第18話『お前しか見てねーんだから、教えてくんなきゃわかんねぇだろうが』
「で、それがお告げだっつーのか」
キヨはテーブルに肘をついて、何となくだるそうにグラスを煽るとそう言った。
今夜の宿の一階の飲み屋は宿泊客の食堂も兼ねていて、俺たちはその隅のテーブルで夕食を食べていた。
マレナクロンの街は砂岩造りの隙のない都会って感じだけど、ここの飲み屋は何となく知った感じだ。
それはひとえに、俺たちがそこまで金持ちじゃないから、あんな高級そうな建物の宿には泊まれなかったからでもあるのだけど。
キヨがいくつか回った中で決めた宿は、港の近くで大通りから路地を入ったところにあった。内装は清潔、一階の飲み屋は客が溢れていて、おまけに共同の風呂がある。安い理由は立地だった。
宿が面している路地が狭くて馬車が入れないのだ。キヨはこういう当たりの宿探しも手慣れた感じがあった。
位置的には、南北に街を半分に切ったライン上ってところか。
レツは複雑そうな顔で目の前の料理を眺めている。
まぁ、お告げだとわかるのは勇者本人だけなのだし、レツが言うならそうなんだろう。
「はぁ……なんか、やっかいそうだな」
コウは言ってから煮込み料理を頬張った。
野菜がごろごろ入った煮込み料理は香草が効いてて不思議な味がする。旅の間は狩りをするから肉は手に入るものの、野草や木の実以外の野菜の摂取が難しくなるから、こういうふんだんに野菜を使った料理が意外と嬉しい。
ほくほくとした芋を頬張りながら、俺はみんなの様子を伺った。
「夢枕に立つばっかじゃねぇんだな」
シマも何となく不思議そうだ。俺なんか勇者となるには夢枕にお告げが立つって教えてもらったのだって、この旅に参加する当日だった。
もともと勇者ってのは、なりたければなれるもんだと思っていたのだ。一応、剣士とかの職業は必要かなとは思ったけど……まぁ、あとから。
「どっちにしろ、お告げが発表されたんだから、それを追うしかねぇよな」
キヨは言いながらグラスを口に運ぶ。なんかキヨって全然食べないよな、酒ばっか飲んでるのは体によくないのに。
「でもそのレツが見た廃墟って、この辺にあるもんなの?」
俺が煮込みをかっ込みながら言うと、コウが「食べるかしゃべるかどっちかにしろ」と言って俺の頭を叩いた。
キヨはちょっと眉を上げ、それからレツを見た。レツはその視線を受けると、ものすごくわかりやすくビクッとして、それから思いっきり首を振った。拒絶反応。
「お前しか見てねーんだから、教えてくんなきゃわかんねぇだろうが」
「まぁまぁまぁまぁ」
ブチギレそうになるキヨをシマが押さえる。
「だって怖いんだもん!」
レツはそう言って縮こまった。このまま泣き出しそうだ。隣のハヤが頭を撫でて落ち着かせている。
結局、レツはそれ以上詳しく話すことはなかった。
だから俺たちが知り得たお告げの内容は、あまりにも漠然としたものとなってしまった。つまりこうだ。
『なんか廃墟みたいとこに、白いのがいんの』
翌日は朝からレツの言う「廃墟」を探すことになった。
廃墟って事はだいたい何十年何百年前に建てられて放置されてる建物って事だから、きっと街の人だって聞いた事があるに違いない。
レツがここでお告げを受けたって事は、たぶんマレナクロンの街の中か、近郊にその廃墟があるって事じゃないかとキヨは言っていた。
「今まで全く音沙汰なかったのが街の中でお告げ受けたんだから、そこら辺に意味はあるだろ」
