そう思ってもう少し飲もうとしたら、コウが俺の脚を蹴った。う……調子に乗るなって事か。


「いい飲みっぷりだな」

 カナレスはそう言ってキヨのグラスに注いだ。ちょ、なんかペース速いのってよくなくね……?

「それで、いい加減本題に入ってくんねー?」

 半分睨むみたいにしてキヨがグラスに口をつけると、カナレスは面白そうに笑った。

「ああ、それだがな、俺ももうちょっと欲が出て来たっていうか」

 言いながらカナレスは少しだけキヨに近づいた。キヨは両手でグラスを持ってテーブルに肘をついたまま、まるで見下すみたいにカナレスを見ていた。


「お前の友達が、あのクソガキとつるんでるのは面白くねーんだ。あんなのにも同じ事聞いてたのかもしれんと思うとな」


 カナレスはどことなく囁くように言ったけど、むしろそれは脅しに聞こえた。コウが少し緊張したまま二人を見ている。酒は全く進んでない。

「お前の事情とか、全然知らねんだけど」

 何か語ってたっけ? とキヨはとぼけたように言った。


 そう言えば、カナレスがカリーソと二人で街を二分してるだろうって事はわかっちゃってるけど、それって本人の口から聞いてないんだった。よくそこ忘れずにいられるよな。

 カナレスは探るようにキヨを見ている。ば、バレませんように……


「……教えてくれんの?」


 視線を動かさないカナレスに、キヨは小さく言った。カナレスはさらにキヨに近づき、顔が触れるくらい近くまで迫る。俺だったら絶対逃げたけど、キヨは動かずにいた。


「知りたいか」

「……ネタによるだろ」


 キヨがそう言うと、カナレスはふっと表情を緩めてそれから体を離して笑った。笑いながらグラスを口に運ぶ。

「なるほど、お前もそこまで安くないってことか」

「安いとかじゃなくて、お前が話持ってきたんだろ? 遊んでねぇでさっさと話せよ」

 言いながら手にしていたグラスを空けた。あああ、だから速いって……これ絶対アルコール度数高いよ?

 カナレスはそんなキヨを面白そうに見つつ、キヨのグラスに酒を注ぐとちらりとコウに視線を振った。


「俺はお前に持って来たんだ。お前にしか言うつもりはない」


 ……出たよ、絶対そう言うってハヤが言ってたもんな。

「……まぁ、俺が聞いた事に関してだったらそうだな。でも俺の友達も聞きたいハズだから、聞かせてやってくれよ」

「だからそれは」

「別にお礼までこいつらから貰えとは言わねぇよ。それがお前の言う欲だろ」

 キヨはそう言って、普段から左手首にずっとつけている腕輪をいじっていた。カナレスは見定めるように眼を細めてキヨを見た。


 キヨはカナレスの視線に気づくと肘を突いたままゆっくりと髪をかきあげた。そのまま少し上目づかいから流し目という、ハヤに「目が鋭い分ハマるとイケる」と太鼓判を押された視線でカナレスを見る。シャツの開いた胸元からこぼれたペンダントを指先でもてあそびながら小さく「暑いな、ここ」と言った。


