第19話『それよりもっと実害のありそうな噂はあるんだけど』

 宿に戻るとシマもキヨも戻っていた。一階の酒場のテーブルについて何か話している。俺たちが一緒に入っていくと、シマが手を上げて呼んだ。


「いーいタイミング。俺たちも今さっき来たとこ」

 そう言って席を詰める。コウと俺は隣のテーブルから椅子を引っ張ってきて座った。


「そんで、まとめてみるとどんな感じ?」

 ハヤが言うとシマがまず一点と言った風に指を立てた。

「たぶん、俺と団長が仕入れて来たネタって似た感じだとは思うけど、この街に廃墟っぽい建物っつったら、これだろうってのが一つある」


「南の端の大聖堂」


 シマがまさにそれと言うようにハヤを指差した。

「廃墟がこんなきれいな街の中にあんの?」

 俺もレツと同じ事考えた。


 マレナクロンは隙がないほど大都会だ。街の北側が港に面し、港付近には下町が広がっていて、街の真ん中に教会と壮麗な庁舎がある。

 庁舎から東と南西の城門へ向かって大通りが伸びていて、大通り近辺があの砂岩造りの建物が並ぶ高級街だ。


 今日俺たちがうろついたのは港に近い下町の辺りで、あんなに色々すごい建物が並んでたりはしないけど、生活に密着した感じの活気のあふれる地区だった。

 それでも街はこぎれいだし、廃墟が放置されてるようなところじゃない。


「それがあるんだな。廃墟っつっても、単に数百年放置ってモンじゃない。災害に遭ってそれで壊れたんだ。雷が落ちたんだと」


 そっか、それだったらきれいな街の中にあってもおかしくないのかな。雷の所為で壊れた大聖堂。そのまま使用されなくなって今は廃墟……あれ?

「そんで、なんで放置なん」

 コウがぽつりと言った。

 うん、なんで直さないんだ。するとシマはちらりと視線をキヨに送った。キヨは紙の束を出し、そこから手書きのメモを取り出した。


「カスカジーニグラニカ大聖堂。街の南に位置する。もともとは地味な教会だったんだけど、街が大きくなるにつれキャパ増やして大聖堂として改築。

 以来約二百年マレナクロンでの宗教の拠点となるが、先の戦争時にはその聖堂内が病院として使われ、その後は記念病院として使用されるようになる」


「名前は大聖堂だけど病院なのか……」

 キヨが手を上げると店主が頷いた。たぶん飲み物を頼んだんだろう。

「その頃には街の中心が移動してて、庁舎付近に新しいのが建てられてたんだと。

 で、結局そのまま病院として使われていたが十五年前落雷で崩壊。もともと老朽化が激しく当時すでに入院患者も少なかった事からそのまま閉鎖」


 キヨの話している間に店主が飲み物を持ってきた。

 マレナクロン名物の飲み物で、白いジュースに果汁を入れながら飲むのだ。濃厚な上にキレイなマーブル模様になるから俺とレツの大好物になっていた。


「閉鎖後は敷地もそこそこあるんで取り壊すって話になるんだが、もともと記念病院だったんで残すかって話になる。結局崩れた聖堂を残して周りを整備し、公園みたくして保存」

「じゃあ戦後記念病院だったから、使えなくなったけど残されたって事なんだ」

「メモリアル的な」


 そっか。それならありえるのか。こんなきれいにしてる街の中に廃墟って不自然な感じしちゃうけど、記念碑的なもんで公園にもなってるんだったらありそうだよな。

「じゃあ、そこに行ってみればいいって事?」

 言ってレツを見ると、レツはあからさまに嫌そうな顔をした。


 あ、何か怖いんだっけ? やっぱこんだけ怖がるって事は、白いのって幽霊なのかな。

「っていうか、そこに幽霊がいんの?」

 するとハヤもシマも顔を見合わせた。


「それがな、驚いた事に幽霊の噂なんて出てきてないんだ」


「どういう事?」

 ハヤも少し肩をすくめた。

「どうもこうも、廃墟っつったらみんな大聖堂って口をそろえて言うんだけどさ、でも幽霊の噂は出てこないんだ。それよりもっと実害のありそうな噂はあるんだけど」

 実害ってどういう事だろ。

 街で聞き込みをした訳じゃないキヨも不思議な顔で見る。するとシマは声をひそめるように顔を近づけた。


「……なんか、マレナクロンの裏社会には二人の実力者が居て、その二人が大聖堂を取り合ってるんだそうだ」

「なんで廃墟取り合うんだよ」


 キヨが突っ込むとシマは、それはわかんねーんだなーと言って体を戻した。


 たぶん噂を教えてくれた人も理由までは言わなかったのかな。あんまり関わりあいたい相手じゃないしな。

 でもキヨは無言のまま視線をハヤに振った。ハヤは少し満足そうに笑っていた。


「それはね、あそこの敷地が自陣に入ると、街の勢力図が大きく変わるからなんだって」

「くだらねぇ」

 コウがそう言って切り捨てた。まぁ、確かにくだらない気もするけど、当人たちは本気なんだろうなあ。だから迷惑なんだろうけど。


「くだらないけど、そのくだらない事の所為で大聖堂には近づけなくなっちゃってんの。街の人が散歩する分には構わないんだけど、どっちの勢力も敵があそこを落とすのを妨害したいから、目新しいのが近づこうとすると……」


 ハヤはそこまで言って親指で首を掻き切るしぐさをした。ええええ、そしたら俺たちなんて絶対近づけないじゃん。


「物騒だから最近じゃ街の人も近づかないらしいけど」

「近づけなかったら、幽霊がいるかどうかもわかんないな」

「だいたい幽霊かどうかだってわかってねぇのに」


 あ、そうか。レツはお告げで見た白いものが幽霊だと思ってるっぽいけど、それが幽霊かどうかはまだわかんないんだよな。


「行って確認するしかねぇのに、近づけないってのはイタイな」

「街が一切関与してないってのも気になるな。そんな勢力、放置しないだろ普通」

「どこにだってあるもんだし、必要悪として割り切ってんじゃないの?」

 ハヤはそう言って髪をいじった。え、どこにでもあるもんなの?

