メルヘンの路地裏
若菜紫
第1話 メルヘンの路地裏
『リゴレット』八つの我に教えおりし父の涙を今は知るなり
願い星数えし窓へ階段をようやく母は今宵上りき
空港の吹き抜け上がりまた降りて三十余年は数分の夢
旅先の畳もソファーも海となる我は八歳素足の人魚
冒険譚読めば砂漠にいるのかと目覚めてベッドに足を縮める
目覚めれば白き扇風機天井に回りて白き夏が始まる
階段に膝を抱えて待ち伏せる八歳の夏は三色アイス
踏切に響く警笛いつになく淋し明日は日本に帰る
流しおりし涙の意味と曲名を店頭で知る未来の少女
キッチンにパンケーキの香と夏の陽とスティーブンキングの曲が流れる
ブルックリンブリッジ二人の夢灯し煌めき流る『ラブソディ•イン•ブルー』
マンハッタン見知らぬ屋根に我は聴くホリーのギター『Moon River』を
朧なる海の記憶とさやかなる窓辺とナッツと本の記憶よ
屋根裏に読書す我と語らわむと伯母が運びしケーキの香り
歌謡曲祖母が流せる寝室の窓に夕陽と風吹き抜ける
『トゥナイト』の歌声と共に置き去りしものを想ひぬ離陸直前
『Energia』カレーラスの声に一日の高鳴る想ひの意味知る夜更け
果たせざりし約束十年越しの夢黄昏に聴く『オペラ座の怪人』
小雨降る朝に閉ざせし窓越しの鹿にようやく別れを告げる
今はなき部屋訪れる日を夢む子にいつ故郷の行方教えむ
メルヘンの路地裏 若菜紫 @violettarei
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