絵本を読んだら

トモユキ

第1話 絵本を読んだら

 まっ暗なお部屋に、あたしはひとり。ベッドの中。

 でもちっとも眠くならなくて。だんだん不安になってきたあたしは、大声で泣きだした。

 すると、暗いお部屋にママが入ってきてくれた。

 ベッドサイドのランプを付けて、やさしく話しかけてくる。


「あらあらエリちゃん、どうしたの?」

「ねぇママ、なんだか寝つけないの。今夜は暑いし疲れてもいないし、全然眠れる気がしないの」

「そんな事はないはずよ。エアコンも付いてて涼しいし、今日も元気いっぱい公園で遊んだでしょう?」

「エリが眠くなるまでママ、絵本を読んでくれない?」

「もうエリちゃんたら。本当はママに絵本を読んでほしくて、寝ないんじゃないの?」

「そんなことない!」

「じゃあ絵本を読んだら、ちゃんと寝てくれる?」

「うん、寝る! やったあ! ママの絵本読み聞かせ、エリ大好きっ!」

「エリちゃん、お魚さんの本大好きだから、ママたくさん用意しておいたのよ」

「はやくっ、はやくっ」


 ママは絵本を読むのが得意なの。そしてエリはそれを聞くのが大好き!

 いくつか絵本を取り出して、ママはさっそく読みはじめた。


「よるの、おんなのこやさん」

「え!?」

「昔々あるところに」

「ママ?」

「美味しそうなおんなのこが並ぶ、おんなのこやさんがありました」

「おさかなやさんじゃないの?」

「近所の男の人達に大評判! ここのお店はいつもぴちぴち。新鮮なおんなのこが次々と、代わる代わる――」

「ねぇママっ! 他の絵本にしよっ!」


 私は明るく、でもごういんに、ママの読む声をさえぎった。

 なんだかこれは、こどもが知ってはいけないお話のような気がしたの。

 でもおかしいな。こんな絵本じゃなかったような。


「そうねぇ、じゃあ、これなんてどうかしら? 昔から人気のある絵本よ」


 ママが取り出したその絵本。

 今度は白い表紙に、カラフルでかわいいイラストが描かれていた。この表紙には見覚えがある!

 タイトルはたしか……。


「だんなが にげた」


 あれ? きんぎょじゃないの?


