第13話『ちょ、その衣装……萌える』

 翌日、俺たちはまた村へ戻ることになった。


 キヨはあの後、儀式や洞窟の事なんかをみんなと打ち合わせてから帰って行った。

 生け贄に立候補したキヨが出てこれたのは、最後に仲間に会いたいからみたいな事を言ったらしい。それにしても夜中に帰るのなんてすごい危険なんじゃないかと思ったら、印の大木から村までのあの緑の道だけは強力な守りの魔法が効いてるんだそうだ。

 安全とは言っても細い道だから野宿はできないし、そんな所で寝てたら村人に追い出されちゃうんだろうけど。


「それにしたってさ」


 ハヤは身支度を整えながら誰にいうともなく言った。


「生け贄に立候補はないよねー」


 レツも何となく呆れたように言った。


 確かに、そんな命賭けるトコじゃない気がする。もちろん、キヨが生け贄に立候補したから俺たちは村に行ける事になったんだけど、それにしたってもっと別の方法があったんじゃないのかな。


「そりゃー全力で助けるけどさー」


 ハヤはやたら大きなジェスチャーで言う。

 わざとらしくしているのが、深刻にさせないようになのかもしれない。

 俺はごそごそと身支度を整えると、みんなについて大木を後にした。


 なんか、俺、何してたんだろう。キヨがいろいろ隠してるから信用ならないとかって騒いで……

 そりゃ確かにキヨはわかったこととか考えられること全部をみんなに話したりしてないけど、それでも、同時に旅の目的であるお告げクリアのために、サクッと生け贄に立候補してるんだ。

 俺は仲間のために、仲間のお告げクリアのために、そんな事できるんだろうか。


 俺は勇者見習いだから、旅の仲間の一人じゃなくて勇者になるつもりだ。

 だからっていうか、むしろ勇者が生け贄になるなんて事はないと思ってる。だって勇者がいなくなったら、話は終わっちゃうだろ? でもじゃあ、俺のために仲間はそんな風にしてくれるんだろうか。


「でも、前に一度来ただけの人間が生け贄に立候補して、しかも当日獣使い連れてきてんのに、よく村の人はOKしたよねえ」

 レツが言うと、シマは歩きながらうーんと伸びをした後に、

「まぁ、村人から犠牲を出さない方がいいし、村としてはもう神聖な儀式とかじゃないってわかってるって事か、それか……」

「キヨくんが上手く言いくるめたか」

 途端にハヤの目がきらーんと光った。え?


「あの人に!?」

「酒だ、酒飲んで酔った振りして! こう寄りかかるみたいにして!」

「キヨリン、あんな見た目で結構酒強いからね。狙ってイケるよね」

「もう僕、旅とか疲れちゃった……ここで終わりにしたい……あなたを守って……みたいな!」

「キヨくんは僕って言わないよ」


 やたら演技上手なレツに、コウは淡々と突っ込んだ。


 この人たち……どこまでも楽しそうだな……なんとなくキヨが不憫に思えたけど、仲間の一人が生け贄決定してる現実見ないようにしてるのかもしんない。


 ぼんやり眺めて歩いていたら、目が合ったシマが俺の頭を乱暴に撫でた。

「何、死にそうな顔してんだよ」

「だって……」

「助けりゃいいんだから、簡単だろ」

 そう言ってシマは笑った。


 なんでそんな風に笑えるんだろう。昨日モンスターの話聞いてる時は、泣きそうにも見えるほど緊張してたクセに。

 モンスターを仲間と同じく大事に思っているシマ。普通、獣使いだってそんな風に考えたりしない。


「シマは、なんで獣使いになったんだ?」

 シマは俺の言葉に柔らかい表情のままチラッと視線を寄越した。

「……ガキの頃に隠れて飼ってたペットがいたんだ」

 話し出したシマを、レツがちらりと見た。


「そいつ、実は幼獣だったんだ。知らない俺はとことん大事にしてたし、そいつも俺に懐いてたけど、育つにつれでかくなるし隠しておけなくなって、とうとう大人にバレた」


 シマはそこで言葉を切って、苦笑しながら服の埃を払った。別に埃なんかついてないのに。


「そいつは怯えて、暴れて、俺をそいつから救うつもりだった俺の親を殺めた」


「そんな……」

「全部悲しかった。親を失った事もそいつを失った事も。全部悲しかったけど、忘れられないんだ」

 シマはそう言って、傷ついたみたいな表情で少し笑って遠くを見た。


「そいつが、何も傷つけようとしたんじゃなかったんだって事が。モンスターだったけど俺とは心がちゃんと通じてて、だからあいつが俺の親を殺めた時も、憎さや怒りじゃなくて怯えだったのを俺は知ってた」


