第20話『だってさー! キヨリンってば全然頑張ってないのに、それでそんなモテるとかずるくない!?』
「んだと、ごるあぁぁぁ!」
「そっちこそ何だよ!」
清潔なシーツ、ふわふわの枕、気持ちのよい朝は小鳥のさえずりで目が覚める……
「目障りなんだよ、失せろ!」
「お前こそ、俺の前に現れんじゃねぇ!」
絶対、こういう罵声っつか怒声で目覚めるのが気持ちのよい朝じゃない、よな……俺は目を擦りながらベッドから起きあがった。やり合う声は宿の面した路地から聞こえてくる。一体なんなんだ?
やりあってるのは明らかに大人の男の声だし、どう考えても友好的な感じじゃないから、見つからないようにそーっと窓から覗いてみた。
そこには二人の男性がいた。片方は濃い茶色の真っ直ぐの長い髪でどちらかというと優男系。優男っつてもいくらかシャープな感じかな。
もう片方は少し暗い金髪でウェーブのかかった肩ぐらいまでの長さ。顔は結構ワイルド系。二人の男は対照的だった。どっちもテイストの違うイケメンだ。まぁ好みによるだろうな。
それにしたって、何で朝っぱらからこんなところでケンカしてんだろ。
「何事?」
コウが俺の後ろから覗いてきた。俺は肩をすくめる。
「わかんない、何かケンカしてるみたいだけど」
出掛ける時までやってるかな、あんまり関わり合いたくないなぁ……そう思いながらも覗いていたら、ドアを開ける音がした。振り返るとハヤが入ってきている。
「何の騒ぎ?」
そうか、ハヤとシマとレツの部屋はこっちの通りに面してないから、わざわざ見に来たんだな。
「なんか外でケンカしてるみたいよ」
「え、ケンカぁ?」
ハヤはちょっと拍子抜けしたみたいな顔をした。一体どんな楽しみだと思って来たんだろう……
ハヤはそのまま、まだベッドに潜ったままのキヨを見つけると、いきなりキヨの毛布の上にダイブした。
「キーヨリン! 朝ですよー!」
毛布ごと押しつぶされてキヨがくぐもったうめき声を上げる。
ハヤは全く気にしないでキヨの上で跳ねていた。
キヨの寝坊はいつもの事だし、ほっといたら昼過ぎまで寝てる人らしいけど、それにしたってひどい……
「お前は……やめねぇか!!」
毛布ごと宙を舞うほど吹っ飛ばされて、ハヤはきゃあきゃあ笑いながらベッドの脇に着地した。
今、魔法で仲間吹っ飛ばしたよね?! 起こされたキヨはものすごく不機嫌な顔で睨む。こ、怖い……いつも低血圧だって言ってるのに、今なら攻撃魔法で滅されても文句は言えない気がする……この二人は下手に魔法使えるから怖いよな。
俺はこっそりコウの後ろに隠れた。
「キヨリン、外でなんか楽しいことしてるみたいよ」
ハヤはしれっとそう言った。さっき全然興味なさそうだったのに。
キヨはもう一度寝るつもりで引き戻した毛布を剥いで、ベッドから立ち上がった。そのまますっごい不機嫌な顔で窓に近づいてくる。俺は思わずコウと一緒に脇に避けた。
この人寝惚けてる間記憶ない事あるっつってたから、記憶ないまま攻撃されても困る……
キヨはそのまま窓から顔を覗かせた。その後ろに、ハヤがひょこっと顔を出す。
「あ……?」
「あれ?」
二人は呟いて、そのまま窓を大きく開けると乗り出して階下を見た。何かあったのかな?
俺も隣の窓から覗く。
「カナレス……」
「カリーソ!」
二人は同時に言った。階下の二人は、声に気付いて宿を見上げた。
「キヨ!」
「ハヤ!」
そしてケンカしてた二人もやっぱり同時に声を上げた。どうなってんの?
