第23話 灯台もと暗しの現実。

 それから数日後、創立記念日を含む三日間が始まった。創立記念日の学校は完全休校だ。

 そのうえ日曜と月曜の祝日を含んでいるので一日休みが三日連続の休みとなっているのだ。

 私は早朝から身支度を始め、


「というか、朝からそれって珍しいわね」

「この格好じゃないと出歩けないもん!」


 マネージャーの天音あまねさんから呆れられてしまった。そんな天音さんも久しぶりに御主人が帰ってくるから化粧しているけどね。

 普段の余所行きの化粧ではなく旦那さんを魅了する類いの化粧だ。この日から三日間はスケジュール管理も少しだけに留めてイチャつく予定だろう。よく見ればベッドのシーツが変わっていたりするし、愛し合う予定なのかもね。


「ま、まぁ、分かる、けどね。ぷぷっ」

「あー! 笑ったぁ!」

「地毛が隠れていないからよ」

「え? 何処? 何処が隠れていないの?」

「後ろから丸見えよ。少し伸びたんでしょ」

「ここかぁ。それなら、今日はカットに行くから、少しだけ切ってきていい?」

「少しだけならいいわよ。嚙み合わなくなると困るから、ほどほどでね」

「はーい」


 そして今日は使わなくなったウィッグを被り黒いカラコンを入れての、お出かけである。

 デイパックに着替えと勉強道具を収めてね。

 服装はスキニージーンズと白い無地T。柄物のブラウスを着て、前を閉じて帽子も被った。

 格好だけなら十分登山女子だね。

 天音さんに笑われたのは髪型だけではないと思う。単純に地味子が復活しただけだから。

 こうでもしないと記者に捕捉されるもの。

 ともあれ、朝食を頂いたあとは、


「いってきまーす!」

「行ってらっしゃい」


 元気よく挨拶してマンションから出て行くだけである。案の定、張り込み勢も居たけどね。


(個人の邸宅まで特定済みってどうなのよ?)


 あれ? 同じマンションには誰か居たかな?


(ああ、私ではなくトレンディ俳優が居たね)


 結構、お年を召しているダンディな俳優さんだ。普段は芸能人オーラの無いゴミ出ししているサラリーマン男性だ。

 勿論、独身で稀に女性連れだったりする。

 私は何食わぬ顔で記者の横を通り抜ける。


(バレてない? バレてないね?)


 時々、振り返ってみるが付いて来ていない。

 お目当ては、やはり俳優さんのようである。


「あんなのに追われていたら、結婚も出来なさそうだよね。公式に一般人と伝えても平気で追いかける外道も居るから淘汰されないかな?」


 仮に願っても淘汰される事はない。

 誰彼が何したと知りたがる者が居るからね。

 需要と供給の関係が成立している以上は撮られる側が警戒するしかないと。疲れるけどね。

 私は駅を抜け電車に乗って目的地に向かう。

 そこは学校のある地域だ。

 そしてシャッター街と呼ぶ場所でもあった。

 オーディションを行ったビルも近くにあり、


「あれ? あのお好み焼き屋。不穏な気配がビンビンしてる? 近寄らないでおこうかな」


 昔懐かしのボロい店舗も有ったりする。

 そんなお好み焼き屋から、可愛らしい女の子が大慌てで出てきて、泣き叫んでいた。


「兄さんのバカぁ。私の貯金返してよぉ。どうしたらいいのよ・・・会費が振り込めないよ」


 年の頃は私と大差ない。

 そんな女の子が外に向かって大号泣である。

 酷い兄も居たもんだね?

 妹の貯金を持ち出すとか。

 すると奥から大柄なおじさんが現れて慰めていた。


「こらこら、騒ぐなよ。幾ら必要なんだ?」

「一万円」

「そんなにか?」

「うん」


 あれは父親なのかもね。

 エプロンを着けているから店主かも。

 私は信号待ちしたまま様子見を継続する。


「どうするか。今は持ち合わせが・・・」

「ないの?」


 これは見て見ぬ振りは出来そうにないね。

 近寄らないと決めながら、近寄らざるを得ないのは、私の性分に依るものが大きいけれど。


(テイクアウトが可能なら買って行こうかな)


 私は信号を渡ると同時に声をかけた。


「すみません」

「あ、あいよ?」

「?」


 声をかけるときょとんが二人。

 泣いている娘さんも泣き止んだ。


「何点か持ち帰りは可能ですか?」

「えっと、お客さんかい?」

「そうです」

「お、おう! 持ち帰りは可能だ」

「でしたら・・・六皿分。そうですね。豚玉チーズ入りを持ち帰りで」

「あいよ! 少し待っていてくれ」

 

 すると店主は大喜びで店内に引っ込む。

 直後より香ばしい匂いが漂いはじめ、朝食を食べたばかりなのに、空腹になってきたよ。

 一方の私はきょとんの娘さんに声をかける。


「安心していいよ」

「ふぇ?」


 そのまま頭を撫でてあげた。

 私より背丈が低いから出来る事でもある。


「あ、貴女は?」

「通りすがりのお客様、かな?」

「お客様? な、なんか、声に聞き覚えがあるような?」

「あっ。うん。まぁ、あるだろうね?」


 もしかすると同じ学校の生徒かもしれないし。単純に詩織と思われていそうだけど。


「元気になった?」

「はい。ありがとうございます」


 しばらくすると美味しそうな匂いを漂わせたお好み焼きが六皿出来てきた。何、この香り?


「ほい。一皿オマケしといた」

「よ、よろしいので?」

「良いってことよ。どうせ、閉店するからな」

「閉店?」

「色々あってな。来週の頭で閉じるんだ」

「だ、だから?」


 だから、持ち合わせが、ないと?


(少しお腹空いたし、軽く食べて行こうかな)


 私は大袋を受け取りながら代金を支払う。

 その際に、


「あの? 一皿分だけいいですか?」


 店内に入り、カウンター席に座った。

 お釣りを手渡す店主の右手を押し留めてね。


「えっと、ウチで食べていくと?」

「はい。匂いを嗅いだらお腹が空いたので」

「そ、そうか。そうか。分かった」

「同じ物でいいので一枚いいですか?」

「あいよ! 任せな!」

「あと、お釣りは結構ですから」

「ふふっ。気前がいいことで!」


 なんていうか、楽しい店主だね。

 これは味次第だけど広めてあげようかな。

 店主の手許はとても素早いの。

 それこそ職人芸って感じだね。


「おまち!」

「い、頂きます・・・ん!」


 何これ? すっごく美味しい。

 ソースは自家製なのか甘みと酸味が絶妙で。

 豚肉も良い物を使っているのか脂が濃厚で。

 なにより箸が全然止まらないの。


「どうだ?」

「すっごい美味しいです!」

「そうか。嬉しい・・・うん。嬉しい感想だ」


 この反応、本当は辞めたくないんだね。

 店主は涙を何度も拭い反対を向いて鼻をかんだ。そして、裏で両手を洗って戻ってきた。

 その間の私はデイパックに常備している色紙を取り出してサラサラとサインを書いていく。


(店名は〈お好み研ちゃん〉だね・・・)


 色紙は隣の椅子に置いて残りを食べた。


(美味い! 冷めても美味しいっていいね!)


 食後の私は食べる前に撮っていた、お好み焼きの写真をSNSに投稿した。そのまま美味とコメントを打っておいた。それは詩織の公式アカウントなので反響が相当なものになったよ。

 最後に色紙と共に代金を支払った。


「ごちそうさまでした。あとこれをどうぞ」

「お? 君は芸能人だったのか?」

「今は擬態中ですがね」

「擬態・・・売れっ子か。そういえば名前は?」

詩織しをりという名で通っています」

「あ! あの! 娘が熱をあげている?」

「おそらくそうなりますね。私以外に同じ芸名は居ませんから」

「そ、そうか。最後に食ってってくれてありがとうな」


 すると奥に引っ込んでいた娘さんが呆然とした様子で店内に出てきた。


「こ、この店、潰さなくて良くなったよ!」

「どういうこった?」

「これ! この反響!」


 そして大興奮のままスマホを見せてきた。


「ネ、ネットのこたぁよく分からんが?」

「大量にお客さんが来るよ! 準備しないと」

「そ、そんなにか?」

「インフルエンサーだからね!」


 そんなつもりはないけど、よく言われる。

 直後、娘さんは色紙に気づく。


「あ、この色紙?」

「そこのお客さんから頂いた物だ」

「え? ま、まさか?」


 私は驚愕を浮かべる娘さんの口元に、人差し指をスッとかざした。


「この格好は内緒ね。でも良かったね?」


 そして口の動きで「残せるよ」と言った。


「!!」


 それだけで娘さんは大号泣。

 店先で泣いていた時と違う感激の大号泣だ。

 私はハンカチを取り出して手渡しながら、


「また機会があれば伺いますね」

「おう。また来てくれ! いつでも待っているからな!」

「はい」


 お辞儀して大袋を持って店外に出た。


「では、失礼します」

「「まいどあり!」」


 外に出ると早速だが人が並び始めていた。


(改めて、私の集客率が恐ろしくなるね)


 娘さんと店主はお客に気づき、奥に居たであろう奥さんまで呼び出して、接客に勤しんだ。


「不穏な気配が一瞬で霧散したね。あれは一体なんだったのだろうか? というか妹の貯金を全部盗む兄とか酷いクズとしか思えないね?」


 私は騒がしい店先を背後に眺めつつ隠れ家まで向かったのだった。

 そして隠れ家のあるマンションに着くと、


「「「おっそーい!」」」

「鍵を持つ者が遅れてどうするの?」


 待ちぼうけ勢がエントランスに居た。


「ごめんごめん。これ、お詫びの品」

「あ? この箸袋? バカの下宿先じゃん!」

「は?」


 私は耀子ようこの発した言葉を理解するまで数分かかった。




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