「……二階に、くつろげる部屋があるんだが……」

 カナレスが語尾を濁してキヨを見る。キヨは少し面倒くさそうに息をついて、それから了解するみたいに小さく肩をすくめた。

 それを見て、カナレスはもう一度話の場につくようにテーブルに近づいた。

「お前が言ってた大聖堂だが」

 カナレスはそこで少し言葉を切った。


「重要な拠点だ。俺とクソガキが取り合ってる」


 カナレスの言うクソガキって、カリーソの事だよな。やっぱりカナレスってカリーソと並ぶ頭目だったんだ。

「あのクソガキについてはどうでもいいが、俺はこの街じゃちょっと知られた裏の顔だ。この街の半分は俺のシマだと思ってくれて構わねぇ」

 カナレスは言いながらグラスに口をつけた。その辺もキヨの見立て通り。

 俺はそーっとグラスに口をつけて酒を舐めた。コウは会話を全く邪魔するつもりはないらしい。テーブルについた時からじっと黙って、酒を俺くらいちびちびと飲んでいる。


「なんで廃墟が重要拠点なんだ?」

「……お前、本当に知らないのか?」


 カナレスは疑うように目を細めてキヨを見る。

 キヨはカナレスを見たまま、少し考えるみたいに指先でシャツの胸元をいじった。それからゆっくり自分の胸元に手を差し入れた。カナレスの視線がそこへ集中する。キヨはそのままペンダントを引き出した。

「知ってて聞いてるよに見えるのか」

「……うそだったらお仕置きだな」

 それからグラスにゆっくりと口を付けた。キヨは興味ないような顔でちょっと首を傾げて「好きにしろ」と言った。


「あそこはただの廃墟じゃねぇ、入口だ」

「入口?」

「ちんけな病院がデカイ財産の上に立ってたんだよ。あの廃墟が崩れた時に地下室が崩壊してな、そこに入口ができたんだ。黄鉱石の鉱脈があったんだよ」


 キヨは少し驚いたように眉を上げた。カナレスは反応に満足したように酒を飲む。

 それってもしかして、キヨがあの村で付けてたような魔法道具になる鉱石が取れるって事なのか? だとしたらものすごい財産じゃないか。


「でもそれなら誰だって見てるだろ? あそこは崩れた後、公園になってるって聞いた」

「ああ、表だって見えるところじゃねぇ。それに鉱脈のある崩れた地下室はもともと立ち入り禁止だ。だが廃墟な上にもともと病院だ、時々酔って肝試しに行くバカがいるんだが、そういうのが偶然見つけたんだよ。つまりあれを取ればこの街は俺の手に落ちたも同然だ」

 そしたら、地図上の勢力図だけの問題じゃなかったんだ。地下室にある鉱脈を手に入れれば、かなりの財源を手に入れた事になる。


 キヨはふうんと少し考えるように言って、それからグラスを空けた。そこへカナレスが酒を注ぐ。っつかもう何杯目ですか……


「……その割りには、手こずってんじゃねぇの?」


 え? 手こずってる? そんな話出てきてないような……

 キヨがそう言うと、カナレスは怪訝な顔でキヨを見、それから舌打ちした。

「てめぇ、やっぱり知ってやがったな」

 そう言ってキヨの上着を握って引き寄せた。

 一瞬だけ、コウが緊張したようにグラスを握ったのがわかった。でも乱暴に引き寄せられたのにキヨは全く動じなかった。


「まさか、考えればわかることだろ。どっちが先に見つけたのか知らねぇが、その相方と取り合ってるにしたって、ぐずぐずしてる事ねーじゃんよ。早いもん勝ちの割には、どっちも動いてねぇのは何か訳がある」


 違うか? とキヨが問うと、カナレスはしばらく睨んだ後、少し悔しそうに手を離した。

「ああ、出来ることならさっさと俺のもんにしてえ。が、そう簡単にいかねぇんだよ」

「何があるんだ?」

 カナレスは少しだけ視線を上げてキヨを見た。何だかちょっと、拗ねるように見えた。


「……あの廃墟には、いやその鉱脈には力の強い白いモンスターが宿ってんだよ。まだ誰も倒せねぇ。倒しに行って帰ってこなかったヤツも多い。だから俺もクソガキもあそこを占拠できねぇんだ。さっさと倒して鉱石の採掘をしてぇんだが」


 カナレスはそう言ってグラスをあおった。

 えええ、モンスターなのか!? まさかさっきの表情はモンスターが怖いって訳じゃないだろうけど、でも脅して何とかなる人間相手じゃないだけに、裏社会の権力者も形無しって事か……