「とりあえず、もうちょっと情報収集だな。幽霊の噂がないのはホントに幽霊がいないのか、それとも今はみんな怖がって近づかないから知らないだけなのか」

 シマがそう言うとみんな頷いた。

 いや、俺は頷いただけで情報収集ができるとは思ってないけど。


 結局その日の午後にまたシマとキヨが出掛けて行った。

 ハヤはこの時間じゃこれ以上は無理と言いきって、レツと一緒にお茶に出かける始末。まぁ、ハヤのお金でお茶するんだから止められないけど。俺は手持無沙汰を装っていたけど、やっと買った剣を振ってみたくてコウについて広場へ行き、コウ指導のもとに剣の鍛錬に努めた。


 宿に戻ってくると部屋の前でシマとキヨが立ち話をしていた。

「じゃあそっちからアプローチ可能って事か」

「たぶん、面倒はなるべく避けたいだろうしな」


 何の話だろ。進展あったのかな?

 でも俺が近づく前に二人は話を切り上げて移動してしまったので、何となく聞きそびれてしまった。結局そのままご飯食べたりしてたら聞くのを忘れてしまった。


 共同の風呂から出て部屋に戻ると、先に風呂を浴びたはずのキヨが出かける格好でいた。

「あれ、どっか行くの?」

「ああ、情報収集兼ねて」

 そう言ってマントを取ろうとすると、ハヤがそれを止めた。

「もー、キヨリンはわかってないなー」

「何がだよ」

 怪訝な顔で見るキヨをよそに、ハヤは唐突に彼の上着を脱がしにかかった。


「ちょ、お前何してんだよ!!」

「そっちでなくて、こっちを脱ぐの」

「はぁ!?」


 目の前で展開されている事に慌ててコウを見ると、コウも目を見開いて驚いていた。え、ってことは、これって予定調和とかじゃないって事?


 ハヤは何とか抵抗しようとするキヨのシャツをあっさりと脱がせてしまった。その上でもう一度前合わせの上着を着せる。


「よし」

「何が『よし』だよ!」


 するとハヤは額を指で支えた格好で深いため息をついて、わかってないと言った風に首を振った。


「キヨリンのシャツ、スタンドカラーで防御性高めなんだよね」


 ……え、何の話? 

「情報収集でしょ! そんなにがっちり守ってますって格好で何を教えてもらえるっていうの! もっと隙を持たせないと!」


 キヨは怪訝な顔で首を傾げた。コウも同じように首を傾げている。

 なんか初めてキヨが本気で困ってる場面に出くわしたかも。


「もう、これも貸してあげるから」

 そう言って華奢なクロスのついたペンダントをキヨの首にかけた。前合わせの裸の胸元からクロスが覗いている。キヨはやっぱりよくわからない表情でペンダントを見ていた。


「いい、話を聞く時は、テーブルに両腕ついたまま少し前かがみになって」

 真剣にそう言われてキヨも少し頷いた。ハヤにならって何となくテーブルがあるイメージで少し体を前に倒す。


「相手が集中したら、ペンダントが揺れるようにする」

「ペンダントが……?」


 言ったところで、キヨは唐突にその場にしゃがみ込んだ。え?

「何やってんの、マジメにやってよ!」

「おま、もういいわ……俺、そういう情報収集とかしねーし」

 え、どういう情報収集? きょとんとしていたら、コウが「ああ」と言って指を鳴らした。え、何かまだわかってないのって俺だけ?


「大体、廃墟にまつわる話聞くだけなんだぞ」

「情報ってのは生ものなんだから、何か違う事がわかるかもでしょー」

 ハヤはそう言ってぷりぷりしていた。

「だったらそっちは任せるから、団長がやって」

 キヨはそう言ってマントを取ると部屋を出て行った。面倒になったのか、シャツは結局脱いだままだ。


「……まぁ、キヨくんの場合、もうちょっと飲みたいのついでだしね」

 またか! 夕飯の時だって呑んでたのにアル中みたいなヤツ!

「でも絶対にあっちのが上手くいくね。チラ見えって萌えるから」

 鼻息も荒くハヤが言い切った。


「ほらコウちゃんもさー、丸見えの背中よりも脇腹辺りのが萌えっとするじゃん」

 ハヤがそう言った途端に、コウは弾かれたように立ち上がった。どんな速攻より速かった。すげえ。


「じゃ、じゃあ俺、風呂行ってくるわ」

 コウはそう言ってそそくさと部屋から出て行った。ハヤはそんなコウを、腰に手したままため息をついて見送った。


「しょうがない、そしたらお子様は先に寝てなよね」

 俺はマントを取って出かけようとするハヤを見た。

「ハヤは防御性高めでいいのか?」

 キヨのシャツがいけないんだとしたら、ハヤの場合は何を引くのかわかんないけど。


 俺の言葉に立ち止まったハヤは、俺を見下ろしてふわっと笑った。何か妖艶って感じの笑い方で、俺はなんだかどきっとした。


「僕の場合はね、焦らすってのも手なんだよ」


 そう言って、何だか不敵な笑いを残してハヤも出て行った。


 なんか、色々わかんないけど、わかったら色々大人になれそうな気がした。

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