第10話『……言ってなかった俺が悪いんだけど、俺の後ろを離れるな』
確かに大木だった。キヨは大ざっぱに描いてたから、まさかあの通りの形じゃないだろうと思ったけど、ほとんどキヨの描いた通りだった。
短く異様に太い幹。高さは俺たちの身長くらいだけど、太さは周りを十人かもうちょっとの人数でないと繋がらないくらいの太さがある。
その幹からものすごい数の枝が空へ向かって伸びていて、なんだかやけに広がったほうきを逆さにしたみたいだった。
今はその枝に濃い緑色の葉が生い茂っている。大きさもあるけど、ちょうど沈んでいく太陽がその向こうに隠れていて、後光が射してるみたいで何だかすごく神々しい。
この木の話が出てから二日かかったけど、明確な目印となる場所にたどり着いたのでみんなはしゃいでいた。
まぁ、すごい速さで飛べるモンスターがちょっと行ってくる距離が、モンスターの相手しながら歩いて進む速度にしたら二日かかると思ってなかった俺なんか、途中で方角間違えたかと思ったけど。
「でっかいなー……」
「おっきぃねー」
口々に言って見上げる仲間の間で、キヨは黙って無表情だった。なんだろう、せっかく着いたのに嬉しくないのかな。
「シマ」
「お?」
「ちょっと話があるんだけど」
「え、なになに?」
他の仲間も気にして見る。キヨは少しだけ逡巡してからシマに向き直った。
「しばらく、モンスターを近づけないでくれないか」
「お? まぁ、それは構わないけど」
そう答えるシマに対し、キヨは何となくまだ何か言いたそうだったけど、結局何も言わなかった。
「こっちだよ」
キヨは大木を見上げる仲間を促してから先へ進んだ。みんなはその後に続く。俺も後ろからついていった。
なんだろ、なんでシマのモンスターを近づけちゃいけないんだろう。またキヨはそれ以上の事を説明しなかった。
そりゃ、行先の事だって疑わなくてもきちんと考えてあったし、きっと問題はないんだろうけど、それにしたって気になる。
シマのモンスターはきちんとしつけられていて危険なんかないのに。
大木の脇を抜けて森へ入ると、明らかに道と思われるようなところがなくなった。
だいたい今まで歩いて来たところは、何となく踏み分けられているというか、地面が見えていたから道っぽい感じがしていたのだけど、キヨが歩いて進む先は下草が伸び、その上に蔓植物っぽい葉が茂っていてまるで緑の絨毯だ。
みんな何となく黙ってキヨの後をついて行ってるけど、ふと顔を上げたら、木一本分の向こう隣に地面の見える道っぽいところがあった。あれ、なんであっちを行かないわけ?
キヨとみんながついて歩いてる方向とほぼ平行に進む道。それだったら、あっちを行った方が楽じゃん。草の上を歩くのはふわふわし過ぎて歩きにくい。
俺はひょいっと列を外れると、その道の上に立った。うん、こっちのが歩きやすいや。俺はそのまま道に沿ってキヨたちに追いつこうと走り出した。
「バカ!」
振り返ったキヨが叫ぶのと、俺の前にモンスターが飛び出すのとほとんど同時だった。
背中からたくさんの角の生えた恐竜みたいなモンスター。ぎょろりとした目が俺を睨んで、鋭い歯の並ぶ口から食べ物を見つけたみたいによだれが垂れた。
俺は一瞬の出来事に腰を抜かして尻もちをついた。
モンスターの足の間から、一番近くにいてモンスターを呼ぼうとしたシマを引き倒してキヨが魔法を発動するのが見えた。
ちょ、なんで邪魔してんだよシマにやらせればいいのに!
襲いかかるモンスターからかばうように両手で頭を覆うと、間近に迫ったと思われるモンスターの顔をコウの棍がはね上げ、モンスターは甲高い悲鳴を上げた。コウは同時に俺の服をつかんで引き戻す。
ばたばたしながらコウの背に隠れると、こっちを見たモンスターへ横からキヨの攻撃魔法が直撃した。真っ白い光。白って強い魔法じゃなかったか……?
モンスターはもんどりうって転がると、そのまま消えていった。
ぼんやり眺めていたらコウにうなじ辺りをつかまれて立たされ、そのまま緑の道に連れ戻された。
キヨはちょっと疲れた顔をしていた。やっぱり、さっきの強い魔法だったんだ。
「……言ってなかった俺が悪いんだけど、俺の後ろを離れるな」
……キヨとコウに助けられたのはわかるけど、でも、でもそれってちゃんと話してくれてたら何にも問題なかったんじゃないのか?
キヨは回復魔法をかけるというハヤに、もうすぐ着くからいいと断っていた。
俺はなんだか自分だけ子ども扱いみたいでやたら腹が立った。
「……わかるわけない」
俺の言葉に、みんなが振り返った。
「わかるわけないよ、だってキヨは何か隠してるじゃないか! 助けてくれたかもだけど、でもシマの邪魔して自分ばっかかっこいいとこ見せるとか、隠してる分良く見せようとかしてずるいよ!」
しかも強い魔法まで使って。
俺だって、びっくりしたけど時間さえあればちゃんと反撃できたんだ! あんな風に無理やり強い魔法で倒さなくたって、今までみたいにみんなで倒す事だってできたのに!
「まず、助けてくれてありがとうだろ。それから言え」
コウはそう言って俺の頭を叩いた。でも今さらありがとうなんて言えなかった。
俺は叩かれたまま視線だけでキヨを見た。キヨはなんだか無表情だった。
「……お前に話す事じゃない」
「キヨ……」
キヨに声をかけるレツを無視して、俺は悔しくて視線を外した。
「えーと、あのね、俺とかにはキヨが考えてる事とか全然わかんねんだけど、何か不安があるとかだったらみんなで分け合いたいのね」
不安? 不安なんかじゃない、こんなに明らかにキヨが何か隠してるのに、なんでみんな平気なんだ? なんでそれでもキヨを信用してるんだ?
キヨはその言葉を聞いているのかいないのか、みんなとは全く違う方向を見やっていた。そのうち、ハヤやコウも何かに気づいてそちらを見た。
「……別に、かっこよく見せたいわけじゃねーよ」
物音が聞こえて俺も振り向く。
キヨが見た方向から、緑色に染めた服を着た人たちがゆっくりと窺うように現れた。
「ここは5レクス圏の端なんだ。その道がボーダーライン。触れればあっという間にモンスターが現れる。そして彼らはその村の住民」
まるで森に溶け込んだような格好で、手に手に武器を持っている。
「ここに標の恩恵はない。彼らはモンスターを絶対的に認めないんだ」
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