第12話『諜報活動と言えば、やっぱ飲み屋で』

 印の大木の中は、天然の部屋だった。


「結構快適だねえ」


 太い幹に取りついて登り、外側に広がる枝の間から体を押し込むと、ちょうど幹のてっぺんが平たくなっていた。


 たくさんの枝が生えているのだけど、ちょうどてっぺん部分だけは柔らかい枝が絡み合うように生えていて、天然のスプリングになっている。そこから伸びた枝は壁のように外側を這って上へ伸びる。

 外から見上げた時、ちょっと見には中が覗けないくらいみっしりと枝が生えているように見えたのは、こういう訳だったんだ。


 天然の枝がスプリングになっているから、そこに毛布を敷くだけでまるでベッドのようだ。レツは楽しそうにふわふわ跳ねていた。


「こんだけみっしり生えてたら外から見えないし、上も屋根になってるもんな。すごいなこれは」

 シマは言いながら壁になっている枝を押してみた。

「焚き火はできないけどね」

 コウはそう言って、木の実と食べられる草に干し肉を加えたサラダを作っていた。


 いつもみたいに焚き火で焼けないけど、昨日焼いておいたパンを取り出してサラダをはさむ。コウが道すがら摘んでおいた香草が入っていて、そのままでも香ばしい。


「はぁー……キヨリン、今頃何してんのかな……」


 焚き火がないから陽が落ちると真っ暗になる。

 小さな魔法道具のランタンを灯したが、安全と言われていても、もし万が一モンスターに見つけられたら逆に逃げ場が無くて困るので、みんなの顔が判別できるくらいの暗さだ。もう寝ちゃう方がいいのかもしれない。実際いつもだったら寝てる時間なのかも。

 木の中の部屋だと、月や星の位置がわからないから時間が掴めない。

 ハヤは言いながらごろんと横になった。


「美味しいご飯とか……」

「コウちゃんのご飯だって美味しいよ!」


 俺にはこれが初めての旅だから比べようがないけど、旅のさなかだってのに食事はすごい充実していてむしろ普段の食事と変わらない感じなのは、絶対普通じゃないんだよな。


「諜報活動と言えば、やっぱ飲み屋で」

「酒か。酒と涙と男と女」

 なんでそこに涙が出てくるんだろう。

「お兄さん、知りたいことがあるんだって?……」

「でもキヨくんって女性を口説いて情報仕入れるタイプじゃなくねー?」

「え、じゃあ男性か」

 いや、あの人口説くとかできんのかな……コウが裏拳でシマに突っ込んだ。


「でもあの男の人さぁ、意外とキヨリンのこと気に入ってるよね」


 ハヤが面白そうに言う。レツも楽しそうに頷いている。なんでそんなに楽しそうなんだろう……


「普通、信用できないパーティーだからってサクッと裏切ったら、余計信用できないよねー」


 ああ! 確かに!

 あの時のキヨは何だかすごい悪い人っぽくて、それを村のまとめ役がOK出して村に入れるなんて普通あり得ない。あれってつまり、あの男の人の好みを上手く使ったみたいなヤツで……


「今日はキヨから連絡はないかもね」

「やばいね、夜通し情報収集か」

「キヨくんも真面目だから、何か掴むまでは引かないかもね」

「押しの一手で」

「ちょっと、キヨリンが襲い受けなんて聞いてないよ!」

「誰が、受けと、言った!」

「襲い受け!」


 三人はきゃあきゃあ言いながら爆笑している。コウまで一緒になって笑っていた。

 この場にいない人の事だってのに言いたい放題だ。っつか、おそいうけってなんだろう。


「お前ら」

「ひぃ!」

「ひぃ!」

「俺がいないとほんっと雑談しかしないな」


 声に振り返ると、そこには明らかに見下したような目で俺たちを見るキヨが立っていた。

 え、いつの間に来たんだろ……物音も気配も感じなかったぞ。

 さっきまで爆笑していた四人は小さくなって謝っている。謝ってるのは雑談しかしてない事についてか、その内容についてなのか……


 キヨは手にしていたボトルのようなものをシマに投げ寄越すと、首を回して鳴らしながらその場に座った。

 シマはボトルを早速開けると、そのまま一口飲んで隣のレツに回した。


「で?」

 コウは半分体を起こして言った。


「結論から言うと、かなり難しいな」


 ……結論の前に、何が起こって何がどう難しいのかがわかりません。

 首を傾げていると、俺と同じようにみんな首を傾げていた。ああ、同レベルだ。安心した。


「お前ら、次に何をすべきかわかってるよな?」

「えーとー……」

 レツが言いながら隣のシマを見る。シマはハヤを見て、ハヤは目をぱちぱちさせながらコウを見た。お、俺に回さないように!


