第11話『気まぐれに立ち寄って村を乱すのはやめろ』
5レクス圏内だってモンスターはいる。そりゃそうだ、だからモンスター狩りが有効なんだし。
5レクスが何かと言ったら、主だった街にある標からの距離だ。魔導師たちが標をアンカーにして、モンスター狩りをする人たちが活動できる範囲を決めている。
じゃあその外側にあるのは?
5レクスを超えた先にあるのは、5レクス圏内と同じ世界だ。
そしてそこには、さらに強いモンスターが待ちかまえている。5レクスは単に無謀な冒険に出させないための結界であるのだけど、同時に無謀すぎない範囲で狩りの出来る結界でもあったのだ。
職業としてのモンスター狩りをする冒険者たちは、自らのキャリアを示すための印を左手に持っている。その印は5レクスを超えると壊れてしまう。
レベルのない冒険者はギルドでも受け入れられない。印が無ければ仕事は出来ない。
だからそんなパーティーは5レクス越えを恐れる。明らかに結界を超えてしまう危険を侵して結界ギリギリを旅する事もあまりない。
そんなパーティーが寄ることがなければ、モンスターの脅威は増す。
俺の住んでいた集落は田舎だったし山奥の谷だったけど、実は谷合を別の街に向かうための街道が通っていたから、5レクス圏内に十分入っていた。街にある標をつなぐのは街道だからだ。
もちろんモンスターの脅威はあるのだけど、モンスター狩りをする冒険者も結構見かけるし、生活圏内は魔導師に守りの魔法をかけてもらっていた。
でもその絶対数が多ければ、守りの魔法なんて無いに等しい。
ここはそんな脅威に脅かされ続けた村なのだ。
緑色の村人について彼らの集落にたどり着いた。でも家らしきものは見当たらない。村の入り口についたけど、ただ今までと同じように木が並んでいるだけのようだった。ほとんど全てがあの大木と同じ木。
その広がった枝の中が家なのだという。低い幹が床となり、枝が柱。今は元の木が葉を茂らせているから緑に覆われている。なるほど、緑の家だ。
レツが家を見て、無言でみんなを見回して力強く頷いて見せた。
俺たちはまだ村人に囲まれたままだ。連れてこられたというより、なんだか強制的に連行されたみたいだった。
「久しぶりだな」
キヨを見ると村人の一人が話しかけて来た。よく日に焼けた凛々しい男性で、キヨたちよりも年上の、大人の男の人って感じ。きっと以前来た時の事を覚えているんだろう。
「今度は何しに来たんだ?」
「別に、前とそんなに変わらないと思うけど」
キヨは軽く答えて肩をすくめた。その胸を、声をかけた男が押し留める。
「未だモンスター倒すばっかの生活か。お前のそういう淡泊なところは嫌いじゃねぇが、気まぐれに立ち寄って村を乱すのはやめろ」
「俺がいつ村を乱したよ」
キヨが答えると、その男はそのまま視線をシマに向けた。え……?
「……獣使いとは組まないんじゃなかったのか」
シマが、獣使いだから? もしかして、それで俺たち囲まれちゃってんのか?
俺はこっそり周りを見た。囲んでいる村人たちはみな険しい顔をしている。
「たまには違うのもいいだろ」
キヨは何でもない事のように答えたけど、村人の反応は明らかだ。シマを盗み見ると、なんだか緊張した面持ちで何か言いたそうだったけど、それでも何も言わなかった。
「お前はな。でもこの村に滞在するのはだめだ。悪いがそちらさんには出てってもらう」
男がそう言うと、村人たちは俺たちから離れて男の背後に回った。
もしかしてこの人、意外と若いけど村の中心人物とか? これじゃ明らかに村に入るなって言ってるようなもんだよな。結局、ここまで連れて来ておいて村には入れないなんて。
「獣使いは一人だぞ、全員だめなのか?」
キヨの言葉に、レツもコウもハヤも一斉に顔を上げた。え、ちょっと、キヨはシマを切り捨てるつもりなのか?
