第15話『何言ってんだよ、相手は神様じゃなくて、最初からモンスターじゃん』

 キヨの持っていた防御の魔法道具は健在だった。

 そのお陰で帰り道は細々としたモンスターに煩わされずに済んだ。


 行きはあんなに完璧な道案内が出来たレツも帰り道は全く覚えてなくて、むしろ泣きそうなくらい混乱していたけど、キヨは自分が歩いた道をちゃんと覚えていたから暗い洞窟の中で迷子になって出られないって事もなかった。


 村に戻ると、家々から村人たちが出て俺たちを迎えた。それは明らかに好意的な迎え方じゃなかったけど、じきにウィルシャーが出てくるとキヨが先に立った。


「もう大丈夫だよ」

 キヨはそれ以上の説明をしなかった。複雑そうな表情の彼は少しだけ眉間に皺を寄せたけど、他の村人には有無を言わせずキヨを促して自分の家に招いた。この村には旅人が頻繁に立ち寄る事も少ないから宿屋がないらしい。


「狭くて悪いが、飲み屋ではどう聞かれるかわからんからな」

 そう言って彼は俺たちにグラスと酒のボトルを出した。あの木の家。印の大木と同じだけど、村の家はきちんと内側から壁板を貼ってあった。

 それに彼の家は狭くなかった。もともと大きな木を使っている上にまとまって立つ木の部屋を繋げてあるので、別室がいくつかあるのだ。

 さすが村のまとめ役、村長ってわけじゃなさそうだけど立派な家に住んでる。だいたい七人が同時に付けるテーブルがあるだけで十分広いじゃんか。


 俺たちは全員同じテーブルについて、キヨが口を開くのを待っていた。


 ウィルシャーがゆっくりと椅子を引いてキヨの向かいに座る。

 壁の向こうに、さわさわと葉が擦れる音がする。緑に包まれた木の家。


「この家って、モンスターから隠れるために……」


 うっかり口から出てしまった。思わず口を覆ったけど、ウィルシャーは小さく苦笑するみたいにして俺を見た。


「ああ、そうだ。この村が森に溶け込むようにして暮らしてるのは、出来る限りモンスターから隠れるためだ。戦う術がないからな」

「なんでここを離れないの?」


 反射的にそう聞くと、コウが俺の足を蹴った。いって!

 でも彼はそんな問いにも少し笑っただけだった。


「ここは薬の宝庫だよ。稀少な薬草も取れる。5レクス圏内にはいないようなモンスターも現れるからな、そいつらからも薬が作れるんだ」

「あまり褒めるな、ただの僻地だよ」

 キヨの言葉に、ウィルシャーは視線を落としたままボトルから酒を飲んだ。


「さて、それじゃ聞かせてもらおうか」

 彼はそう言うとボトルを脇に置き、両肘をついて手を握り合わせた。

 キヨはちょっとだけ視線を上げ、それから緊張をほぐすみたいに小さく息をついた。


「簡単に言うと、あの洞窟は行き止まりじゃない。5レクス圏外まで伸びていて、そこに別の入り口がある」


 俺たちはそこへ至る洞窟を見つけていた。

 村からの入り口とは反対へと伸びる真っ暗いトンネル。そこはあの祭壇らしき所の裏側で、ちょうどあのモンスターがギリギリ一匹通ってこれるくらいの大きさだった。モンスターはそこからやってくるのだ。足下に骨が散らばっていて気味の悪い洞窟だった。


 嫌がるハヤをみんなでなだめて、どうしても必要だからとキヨをマックスまで回復させた。

「こんな絶好の機会二度と無いかもしんないのに」

 ハヤはぷりぷりしていたけど、みんながどうしてもとお願いしたので、ここは最大限恩を売っておく事にしたらしい。キヨは猛烈に不満そうだったけど、白魔術師にこの状況で反抗はできない。


