第27話 初見の鼓動と躍動感。

 ナンパ君達から逃げ回るため、私と美樹みきはゲームセンターに入った。

 私は店内の騒音に顔をしかめる。


「結構、騒がしいね」


 すると鼻栓を隠したマスク姿の美樹がきょとんとしながら問いかけてきた。


「もしかして初めてなの?」


 問われた私は頬を掻きつつ苦笑した。


「あー、うん」


 私はこれでも箱入りだったからね。

 祖父母の教育もあってか、あまり人気の多い場所へと訪れる事が許されていなかったのだ。

 駅前とかデパートは問題無かったが、街中にあるゲームセンターは絶対許されなかった。

 質の悪い者達が多いとの理由でね。


「そうだったんだ。てっきり」

耀子ようこ達と出歩く時もゲームセンターは省かれていたしね。さっきみたいなナンパ君が湧くって理由で。今回はあちらから寄ってきたから、不可抗力だったけど」

「それならプリクラなんて?」

「プリクラはあるかな。ほら、ボーリング場があるところなら、何故か置かれているし」

「単体のゲームセンターが無いのね」

「そういうこと。ここは狭いから音の反響が」

「確かに大きいかもね。近づかないと会話出来ないし」

「でしょ?」


 私達は入口付近にあるぬいぐるみを一瞥しつつ店内を見てまわる。中には音楽を使って遊ぶゲームもあった。音楽番組のゲストで出た時に聞いた曲だったから、ついつい気になったね。

 すると美樹がおもむろに、


「久しぶりだからやっていい?」


 マスクを着けたままゲーム機の上に立った。

 私は何をするのか判らなかったので頷くだけだった。直後、美樹がリズムに乗って、ゲーム機の光に合わせて両足を素早く動かしていく。


(す、凄い、格好いい。あ、ドキドキしてる)


 リズム感というか音感が凄いよね。

 例の案件で私もダンスレッスンを受けているが美樹ほどスムーズに動けるか分からないね。

 私が呆然と眺めていると音楽が終わり、


「ふぅ〜。もう少し、体力を付けないとね」


 軽く汗を掻きながら、楽しげな表情の美樹が戻ってきた。やばっ。その笑顔、惚れたかも。


「あれなら、やってみる?」

「い、いいの?」

「私も何処まで踊れるか知りたいし」

「あー、なるほどね」


 これは例の件を意味しているだろう。

 この際だから知っておきたいと。

 なので私は音楽番組で聞いた曲を選択した。


「あらら。いきなり、難しい曲でいくの?」

「そう? 聞いた事がある曲はこれだけだし」

「そういう理由で選んだのね。まぁいいわ」


 試した結果、脚がついてこなかったと思う。

 だが、美樹は何故か驚愕して、画面の数字を見ていた。あれ? 周囲にも沢山、人が居る?


「い、いきなり?」


 私は何事と思いつつ画面に視線を移す。


「これって、どう凄いの?」

「そうかぁ。そうだったぁ。知らなかったわ」


 美樹は呆れ顔で額に右手を乗せて天井を見た。どう凄いかの理由を聞けば、なんと私がランキング上位に入ってしまったというのだ。


「ビ、ビギナーズラックってことで?」

「そういう類いのゲームじゃないのだけど?」

「う、運動神経に感謝?」

「もう、それでいいわ。動体視力もいいのね」


 そういえば見た瞬間に脚が動いていたかも。

 最初は見よう見まねだったけど、以降は身体が自然に動いていたね。レッスンの成果かな?


「息切れもしてないし。瞬発力も凄いし」

「あ、ありがとう?」


 その後は交互に立っては踊っていった。

 耀子達からの呼び出しが入るまで延々と。

 気づけば揃ってランキング上位を突破していたけれど。一応、名前を残す事になったので適当な名を残した。芸名だとアウト判定だしね。

 耀子達と合流して何があったか語ると、


「はぁ? ぶっちぎりで、一位って?」

「遅い遅いと思っていたら踊っていたとか」

「そ、それも一番難しい曲で体力が要る奴で」

「疲れ知らずって、やっぱり化け物だわ」

「「「本当にそう思う!」」」


 四人から化け物扱いを受けた。

 困り顔の私は美樹を見て擁護して貰おうとしたが、プイッと外を向いたのだった。解せぬ。


「で、でも、楽しかったよね?」

「それはまぁ。うん」

「それなら、実家にゲーム機の本体があるから今度持って来ようか?」

「耀子、それ賛成!」

「凄い食いつきね? ひかり

「だってダイエット向きだし!」

「「「「「そっちかい!」」」」」


 ゲーム機自体が隠れ家には無いから持ってきてもいいかもね。大画面だから楽しめるかも。

 本当にダイエット効果があるならゆきさんが頻繁に訪れて踊りそうな気がする。

 その後、スーパーマーケットに到着すると三日分の食料を買い占めて、私の支払いで隠れ家に戻った。今回は六人居たから荷物持ちも楽だったね。配送があれば使ったけど油断して顔を晒すと面倒だったので人力を使った私である。