そう言ったキヨは、今日も図書館に行ってくるそうだ。古い文献や地図をあたるらしい。そういうのやれるのって、このパーティーじゃキヨしかいない感じだもんな。なんつーか、本とにらめっこでまる一日過ごすとか、他のやつらじゃ想像つかない。
「じゃあ他のはみんな、街に散らばって聞き込みかな」
そう言ってシマがみんなを見ると、あからさまに嫌そうな顔をしたのが一人居た。コウだ。
「……シマさん、俺にはちょっとハードル高いと思うんだけど」
「コウちゃん、人見知り激しいもんねぇ」
知らん人が居たらガンくれてると思ってたけど、それって極度の人見知りだっただけと俺が知ったのは、パーティーになって結構経ってからだった。絶対俺のこと嫌いなんだと思ってたのに。
「団長は」
「僕は平気だよ?」
シマはそう答えるハヤに苦笑して、それは知ってると言った。
「聞き込み組が減るのもあんまり良くないよな。じゃあ団長と俺がバラバラに聞き込みに出て、残り三人はまとめて……」
そこで言葉を切って、少し考えてからシマは笑った。
「お買い物、は簡単すぎるお使いなんで、やっぱ三人でなるべく情報収集ってことで」
そういう訳で、俺とレツとコウという今までにない三人で行動する事になった。見張りとかでも、俺とレツが被る事なかったもんな。それはひとえに俺とレツがまだ半人前と認識されてるからなんだけど。
「情報収集って何すればいいんだろねー」
レツはぼんやりと言いながら街を歩いている。俺もよくわかんねぇ。何となくそのままコウに振ってみたけど、コウは難しい顔をしただけだった。
極度の人見知りに、知らない人に何かを聞いてこいってのは確かに酷だ。
「普通は街で聞き込みするんだろ。でもあんまりそういうの得意じゃないのばっかだし……とりあえず買い物すればいいんじゃね?」
そう言うとレツは嬉しそうに笑って頷いた。いや、あんまりそれもよくないと思うんだけどさ。
「じゃあ何か美味しい物食べようか!」
「無駄遣い禁止」
盛り上がったレツにコウが突っ込んだ。うん、まだ剣も買ってないんだから、そんなお菓子ばっか買ってちゃだめだよな。
しおれるレツを諭して俺たちはまた武器屋に行くことになった。
「剣ってさー、何を基準に見ればいいんだ?」
店内に並ぶ剣を眺めつつ、コウにそう聞くと彼は少し首を傾げた。
「切れ味……?」
いや、なんかそこだけメインで選ぶとか怖すぎです……
「まぁ、重さとかで振れるかどうかと、あとは値段だろうな」
言いながら剣を取る。コウは武闘家だから重そうな剣を片手で取っても、そんなに不自然にはならない。俺が持つと、両手で支えなきゃならないんだけど。
「テキトーにってのはアレだけど、やっぱどうせ金出すんだし、何かコレって感じがするもんがいいよなー」
俺はごちゃごちゃと武器の並んだ店内を見て回った。もう数軒ハシゴしてるしそれなりに色々見比べてはいるのだけど、自分で稼いだお金を出すと思うと、安易な決定はしたくない。
うろうろしてたら同じく剣の並んだ壁にレツがいた。やっぱり拗ねたような顔で剣を取ってはまた戻している。納得いかないのかな。
「いいのあった?」
レツは俺の声に顔を上げると、そのまま首を振った。
「全然わかんないよ」
それっていいのがないって意味なのか、いいのがわからないって意味なのか、どっちなんだ……
「コウが言ってたけど、まず振れるかどうかで、あとは金だって」
俺は言いながらレツがいじっていた辺りの剣を取った。何気なく手に取った剣は、何となく、何となくだけど俺の手に馴染んだ気がした。あれ?