 シマはそこまで話すと、やっぱり少し笑いながら小さく「だからかな」と言って話を切り上げた。


 飼っていた動物が実はモンスターで、大事にしてたとはいえ親を殺されて、それでもモンスターを大事に思えるもんなのかな……そ

 してこれから、仲間がそのモンスターに生け贄に捧げられてしまうのだ。


 シマはどんなつもりで、何とかするって言い切ったんだろう。



 村の入り口にはあの男性が待っていた。

 そう言えば、ウィルシャーっていうんだっけ? 名前を知ってたキヨを、またハヤたちが混ぜっ返してたっけ。こうやって見ると、この人結構イケメンだよな。

 ウィルシャーは厳しい目で俺たちを見ていた。


「おっせぇよ」

 声が聞こえてその向こうを見やると、真っ白い衣装を着たキヨが居た。

 前合わせの長い上着に腰のところで帯を結んでいて、ズボンと違って歩きにくそうだ。


 あんまり見たことのない衣装だからか、何かすごく……特別な感じ。そう言えばキヨって普段真っ黒着てるから、それもあるのかも。

 でもこう言っちゃ何だけど、生け贄の口調じゃないな。明らかに大人しく死ぬつもりはなさそうな感じ。俺は隠れて少しだけ笑ってしまった。


 村に入ろうとしたシマの胸を、あの時と同じようにウィルシャーが片手で押しとどめた。


「いいか、本来何があっても獣使いは村に入れねぇ。これは、あいつが」

「知ってるよ。それに俺たちは村を乱すつもりはねぇ。獣使いを奇術師か何かと勘違いしてんじゃねーのか? 俺は袖口や胸元からモンスターを出して見せたりできねーよ」


 そう言うとシマはウィルシャーの腕を外して村に入った。自然と集まっていた村人たちが、俺たちに道をあける。


「キヨリン……」

「ん、何かこういう格好すんだって。荷物はまとめてあるよ」

「ちょ、その衣装……萌える」


 ふわりと広がる袖から見える腕をつかもうとしたハヤから、キヨは猛ダッシュで腕を引っ込めて逃げた。今のはコウの速攻より速かったな……


「バカな事言ってないで、ほら行くぞ」

 キヨはふいっと振り返って、俺たちを促して村の奥へと歩き出した。俺たちはその後ろについて歩き、俺たちの後ろからは村人たちがついて来た。


 洞窟の入り口は、村の突き当たりにあった。

 神聖なる何か、みたいな所ではなくて固い岩盤に開いただけのもろ洞窟だった。入り口の大きさは、うちがすっぽり入るくらい。かなりデカイ。


「昔はここから毎回、狂ったモンスターが現れたんだと」

 俺たちは入り口の前に並んでいた。キヨがぽつりと言う。


「支度の間、村の人に聞いたんだ。今でも生け贄が下手して逃げたり、薬飲んできっちり食われなかった時は狂ったモンスターがここから飛び出してくる。日没過ぎてモンスターが現れなかったら、生け贄は成功」


 言ってるところへ、ウィルシャーが複雑そうな顔をしてやってきた。

「村人以外の人間だから、仰々しい儀式とかはいいだろ」

 キヨがそう言うと、彼は少しだけ唇を噛んだ。

「別に儀式のお陰でモンスター留めてるんじゃねーんだって、わかってんだろ」

 キヨは何だか面白そうに笑っていった。


 ウィルシャーはやはり複雑そうな顔をしたまま、手に持っていたペンダントをキヨの首にかけた。白くて大きな石のはまったペンダント。

「あれは……」

 ハヤが小さく呟く。

「わー、結構大きいじゃん。これなら辿り着くまで丸腰でも安心だな」

 キヨは言ってペンダントヘッドを手にして見ていた。


「それからこれが、その……薬だ」

「うん」


 キヨはガラスの瓶を受け取ると、少しだけ揺すって見た。

「キレイな色だな」

「お前は、村の人間じゃない」

 ウィルシャーの言葉にキヨは顔を上げた。


「お前は村に何の義理もない。こんな事をする必要すらない。なのに」


 彼はそこで言葉を切った。

 村人の犠牲は増やしたくない、でも生け贄がなくては村は立ちゆかない。だからって無関係のキヨなら生け贄にしていいってわけじゃない。この人はきちんと傷ついてるんだ。


「……だからって俺には、お前に逃げてもいいとは言えない。すまん、感謝している」


 彼はそう言うと、そっとキヨの頬に触れた。キヨは何も言わずに微笑んでいた。

「見送りはこいつらだけでいいから、村人はもう帰してやって」

 ウィルシャーは頷くと、俺たちに小さく一礼して洞窟から離れていった。村人を帰す声が聞こえる。


「さて」

 キヨは胸元に薬瓶をしまうと俺たちに向き直った。

「キヨリン、何してあんなに手懐けたの」

 キヨはハヤの言葉に小さく笑って「秘密」と言った。


「村人は帰っていいとは言ったけど、どっかで監視はしてるはずだ。俺が入ってすぐに追ったら、いくらなんでも生け贄放棄と思われる。だから日没前まで待てよ」


 キヨの骨を拾う、というのが、後から俺たちが洞窟に入る理由だ。本当だったら骨なんて残っていないけど、そこは目をつぶってくれた。


「手遅れにならない?」

 レツが不安そうに聞いた。キヨは肩をすくめる。

「ならないようにして」


 そう言われても……俺はみんなを見上げた。みんな不安そうではあったけど、何となく真剣な面持ちだ。


「そしたら、待ってるから」


 キヨはそう言って、一人洞窟の中へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る