ハヤはサッと身を翻すと部屋を出て行った。キヨはその後から頭をがしがしかき混ぜながら出て行く。
俺はもう一度窓に張り付いた。後ろからコウが覗き、気付けばレツとシマも来ていた。みんなで階下を見守る。
二人が宿の扉から出てくると、睨み合っていた二人が途端に笑顔で迎えた。
キヨが金髪、ハヤが茶髪ロン毛に行ったところを見ると、金髪がカナレスで茶髪がカリーソなのか。
ハヤは少し親密そうに体を寄せている。
「どうしたの? こんなところまで」
「昨日の話。やっぱりハヤなら信用できるんじゃないかと思って」
ハヤはそれを聞いて、たぶん自分宛てだったら嬉しくなっちゃいそうな笑顔を見せた。少し驚いたような表情から満面の笑みへ、じっくり味わえる時間をかけて。
「本当に? カリーソ、やっぱり君に会えてよかった」
カリーソはすっごく嬉しそうに微笑み、少しだけ赤くなった気がした。完全に視界にはハヤ以外が映ってなさそうだ。
「さすが団長」
「ホントにやり手だよね」
覗きながらシマとレツがそう言った。えーと、うん。何となく今のはわかった気がする。俺今、大人の階段上ったな。
対するキヨは、何となく他人事っぽい感じにカナレスに向かい合っていた。
襟ぐりの広く開いた寝間着はだらしなく見える。ありゃ絶対にまだ目が覚めてないな。
「こんな朝っぱらからどうしたんだ?」
「朝ってお前、それほど早くねぇぞ。いや昨日の事だが、お前にちょっと話があってな」
そう言うカナレスに対し、寝惚けたキヨはぼんやりしたままだ。声がやけにハスキーで明らかに寝起きっぽい。
「あー、うん、そうか。とりあえず俺もうちょっと寝るわ」
キヨはあくび混じりにそう言って戻ろうとした。その胸元へカナレスが手を伸ばし、キヨのシャツの襟ぐりを指先で引っかけて自身の胸元へ引き寄せた。
「寝るってこの時間から誘ってんのか? 昨日の格好も刺激的だが、今日のもなかなかいい眺めだな」
今朝はペンダントしてねぇのか、と耳元に顔を寄せるカナレスの視界から外れたキヨの指先に、弾ける電流みたいのが見えた気がした。この人殺されるよ!
俺が思わず両手で顔を覆った時、カリーソがバカにしたような息をついた。
「ふん、センスの悪いヤツはどうしようもないのが好みなんだな」
毒々しいまでの皮肉っぷり。うわ、キヨがどうしようもないのになっちゃった。確かにあの格好はお世辞にもきちんとしてないけど。
「んだと、そっちこそ女々しいばっかでくっついて、気持ち悪いんだよ」
わあ、今度はハヤが女々しくなった。顔はキレイ系だけどカナレスくらいの身長があるのに。
カナレスとカリーソがお互いガン飛ばし合っていたら、唐突にキヨとハヤが同時に相手を突き飛ばした。え?
「悪いけど、」
「俺の友達を悪く言うヤツとは」
「「付き合ってらんないな」」
すごい、ハモった。この展開に俺も驚いたけど、カナレスとカリーソの方がもっと驚いていた。
「おい、戻るぞ」
「うん、そうだね」
二人はそう言って宿の中へ戻ろうとする。慌てたカナレスとカリーソは二人に取りついた。
「ちょ、待てって」
「違う、違うよ!」
取りつく相手に振り返ったキヨの目が座ってるのがわかる。寝起きってのが余計悪く働いてるよな、あの人には災難だけど。
ハヤも何だか覚めた目だ。さっきまでのが天国だとしたら、表情だけで地獄に突き落としてる感じ。なんつーか、落差ありすぎて怖い。
「いやあの、まぁお前の友人は悪くない、な。選んだ相手のセンスはおいといて」
「きっとハヤの友達は運が悪かったんだ、こんなのにつきまとわれんだから」
ハヤとキヨは同時に顔を見合わせた。それから二人に向き直る。
「このまま話を聞ける感じじゃないから、」
「また昨日の店で」
二人がそう言うと、カナレスとカリーソは同時に頷き、もう一度お互いにガンくれてから別々の方向へ歩き出した。
俺とコウがカナレスを、シマとレツがカリーソの行く先を窓から見送り、それから四人同時に、一斉に窓から離れて階下に向かった。
宿屋の一階の酒場には、朝は客が入っていないから宿泊客が朝ご飯を食べているだけだ。ここでもキヨの狙いは外してなくて、朝から焼きたてのパンにスープと、新鮮なジュースにミルクもあった。具だくさんのスープはこれだけで十分お腹いっぱいになりそうだ。
「なーんか納得いかないんだよねー……」
ハヤはそう言って唇を尖らす。
「でも団長、昨日はあのセッティングだから上手くいくって言ってたじゃん」
コウがそう言うと、「そうだけどー」と言いながらも拗ねた顔でスープを飲んだ。
まるっきり論点がずれてると思うんだけどね。俺は温かいパンをちぎって口に運びながら、食べながらまだ寝そうなキヨを見た。
