第3話 壁の花は選ばれて

 山道は森の中を一人で歩くことに苦はなかった。

 どうせ普段から森で食べるものを探したり狩りをして生活してきたし。


 ずっと一人で生活していたから、むしろ他人に気を遣う方が苦手なのよね。

 そう少なくとも、一人ならこんな目に合わなくてもいいし。


「いくら年頃の令嬢は参加するように、とは言ったってねぇ」

「まさか、こんなハズレが来るなんて皇帝陛下も思ってもみないでしょうに」

「どこの家門かしら。こんな無能な人しか送り出せない家なんて」

「同じ貴族令嬢と思われるコト自体、嫌だわ」


 夜会の会場に入るなり、入り口近くで品定めをしていた令嬢たちの目に私が止まってしまった。

 彼女たちはおそらく帝都の貴族なのだろう。

 入り口を占領した彼女たちが、入って来る他の令嬢たちにずっと小言を言い続けている。


 まぁ確かに、彼女たちの身なりはかなりいい。

 まさに帝都の金持ち貴族って感じね。

 煌びやかで見たこともない素材のドレスに、大粒の宝石が付いた装飾品をこれでもかと付けていた。


 でも性格は悪すぎね。大きな声で、他人を品定めするだなんて。

 令嬢とはいえ、低俗すぎるわ。


「どいていただけますか?」

「やだ、本当に入る気なの?」

「厚かましいにもほどがあるわ。自分のコト分かってなさすぎじゃない?」

「皆さまは皇帝陛下の命に逆らえと言うのですか?」

 もっとも原因はこの広間に入る前に受けた検査のせいなんだけど。


 危ない物の持ち込みがないかを確認されたあと、招待状を回収され、最後に属性と力の測定がなされた。

 どうも広間ココに入る令嬢たちを属性ごとに分かりやすく区別するために、属性と同じ色の花を髪に差すように配っていた。


 だけど私はそれがない。

 だから入口の神官や大臣たちが慌てふためいていたのよね。

 結局私に配られたのは、真っ白の庭で摘んできたような野花だった。


 これだけの人が集まっても私しかいないって、国中だと片手くらいはいるのかしら。むしろ逆に興味が湧いてくる。


「陛下の勅命ちょくめいとは言ったって、物事には限度があるでしょう? 自分が他人と同じだと思っているの?」

「自分が他人と同じだったら、逆に気持ち悪いかと思うのですが?」

「はぁ? あんたねぇ!」

「別に貴女に呼ばれて来たわけではないので、関係なくないですか?」

「生意気ね! あんたなんて陛下の侍女にすらなれないわよ」

「別に期待などしていないので大丈夫です」


 別に自分でも、何かを期待してココに来たわけでもないし。

 同じように集められた人間に、何を言われても痛くもかゆくもなのよね。

 だいたいこんなとこで大声上げて張り合ったって、何の得にもならないでしょうに。


 それに周りの目がどんな目で私を見ているかなんて知っている。

 だってずっとそうだったから。意味ないことに心を割いても無駄、無駄。


「あ、あんたなんか、あっちで壁の花にでもなってればいいのよ!」

「はいはい。ありがとう」


 言われなくても分かってはいたけど、わざわざそこにいろって言われたから、逆に壁の花になりやすくなったわね。

 どこでぼーっとしてようか考える手間も省けたし。


 壁に背を預けようとしたその瞬間、場内で流れる音が急に鳴り止んだ。

 そして高らかな声で、陛下の入場が伝えられる。

 あれほどまでにおしゃべりをしていた令嬢たちも、ぱっと口を閉じ最上の礼をした。


 あああ、頭を下げたのはいいけど皇帝陛下の顔見れないわね。

 でも一人だけ顔を上げるのはさすがに不敬罪となってしまうし。

 顔、一回くらい見ておきたかったなぁ。せっかくここまで来たのに。


 諦めて下を向いたままの私たちの間を、皇帝陛下と側近らしき人が通りすぎて行った。


「よく集まって下さいました。これより、陛下直々に声をかけさせていただきます」


 陛下が直接選ぶだなんて、なんかすごいわね。

 妃の選定っていうから、お偉い様たちが決めるものなのかと思っていたけど。

 だけど顔の好みって言っても下向いてたら分からないわね。


「お妃候補に選ばれなかった方でも、その後の侍女選定がございますのでその場でお待ち下さい」


 城の侍女になれれば衣食住が保証され、尚且なおかつお給金がもらえる。

 身寄りもないし、あの領主に言い寄られてるからココに逃げ込めたら本当は楽なんだけど。

 私には力もなければ、後ろ盾もない。高望みもいいところね。

 ま、どうせだからお妃様が選ばれる瞬間に顔上げて二人の顔だけは見て帰ろう。

 

 この世界で今ただ一人、金色の力を持つ皇帝陛下。

 ある意味私とは真逆の存在だから、興味があったのよね。


「お声がかかるまでは、そのままでいて下さい」


 みんな息をひそめているのか、陛下の歩く音だけが広場に響き渡っていた。

 緊張なんて今まで無縁だった私ですら、息をするのを忘れてしまいそうになる。


 そしてその時間は長いものだったのか、ほんのわずかな時間だったのか。

 そんな感覚すらおかしくなるほどの時、ふと陛下の足が私の前で止まった。


 えっと?


 私の前にも後ろにも他の人はいない。

 ああ、私だけ花の色が違うから珍しいいのかしら。

 

 しかしそう思う私の頭の上で、陛下と側近の小声での話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。


 ため息をつきたくなる気持ちを抑えつつ、頭に突き刺さる視線がなくなるのをただじっと待った。

 大丈夫。どうせいつものことよ。


「うむ。そうだな……この娘にしよう」

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