金色を纏う血塗られ皇帝は、無色透明な蓮花の令嬢を染めあげたい。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話 血塗られ皇帝と無能令嬢

「ああ、そうだな。……この娘にしよう」


 短くそう言った皇帝は、この広い会場の中で壁の花にもなりきれていなかった私の前に立つ。

 黄金の髪に赤く宝石のように輝く瞳。端正な顔は、どこかいたずらを思い付いた子どものように思えた。


「ぇ?」


 自分でも何が起こったのか理解できず、私は令嬢らしかなぬ声を上げていた。

 しかし声を上げたのは、何も私だけではない。

 広間に集められていた他の妃候補たちや、陛下の後ろを着いて歩いていた側近すらも同じ反応だった。


 無理もないわね。

 この中の誰一人として、私が選ばれるなんて思いもしなかったはずだから。


「お、恐れ多くも陛下……」


 発言が許されるかどうかも分からないけど、もし勘違いなさっているのならば私から止めないと。

 だって、このままでは大変なことになるわ。


「どうした? ああ、もしかして顔が好みではなかったか? そこまで悪くはないと自分では思っていたんだが」

「いい、いえ、そういうわけでは!」

「そうか?」


 会場は静まり返り、私たちのやり取りを聞いていた。

 顔が好みとかこの好みじゃないって、私からそんなこと言える立場ではないことくらい、陛下が一番分かっていらっしゃるはずなのに。

 だって私は没落寸前の男爵令嬢なのよ?

 それにどう見たって時代遅れの古臭いドレスに、装飾品も母の形見であるネックレスだけ。


 見た目だけでもみすぼらしい私が、この国で一番高貴な方の言葉なんて覆せるわけないじゃない。


「で、どうしたというのだ。ああ、名前を聞いておらぬな」

「名前……名前はリンファ……リンファ・グランテと申します」

「リンファ。遠い国の言葉で蓮の花という意味か。確かにそなたの美しい翡翠色の瞳にぴったりの名だ」

「ありがとうございます」


 私の名前の由来まで分かるだなんて、皇帝陛下は随分と博学なのね。

 それに噂で聞くような、残虐性はその所作からも全く感じられない。

 確かに私なんかより背格好も大きくて強そうだけど、でもその瞳は他の人たちよりもずっと優しく感じられる。


 それに美しいだなんて、生まれて初めて言われたし。って、そうじゃなくて。

 ちゃんと説明しないとダメよ。

 陛下が私を選んで、後悔なさる前に。


「ああいえ、そうじゃないのです!」

「ではなんだ? 顔が嫌じゃないのならば……」

「陛下、僭越ながら私は無色……魔力を持たない者なのです!」


 そう。魔力こそが全ての世界のおいて、それを持たない私には人権などないに等しかった。

 だから今回のことだって……本当はこの夜会には参加などしたくなかった。

 だって参加すれば好奇の目と、蔑さまれることなど分かり切っていたから。


 夜会への参加の手紙が屋敷に届けられたのは、ほんの一週間前。

 前皇帝が今帝に滅ぼされ、王宮内の総入れ替えが行われているというのは田舎にも噂では届いていた。


 王宮にいた側妃たちは、子を成していないものは皆家に帰されたって言ってたっけ。

 あとは今回の騒動で、前皇帝の関係者がこの人に殺されたって。

 だからこそ付いたあだ名が、血塗られ皇帝。


 国の平穏のためにも、即位後すぐに妃をとの声が上がったが、誰一人自分の娘を皇帝に捧げる者はいなかった。

 まぁ、前皇帝派の貴族は排除されたって話だけど。

 だからこそこの夜会には、婚約者のいない全ての貴族令嬢の参加を求めるものだった。


 仕方なく参加したんだけど、まさかこんなことになるなんて。

 こんなことならば、病気だとでも手紙を返しておけばよかったわ。

 ただでさえこんな風に注目を浴びているのに、自分から言いたくもないコトを言わなきゃいけないだなんて最悪ね。


「そうか」

「はい。そうです」

「じゃあ、行こうか」

「は!? 陛下、今私の話聞いていましたでしょうか?」

「ああ、聞いていた」


 その顔は、一世一代の私の告白など何の意味があるのだという風だった。

 そう。私の力など関係ないというように。


「ですから、私には魔力がないのですよ? どの属性の何も」

「そうか」

「そうか、じゃないです!」


 不敬罪だって分かりながらも私は、思わず叫んでしまっていた。

 だって、力がないって言ってるのに、そうかって返す人がどこにいるのよ。

 いや、目の前にいるんだけど。


「俺はこの帝国一の力がある」

「はい」

「火の遣い手で、そのレベルは最高位の金色だ」

「存じております」


 属性以外にその力は色に応じて、力の強さがある。

 陛下は火属性において、歴代最高レベルとなる金色。

 彼より強い火の遣い手はこの世界には存在していない。

 その真逆を行くのが私だ。どの属性のどの色も持っていない。

 簡単に言って、無能力……いいえ、無能ね。


「どうして一番強い俺が、妃に同じように強さを求めなけらばならないんだ?」

「え?」


 さも当たり前だろうと言う陛下の返答に、みんな呆然としていた。

 この方を説得なんて出来るのかしら。

 痛くなる頭を押さえつつ、私は少し前のことを思い出した。

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