第2章 洞窟のお告げ

第6話『この者に、弱さの強さを』

 馬になんか乗れるはずがない。


 生まれてこの方、馬に乗った事はない。っていうか、集落にいた馬は基本的には畑を耕すための種類で、乗って走るたぐいのものじゃなかった。

 それに馬は貴重だったから俺のうちにはなかったし、うちの狭い畑を耕すためには集落で数頭しかいない馬を借りてくる程度で足りていた。


 だから乗れなくても別に困らなかったし、それが恥ずかしい事だとは思ってなかった。


 今までは。


「まぁ乗れないんじゃ、しょうがないよ」


 シマはそう言って笑うけど、俺が馬に乗れないから旅は歩きで進める事になったんじゃないかと思うんだけど……


 よく晴れた朝、俺たちはサフラエルの街を出発した。


 俺の集落とは逆の方向、西へ向かって丘陵地帯を行く。この辺は街と村を繋ぐ街道が整備されているし、街道に沿って行くのなら標から離れないから今のところは安全だ。


 街道には並木が続く。街道を離れるとなだらかな丘が連なり、所々に木々の茂る林が見えた。その向こうは森が広がっている。


 旅立ちのパーティーが決まった俺たちは、翌日には出発の準備を整え教会で祝福を受けた。

 俺を含む六人が司祭の前に横一列に並んで膝をつくと、柔和な表情の司祭は満足そうに眺めた。


「選ばれし者たちよ、その運命に従うがいい」


 司祭はやはり嬉しそうな表情でそう言った。それから一人一人に祝福を施した。左手の甲に浮かぶ魔法の印に、新たな印を書き込むのだ。


 みんな神妙な顔で目を閉じて自分の番を待っていて、俺はそんな五人を横目で盗み見ていた。司祭は祝福を施しながら、相手にしか聞こえない小さな声で何かを言っていて、その度にみんなの表情に緊張が走っていた。


 何だろう、何を言われているんだろう。すぐ隣りのキヨの番まで来た時、俺は盗み見ているのがバレないように慌てて目を閉じた。

 耳を澄ましたけれど、キヨに言った言葉も吐息か何かみたいで言葉には聞こえなかった。


「さて、次は君だ」


 俺は少し驚いて顔を上げた。盗み聞きに気を取られていて司祭の気配に気付かなかった。司祭は俺の左手を取ると自分の右手をそこにかざした。


「願わくば、」


 司祭の言葉は小声だけどはっきりしていた。

 おかしいな、さっきまでと違う? こんなに普通にしゃべってたら、聞こえたはずだけど。


「この者に、弱さの強さを」


 俺は一瞬、何を言われたのかわからなかった。驚いて、いや腹を立てて顔を上げたけど、司祭はすでに俺から離れていた。


 わけわかんなかったし、何だかめちゃくちゃ頭に来たけど、他のみんなと言葉を交わしている司祭に問いただすことはできなかった。


 一体アレはなんだったんだ。俺は歩く足下を見ながら納得がいかない気持ちでいた。


 弱さの強さ? わけわかんねぇ。強さを願うならわかる。俺はまだ勇者見習いにしかなれないんだし、もっと強くならなきゃ勇者に選ばれないのかもしれない。

 でも弱さだって? そんなもん、いらない。いるわけないじゃないか。


 しかもその後、5レクスを超えるような旅になるのなら馬に乗って行くべきだって話になったのだ。俺が乗れない、馬に。なんかあっちからもこっちからも苛められてるみたいで、猛烈に気分が悪くなった。


「でも、シマは乗れるんだろ?」


 チラリと見てみたら、彼はのんびりとそれこそ散歩でもしてるみたいな顔で風景を眺めていた。


「そりゃねー、獣使いが馬に乗れないとかだったら、ちょっと笑えるだろ」

 そう言うといたずらっぽく笑う。

 いや、笑えるっつーよりめちゃくちゃかっこ悪いです。

「お前、ハッキリ言うなぁ」

 シマはそう言って俺の頭をぐしゃぐしゃ混ぜた。ちょ、ガキ扱いよせよ!


