第14話『いろいろ全部わかるように説明してもらわないとだけど、』

 何で……

「何でこの洞窟、こんなにモンスターが多いんだ!?」

「知るかよ」


 コウは少し疲れた顔で言った。そこへハヤが回復魔法をかける。

 何か、ちょっと歩いたらすぐ鉢合わせ。コレと言って強敵じゃないからまだしも、それにしたって多い。今までの旅で一応俺もレツも戦えるようになったとは言え、まだまだのレベルだからすでに消耗戦だ。


 キヨがいないのも響いている。いつもだったらまずキヨが敵全体に攻撃をしかけてくれるから、俺なんかが相手をする時にはモンスターは全力じゃなくなってるんだけど、今回はそうはいかない。

 なんせそのキヨを助けに行かなきゃならないんだから。


「でも何とかなってる感じだよ。レベルも結構稼いでるし」

 レツはそう言って、左手を見せながら疲れた顔のまま笑った。


 しかもシマは洞窟に入る前にモンスターを呼び出せなかった。まだ村の監視があったかもしれないからだ。だから洞窟に入ってから会ったモンスターを引き入れたりして使う。

 でも洞窟住まいのモンスターでシマが引き入れられるのは、小型のモンスターばかりだった。確かに、洞窟にバカでかい生き物って住んでないもんな。


「悪いなー、あんま戦力になってなくて」

「いや、シマさんのコウモリは結構効いてると思う」

 コウはハヤの回復魔法で少し元気を取り戻し、肩を鳴らしてそう言った。

「こんなに敵がいたら、キヨ、無事に祭壇までたどり着けないんじゃ」

 剣を戻してレツが言うと、ハヤが「大丈夫」と答えた。


「あの人にもらったペンダントあったじゃん? あれについてた鉱石、あれって結構強い防御の魔法に使われるんだよね」


 そう言えば、真っ白い鉱石がついてた。キヨも結構大きいって言ってたし。

「だからとにかく、俺たちはキヨリンのいる祭壇までダッシュで行くのが先」

 みんなは同時に頷き、先を急いだ。


 キヨはたった一人で俺たちが助けにいくのを待っている。狂ったモンスターが自分を襲うために現れるのに、その前で丸腰のままで。


 あれ、でも祭壇に無傷で辿り着くために防御の魔法道具持たせちゃったら、襲ってくるモンスターも怖くないんじゃね?


 それにキヨは黒魔術師だ。いくら丸腰っつったって、元々魔法道具がなきゃ魔法を使えないってわけじゃない。

 そしたら、モンスターの規模にもよるだろうけど、なんとか倒せたりしないのかな?


「ヤバいな」

 コウが呟く。洞窟に入ってからすでに数時間経ってる気がする。きっと、そろそろ日没なんだ。

 走りながら手当たり次第って感じに小物のモンスターを蹴散らすコウは、速攻型だから余計に焦っているように見えた。

「こっち!」

 レツが唐突に叫んだ。


 何度となく現れる分岐の度に、レツが導かれるように方向を決めた。みんなは何も言わずそれにしたがった。レツには何か感じるものがあるんだろうか。


 レツを追って走ると、唐突に開けた場所に出た。

 今までの洞窟だって広かったとは思うけど、ここは違う。ホールのように高い天井、円形に広がった空間。ヒカリゴケが壁の所々に茂っていてそれを水晶が増幅していた。

 今までハヤの灯した光でここまで来たけど、ここでは天然の照明が灯っている。


「キヨ!」


 レツは叫んで走り出した。広い空間の奥に一段高い所があって、そこにキヨが倒れていた。

 俺たちも後を追う。追おうとした途中で、コウが唐突に止まって俺とハヤを押しとどめた。


「コウちゃん何してんの!」

「まとめて行くことねぇ」

「何言って……」


 言いながら顔を上げると、膝をついてキヨを抱き上げたレツの、その向こうにゆらりと動く影があった。


 大きかった。優に小屋一個分くらいありそうな、黒に白い縞の入った虎のようなモンスター。その背中に翼のようにも見える槍が生えている。

 ゆっくりともたげた頭が、近くに立つシマの倍以上の高さにあった。


「コウちゃん……」

 小さかったけど、レツの声は俺たちのところに届いた。モンスターを刺激しないようにだろう。

「団長は来ちゃダメって。そんでコウちゃん、キヨをそっちに連れてって」


 ハヤはダメ? どういう事だ?

 コウは俺たちを置いて、するすると音もなくレツとキヨの所まで辿り着いた。キヨを抱き上げると、モンスターを気にしながら下がる。


 モンスターは真っ直ぐ、シマを見ていた。狂ったような金色の目。

「いいこだね……」

 シマはそう言って、じりじりと近づく。モンスターは回り込むように、シマを見ながら移動した。時々恐ろしい吠え声を上げる。


「キヨリン!」

 ぐったりとしたキヨを連れ帰ったコウは、そのまま戦闘態勢を整えてシマのフォローに回った。ハヤはすぐにキヨに回復魔法をかけようとした。その手をキヨが唐突に握る。


「ちょっと!」

「俺は大丈夫だから、無駄に使わないで」

「だってキヨ、歩けないくらいなのに」


 俺の言葉を無視してキヨは視線をホールに向けた。でもそれはモンスターへ向けたものじゃなかった。大変そうに体を起こす。


「色々やっかいだったんだ。あそこで魔法は使えない。無効化してしまう」

「え!」


 さっきまで自分が倒れていた場所を見つめる。今はレツがそこに立ち、モンスターがゆらゆらと威嚇を続けている辺りを見ていた。あの恐がりのレツが、モンスターの間近から逃げずにいるなんて。