「獣使いを含むパーティーは信用しない。それは知ってるだろう」
男はゆっくりと、噛んで含めるように言った。キヨは何気ない風を装って俺たちに振り返った。なんだか妙な感じの無表情で、すごく不安になった。
「……じゃあ、村の外で野宿だな」
「俺は勧めねぇよ、この辺りで野宿とはな、おちおち眠れないだろ」
「バカ言え、印の大木が危険だとでもいうのか?」
「まぁあそこはな、でも何があっても村は関係ない」
「信用ないヤツらの事はだろ。俺はどうだ?」
キヨはそう言って男に向き直った。
え、そんな……どういう事? 俺たちみんな村に入れないってのに……
男はまずいものでも口に含んだみたいに顔をゆがめてキヨを見た。
キヨは口の端だけで笑って両腕を広げてみせる。何だかすごく悪いヤツっぽい感じだった。すると男は思わずといった風に笑った。
「信用できねぇヤツらをサラッと切れるお前は信用できるってわけか。なるほど、そりゃ違ぇねぇ」
男は面白そうに笑ってキヨの肩を叩き、それからキヨを促して村に入っていった。
その後には、俺たちが村を離れるのを見届けようと村人が壁となる。
俺はなんだか悔しくて、その壁を睨んでいた。
「おい」
コウが俺の肩を掴んで引っ張ろうとしたけど、俺はそれに逆らって振りほどき、それでも何も出来なくて結局みんなについて村を後にした。
信じられない、信じられない!
色々隠してるヤツだと思ったけど、それにしたって自分だけ村に入って安全な宿を確保するなんて! これでもまだ信用しろっての? 一体どうしろってんだよ、一人だけ仲間を離れて旅に戻らないつもりなのか?
みんなは黙々と来た道を歩いていた。そのうち、ハヤが大きなため息をついた。
「キヨリンずるいよね、一人だけふわふわのベッドで寝るなんて」
やっぱりハヤも思ってたんだ。そりゃそうだろう、こんな裏切り方ってない。
「そこかよ」
シマはなんだか乾いた笑い声を上げた。
うん、ベッドじゃなくて、ホントはもっと重大な裏切りだと思う。俺は一人で頷いた。
「でも一応、安全な野宿先は教えてもらえたし」
え? 俺が顔を上げると、コウはきょとんとした顔で見た。
「印の大木。あそこなら安全だっつってただろ」
うそ、そんな言い方してなかった……
「そりゃ言えないわなー、なんせ獣使いがいる信用ならないパーティー相手に野宿ならここが安全ですっつったら、いくらキヨだってつまみ出されるだろ」
シマが笑って言う。でもそんな自虐的な言い方はシマには似合わなかった。
「まぁ、とりあえず村に一人は忍び込めたからいいけどさー、それにしたって僕だって諜報活動には向いてると思うんだけど!」
ハヤはそう言って膨れている。なんだか論点がズレてきてるような……
「あの場はしょうがねぇだろ。キヨくんに託すしかないよ」
「うんうん、それにもし俺とかが残れても、何聞いていいわかんないよ」
レツは悪びれずに言った。え、なんで……
「……なんで、まだそんな風に信じてんの?」
俺が言うと、全員が不思議そうに振り返った。
「信じるとか信じないとか、だいたい何もされてないだろ」
「だって……」
「キヨはあの村がモンスターを一切認めないとこだって知ってた。印の大木を確認したのが二日前なのだって、村の近くでやったら村人に会うかもしんなかったからだろ。
結局俺の恰好でバレたみたいだけど、モンスターと一緒に村に近づいたり、村の近くでモンスターを使っちゃうよりは心象は良かったはず。現にキヨだけは村に入り込めたからな」
「でもそれだって、キヨが先に話しておいてくれればよかったじゃないか!」
シマはそれを聞くと肩をすくめた。
「友達だからな、言えなかったんだろ。俺が……生粋の獣使いだから」
それだけ言うと、シマはまた向き直って歩き出した。
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