「いい事を教えてやろう」

「……なに?」

 がっしり頭を掴まれたまま、屈んでくるシマを見た。

「……レツも乗れないんだ」

「マジで!」


 勇者なのに!? いや、勇者が何でも出来るって訳じゃないけど……でも、ことごとくレツって勇者イメージから遠い……


 シマは面白そうに体を戻して、また風景に目をやった。


 なんだろう、明らかにこのパーティーの中で一番勇者らしくないのはレツだ。

 サフラエルで出会ってから二日、まだ仲間のこと何も知らないに等しいとはいえ、普段の立ち振る舞いを見てもレツが一番勇者から遠いと思う。


 コウは無口だし、言いようによってはクール。背は五人の中で一番低いけど、あの体つきとか見たら勇者もアリって気がする。


 シマはみんなのお兄さんっぽいとこあるし、まだ見たことないけど獣使いだもんな。鞭とか使ってモンスターを操る勇者とか、絶対かっこいい。


 団長は、いや名前はハヤってんだったな、白魔術師が勇者ってちょっと前線で戦うのとは違うけど、何よりあのオーラが勇者だろ、メイン張れますっていう感じ。


 キヨはたぶん一番場数踏んでるんだろうな、場慣れした感じが旅の準備の時からあったし、気を抜くと遊んじゃう他の奴らをサクッとまとめていた。それに何より黒魔術師だ。魔法で戦うなんて、勇者であったらかっこいい。


 それじゃレツはっていうと……剣士、なんだよな。

 確かに彼だけがちゃんと剣を携えている。でも何となく手慣れているというか、強そうな雰囲気がないんだよな。鬼気迫る感じ? そこまでじゃなくても、何となくこうビシッとした気配みたいのがあるじゃないか。でもレツはどう見てもそっち方面じゃない。それにいつだってあの「ふにゃー」って笑顔なんだ。


 ふにゃーって笑顔じゃ、勇者は務まらないんじゃないか? しかも馬にも乗れないなんて! 俺の事はおいといて。


 ……。


 俺は勇者になるまでに馬に乗れるようにしようと、今、心に決めた。


「そしたら、こっから街道を外れるぞ」


 キヨの声に顔を上げると、街道から離れるうっすらとした踏み後があった。キヨはパチンと小さなコンパスを閉じると、胸元にしまい込む。

 それから無言でレツを見た。


「あ、うん、そうだね」


 レツは何だかわかったようなわかってないような事を言って、とりあえずそっちの道へ歩き出した。

 あとにコウが続き、ハヤとキヨが続いて歩き出す。最後尾にいた俺とシマも続いて街道を離れた。


 並木が無くなった分、やけに視界が開けた気がして少し心許ない。みんなの足も、何となく間近の林の脇へと近づいていく。


 レツが受けたお告げは、なんとも大ざっぱなイメージだけしか掴んでいなかったらしい。

 そんなヒントでクエストがクリアできるんだろうか。何を託されたのかもわからないまま、冒険を?


 俺は首を傾げながら歩いていると、一瞬嫌な感じがして思わず顔を上げた。胸騒ぎ? 気付くとみんな歩みを止めている。なんだろう……


 すると目の前に、さっきまでただの木だと思っていた林の間から気味の悪い木のお化けみたいなモンスターが現れた。木の洞が笑っている口のようで、固いはずの枝が蛇のようにうねっている。


 俺はその気配に一瞬ぞくりとして、半歩くらい後ろに下がってしまった。みんなは一斉に戦闘態勢を取った。


 コウが棍を手に一瞬動きかけたが、そのまま一歩軽く下がる。するとモンスターの前にはレツが立っていることになった。


「う……」


 曲がりなりにも剣を構えた姿勢でモンスターに向かっていたが、一瞬の間ののち、レツは唐突に振り返った。ええええ!?


「うわあああああ!!」


 そのまま悲鳴を上げてハヤの所まで逃げた。っつか逃げた!?


「…………モーヴスヴィエトロ」


 呟くような低い声が聞こえて視線を戻すと、キヨのマントが翻って、目一杯まで高まった紫色の光が勢いよくモンスターに向かっていった。


 モンスターはもろにその攻撃を受けると、あっさりと消滅しキヨの手元にゴールドが舞い降りた。左手の印が光って、キヨにレベルポイントが入ったのがわかる。


「コウ」

 キヨの声に、コウは棍を肩に担いだまま顔だけ向いた。

「今の、お前が一番最初のターンだっただろ。なんで避けたんだよ」

「いやー……一応、最初くらい勇者に譲ろうかと」

「それがこれかよ……」


 キヨは深いため息をついた。

 でもどっちかって言うと、すでに諦めたみたいなため息だった。


 だって、まさか勇者が逃げるなんて……俺は情けない顔でハヤに取りつき、頭を撫でてもらってるレツを見た。


「だと思ってたけどな……」


 キヨはそう言って、ため息をつきながらぞんざいにゴールドをしまった。

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