第8話『間違ってても、困らねーよ』
焚き火の火はユラユラと揺れている。消さずにいるけど大きくする事はできないから、焚き火の周りだけがほんのりと明るい。他の奴らはハヤが敷いた結界の中で眠りについていた。
今の時間、見張りについているのは俺とコウだ。俺だけが見張りをしていても、何かあった時に何も出来ないからコウと同じ時間に見張りをする事になった。
「ホントに見張りなんていらないってばー」
ここで野宿する事を決め、ハヤに結界を敷いてもらったあと。ハヤはそう言ってわざとらしく膨れた。
でっかい人が膨れているのはさぞかっこ悪く見えるはずなのに、この人がやると何か普通に見える。見た目って重要。
「僕の魔法、見くびってるでしょー」
「そんな事ないって! 団長の魔法すごいよ!」
レツはそう言って地面にキラキラ光って見える魔法陣に見とれた。
この人、きらきらしたもん好きなんだな……レツの言葉にハヤは少し気をよくしたみたいだった。
「一晩中、全く見張りがいらないような結界敷いとくつもりか? 負担が大きすぎるだろ」
キヨは荷物を解きながら言う。それを聞いて、ハヤはまた見くびってるとか怒るかと思ったら、唐突にキヨに飛びついた。えええ!
「うわ!!」
「キヨリン優しいいいいい!」
「お前、その図体のくせに全力でタックルすんな!」
キヨは半分押し倒されたままぐりぐり腕で押し返す。明らかに体格で負けている。
「まぁ、まだそんなに危険の多い地域じゃないし、今の内に慣れておくのもいいかもな」
シマの一言で、結局ハヤの負担にならないよう結界を弱くして、一晩を四人分で割って、見張りを立てることになった。
四人分。俺は数に入らないから誰かと一緒。それでも五人いるハズ。
もう一人、一人で見張りに立てない人。それはもちろん、勇者レツだ。
勇者が勇者見習いと同じ扱いってどうなんだ……
俺はちらりとコウを見た。焚き火の向こうで、ほとんど寝てるみたいに見える。起きてる……よな? まさか寝ちゃってて、見張り俺だけって事ないよな?
だって俺、見習いだよ? 今まで何の修行も受けたことないし、何も出来ないからって街を出る時にとりあえず剣を買ってもらったけど、それだって古道具屋の地味な剣だ。しかもそれを振る俺がまるっきり初心者だっつーの! 今モンスター来たらどうすんの!
俺はモンスターのあの気配を思い出して身震いした。
「あの……」
ちょっと怖くなって声をかけた。するとピクッと反応して、コウはそっと目を開けた。
目を開けただけだけど、ほとんどガン飛ばされてるみたいで思わず俺がビクッとした。
「あ?」
「いや……」
どうしよ、怖くて声かけちゃったけど、別に話すこととかない……だいたいものすごく声かけづらい人だから、今までだってほとんど言葉交わしてないじゃん……
「……この後、どこへ向かうんですか」
コウはゆっくりと首を傾げた。あああ、見張りの交替まであと少しなんで寝ちゃわないでください……
「……さぁ、キヨくんについてけばいいんじゃね」
え、わかんないの? みんな知ってるんだと思ってた。っつか、ついて行くのがお告げを受けたレツじゃないってどうなの。
「でもお告げ受けたのレツだし、なんでレツじゃない……んですか」
なんとなく丁寧語になってしまう。気分を害して俺だけ残して寝ちゃわれたら困る。
コウはその言葉には答えず、小さく肩をすくめただけだった。
考えてみれば、レツの受けたお告げの内容だったら俺を含めみんな聞いているのだ。
「なんかね、サフラエルからがーって行くと、緑の家とかあって、そんでその先が真っ暗で、そいで宝石みたいなキレイなのが置いてあんの!」
レツはそれこそ嬉しそうに一気に言った。でもそれって、
「全然わかんねーよ」
キヨの言う通りだ。ものすごい抽象的で結局何を意味しているのかわからない。
たぶんレツはお告げというより映像を見たんだ。彼が目指すべき先。
でもそれがどこなのか、どっちへ向かえばいいかという点についてはレツ自身が理解してないみたいだった。
「サフラエルの何が見えた?」
「う、えっとね、公園の噴水と……」
「じゃあ街道はどこにあった」
「えーと、下の方かな」
「ふーん……」
キヨはそれだけ聞いて地図を広げた。今ので何かわかったんだろうか……
でも結局それ以上は何も言わなかったから、俺たちも何だかわからなかった。
「……なんで、キヨは行き先を話さなかったんだろ」
一緒に旅するパーティーなんだから、みんなに行き先を言うべきじゃないか。だいたいレツが受けたお告げ自体がそんなあやふやな映像なんだとしたら、いくらでも間違いとかあるだろうし、みんなで話し合った方が格段にいいはずなのに。
……もしかして信用されてないのかな。仲間なのに?