「だんなが一匹、逃げ出した。どこに逃げたぁ? カーテンの、赤い染みの後ろに隠れている。おや、また逃げた。どこかなぁ?」

「ママぁ、声がこわいよ」

「こんどは赤い花の鉢植えを持って、ママのご機嫌取り。通じないと見るやいなや、おやおや、また逃げた。どぉこぉかぁなああああっ!?」

「おめめ剥き出しで探さないで、ママぁ!」

「今度はこのお店に隠れてる? 三千円の瓶ビール、二千円の大盛りポテト、ピンク色の小さいロケットオモチャ」

「ママ! エリ、あのシリーズがいい! にじいろの‼」


「あらそう? じゃあ大人気! 『にじいろのさかな』の!」

「やったあ! にじいろのさかなシリーズだぁ!」

「おんなのこやさん‼」

「イヤーーーッ!」


「にじいろのさかな、夜のちょうちょをたすける!」

「しましまもようの魚じゃないの!?」

「いい、エリちゃん。これはすごいチャンスなのよ。にじいろに輝く不思議なうろこを夜のちょうちょ達に売らせる事で、彼女達も儲かる、あなたも儲かる!」

「マルチ商法じゃん!」


「にじいろのさかなと!」

「おおくじらがいい!」

「おおぐちのしゃっきん!」

「違うもん! 年老いたくじらが、キレイなにじうお達にあこがれて――」

「美容整形の先生に騙されてコラーゲン注射を毎日十本、リボ払いでバカ高い美顔器も買いそろえて!」

「ママぁ!」

「今ならド〇モ口座に出金すれば、全部ド〇モが保証してくれるからっ!」

「地銀の口座持ってないよ、ママぁっ!」


「にじいろのさかなと」

「今度はなにーっ!」

「おともだち」

「あ、それ知ってる!」

「――のiPhoneを天ぷらで揚げてみた!」

「ゆーちゅーばーっ!?」

「はい、じゃあこの友達のiPhoneをね! カモフラのさかなと一緒に、ママがカラっと揚げてみようと思うんでねっ!」

「それぜったい炎上するヤツだよ、ママぁっ!」


「さかなを」

「あ! さかなになった!」

「和える、漁る、遊ばせる、洗う、売る、加工する」

「え?」

「切り刻む、食う、殺す、割く、さばく、さらう」

「てにをは辞典読まないでよママぁっ! こわいよお」

「エリを」

「え?」

「かき広げる、くくる、締め上げる、閉める、そばだてる、倒す、握り締める、抜く、引き締める」

「『襟』を読み上げないでよママぁ! 本当にこわいよっ!」


 あたしはベットの中で、ガクガクとふるえていた。

 おかしい。こんなの絶対、ママじゃない。


「さあエリちゃん、そろそろ眠くなってきたかしら」

「きょうふで目が閉じれないよ、ママぁ……」

「困るのよねぇ、早く寝てくれないと…………連れ出す事が、できないじゃないっ!」


 ママは立ち上がった。月明かりがそのよこがおを照らす。

 よく見るとママは、ママよりずっと若い、知らないおんなの人だった。


「あなただれっ? ママじゃない!」

「ふふっ、すぐに寝てくれればこんな事をしなくても良かったのに」


 ママのにせものが、あたしに飛びかかろうとしたしゅんかん、おへやの扉が開いてほんもののママが飛びこんできた。


「大丈夫!? エリちゃんっ!」

「し、しまったっ!」


 にせもののママは窓ガラスをわって、外に飛び出して行った。

 ママは窓からピストルを二、三発うった。


「二度とくるな! どろぼう猫っ!」

「ママぁ……」


 ベッドの上で震えるあたしを、ママは抱きしめた。


「ここはもうダメよ、エリちゃん。すぐに逃げましょう」

「ママ落ち着いてっ! パパは一緒じゃないのっ!?」

「パパは……電話も通じないの。きっとあの人はもう、おんなのこやさんに……」


 しぼりだすようにそう言うと、ママは両手で顔をおおって泣きくずれた。


 そうか。


 今のにせもののママはきっと、おんなのこやさんの、ぴちぴちした……。


「泣かないで、ママ」

「えぐ……ひっく……」

「サケが生まれた川に戻ってくるように、パパもきっと戻ってくるよ。だからエリと一緒に、待っててあげようよ」

「エリちゃん……」


 ママはあたしを抱きしめると、涙をぬぐって、割れた窓ガラスのはへんを片付けてくれた。

 あたしもすっかり目が覚めてしまったけれど、優しいママにみちびかれ、もういちどベッドに横になった。

 でもやっぱり、眠れない。


「ねぇママ、やっぱり眠れない」

「あらエリちゃん、それじゃあ絵本を読んだら、ちゃんと寝てくれる?」

「やったあ! ママの絵本読み聞かせ、エリ大好き!」


 ママは絵本を読み始めた。


「ちいさな心の持ち主のぼうけん」

「えーっ! こいのぼりのはずでしょーっ!」


 パパの事かな? まぁいっか。

 おんなのひとにはきっと、はきだすことも必要なのね。


 ベッドの中、まどろみにくるまれて。

 あたしは学んだの。


 おんなのこやさんに行くおとこの人とは、けっこんしちゃダメなんだって。



---

参考図書:


「よるのさかなやさん」穂高 順也 著 文溪堂

「きんぎょがにげた」五味 太郎 著 福音館書店

「にじいろのさかな しましまをたすける!」マーカス・フィスター 著 谷川 俊太郎 訳 講談社

「にじいろのさかなとおおくじら」マーカス・フィスター 著 谷川 俊太郎 訳 講談社

「にじいろのさかなとおともだち」マーカス・フィスター 著 谷川 俊太郎 訳 講談社

「てにをは辞典」小内 一 編 三省堂

「ちいさなこいのぼりのぼうけん」岩崎 京子 著 長野 ヒデ子 絵 教育画劇


参考動画:


「iPhoneを天ぷらにされたらどう反応するのか?」はじめしゃちょー

https://www.youtube.com/watch?v=SGC7DLe06Eg

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絵本を読んだら トモユキ @tomoyuki2019

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