「あそこに、」

 言いかけた時、レツが唐突にモンスターとは違う辺りに向けて剣を翻らせた。それに気付いたモンスターがレツに襲いかかる。

「レツ!!」


 一瞬の事に思わず視線を逸らしかけたが、コウが間に入って棍でモンスターを押しとどめていた。

 跳ねるようにお互いが離れる。モンスターはジリジリと間合いを取った。


「傷つけないようにしてくれ」

「シマさん難しいよそれ」

 シマはそれでもモンスターに近づいていく。


「シマ! レツからヤツを引き離せ!」


 キヨが声を上げると、シマはチラッとこっちを見た。わかったって事なのかな。

「大丈夫、大丈夫……」

 落ち着かせるように言葉をかけながら一歩ずつ近づく。


 モンスターはゆらゆら動いて何だか落ち着かない。シマを威嚇するようにも、シマから逃げるようにも見える。どことなく目がうつろだった。

 どう見たって大丈夫には見えないんだけど……


 レツはモンスターの隙を狙ってまた剣を振り上げた。気付いたモンスターが再度レツを襲う。コウが咄嗟に棍を間に差し入れ、その隙にシマがモンスターの胸に飛びついた。


「シマさん!」

 跳ねさせた棍が偶然モンスターの鼻面を打ち、モンスターは思ったより高い鳴き声を上げて後ろ足で立ち上がった。その胸に、しがみついたままのシマが小さく見える。

 モンスターはシマを落とそうとして上体を揺らし、その時背中の槍がコウを直撃した。


「うぐっ」

「コウちゃん!」


 ハヤが立ち上がって近づこうとするのをキヨが押し留める。


「近づくな! こっからやれ!」

「だって!」

「お前できんだろ!」


 ハヤは泣きそうな顔で唇を噛むと、目を閉じて腕を広げた。その腕の中へ瞬く間にきらきらした光が集まって来た。


「……レクパラシオ」


 ハヤはその場で発動した最大限の回復魔法を、遠く離れて倒れたコウへ向けて発した。コウはきらきら光る魔法を受けると、よろよろしながら立ち上がった。よかった、大丈夫みたい。


「近くでやった方がちゃんと回復できるのに」

「近くに行ったら魔法そのものが使えねぇよ」

「それって結局どういう事なの?」


「うわあ!」

 悲鳴に思わず振り返る。

 シマがモンスターから振り落とされて、その足で踏まれようとしていた。すかさずコウがその足下に棍を差し入れ、ギリギリとその力を押しとどめる。ハヤはまた回復魔法を発動し、シマへと送った。


「も、保たねぇ……」

 コウの棍があり得ないくらいたわんで、やっと動けるようになったシマが押しつぶされそうになる。

「レツ、今だ!」

 唐突にキヨが叫んで、思わず俺もレツを見た。


「いいいやあああああ!!」


 振りかぶったレツが声を上げると、モンスターもすかさず振り返った。


 咆哮を上げるその首元に、棍の下からはい出したシマが再度抱きついた。恐ろしげな声を上げるモンスターを、シマは抱きしめている。


「はああああ!!」


 レツはそのまま、何かに向かって剣を振り下ろした。

 キィンという甲高い音がして、緑色に光る結晶が舞ったのが見えた。今、一体何をしたんだ?


 途端にモンスターが恐ろしい吠え声を上げた。余りの声に、聞いただけで腰が抜けそうになった。


「コウちゃんこいつの鼻殴って!」

「え!?」


 ぶら下がったままのシマに言われて驚いたコウも、吠え続けるモンスターの鼻面を恐る恐る殴った。力一杯というよりは、シマへの影響を気にしてたみたいだった。モンスターはまだ鳴き続けている。


「もっかい!」

「う、うん」

 今度こそ強めに鼻面を弾くように殴ると、モンスターはさっきみたいな甲高い鳴き声を上げて二、三歩後ずさった。

 モンスターが前足を上げると、シマはすかさずその前足に足をかけてモンスターの顔近くへと登った。すごい……


「大丈夫大丈夫……ほら、見てみろ」


 シマはモンスターの目の前で手を振ると、モンスターの意識を自分に集中させた。


 うつろだった目がボンヤリとシマの手を追う。ゆらゆらと揺れるモンスターは耳元で囁き続けるシマの声にだんだん落ち着きを取り戻し、そのままその場に座り込んだ。

 シマはそんなモンスターに取りついたまま、片手で撫で続けている。あれ、明らかにさっきと目の色が違う……


「よしよし、大丈夫だよ。もう怖いのはなくなったからな」

 シマは言いながらモンスターを撫で続け、モンスターは何だか安心したようにその場に伏せた。地面に近づいた事でシマはモンスターから降り、それでもまだ鼻先を撫で続けていた。


「完了?」

 キヨはだるそうに体を起こしたまま聞いた。シマはそれに、片手を上げて答える。


 すごい……あんなモンスター、手懐けちゃった……


「いろいろ全部わかるように説明してもらわないとだけど、」

 へたり込んでいる俺の隣に立ったハヤは、ホールを見やっていた視線を戻してキヨを見下ろした。


「……今なら全く抵抗できそうにないキヨリンってのも、結構そそるね」


 ハヤはそのキレイ顔で最上の笑みを見せたけど、キヨはモンスターと対峙するときより恐怖に引きつった顔をした。

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