「……ちょっと、見てみたいな……」


 キヨは酒を味わうみたいにゆっくりそう言った。それから無邪気にカナレスに向き直る。

「俺がそこへ行ったら、相方は怒るか?」

「無関係の人間が近づいたら、そりゃ死体になって海に浮かぶだろ。俺の手のもんかクソガキの手のもんか、どっちかでねぇとな。横取りは許さねぇ」


 それとクソガキは相方じゃねぇと、カナレスは不機嫌そうに言った。

 どっちかだったらいいのかって思ったけど、どっちかだったらモンスター倒した後に思う存分攻撃するって事なのかも。どっちにしろ物騒だ……


「じゃあ、お前が俺を連れてってくれればいい。できるだろ?」

 キヨはそう言って、テーブルに肘をついた腕に頭をもたせかけるようにしてカナレスを見た。

 俺からは背中しか見えないけど、あの流し目の角度。なおかつ少し笑った声って事は笑顔だ。加えて体が少し傾いだから、開いた胸元からペンダントがこぼれ落ちる。


 カナレスはしばらく複雑そうな顔でいたが、テーブルに載せた左手にキヨが左腕を近づけると指先でキヨの腕を辿るように触れ、小さく口の中で「しょうがねぇなぁ」と呟いた。

 どことなく嬉しそうな気がするのは、キヨの攻め方が成功したって事だな。うん。


「別に今すぐとは言わねぇけど……今すぐは……」

 キヨはそう言ってチラリと視線を天井に振った。カナレスはそれを見るとさっと立ちあがって、「ちょっと待ってろ」と言いながらキヨの顎にちょっと触れ嬉しそうに席を外した。


 え、あ、どどどど、どうすんだ!? ちょっと大人の世界の気配!


 カナレスの足音が十分遠ざかると、唐突にキヨが立ち上がった。

「帰るぞ」

 え?! 帰っちゃうの? コウは目をぐるりと回した。


「あいつ退かすだけだったんだ」

「当たり前だろ、他にどうしろっての」

 キヨはうんざりした顔で答えた。

 ああ、カナレスが居たらキヨはこのテーブル席から出られないからか。コウと俺を押しのけて出たら、逃げるってバレちゃうもんな。


「でも勝手に帰っちゃったら、後で悪くなんない?」

「知るかよ、上に行く方が問題だろ」


 ……キヨってば最初からブッチする気だったんだな。コウが立ち上がったので俺もテーブルを横に移動して立とうとした。

 ら、立てなかった。あれ……?


「こいつ、だから飲むなって警告したのに」

 へたり込んだ俺をコウが支えた。

 ……え、だって結構頭ハッキリしてんのに、足がいうこと聞かない感じ……なんだこれ……気付くと俺のコップには半分以下しか酒が残ってなかった。意外と飲んでたのかな……


 ふにゃふにゃした俺の腕を取るキヨが、唐突に舌打ちした。あ。足音。

「おい、どうした」

 カナレスは言って近づいてきた。うわ、帰って来ちゃった……ごめん……


「こいつが酔っぱらっちゃったんだよ、だから連れて帰らねぇと」

 そう言ったキヨの腰を、全く意に介さずカナレスが引き寄せた。

「お前は違うだろ、ここに残る」

「そうしたいところだけど、いくらガキでも一人で運ぶには重いし」

 そう言ってカナレスの腕をさりげなく外す。カナレスは再度キヨの腰を抱いた。


「話が違うな」

「どう違うんだ? 俺は何も言ってねぇよ」

「お仕置きが必要だろう。お前の言葉の通り、好きにさせてもらう」


 カナレスはそう言ってキヨの胸に手を差し入れ、ペンダントを引き出すとクロスに口を付けた。俺は足下見てたから、反射的にキヨが足を引いて逃げそうになったのがわかった。


「それはうそついてた場合だろ。俺はうそは言ってねぇよ」

 するとカナレスは唐突にキヨをテーブルに押し倒した。ちょ、お子様いても関係ないですけど!!

