第3章 街のお告げ
第17話『僕って都会的だから、やっぱ旅より街が恋しいんだよねー』
「ねぇ今、俺のレベル上がったよね!!」
「ああ、上がった上がった」
「ひゃっふーーーー!」
喜んで踊り出すレツを、みんなは笑いながら見ていた。
レツはレベルが上がる度に飛んだり跳ねたり踊ったりして喜んだ。俺だってレベルが上がるのは嬉しいけど、あそこまでやれないなぁ……
最近はレツのレベル獲得のペースが上がってきてる気がする。まぁ、その辺はもともと剣士なんだし、未経験の俺と比べるのは間違ってるのだけど!
「お前もがんばんないとな」
シマはそう言って俺の頭を撫でるけど、何だか俺ばっか遅れを取ってるみたいで悔しい。俺はぞんざいにシマの手を払った。
俺たちは今、北西の街へ向かっていた。集めたゴールドもあるし、俺やレツもレベルが上がってきたから武器を新調することにしたのだ。なかなか大きな街だとキヨが言う。
「僕って都会的だから、やっぱ旅より街が恋しいんだよねー」
ハヤはそう言ってうっとりとため息をついた。
まぁ、確かにハヤって街じゃ色々イケてそうではあるけど、旅だって十分楽しんでるみたいなのにな。
「サフラエルより都会って行った事ないよ!」
レツもそう言って楽しそうにしている。
俺だって集落から出てきてサフラエルが都会だと思ったくらいだし、楽しみには違いないけど。
でも街に着くまでに、もっとレベルを上げないと! せっかく大きな街に行けるのに、レベルが伴わなくてつまんない武器しか買えないとかじゃもったいない。
「その意気その意気」
コウはそう言って乱暴に俺の頭を混ぜた。だから子ども扱いするなって!
みんなは一様にのんびりしていた。行き先が明確な所だからかもしれないけど、方角を決めて日々移動しているだけだ。
ここ一週間くらいは森の多い土地から丘陵地帯に出てきたから進む方向はわかりやすいのだけど、その分モンスターとのバトルには不向きだ。見晴らしがいいから一体にかかっていると他のモンスターが集まってくるのだ。後出しって勘弁して欲しい。
でもそのお陰で、ちびちびやるよりもレベルは稼げている気がする。もちろん、まだまだ一人でモンスターを倒したり、一撃でやっつけるような事はできないのだけど。
だから意外とみんな平等にポイントを稼いでいるとは思う。
俺は遠く丘陵地帯の向こうに、うっすら見える城壁を見た。
あの村を出て、森を出て、丘陵地帯を渡って既に二週間。旅は楽しいし、仲間はみんなイイ奴だけど、時々他の旅人にも会うようになって何だか人恋しい気持ちが増えた気がする。もっとたくさん人がいるところに行きたい。
「まぁ、イヤってくらい人がいるよ」
遠くに霞む城壁を見ながらハヤが言った。ハヤも行ったことあるんだ?
するとハヤは城壁を眺めたまま少しだけ笑った。
「マレナクロン。僕が生まれた街なんだよね」
街はあり得ないくらい都会だった。
城壁はおかしなくらい高くそびえていて、一体何から守ってるんだろって感じ。しかも城門から中に入れば、家々は、いや建物は揃って四階建て以上。
しかも何となく不揃いで手作り感溢れるレンガじゃなくて、きっちり積み上げた砂岩造り。職人じゃなくて魔法で作りましたって言われても信じてしまいそうだ。
大通りに面した建物は全て一階に店が入っていて、道はキレイに掃き清められている。通りの真ん中は豪華な馬車や荷を運ぶ馬車が行き来し、そぞろ歩く人たちも何だかおしゃれだ。
俺はあまりの事にボンヤリしながら街を眺めた。
「口、開いてる」
コウに言われて思わず手で覆うと、レツも同じポーズをしていた。
「さて、そしたらとりあえず宿を決めて、行動はそれからだな」
街の景観に、特に感銘を受けてるわけでもなさそうなキヨがそう言って歩き出した。そりゃ、前にも来た事あるんだったら別にその程度なのかもしんないけどさ。
「あとで買い物行けんだから、心配すんな」
シマはそう言って笑う。別に、今すぐ遊びたいとか言ってねーし!
マレナクロンはものすごい都会で、海の近くに広がる街だった。
港には大きな船が着き、そこから緩やかに上る斜面に街が扇状に広がっている。まるで完璧な都会だ。お金持ちでキレイで物が溢れてる。
「まぁ、大きな街ってのはそれなりに裏の顔もあるからな」
宿を決めた後、俺とシマとレツの三人はさっそく街へ買い物に出た。まずは街に来た目的である武器屋を見て回る。さすがに大きな街だけあって武器屋もいろいろあった。
シマは小さなナイフを手のひらで弄びながら言った。裏の顔?