「別に」
コウが小さく言ったので、俺は顔を上げた。
「話さなくても、ついてくのは変わんないだろ」
……それは、キヨに対する信頼? でもキヨは話さなかったじゃないか。
「キヨが間違ってるかもって、思わないんですか」
するとコウは少しだけ眉を上げた。そんな事考えもしなかったみたいだった。
「間違ってたって、ついてくのは変わんねぇし」
「間違ってたら困るじゃないですか!」
俺が上げた声が思ったより大きくて、コウは眉間に皺を寄せて睨んだ。
俺は慌てて口を押さえ、静かにすると態度で答えた。
だって、間違った行き先に導かれたら困るじゃないか。だいたいキヨはお告げを受けたわけじゃないんだ。
普通そう言う時レツが導くならわかるけど、そうじゃない場合はみんなで話し合いとかするしかないだろう。でないと冒険を達成できなくなる。勇者の旅は、冒険を達成するためにあるのに。
俺はなんだかイライラと小さな火をつついた。
「間違ってても、困らねーよ」
……え? コウの言葉に俺は絶句した。
「なん……で」
「間違ってたら、やり直せばいいだろ」
……やり直しが、効くのか? 勇者の旅が?
だって旅にはモンスターとの戦いとかガンガンあって過酷なんだ。クリアしなきゃならない事だって未知数。もしかしたらパーティーを失うかもしれない。
そりゃ白魔術師だっているからバトルで傷ついても回復は出来るけど、それだって絶対じゃない。
それなのに、やり直せばいいって?
コウは小さな火をボンヤリ眺めていた。
さっきみたいに目を閉じて俺の事遮断している感じはない。でも何か考えてるように見えて、何となく声をかけられなかった。
「お待たせ。交替」
フイッと暗がりからキヨが現れた。コウは少し顔を上げてから、うんと伸びをして立ち上がる。
「お前も、ちゃんと寝とけよ」
昼間の戦いで一番働いたのは自分のくせに、キヨは俺にそう言って焚き火の脇に座った。
俺は何だか複雑な気持ちで立ち上がった。
「キヨくん」
「ん?」
立ち上がったコウはやっぱり眠そうに焚き火脇に座ったキヨを見た。
「明日の見張り、順番変えなよね」
見張りの順番を決めたのはキヨだ。
キヨはチラリと視線だけでコウを見た。どういう意味だろ。
「起きんの一番辛い時間なのは、持ち回りにしなよ」
そう言うと、キヨの返事を待たずに自分の寝床へ戻っていった。
……もしかして、そうなのか? 全然気付かなかったけど、夜中に起きて体が大変な時間をさりげなく自分の担当にしたとか……
そういうのが信頼なんだろうか、行き先を話さなくても仲間を思っている事の。だからみんなは、何も言わなくてもついて行けるんだろうか。
「ぼんやりしてないで、お前も寝ろ。明日も早いぞ」
「う、うん」
キヨは俺を見ないで焚き火をつついていた。
俺はそっと焚き火を離れて自分の毛布にくるまった。
全てを話す必要のない仲間について考えようとしたけど、初めての旅の一日目とあって、あっという間に眠りに落ちてしまった。
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