ぼんやりと視線があっちの方だ。見張りとかで自発的に起きた時以外の、起こされた時っていつもスイッチ入ってないよなこの人……いい大人なのに。
昨日の晩、ハヤはある意味宣言通り、出かけていった夜の街で、街の有力な人間を見つけて『落として』来たのだという。それがカリーソだ。
つまり南の大聖堂を取り合っている片割れだ。そんなのに一晩で近づけるなんてすごい。
「むしろ狙って確実に落として来れるってのがすげーよ」
シマはそう言って笑ったけど、ハヤはまだ不満そうだ。
一方のキヨは昨日出て行って、飲んで、声をかけられて、おごってもらったのでまた飲んで、ついでに聞いて、またおごりで飲んで、帰ってきたんだという。その相手がカナレスだったと。
「だってさー! キヨリンってば全然頑張ってないのに、それでそんなモテるとかずるくない!?」
明らかにハヤの論点はずれている。
いいじゃん、自分は確実にナンパやりとげてきてるんだし。って言うか、ハヤだってそんな頑張ってきたって気はしないんだけどな。昨日出掛けるときの感じからして、明らかに楽しんでたじゃんか。
だいたいカナレスが今日来ただけでキヨがモテたかどうかは疑問だ。
「だからそれは団長のセンスがよかったからじゃん。キヨが普通に行ってたら無理だったっしょ」
飲んでるばっかで色気ねーしと笑って言うシマを、ハヤはわざとらしく膨れたまま見た。
「チラ見えは男のロマンだからな」
シマは腕を組んで頷く。何をそんなに納得してるんだろう。
「それかキヨってツンデレなんじゃねーの? 飲んでる間に調子よくなっちゃって、シラフの時のツンっぷりと酔った時のデレ加減が絶妙だったとか」
「その上でのチラ見えか」
「酒は強いけど、昨日はおごられて普段より多く飲んだだろうし」
「うんうん、それだとイケそうな感じがする」
「僕はそんな小細工してないけどね!」
「団長は実力に定評があるから」
「いつもの格好のまま出かけたんだろ?」
「あ、それ防御性の話?」
俺が言うとなぜか四人がぎょっとした顔で見た。え、なんでそんな顔すんの。
俺はそんな四人と、取り残されてるキヨを見比べた。
「あ、悪い、聞いてなかった」
キヨは今気付いたみたいに半分かすれた声でそう言った。寝惚けてなかったら、絶対なんか突っ込んでそうなんだけどな……
「それで、あとで昨日の店に行くんだろ? 二人とも、聞いてきたのって大聖堂に関する事なんだよな?」
シマの言葉にハヤとキヨは頷いた。
「カリーソはあんなだけどホントに頭目らしいんだよね。だから僕しらばっくれて大聖堂の見学したいってお願いしてあったんだ」
たぶんその事だと思うとハヤが答えると、キヨは少し首を傾げた。どうしたんだろ。
「カナレスとは、その辺の酒場で知り合ったんだっけ?」
レツが両手でお茶のカップを持ったまま聞くと、キヨはもう少し首を傾げた。一体どうしちゃったんだ?
「キヨ、だいじょぶ?」
レツはキヨと同じくらい首を傾げながら聞く。
「……カナレスって、カリーソと街を二分してるっつー片割れじゃね?」
「えええええ!」
俺たちは驚いてキヨを見た。
「何でそうなっちゃうんだ?」
キヨは問われて少し肩をすくめた。
「もしカリーソが街の半分仕切ってる親玉だとしたら、そんなのと見知っている上に同等にケンカできるなんて、そこら辺の下っ端じゃねーだろ。それに」
キヨはそう言って目線と小さく頭を動かしただけで、カウンターの方を示した。俺は少し伸び上がって覗いてみた。
俺が見ると、こっちを見ていたらしきオーナーは慌てて違う方を見た。
「さっきから、オーナーと他の客がやたらこっちを気にするんだ。関わりたくない客みてーに、困った顔で」
……それは確かに、困った客かもしれない。店の前でこの街の裏社会を仕切ってる二人が鉢合わせした上に、泊まり客がどちらとも知り合いだなんて、真っ当な店だったら嫌がるだろう。
「まぁでも、別にいっか。別に団長が約束取り付けられるんだったら、団長が行けば」
「ブッチする気!?」
ハヤは驚いてキヨに振り返った。キヨはきょとんとして「めんどくさいだろ」と言った。
「キヨくん、それはヤバいんじゃね?」
コウの言葉にキヨは少し眉を上げる。
「だって、カナレスが街二分してる裏社会の親玉だとしたら、そんなサラッと振られたらメンツの問題が」
「はぁ? どうせ店で飲んでるだけだろ?」
……えーと、もしかしてキヨは、この展開を全く理解してないんじゃないかっていう気がしてきた、寝惚けてた分。
俺にだってあのカナレスの態度は下心があるってのが見え見えだったのに。っていうか、あからさまに迫られてたよな?
