第7話『それにしてもうちの勇者はどうしようもねぇな』

 まさかだった。

 まさか、まさか勇者が逃げるなんて。

 しかも、剣士としてのキャリアがないなんて。


「だって怖いじゃん!」

 レツが憤慨したように言うと、キヨは答える代わりにため息をついた。


「全然理由になんねぇよ。大体その怖いモンスター、ことごとく俺とコウが倒してるだろうが」


 うん、実際今まで出てきたモンスターは、コウの先攻とキヨの攻撃魔法で片付けられていた。今のところ、シマの番まで回ってこない。二人までに片付けられてしまうからだ。

「少しはレベル上げる努力しろ」

「うう、ごめん」

 キヨに言われてレツは少しシュンとした。


 キャリアがないってのは、今回の旅に限った事じゃない。

 レツは今まで5レクス圏内でも、モンスター狩りに出た事がないんだという。だからまるっきりレベル0なんだと。


 そりゃそうだ、今だって出てくるモンスターから全て逃げている。今までだって逃げてたとしたらレベルなんて上がるはずはない。っていうか、モンスター狩りに出てもいなかったんだから上がるわけがない。


 あのギルドで紹介された時、変だと思ったのはこれだったんだ。レベル不明なんて登録、ちょっとあり得ないもんな。


「剣の練習はしてたんだけどねー」

 シマはそう言って笑う。


 練習って、やっぱ木とか相手にやってたんだろうか……襲ってこない相手とどんだけ練習しても、モンスターの比じゃないだろう。あの独特の悪寒を伴う気配は、どんなに練習したって意味無い気がする。


 ざわざわとした不快感は、モンスターが明らかに俺たちを捕食しようとしているという本能的な恐怖感だ。


 ただ今回はレツが逃げても、コウとキヨが片付けるから別に問題にはならない。

 何だか強い二人が先に立つから、モンスターは結構頻繁に現れるけど倒されるっていう感じがしない。普通こんなもんなのかな? それともコウとキヨが特別なだけ?


「まぁ、今のところ大した敵じゃないんだからいいじゃん。その内どうしてもヤバくなったら、ちゃんと働いてもらえば」

 ハヤはそう言ってニコニコしている。


 その言葉に慌てるレツを見て、シマとハヤが楽しそうに先に歩き出した。そういう問題なんだろうか……っていうかそれでいいのか?


 そんな三人を見送りながらキヨは不機嫌そうに、

「……用意もナシにヤバいの来たら、困るのは誰だっつーの」

と小さく呟いた。え? それって……


 小さな呟きに気付いたのは俺だけかと思ったらコウもキヨを見ていた。

「……ごめん、反射神経で生きてて」

 それを聞くとキヨは少し苦笑するみたいに笑った。


「俺も叩きに行くかな、そしたら少なくともあいつに回るだろ」

「キヨくんの場合は、無駄に体力消耗しちゃうからよくないよ」

「貧弱で悪かったな」


 キヨは面白そうにコウにツッコミを入れて歩き出した。

 なんかこの二人、見た目ちょっと冷たい系ってトコで共通してる以外、武闘家と魔術師って真逆な気がしてたけど、意外と仲いいのかな?


「それにしてもうちの勇者はどうしようもねぇな」

「シマさんいるしね、保護者がいたらそりゃ甘えちゃうよ」


 ……どうしようもないって言いながら、あんまり深刻そうじゃないな。むしろ面白がってるみたいだ。

 なんでだ? 勇者がどうしようもないってものすごく困る事じゃないか。


「保護者って言えば、コウってサフラエルに帰ってたんだな。俺てっきり、まだ向こうに居るんだと思ってた」


 向こう? 向こうってどこだろ。俺は何となく盗み聞きしてるみたいだったけど、黙って二人の後についていた。


「あー、うん……まぁ、ね」

「兄さんいるとはいえ何となく店継ぐと思ってたしなー。ほら、家族大好きだったじゃん? まさか突然、武闘家目指して家出るとは思わなかったよ」

「あはは」

 コウは何となく乾いた笑い声を上げた。


 え、それじゃコウってやっぱりあの街で暮らしてて、普通に商店とかの人だったんだ。

 それじゃなんで突然、武闘家の修業になんて出ちゃったんだろう。すごく厳しくて辛いって聞くけど……本当はどうしても武闘家になりたかったとか。


 長い棍を肩に担いで歩くコウは、だらだら歩いていてもどことなく隙がない。たぶん何かあった瞬間に即動けるような、そういう感じがする。


 普段表情にあんまり変化のある人じゃないけど、今はどことなく優しそうな顔をしていた。家族のこと話してるからかな。


「俺今回も会いに行けなかったけど、みんな元気か?」

「うん、一緒には住んでないけど」

「そうなんだ? 気兼ねしなくていいな。兄さんに嫁さん来た頃だっけ、お前が修行に出たの」

 キヨは笑ってそう言った。


 その時、唐突に上がったレツの悲鳴に、コウはソッコーで走り出した。一瞬遅れてキヨも向かう。俺も慌てて後を追った。


 でもなんかあんまり反応が早くて、まるで会話を打ち切りたかったみたいだった。

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