 回復したキヨは攻撃魔法でその穴を塞いだ。崩れるがれきの向こうに、シマに手懐けられた後、自分の世界へ戻っていくモンスターの背中が見えた。


「モンスターがそこから入り込んで来てたのは、たぶんこれの所為だよ」


 そう言ってキヨはレツの取り出した袋を逆さにした。テーブルの上にキラキラと緑色の宝石のような破片が散らばった。


「これは……」

「何かの結晶だね。もしかすると、モンスターに由来するのかも知れない。これがあのモンスターには麻薬のような働きをする。しかも魔法の力を奪う」

「え、そうなの!」

 レツは手にとってマジマジと眺めていた結晶を、驚いて手放した。


「魔力を奪うモンスターは結構いる。混乱を引き起こすヤツもね。そういうモンスターがどういうわけか結晶になってあそこにあったんだ」


 とっくに死んでるんだけど、と言いながらキヨは結晶を弾いた。


 キヨの魔力がまるまる無くなっていたのは結晶の所為だったんだ。

 元々魔術師じゃなかったらあんな風に体力まで奪われなかったかもしれないけど、キヨの場合は全身黒魔術師で、だから体力も魔術に負うところが多いのかもしれない。


「だからモンスターはこいつを求めてあそこに辿り着く。あそこに至ると、間近の結晶の力で正気を失う。だから広い方の道へ進む。外へ出ると村がある」


 それであの洞窟から狂ったモンスターが現れるのか……そしたら、なんで生け贄で安泰が保たれていたんだ?

「生け贄は……」

「効いてたよ」

 キヨはウィルシャーのボトルを手に取ると一口飲んだ。


 そう言えば誰も自分のグラスに注いでない。みんな話を聞くのに集中してる。出されたボトルはそのまま置かれていた。


「最初はたぶん、生け贄だけを捧げていたんだろう。その頃はもしかするとモンスターはそこで満足しちゃうとか、むしろ結晶から離れないでいたとか、そういう事があったのかもしれない。

 でもその内、単に生け贄じゃ効かなくなった。だから毒を仕込むようになった」


 でもそれなら、すでに生け贄を捧げるのは違う気がする。生け贄ってコレで満足してくださいって捧げるもんじゃないの?


「何言ってんだよ、相手は神様じゃなくて、最初からモンスターじゃん」


 ハヤはそう言ってチラッとシマを気にした。シマは落ち着いた表情でテーブルの上で握った手を眺めていた。


「最初から毒を仕込むようになったのは、村に迷い出ないで倒すためなんだ。この村特製の時間差の毒でね。モンスターは屍体を襲わないから、生きたまま犠牲になってモンスターを内側から仕留める。

 今回のメカニズムを知らないまま生け贄が上手くいってたのは、モンスターがだいたいあの結晶の近くを離れなかったからなんだ」

「どういう事?」


 ハヤは怪訝な顔で聞いた。それから思い出したみたいにボトルを取ってグラスに注いだ。


「モンスターは生け贄を食らう。でもまだ結晶の近くを離れない。その内毒にやられる。倒れる。するとどうなる?」

「あ、」

 声を上げたのはコウだった。キヨは無言でコウを見た。


「入り口を塞ぐ……」

「その通り」


 なるほど、奥の洞窟はあのモンスターの体サイズだった。そこにあのモンスターが倒れてしまったら入り口を塞いでしまう。

 そうなったら、次のモンスターは入ってこられない。足下に骨の散らばった洞窟の入り口。


「入り口塞いじゃったら、一匹が朽ちるまではあの結晶の香りも外に流れ出さないのかもな。流れ出たとしても、まだあの図体が塞いでたら入り込む事はできない」


 だから大体一定期間、安泰が保たれていたのか。でもそれだったら、村の人間が絶妙なタイミングで生け贄を捧げる事なんて出来ないんじゃないのかな?


