第2話 色なしの日々

「ああ生きてたんですね」


 週に一度通いで来ている侍女が、屋敷の中の私を見て、そう口にした。

 まだ十七になったばかりの、雇い主である私に言うべき台詞はないことぐらい分かっている。

 分かっていても、この国にとって絶対的なモノ。


「本当に気味の悪い。いろなしなんて」

「……」


 色なし。そう……それこそが、私が虐げられる原因だ。

 この世界は魔力に満ち溢れ、ほぼ全ての人間が魔力持ちであり、使用出来ないにしても、火・土・風・水のどれかの属性を持つ。

 そして色がその力のレベルになっているんだけど。


「属性もなく、無色だなんてよく生きていられるわね」


 嫌味を言いながらも屋敷の掃除に侍女はとりかかった。

 無駄に大きなこの屋敷。

 両親が私に残してくれたものだけど、女である私は爵位を継げないため、この先にあるのは没落だ。

 

「ああ、そうだ。手紙が届いてましたよ」


 侍女は思い出したように手紙を、わざと床に落とした。

 そして鼻で笑った後、再び仕事に戻る。

 本当に嫌な人。

 でもこんな片田舎で、うちで働いてくれるのは彼女だけ。

 そうでなければ、雇ったりなんてしないのに。


「はぁ」


 でもこの人でさえ、雇えたのは私の力ではないのよね。

 今やこの地で、貴族のよりよく肥えた彼のおかげだ。


「領主様」

「よい天気だから寄らせてもらったよ。何でも帝都から手紙が来たそうじゃないか」


 でっぷりとして頭がかなり寂しくなった領主が、見計らったように屋敷に入ってきた。

 彼だけだ。こんな風に勝手に人の屋敷に入って来る人間なんて。

 しかも今手紙をもらったばかりだというのに、その存在を知ってるってことは、侍女が先に報告をしていたってこと。


 彼女はここに来てはいるものの、基本はこの領主の屋敷で働いていた。

 でもいくらなんでも、個人情報をこんな風に漏らすなど、あってはならないのに。

 

「よくご存じで」

「ああ、先ほど侍女が入って行くときに持っていたからな」


 とぼけったって無駄なのに。

 わざわざ帝都からって言ってる辺りからして、見てたのよね。

 ああ、嫌な人。


「そんなことよりも、何が書いてあったんだ? 急ぎなら困るだろう」


 領主はでまわすように私の体を下から上まで見たあと、ぽんと肩に手を置いた。  

 虫唾むしずが走るとは、たぶんこういうことね。

 触られた方から寒気が全身に走る。気持ち悪い。


「……そうですね」


 手紙は帝国から出されたものだった。

 先帝が亡くなり、今帝のために妃を探している。

 婚姻を結んでいない十六から二十歳までの娘は次の夜会へ参加するように、か。


 こんな辺境まで届く間に、結構な日にちがかかってしまったのか、開催は一週間後。

 ここから歩いて帝都まではどれくらいかかるのかしら。

 たぶん一週間はかからないとは思うけど。


 悪天候で動けなくなることもあるから、数日後には出発しないと間に合わないわね。

 直々の手紙じゃなかったら、絶対に無視してたのに。


「今帝の妃を決めるための、夜会への参加要請だそうです」

「妃……。そんなものに行ってもどうしようもないだろう」


 ねっとりとした脂の浮く顔は、明らかに私を見下していた。

 そして私の肩を何度も叩きながら、下品な笑い声を上げる。


 属性も色もない私なんかが、妃になど選ばれるはずもない。

 だから行くだけ無駄だろうとでも、言いたいようね。

 言われなくても分かっているけど、この笑い声はあまりにも不愉快でしかない。


「どうしようもなくとも、これは命令ようなものです。まさか、逆らえとでも?」

「な、なにもワシはそんなことは言ってないではないか!」


 さすがに自分のせいにされては困るようで、領主は急いで首を横に降る。

 その度にぶるぶると顎の下の肉が揺れた。


「そうだ! 前から言っていたが、ワシの後妻になるのはどうだ? そうすれば帝都まで行かずともよいし」

「は?」


 少し前にそんなことを言っていた時は、老人の戯言たわごとだと思っていたのに。

 自分の娘よりも年下の私が、『はい』と言うと思っているのかしら。


「ワシがここの婿むこになれば、家も潰さなくて済むではないか! おお、これは良い案だ!」

「……」


 肩に置かれた手はもぞもぞと動き、気持ち悪さが加速していく。

 良案って、冗談じゃないわ。

 幼い頃、母を亡くして一人で必死で生きてきた時には何にも手を差し伸べてなんてくれなかったくせに。


「結構です。今回の夜会には参加させていただきます。没落寸前とはいえ、家名にもかかわることですし」

「そんなことで片意地など張ってどうする。女は媚びた方が良いんだぞ?」

「元より一人で生きてきた身です。身の振り方は自分で決めます」

「な、生意気な! 行ったところで、お前のような色なしなど相手にされるものか!」

「そうですね」


 そんなこと、大声で言われなくたって自分が一番良く分かっている。

 何の力もない役立たずだって。

 

「途中で野垂れ死んでも知らぬからな!」

「ええ。大丈夫です。その時は私の命運もそこまでなのでしょう。どうぞお気になさらずに」

「くそっ。減らず口叩きおってからに。優しくしてれば付け上がりおって!」


 村長の振り上げた手を、私はひらりとかわした。

 外の動物などより動きはよほど鈍い。打たれてあげる必要性もないものね。

 途中で私が死のうがどうしようが、本当はどうでもいい癖に。

 まったく良く言うわ。


 怒りに震える領主を無視し、騒ぎが大きくなる前に私は一人暮らした屋敷を出た。

 荷物は狩りに行く時と同じモノと、母が残した唯一の形見だけ持ってーー

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