ああ、キヨがさっき魔法で攻撃しかけたのって、やっぱ寝惚けて本能的にやりかけたんだ……今後、寝起きのキヨには近づかないようにしよう。
「とにかく、キヨはキヨでカナレスからも情報を集める方がいいと思うわ。なんか話あるみたいだったし」
シマが苦笑しながらそう言うと、キヨは何となく納得いかない顔でいたが、
「まぁ、ブッチすんのは失礼かもな……おごってもらった分くらいは付き合うか」
と頭をかきながら言った。
そうだよ、キヨってばおごってもらいまくったんじゃん。
……いやでも、キヨが情報欲しくて会って話すんだから、キヨのがめんどくさそうに付き合うって違う気がするぞ。
「そしたら、飯食ったら出かける?」
レツはそう言ってハヤとキヨを見た。キヨとハヤは出かけるんだとしても、俺たちは別に予定はないな。そしたらまたコウが修練に出かけ、シマたちと俺はお買い物でいいのかな。結局まだ剣も買ってないし。
「まさか、そんなすぐに会いに行ってどうすんの」
ハヤはそう言って食後の紅茶に口をつけた。
「え、だって……昨日の店にって」
「そうは言ったけど、今すぐ駆けたら僕ががっついてるみたいでしょー。会いたくてたまらないのは向こうでないと」
言いながら優雅にお茶を飲む。
それが焦らしってやつなのか! 昨日の! 今日は大人の階段上りまくってんな俺。
シマは苦笑しながら、そこらへんは任せると言った。
「じゃあそしたら、俺たちはまた買い物かー? あとコウちゃんにもそろそろ新しい武器買わないと」
コウはそれを聞いてちょっとだけ眉を上げた。そしたら四人で買い物か。
「じゃ、俺はさっさと着替えて行ってくるかな」
そう言ってキヨが立ち上がった。こっちは考えなしな分、自然体だな。俺たちは部屋に戻るキヨを見送った。
「……キヨ、何か変なことされてカナレスぶっ殺しちゃったりしないかな」
俺の言葉にコウが派手にお茶を噴いた。
「だってさっき魔法発動してたじゃんか、無意識だったみたいだけど」
それにキヨはたぶん、カナレスが下心あるとは思ってないみたいだし。さっきの感じだと、店で会うってのも飲みのついでだと思ってるっぽい。
って言うか、この時間から酒飲むつもりなんだろうか。昼間じゃなくて、朝だぞ。
「どうする?」
シマはちょっと困った顔でハヤを見た。コウもレツも難しそうな顔をしてる。
「お子様付きで、バカな事できなくしちゃえば?」
「えええ、俺!?」
俺あんなガラの悪い裏社会のなんとかってとこ行きたくねーよ! っていうかお子様じゃねーし! やばい、これじゃ自分で認めたみてーだ。
「バカな事って、どっち指してんの?」
「両方」
コウの問いかけにハヤはしれっと言ってお茶を飲む。シマはうーんと天井を見上げて腕を組んだ。
いやいやいや俺は行かないからね、そんな命の危険のあるところ。キヨがキレても危険、カナレスがキレても……
は! カナレスはキレるんじゃない、バカな事両方ってそれとそれか! また俺一段上ったな……
「でもキヨくんが一切なびかなかったら、それはそれでヤバくない?」
「なんで?」
「情報もあるけど、親玉ならその後の活動の妨げになったりとか」
コウの言葉にシマもレツも、ああーと言ってうなだれた。
うーん、問題はキヨがうっかりカナレスをぶっ殺さないように、かつ下心のあるカナレスを無下にしないで情報を引き出しつつ味方にしておくって事か。でもそれって不可能な気がする……
「しょうがないな」
ハヤはそう言ってゆっくりと立ちあがった。残る四人で見上げる。
「もう一回レクチャーだ」
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