「それじゃ生け贄の時期って……」

「それはわかるんだ」


 レツの言葉にそう言ったウィルシャーは、今頃何かに気付いたように苦笑しながら片手で顔を拭った。どういう事だろ。


「……たぶんその結晶の作用が、村側の入り口から漏れるんだ。それによって何らかの反応がある。それがタイミングなんじゃね?」


 キヨの言葉にウィルシャーは拭った片手をテーブルに置いた。


「ああ、そうだ。生け贄の時期になると洞窟からモンスターが出てきやすくなる。普段は暗がりにしか居ないヤツらがな。

 だから時期を見るために、罠で捕らえられたモンスターを入り口に置いておくようになったんだ。そいつらが暴れ出したらその時だ」

「何でそんな風になっちゃうの?」

 レツはキヨとウィルシャーを見比べながら言う。


「遺体が朽ちたら、風が通るだろ」


 答えたのはシマだった。

 風が通った時、結晶の香りが村側の入り口にも届く。その香りに惑わされてモンスターが暴れる。

「……村側の入り口を塞いだり出来なかったのかな」

 レツが呟く事を俺も考えていた。


 モンスターが現れるなら、その出口を塞いでしまえばいい。

 確かに村側の方は家一個分だからキヨみたいに魔法で崩すとか出来なかったら大変かも知れないけど、それでも絶対無理じゃないはず。

「言っただろ、この村は薬を作ってるんだ」

 キヨがそう言って、レツは小さく「あ」と言った。


 あの洞窟にいた小物のモンスター、小枝みたいのだったり粘液みたいのだったり毒の牙持ってたり、ああいうのからも薬を作るのか……だから安易に塞いで使えなくする事はできなかったんだ。


 単に5レクス圏外から繋がるだけの洞窟だったら、こんな風にモンスターが直接村に現れる事もなかったのかもしれない。

 向こう側の洞窟はモンスターのサイズギリギリだったから、無理に入ってくるやつもいなかったのかも。そうなると洞窟はあの小物群がひしめくだけのところだったんだ。


 でもあそこには不思議な結晶があった。

 あの所為で、本来迷い込む事のないモンスターがあそこへ辿り着き、そして正気を失い、村へと放たれた。全ては、不幸な巡り合わせだったんだ。


 ウィルシャーは深く息を吸って、深い、深いため息をついた。

「お前には世話んなったな……」

 彼の言葉にキヨは肩をすくめた。

「正直言うと、俺はなにもしてない。仲間巻き込んであそこに連れてっただけだ。実際あそこで働いたのはシマだよ」

 ウィルシャーは少し眉間に皺を寄せ、それからゆっくりとシマを見た。


「……あいつ、怯えてたよ」


 シマはぽつりとそう言った。

「香りに誘われて迷い込んで、そしたら訳のわからない混乱を引き起こされて、あんななったら暴れるしかなかったんだろうな」

「そんな事が、わかるのか……」

 ウィルシャーは何だか訝しげにシマを見た。

「怯えたヤツはすぐわかる。暴れてる外側を越えると、中に小さくなってるホントのヤツが見えるからな。叫んでるんだ、助けてって」

 シマはそう言うとゆっくり顔を上げた。


「今までのが全部そうだったとは言わない。けど、きっと同じく助けて欲しかったやつも居ると思う。

 あいつらだって生き物だ。生きるために食べる。でも生け贄なんかが欲しかったわけじゃない。俺はそう思う」


 ウィルシャーを真っ直ぐ見てシマはそう言った。


「今まで犠牲になった人たちを否定する訳じゃない。ただ、通じ合えなかっただけで悲しい方へ行かなきゃならないんだったら、俺は獣使いでよかったと思う。

 あいつの気持ちを汲んで混乱と怯えを取り除き、生け贄のキヨを食わずに帰せた事を、俺は誇りに思う」


 ウィルシャーは、何だか辛そうな表情でシマを見ていた。

 少しだけ泣きそうに顔をゆがめて視線を外すと、テーブルについた手を一度握って、それから振りきるように立ち上がった。


「今晩はここに泊まってくれ。人数分のベッドもある。印の大木と同じもんだがな」

「知ってたのか」


 キヨが言うと、ウィルシャーは少しだけ笑った。それから何も言わずに部屋を出て行った。

 乾いた音がして扉がしまるのを、俺たちは黙って見ていた。

「……ねぇ」

「ん?」

 ちょっと寄りかかるようにして声を掛けたハヤを、キヨはチラリと見た。


「キヨリンの分はあの人の部屋に……とかってこと、ある?」


 キヨはそれに答えずに、無表情のままハヤの額に渾身のデコピンを食らわせた。

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