「……真っ暗に宝石みたいの、を、探す?」

「正解」


 コウの答えに他の三人はおおーと声を上げた。

 いやでも考えてみれば、緑の家が見つかったんだから次はそれしかないんじゃん。


「真っ暗から連想するのは、洞窟とか地下とかだろう。とりあえずそこら辺の探りを入れてきたんだけど」


 キヨは言いながら手招きしてボトルを受け取ると、一口飲んだ。

「無いわけじゃないんだ。いわく付きの洞窟」

「じゃあそこで正解なんじゃないのー?」

 そういうハヤを見やりつつコウにボトルを渡すと、キヨは後ろ手をついて体を離した。


「だとしたら、やっかいなんだ。その入り口は村突っ切らないとたどり着けないからな」

「えええええ!」


 一度追い返された村を突っ切らないと行けないのか!?

 しかもあの村は5レクスのボーダーに囲まれてる。つまり外から近づけない。いや出来なくはないけど、モンスターが強い分猛烈に大変だ。それってかなり、

「無理だよね……」

「だね」

 レツとハヤは言いながら顔を見合わせた。


「っていうかさ、これはキヨに聞いてわかるもんかわからんのだけど」

 シマはそう言って、少しだけ座り直した。


「……なんであの村、そんなにモンスターを敵視してんだ?」


 普通、モンスターは敵だ。人間に対する捕食者という意味で。だから敵視するのは当たり前の事。


 ただ人間の中には特殊な技能を身につけて、そんなモンスターを使役できる職業の人がいる。それが獣使いだ。獣使いにとっては、モンスターは単なる敵ではなくなる。


 そして、そんな中でも特別モンスターを大事にしてるシマにとっては、もはや単なる敵ではないのかもしれない。もちろん、俺たちを襲ってくるモンスターを倒す事もするのだけど。


 キヨは半分寝転がったまま少しだけ考えるように視線を外し、それからそっとシマを見た。小さくため息をつく。


「前に行った時に見たんだ。あの村、モンスターに生け贄捧げてる」


 シマはそれを聞いて眉間に皺を寄せた。レツもハヤも余りのことに口を押さえている。


「5レクスの際だって言っただろ、あの村に定期的に現れるモンスターがいるんだ。そいつが村を蹂躙するのを防ぐために昔からやってるんだと」

「いくらモンスターだって、そんなに長生きは……」

「だから、もう呪いみたいなもんだよ。餌を提供されれば喜んでいただくさ。それが同じモンスターじゃなくても」

「でも、それだったら生け贄程度じゃ、問題解決にならなくない?」

 ハヤの言葉に、キヨは肩をすくめた。


「ならないな。本来はならないはずだが、何とかなってるんだ」

「どうして?」

 レツはきょとんとした顔で見る。キヨはまた一瞬視線を外した。


「……生け贄が、毒仕込んで出向くからさ」

「そんな……」


 キヨは勢いよく体を戻すと膝を立てて座り直した。

「だから、難しいんだよ。そうまでしなきゃならなかった村で、モンスター信用しろって言うのは。そんで!」

 キヨはシマに向き直った。

 いつも以上に真剣な表情で話を聞いていたシマは、真っ直ぐにキヨを見た。


「この時期の儀式は明日だと。だから余計にピリピリしてたっぽい。俺がすんなりこの時間に抜けられたのはその準備もあったからで、加えて言うなら、その洞窟ってのが生け贄が捧げられる場所なんだ」


 キヨはそれから少しだけ首を傾げて、どうする? と聞いた。シマはそれを受けて、少しだけぼんやりと口を開いた。


「……どうするって、どうしようもねぇだろ」


 当たり前だ、そんな話どうしようもない。


 いくら旅のお告げが示している真っ暗なところがその洞窟だったとしても、入れてくれさえしない村を突っ切った先にあるなんて。しかも生け贄を捧げる洞窟なんて、どう考えても侵入できないじゃないか。


 キヨはシマの言葉を聞いて、少しだけ眉を上げた。


「じゃ、行くか?」


 えええええ? それ、全然逆の質問じゃないか!? 普通今の言葉聞いたら無理だって意味に取るでしょー!


「……お前がそう言うって事は、勝算があるって事だな。なら行く。行って俺が何とかする」


 シマは真剣な眼差しでキヨを見たままそう言った。

 キヨはそれを聞いて、少し安心したように笑った。なんだかすごく優しそうな顔で、もしかしたらそんな表情初めて見たかもしれない。


「よかった、これで命拾いした」

 そう言ってまた後ろ手をついた。え? 何の話?

 キヨはまたコウからボトルをもらうと、一口飲んだ。


「俺、ちょっと生け贄に立候補してきたんだよね」

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