 §



 楽しい三日間の勉強会も一瞬で過ぎ去った。

 本日は勉強会の最終日・・・創立記念日だ。

 私は可愛い寝顔の美樹を見つめて微笑んだ。


(まさか、私が美樹とねぇ。人生、何があるか分からないよね・・・)


 それはこの三日間の間に美樹が何度も鼻血を出してしまったので、私に慣れさせる名目で荒療治したからだ。今後、相方として過ごす事になるのに頻繁に鼻血では収録が止まるからね。


(一日目の夜はただの添い寝。二日目の夜は共に下着姿でキスして以下略・・・)


 素肌を晒して私に触れさせている内に、美樹も慣れてきたのか、甘えてくるようになった。

 そのまま美樹が私に好きだと言ってきて。


(交際開始と。私も美樹の心根が好き・・・ゲームセンターでの姿に惚れた事が最初だったね)


 ファンではなく一人の女性。

 一人の相方として付き合う事になった。

 婚姻は法律上出来ないから事実婚になるだろうが私はそれでもいいと思っている。

 いきなり婚姻とか言うと重いかもしれないが私の価値観で言うと、同衾すれば婚姻となってしまうのだ。こんな古くさい価値観は祖父母の教えに因るから仕方ないけどね。


(なんだかんだと、私も箱入りだった頃の価値観が残っていたりするよね。ぶっ壊れたのは異性に対する価値観だけ・・・だったのかな?)


 私は気持ち良さげに眠る美樹を見つめつつスマホを手に取る。スマホには天音あまねさんからの連絡が入っていた。


(何だろう? あ、これは・・・喜ぶね)


 画面を開いて内容を読むと美樹と美樹のマネージャーの電撃移籍が決定したとあった。

 美樹の居た事務所は今回の移籍に際し『お荷物だから助かった』と言っていたらしい。


(マネージャーもお荷物って。聞けばコネクションの多い人らしいじゃん。バカだよねぇ?)


 今回はそのお荷物が利益に繋がるなんて思ってもいないだろう。手放した事に後悔する可能性も高いが、その点を踏まえた約束を交わしたそうなので天音さんの手腕には恐れ入るよね。

 というか社長が出張っていそうな気がする。


(小道具出身と思ったら、法曹界出身だったもんね)


 天音さん曰く「変態社長」という言葉の理由はそこにあるかもしれない。

 すると私は不意に思い出す。


(あれ? でも、今日まで休みだったよね?)


 なのに天音さんが動いている。

 どうしても休みに動かねばならなかった?

 もしかすると前事務所の関係者が勘づいたかそれに類する動きをしていたのかもしれない。

 そうでなければこんなに早く動かないから。

 なので改めて問うと、


(社長の決断? 旦那の助言で? 何故に?)


 天音さんの御主人が裏で動いていた事が分かった。確か、天音さんの御主人って大手のマネージャーだよね。大女優に付いて回っている。

 おそらく大手所属だからこそ何かが見えているのだろう。零細事務所に分からない何かが。

 その際に天音さんから驚く一言が入った。


(え? 御主人が、しばらく家に居る?)


 そして私には隠れ家で過ごしてとあった。

 しかも家持ちの事実が何故かバレていた。


(お母さんによろしく? ま、まさか!?)


 ああ、社長と天音さんにバレたっぽい。

 御主人の担当が私の母さんだったから。


(これは、あとから言い訳を考えないと。荷物を受け取りに向かわないといけないしね)


 な、何はともあれ、美樹の移籍が叶ったので私は改めて美樹を優しく抱き締めた。


(他のセーフハウスも売りに出さないとね)


 ここだけに住まうなら必要がないからね。

 なにせここが一番安全なマンションだから。

 ここは美樹もそうだが新人女優や独身女優が多く住んでいて、マスコミはシャットアウトなんだよね。それは配送員を除く男達も含むが。



 §



 幸せな三日間が過ぎ去った。

 初日は添い寝、二日目は愛し合った。

 そしてそのまま詩織との交際が始まった。

 やはり私には女性を愛する素質があったようだ。これは雪さんが見いだした素質だったが、


栞里しおり以外は考えられないもの)


 今はもう男に触れられることすらイヤだと思う。仕事上、手に触れるだけなら問題はない。

 異性に抱かれるとか腕や脚、胴体の何処かに触れられるのは、勘弁ならないと思う。


(栞里からも同じ答えをいただいたね。心根が好きと言いつつ、ゲームセンターでの私の姿が格好良くて一目惚れしたとか言っていたよね)


 そう、恋に落ちるのは一瞬だ。私は寝たふりしながら、微笑む栞里の吐息を感じ続けた。




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