そのまますらりと抜いてみる。思ったほど派手じゃない、むしろ古びた地味な剣だ。柄の真ん中に紫色の鉱石が填ってる。俺は剣を構えてみた。重さもちょうどいい感じ。
「いいの、あったのか」
コウが近づいてきたけど、俺は剣の刃先から目を離さなかった。うん、これ、いいかも。コウは俺の持つ剣を丹念に眺め、それから俺の手から取った。重さや刃先を確かめる。
「いいんじゃね」
やった! 俺は剣を抱いたままレツに振り返った。レツは自分の事みたいに嬉しそうな顔をしていた。
「よかったね! 新しい剣」
あ、でもレツは決まってないんだよな。俺は何だか悪い気がした。コウが手を挙げて店主を呼んだので、いそいそと太った店主が現れた。
「ん、あんたいいのを選んだね。こいつはこのレベルにしちゃ掘り出しもんだよ」
店主は俺の手の甲のレベルを確かめてから、刃を少し研ぐと言って奥へ向かった。
「いい剣の選び方って何?」
店主について奥へ進みながらレツが声を掛ける。店主は振り向かずに、そうさなぁと言って作業台についた。
「何がいいかっていうと、造り手にしてみりゃいくらでも言える。刃の反り具合? 重さ? 長さ? 鋭さ? いくらでもチェックすべき点はある。だがな、同じく振る方のクセもある。だから一概には言えないんだ」
店主は剣を研磨台に置いて、丁寧に布で拭った。
「名人とうたわれた職人もいる。そんなのが作ればそれはそれは素晴らしい剣が出来る。でも素晴らしい剣がいつだって誰にだって素晴らしいかっていうと、それはわからないんだな」
「名人の品なら何でも素晴らしいって言う方が、高く売れるんじゃね?」
俺がそう言うと、太った店主は面白そうに笑った。
「ああ、確かにそうだ。でもこの仕事やってるとな、色んな剣士が現れる。そういう奴らに、ただ商売だけで剣を売るのは辛いときもあるんだよ」
店主は何となく寂しげに笑って俺の頭に手を置いた。何だろう、あんまり意味がわかんねぇけど、いい剣をやなヤツに売らなきゃならない事があんのかな?
店主はそれから、ああ選び方の話だったなと言って、脚で漕いで研磨機を動かした。低く腹に響く音が店に充満した。
「結局どう選ぶかってのは、さっきのお前さんみたいにすればいいんだ。心で感じたものを手に取りな。それが一番正しい」
言ってから剣を研磨機に載せると、耳をつんざく音がして火花が散った。
店主は細かく細かく剣を動かして両面の研磨を終えると、真っ直ぐ立たせて握り、真剣な目つきで点検した。それからふわりと剣を下ろすと、柄の部分を俺に向けた。
「さあ、お前さんの剣だ」
俺はそっと手を伸ばして剣を握った。吸い付くような感じ。絶対これだ。俺は大事に鞘にしまった。
「ありがとう」
「礼には及ばん。なんせ商売だからな」
俺は店主に金を払い、それからレツを見て、また店主を見た。
「レツも剣士だけど、でも何軒回っても剣を見つけられないんだ。そういう事ってある?」
店主はレツの左手の甲を確かめると、少し眉を上げてから小さく頷いた。レツが勇者の印を持ってるってわかったのかな。
「お前さんの場合は……そうだな、わしら商売人が手に入れるもんより、特殊なもんのがいいかもしれんな」
「特殊な?」
レツは首を傾げた。店主は頷いてから小さくため息をついた。
「わしらが扱うのは人間の作り手によるものだ。だがこの世界にはそうじゃない剣もある」
え、人間が作ってないのか? それってどういう事? 店主は小さく笑った。
「バトルの時に、モンスターが残していくことがある。どうやって生まれたもんかはわからん。だが人の手には作れないものである事が多いな」
「ここには売ってないの?」
店主は苦笑してあいにく人間作が好きでねと答えた。
「モンスターの……」
レツはそう言って黙った。自分の剣がモンスター生まれなんて、レツ絶対イヤなんじゃないかな……でもそれっきり何も言わなかったから、俺たちはそのまま礼を言って店を出た。
俺は今までと同じように歩いているつもりだったけど、何となく左腰を気にしていた。