 一瞬の間に、コウが左右に視線だけ動かして護衛の数を数えたのがわかった。


「調子に乗るなよ、口の減らねぇヤツを組み敷くのも悪くねぇが、その位にしとかねぇとあとで痛い目見るぞ」


 ほらみろ、確かにキヨは二階で休むとか一言も言ってないし、いくら最初からブッチするつもりだったとしても、カナレスが呼べば護衛とか用心棒とか山ほど居るはずだし、ただ口で勝っても逃げられないじゃん! 俺の腕を握るコウが緊張しているのがわかる。


 すると黙っていたキヨがそっと腕を上げて指先でカナレスの腕を辿った。


「痛いの?」


 小さく囁くような声は何だか甘えてるみたいで、今まで一度だって聞いた事のないキヨの声だった。え、これは演技?

 カナレスは少しどきっとしたのか何だか固まっている。


 キヨはテーブルに肘をついて半分体を起こした。緩んだ胸元は開き、そのままキヨは上目遣いにカナレスを見た。

「痛いのはイヤだな。そういうのって下手ってことだろ」

 言いながらキヨはさりげなく体を起こし、なおかつカナレスの肩に両腕を預け逆に挑戦的に微笑んで見せた。


「こんな時間からその気になれとか冗談だろ? しかも街半分仕切ってんのにこんなしょぼい宿屋かよ。時間やるから、もうちょっと考えて」


 そう言うと、やけに優雅にカナレスの腕を外した。

 それから俺たちに振り返って、まるで八つ当たりみたいに凶悪な視線で俺たちを見ると、視線だけで即出ろと合図した。っつか何その落差!

 俺はコウとキヨに両腕を取られ、何だか連行されるみたいにしてひょこひょこ歩いた。


「キヨ」

 扉を開いて押さえたまま、キヨは凶悪な表情を引っ込めるとちらりと店内を振り返った。カナレスは少しお預けを食らったみたいな顔をしていた。まぁ、この表現は間違ってないな。


「俺は欲しいもんは必ず奪う」

「……そりゃかっこいいな」


 キヨは少し笑ってそう答えただけで、そのまま店を後にした。


 俺はずるずるしながら二人に引きずられるように歩いた。それにしても、俺がこんななっちゃった酒をあのペースで飲んでたのに、ほぼシラフのキヨって……


「キヨ、酔ってないの?」

「全然」

「ペース早かったね」

 俺の言葉は皮肉みたいだった。別に妬いてるわけじゃないけど。


「酔った振りで逃げるつもりだったんだ、コウもいるし。あの位じゃ酔わねぇけど、それなりに飲んでないと不自然だろ」


 あ、理由あったんだ。ただ飲みたいだけの飲みっぷりなのかと思った。朝から。


「……何がすごいって、」

 コウが堪えかねたように笑って言うので俺は顔を上げた。

「キヨくん、一個もまともに答えてなかったって事だな」


 そう言えばキヨの反応は肩をすくめるとかばっかで、見た方が勝手に受け取るしかない感じだった。

 「確約なんかするわけねぇだろ、どうしろってんだよ」

 あからさまに不快な顔で残る感触を拭うように体を擦るキヨに、まぁねぇとコウは苦笑した。

 っつかあれがギャップ萌えか、キヨはカナレスが固まる技を手に入れた!


 それにしたって何か結局口先で丸め込んだ感がしなくもないけど、でも要所要所でハヤ直伝のアピールが功を奏してたよな。ギャップ萌えはさすがに考えになかっただろうけど、キヨがツンだから流し目とかのが効くってわかってたんだ。さすがハヤ。


 何だか俺も大人の仲間入りした気がしてきた。あとは酒に強くなるだけだな。あと乗馬と。


「でも繋がったな」

 そういうコウに、キヨは黙って頷いた。


『なんか廃墟みたいとこに、白いのがいんの』


 うわ、結局一番嫌な所に落ち着いちゃったよ。

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