「大きな街になればなるほど金が動く。それだけ楽して甘い汁を吸いたいヤツも多い。だから自ずと、キレイじゃないとこもできてくるって事よ」
小さなナイフを振りながら言う、けど、その刃先をこっちに向けて振るのやめろよ! 俺は唇を尖らせて壁に掛かった剣を手にとってみた。う、重い……これじゃ絶対振れないよ。
「裏とか表とか、俺まだわかんねーもん」
そう言う俺に、シマは適当な剣を取って俺に渡した。あ、軽い。これなら振れるかもしれない。柄を握って試しに構えてみる。
「あんた、それが気に入ったかい?」
ひげ面の店主はにこにこしてカウンターの向こうから見ていた。
何か、あんまり朗らかすぎて商売って感じじゃないなぁ……俺のこと、子ども扱いしてんだろうか。
「まだわかんないよ。他にも見て回るから」
店主はちょっと肩をすくめて俺から視線を外した。ふーんだ、そんなに安い客じゃねーぜ。シマは何だか苦笑している。
「そしたら、レツはどうかな……」
言いながら店の中を巡ったけど、レツの姿はなかった。俺は焦って店内を探したけど、やっぱり店の中にレツはいなかった。どうしよ、こんな大きな街で迷子とか……
「まぁ、大丈夫だろ」
「なんでそんな事言えんの!」
店を出たところで、何となく呆れたように頭をかいてるシマを俺は揺さぶった。だってレツだよ!? 絶対道わかんなくなって迷子になってるって!
「お前にそこまで言い切られるってのも、相当だなー」
「シマ!」
そこへ満面の笑みでレツが帰ってきた。あああ、無事だった……
「なんかすっごい美味しい匂いがしてね! はい!」
そう言って俺とシマに差し出したのは、甘い香りのパンケーキだった。
白いクリームとマーブル模様のジャムは甘ったるい中にも酸味を感じさせる。パンケーキは砂模様のように斑だった。何か混ぜてあるのかもしれない。
二つに折ったパンケーキからクリームと赤い木の実とフルーツが零れそうなくらい盛られている。俺は思わず唾を飲み込んだ。
う、美味しそう……だけど、
「何も言わずに行っちゃったらだめだろ!」
俺が言うと、レツは一瞬きょとんとした。それから泣きそうな顔になった。
「う、ごめんんんん……だって移動販売だったんだも……」
「まぁまぁ、ちゃんと帰ってきたし」
シマはそう言ってなだめる。
でもちゃんと帰ってこれるところで移動販売を捕まえられたからよかったようなものの、遠くまで行っちゃったら絶対迷子だったはず。俺は憤慨しながらもパンケーキを受け取った。
「コフカって言うんだって。美味しいよ」
俺はまだちょっと怒っていたから、レツを見ないでかぶりついた。……ほっぺた落ちるくらい美味しかった。
「それにしても、レツはめぼしい剣は見つかったのか?」
シマに聞かれるとレツは難しい顔をした。
「全然わかんないよ。何となく違う感じするし」
でもレベル上がったんだし、今までのをずっと使ってたらポイント稼げなくて逆にもったいないじゃん。
俺がそう言っても、レツは拗ねるみたいに唇を尖らせてうーうー唸っていた。お金が貯まったら新しく強い剣買って攻撃力上げればいいんじゃねーのかな。
俺たちはコフカを食べながら街を歩いた。賑やかな店を冷やかしながら歩く。
しばらくここに留まるつもりだから旅の支度を調える必要はない。俺たちはのんびりと街の様子を楽しんだ。
あの村で最初のお告げをクリアしたあと、本当にあれでよかったのかって話になった。
だってレツが見たのは抽象的なものばかりで、確かにお告げの通りに緑の家も洞窟も宝石みたいな結晶もあったけど、それをどうしなきゃならないっていう指令みたいのはなかったのだ。
むしろお告げは行く先を示しただけだ。
「それがお告げなんじゃねーかな」
キヨはそう言ってベッドに座ったまま後ろ手をついた。
「お告げってのは勇者にだけ示される特別なもんだ。それが普通の夢とどう違うかってのは、俺とかにはわかんねーけど」
みんな何となくレツを見た。レツはちょっとだけ難しい顔をしたけど、
「何か、違う感じ……が、するんだよね」
と、結局これも曖昧な言い方をしただけだった。
違う感じってだけで必ずそれがお告げってわかるもんなのかな……それだったら、勇者の名を騙るヤツだって現れそうなのに。
「そこは大丈夫らしいよ。お告げをもらっていないと、5レクス越えの祝福がかからないんだって。そこら辺はその手の詐欺って多いらしいんで」
ハヤは小さく肩をすくめる。やっぱ勇者を騙る悪いヤツっているんだな。
「結局、勇者が受け取るお告げそのものが曖昧なんだ。誰が勇者に選ばれるのかも、なぜそいつに渡されたのかもわからない。本人だって全くわからない。
だとしたら、そのクリアしなきゃならないもんが確固たるものとは言えなくね?」
「何をすべきかわかってるんだとしたら、それはお告げをした本人だけだよな。それが正しいかどうか知ってるのも。」
考えてみると、勇者のシステムって結構曖昧なんだな。選ばれた者がお告げを受けて……なんて、すごい啓示を受けたっぽいイメージだったけど。いや、本質的にはその通りなんだけど。
「だから、どうだっていいんだよ、きっと。レツが満足なら」
キヨは寝転がって腕枕しながら、もう片方の手の爪を弾いていた。
「……俺は、あれでよかったんだと思う」
レツは自分の両手を見ながらぽつりと言った。だからそれで、お告げはクリアってことになった。
しかし問題はその後だった。
レツは次のお告げを受け取らなかったのだ。
最初のお告げだって何だか知らないけど夢に見たってだけだったし、最初のお告げがクリアになった時点で何か見るかもしれなかったんだけど、あの時は一つクリアした事で満足していたからあまり深刻にはならなかった。
でも村を離れても一向に次のお告げを受けられなかったから、レツはだんだん神経質になって毎日起きる度に蒼白になっていた。
余りに悲壮なレツを心配して、冒険前と違ってちゃんとレベルも稼いでいたから大きな街へ行って武器を新調しようという事になった。それでここへ来たのだ。
俺はほっぺたまでクリームを付けているレツを盗み見た。
とりあえず、今のところは楽しそうにしてる。下手にストレス抱えてるよりはずっといい、かな。まぁ、ホントは勇者なんだからそんなんじゃ困るんだけど。
「それにしても、キヨとかコウとかどこに行っちゃったんだろ?」
「キヨは図書館。コウちゃんは公園かどっかで習練してんじゃねーかな」
「はぁ……マジメだね」
何となくそんな気はしたけど。キヨもコウもマジメってのとはちょっと違うけど、何となく余計な遊びとかしなさそうだし、無駄に社交的な感じはしないんだよな。
「ハヤは?」
あの勢いだったら、さっそく街へ繰り出してって感じだったけど。
でもシマは小さく「ん」と言って最後のコフカを頬張ると、少しだけ視線を下げた。
「……団長はたぶん、墓参りかな」
別に探して追うつもりはなかったけど、街を歩いていたらその墓地にたどり着いた。
広すぎるマレナクロンの街をくまなく散策するつもりはなかったから、宿のある南側の街に限ってうろついているつもりだったのだけど、大通りと思われる道に沿って歩いていたら東の町はずれにまで来てしまった。
近くには古びた教会が建っており、何気なく過ぎるとそこには墓地が広がっていた。
さっきの言葉もあるし、別にここにハヤがいたりしないだろうとは思ったけど、何となく気まずい。だから足早に通り過ぎようとした。
「あ、」
そこにハヤがいた。
三人でそそくさと行き過ぎようとしたのに、顔を上げたハヤともろに目が合ってしまったのだ。
「なに、三人して僕を追ってきたのー?」
ハヤは何だか明るくそう言った。
あまりにも気まずかったから、俺はえいっと墓地に入って行った。
俺のあとをシマとレツもついてくる。ハヤは俺たちを迎えるように笑って、それから足下の墓石に目を落とした。
「これ、ハヤの……」
「んー? うん、まぁ」
チラッと見てみたけど、ハヤは優しげに微笑んでいた。シマとレツは居心地悪そうにちょっと離れたままだ。
ホントに孤児なんだな……今まで信じてなかった訳じゃないけど、こうやってお墓を目の当たりにすることもないしみんなちゃんと大人だったから、何となく実感がなかった。
「こんなにかわいい僕を残して逝くなんて、きっと心残りだったと思うよー」
そう言って俺を見て笑った。俺は何だか上手く笑えなかったから、視線を墓石に落としたまま聞いた。
「なんでこんなすごい街で生まれたのに、サフラエルに行ったんだ?」
「それはあそこで僕みたいな天才的なガキ集めてたからじゃん」
天才的って、自分で言っちゃうかな……ちょっと見てみたけど、やっぱりハヤは柔らかく笑っていた。
「ハヤは、マレナクロンに居たかったんじゃないのか?」
「うーん、そうだなぁ……」
言いながらハヤはうーんと伸びをした。それから一気に脱力する。
「でもたぶんこんな都会に居たら、僕みたいに可愛い子はさらわれて大変な目に遭ったりしそうだし。だからサフラエルくらいの街にいた方がよかったんだよ」
……質問には答えてないけど、俺はそれ以上言わなかった。そのままボンヤリと足下の墓石を見る。花の飾られた墓石。
掘られた名前は風雨にさらされてぼやけている。生年、没年……あれ? 何か今、違和感が……
「う、わああ!」
唐突にレツが声を上げて俺たちは驚いて彼を見た。レツはシマの背中にしがみついている。
「ちょ、おま、どうしたんだよ!」
レツはシマの背中に取りついたまま、何だか震えているようだった。一体どうしちゃったんだ? 俺はハヤと顔を見合わせた。
「……なんか、来た」
「な、何が」
レツは恐る恐るといった風にシマの背後から顔を出した。
「……お告げが、来たみたい」
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