生まれて初めての俺の剣! もちろん今まで旅で使ってた剣も愛着があるけど、ちゃんとした武器屋で買って研いでもらった剣は初めてだから、喜びもひとしおだ。
何だか一人前の剣士になった気がする。
「嬉しいのはわかるが、あんまりニヤニヤすんな。気持ち悪い」
何だと! 俺はコウを睨んだ。そりゃコウは今まで色んな武器使ったりしてるのかもしれないけど、俺なんか初めてなんだからなー。俺はわざと不機嫌な顔でコウを見た。
「武器は武器だ。そいつはいつだって暴力の道具だよ。使う人間がちゃんとしてなきゃだめだ」
コウはそう言って視線を前に戻した。
いいじゃん少しくらい! ……って言うつもりでなんか、言い返せなかった。ただ浮かれた俺を諭すような言葉だったけど、何だかそこには深い意味があるような気がした。
……たぶん、言い返さなくて正解だったんだと思う。いつだって暴力の道具……
「あ」
唐突にレツが声を上げたので、俺もコウも彼を見た。
「武器屋で廃墟の事聞くの忘れたよ!」
あー……そう言えば。せっかく話してくれそうな店主だったんだから、聞いてみればよかったな。
「でも俺たちが聞いてくる事くらいだったら、キヨくんとかシマさんが掴んできそうだよね」
コウがそう言うとレツはあははーと軽く笑った。っつかそこにハヤがいない理由は……
「団長はもっと違う事掴んできそうだよね」
「街の違う辺りに顔出してそうだしな」
……む、イマイチわかんねーけど、ハヤはひと味違うって事ですね。さすが団長と呼ばれるだけはある。
俺たちは街をぶらつきながら、何となく店を覗いたりして時間を過ごした。お昼は軽食を買ってベンチで食べた。
簡単に言うと、知らない街の店に入って、座って注文できる勇気のある人間がいなかったからだ。
「美味しいね」
レツはサラダと肉を薄い生地で巻いたものを頬張りながら言った。レツっていつも美味そうに食べるよな。
行列が出来ていた店だったから最初から期待していたけどホントに美味しい。コウが前に作ってくれたのも美味しかったけど、こっちはちょっと甘さのあるたれが絶妙だ。
レツの隣でコウが一口食べては味付けを解読するみたいに考えている。やった、きっとコレもコウのレパートリーに入るぞ。
「あー、美味しそうなもん食べてるね」
声に振り返ると、ハヤが笑って立っていた。
「団長! あそこの店で買ったんだ! 美味しいよ!」
レツが差し出したのを、ハヤはあーんと言いながら一口かじった。
「おーいーしーーー」
にっこり笑ったハヤは、やけにキレイな顔立ちなだけに妙に大人っぽく見えた。いや、大人なんだけど。
「団長、どこ行ってきたの?」
ハヤはベンチを回り込むと、席を空けたレツとコウの間に座った。
「んー、色々。シマもきっと俺と似たよな辺りを回ると思うんだけどねー。ほら、聞き込むのにあんな高級街に行ってもしょうがないじゃん?」
あー、あの隙のない建物の辺りか。確かに俺たちも何となくあっちへは足が向かなかった。田舎もんのひがみかもしんないんだけど。
「話聞けるのってやっぱ飲み屋の客とか、あとはおしゃべり好きの店とかだから、まぁそういうトコを重点的に」
飲み屋の客とかが一番情報源って気がしなくもないけど、今回は廃墟っぽい建物についてだから夜じゃなくても大丈夫なのか。っつかそうなると、この見た目ある分ハヤって聞き込みに強そう。
「まぁそんな感じで、たぶん廃墟っぽいって言うとアレかなーってのはあったよ」
あったんだ! すごい、半日しか経ってないのにもう情報掴んでる。
「でもちょっと色々あるっぽいんで、シマとキヨリンの情報とまとめるべきかなって思うんだけど」
ハヤはそう言って立ち上がった。じゃあ宿に戻るんだな。
「団長、お昼は?」
俺たちも食べ終わって立ち上がる。ハヤは数歩先で振り返った。
「ん、もうおごってもらって食べた」
……情報もらった上で、だよね。さすがだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます