第16話『違うよ、これは村の生け贄のもんだ。俺は関係ねーよ。』

 翌朝は気持ちよく晴れていた。

 昨日も今日もこの旅始まって以来、天然のベッドみたいに寝心地のいい所で寝られたから、十分休養が取れた感じ。


 村に出ると、すでにウィルシャーが説明していたのか、村人たちの俺たちを見る目が変わっていた。まだ人見知りっぽくおずおずとだけど、みんな小さく感謝の言葉を言ってくれる。

 俺なんか別に何もしてないから、何だか余計悪い気がした。


 村は稀少な薬を扱っているから、お礼にいろいろな薬を分けてくれた。薬の種類なんかよくわからないけど、ハヤは目をキラキラさせて色んな薬を分けてもらっていた。


「こんなにすごい薬があるなら、なんで旅人が来ないんだろ」

「薬手に入れるために自分がやられてたら割りに合わないだろ」


 シマはそう言って笑った。

 あ、そっか、ここって5レクスの端っこなんだっけ。下手したら印を失いかねないんじゃんね。そう言えば俺の印、あのボーダーに出ちゃったけど壊れてなかったな……


 キヨはレツが壊して集めた結晶を村の人に提供していた。魔力を吸い混乱を引き起こす結晶も、もしかすると何かの薬にできるのかもしれない。


「あんな大きな固まりだったから悪いんだ。これだけ粉々になちゃったら、逆に上手く使えんじゃないかな」

 キヨはそう言ってハヤに振る。

「引き寄せるけど混乱って程じゃなくある程度惑わせるだけだとしたら、もしかしたら間接的な防御に使えるんじゃないかな。

 村から一定距離離れた所に配置すれば、モンスターはそこへ寄せられ、惑って戻ることになる。頭のいい奴なら学習して近づかなくなるかも」

 するとコウが、

「飲み過ぎると正体無くすみたいなもんかー、酔っぱらって痛い目みたらもう飲まないみたいな」

と言って、周りを笑わせた。


 小さく砕けた結晶はもう魔力をガンガン吸い込んでキヨを弱らせる事はないから、レツが記念に一つだけもらっていた。小さな革の袋に入れて首から提げている。


「いっぱいあったらキヨリンを弱らせる事ができるのか……」

 ハヤの呟きを聞いたキヨは、まとめてそっくり結晶を村人に押しつけた。


 いや、魔力吸うんだからハヤだって影響あるはずだけど……でも何となくハヤには効かない気もしなくないな、うん。


「これ、返すよ」

 キヨはそう言って、見送りに出てくれたウィルシャーにあのペンダントを渡した。それを見てハヤがすっごい止めたいって顔をした。


 でもあれ元々この村のもんだし、託されたのはキヨだもんね。確かにあの防御の魔法道具があれば、旅は安全になるから、できれば欲しいところだけど。


「いや、これはもうお前のものだ。この位しかできんが……」

「違うよ、これは村の生け贄のもんだ。俺は関係ねーよ。ないとお前らだって、薬売りに行くのに困るだろ。それに、」

 キヨは不満そうなハヤをチラッと見た。


「うちにはちゃんと白魔術師がいるんで、必要ないんだ」


 ハヤはそれを聞いて、複雑そうに拗ねた顔をした。でも何だか嬉しそう。

「モンスターが寄ってこなかったら、レベルも上がらないし」

「むしろ寄って来ないと俺の仕事がなりたたない」

 コウとシマがそう言ったので、俺もレツも吹き出した。うん、レベル上がらないのはすごく困る。


「……いろいろ、すまなかったな」

 ウィルシャーがシマに向かうと、彼は軽く肩をすくめた。

「全然。たくさん薬もらったんで得した気分だ」

 それを聞いてウィルシャーは少しだけ笑った。


「それじゃ」

 軽く別れを言うキヨに、ウィルシャーは手を伸ばしてキヨの頬に触れた。

「……お前には感謝している。またいつか、訪ねてくれるか」


 キヨはちょっと考えるみたいに目を伏せてから、小さく笑って応えた。それを見て、ウィルシャーも口元だけで少し笑って手を離した。何となく寂しそうな笑い顔だった。


 手を振るウィルシャーに別れを告げて村を出た。

 俺はあの緑の道を歩きながら、5レクスのボーダーの道を眺めた。


 あそこを超えて旅ができるのは、俺たち勇者のパーティーだけなんだ。


 もちろん、印を持たない商人なんかは超えても何も起こらない。だけど彼らにはモンスターの脅威から身を守る術がないから、ボーダーを超えて旅に出る人はいない。

 5レクスを超えたら、モンスターが強くて魔法道具だけじゃ身を守れないからだ。あそこには見えない壁がある。俺たちを守るための壁。


 俺は左手の甲に浮かぶ印を見た。

 ボーダーを超えられる意味って、何なんだろう。


「結局、レツが見た宝石みたいのってのが、あの結晶だったわけ?」

「あ、うん、そうそう!」


 ハヤが言うとレツが嬉しそうに答えた。あの時、モンスターがうろつく祭壇の向こうにあの結晶があったんだ。真っ暗の中の宝石みたいな結晶。


「壊しちゃうの、もったいなかったよ!」


 いやでも、あれが諸悪の根源だったわけだし……この人ある意味、包容力スゲーのかも。

「それにしてもキヨくん、よくあれぶっ壊すってわかったね」

「そもそも何でわかったわけ?」

 キヨはだらだら歩きながらちょっとだけ振り返った。


「前来た時もそうだったけど、みんな『狂ったモンスターが現れる』っつーんだよ。でもモンスターってのは人を襲うけど、それは別に異常な事じゃない。なのに『狂った』って言うって事は、何か要因があるんじゃないかと思ったんだ。だとしたら、その要因を取り除けばいい」


 はぁ……前から続く狂ったモンスターに捧げる生け贄の儀式ってのに、よくそんな理性的に考えられるなあ……


「要因が別にあったとしても、あそこで出てくるモンスターが正気かどうかはわかんねぇ。だとしたら、シマにしか何とかできないだろ」

 そう言ってちらりとシマを見た。


 じゃあキヨはみんなに無断で生け贄に立候補しながら、シマがこの話に乗ってきて、しかもやり遂げられるって信じてたんだ……

 シマはキヨをちょっと見てくすぐったそうに笑った。


「あそこに着いた時は、まだモンスターが居なかったんだ。だからとりあえずホール回っていろいろ探ったんだけど、」

 探った……のか。そのうち自分を食べに来るモンスターが現れるってのに、この人の心臓も結構すごい。


「そん時に空気がね、動いてたのがわかって。これはどっか外に繋がってるなと。

 そしたらもう一個洞窟あるし、足下骨だらけだし、これはモンスター用の入り口か、やばいなーと思ってたらあのモンスターが来たんだ」

「そ、それで?」


 レツは半分シマに隠れるようにしながら聞いている。怖い……のか?


「ビビったから逃げたよ。俺が攻撃したとしてもあのサイズだし、一人じゃ厳しいなーじゃあちょこちょこ逃げながら待つかーって思ってたら、あのモンスター、祭壇から離れないんだよ」

 それは、あそこに結晶があったから……


「そん時は結晶まで見てなかったんだ。祭壇はどうせ乗るなら最後に調べるつもりだったから。でもまぁ、何かあるなら見とかねーとと思って」


 モンスターが待ってる祭壇へ上ったんですか……本気ですごいなその勇気。


「それで、据え膳キヨリンの出来上がりですか……」


 キヨは一瞬顔をしかめて、それからハヤに裏拳を決めた。

「でも、ホント言うと待ってりゃよかったって結構後悔した。あの結晶目の当たりにして、ああこれがレツの言ってたヤツかとは思ったけど、まさかあんな風に一気に力奪われると思わなかったし。

 でもあのモンスター、俺見て即食うって感じじゃなかったんだ。俺が結晶に近づく事に威嚇してきたんで。俺よりも結晶に固執してる感じで……なんつーか、まだ足りなかったのかもな」

 結晶の魔力が、とキヨは小さく付け加えた。「魅力が足りなかったんじゃない?」と混ぜっ返すハヤに、そんな魅力いらねーよと笑って答えた。


「何言ってんの、ウィルシャーをあそこまで骨抜きにしたクセに」

 そう言ってハヤは乱暴にキヨの肩を抱いた。

「一体どんな手を使ったんですかー、少なくとも、一昨日の晩の事は全部話してもらわないと」

 キヨはうるさそうにハヤを見た。


 きゃあきゃあ囃すレツとシマを尻目に、コウが笑って俺の耳を塞ぎ「R15くらいでお願いします」と言っていた。ちょ、これじゃ聞こえない! 俺は暴れてコウから逃げた。


「何だよお前ら、何もしてねーっつの」

「何もなくてアレってどういう事なんですか!」


 キヨは不機嫌そうな顔で視線を外していたけど、小さく「似てただけだよ」と言った。

「誰に?」

「……弟さん。生け贄の犠牲になった」

「あ……」

 ウィルシャーの弟さんって、生け贄になってたんだ……


「儀式的な意味合いは薄いからくじ引きなんだと。だからどの家の人間だからってのは関係ない。身内に犠牲者がいるのだって別に珍しくないからな。だから今回、俺の無理な要求をのんでもらえたんだ」


 キヨはそう言って少しため息をついた。

 全てを話さなかったかもしれないけど、たぶんキヨは村人以外の人間が参加する事でこの悪循環を止められるかもしれないと、ウィルシャーに言ったのかも知れない。

 単に無関係のキヨが生け贄になるってだけで、絶対的に認められてなかった獣使いまで村に入れてくれたはずはない。


 レツが「そんなに似てたの?」と聞くと、キヨは少し笑って双子レベルと言った。もしかしたら以前来た時に会ったことがあるのかな。


 そう言えばキヨだって孤児なんじゃん。ウィルシャーはキヨに弟の面影を見ていたのかもしれないけど、あんな風に慈しまれたら、キヨだってそこにない人を見るかもしれない。


 すると唐突にコウがキヨに追いつき、軽く頭を叩いた。えええ?!


「キヨくん、もう二度とそういう事しちゃだめだからね。彼は二度も弟さんを失うかもしれなかった」


 つけ込むなら違う方法で、とコウが言うと、キヨは小さく目を伏せて「ごめん」と言った。


 そんなに似てたんだったら、また来るよって言ってあげればよかったのに。

 でもそんなに似てたから、余計に確実じゃない事は言わないのがキヨの優しさなのかな。


「でもこれで一件落着だね」


 レツがそう言ってうーんと伸びをした。

 緑の道を抜けると、今まで木々に遮られていた光が降り注いだ。いきなり明るい場所に出たから目に痛いくらいだ。


 するとシマが唐突に指笛を吹いた。空に響き渡る高い音に、驚いた小鳥たちが舞い上がる。その向こうに、シマの友達のあの青い鳥が近づいてくるのが見えた。

 俺たちはみんなでその優雅な羽ばたきを見上げていた。


 印の大木が大きく枝を広げていて、まるで空を抱きしめてるみたいだった。

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