第21話 解決後も問題は継続。

 それからしばらくして、


「お待たせしてごめんなさいね」


 担任が事務員を連れて戻ってきた。

 そして二通の茶封筒を私達に手渡してきた。


「教科書の購入代金を返金するわね」

「!!?」


 手渡された男子生徒は驚いた。

 まさか、購入代金が手元に戻ってくるとは思えなかったから、だろうけど。

 一方の私は疑問気に担任へと問いかける。


「返金、ですか?」

「ええ。今回は事情が事情だったから、被害に遭った生徒へと返金する事になったの」


 一体、どんな思惑でそうなったのかな?


「事情、ですか?」

「ええ。いじめ・・・ではないにせよ、度が過ぎた好意が、主なる原因でしょう?」

「つっ」


 好意、ねぇ? 顔立ちはいいもんね。

 私の場合は崇拝だから完全に違うけど。


「それもあったから理由を問い質してね。代金は盗った張本人達に支払わせたの。だから貴方達には返金・・・という扱いになったのよ」

「そう、ですか」


 男子生徒君にとっては言い知れぬ不快な気持ちもあるだろうね。というかイイ声してるよ。

 すると担任は会議中の内容を語った。


「今回は男女間の痴情のもつれが原因だから多少は仕方ない、目を瞑る必要もあるって意見もあったけどね。でもね。それを学校が肯定すると盗った本人達が同じ事を繰り返すと思って」

「教科書の代金を含めて支払わせたと?」

「窃盗を肯定なんて出来ないでしょう?」

「「確かに」」


 そのうえで、窃盗が悪い事と意識させるために停学処分を言い渡したと。こんなオチならば彼はタレコミなんてしなくても良かったよね。

 私は担任と事務員が立ち去ったあと彼に物申す。


「そうそう。今回は問題なく解決したから良かったけど、私は誰かさんの所為で芸能記者から追い回されるから大変だわ」

「・・・」


 それも左肩を叩きながら、普段は見せない疲れを示して。せめて試験前ではなく試験後であって欲しかったけどね。ホームページの宣材にもこの学校に在籍中との文字が加わったけど。

 言い訳は廃線としたから母は問われないし。

 私は胸前で腕を組み沈黙の彼に謝罪を願う。


「せめてお詫びの一つくらい入れてもいいんじゃないの? 人として。芸能人にも人権はあるからね。侵害したと訴えられたくないでしょ」

「す、すまない」

「悪いって意思はあるのね」


 彼も被害に遭ったあと、金銭的に余裕がなかったから、仕方ないとも取れるけど。


(マネージャーに謝罪を受け取ったと連絡しておかないと。損害費用を請求しかねないから)


 報道差し止めの費用がどれほどになったか知らないけど貧乏学生に支払える訳がないしね。

 あとは琴子ことこにもお礼しないと。

 でも、彼には一応でも忠告するよ。


「ただ、今回は間が悪かったわね。どうせするなら、ほとぼりが冷めた頃合いが良かったかもね」

「間が、悪い?」

「学校側が隠した生徒の不祥事」

「あっ!」

「それがタレコミに至った原因でしょう?」

「そ、そうだ」

「私も被害者ではあるけど、在籍がバレるのは時間の問題だった。でも、それに至った原因は奴らの餌になっても不思議ではないわ。片方の加害者は売れない俳優。片方は俳優の従妹ね」

「い、従妹だったのか?」

「困った事にね。それも元・天才子役とあるから食いつきは相当なものになるでしょうね?」

「そ、そんなにか?」


 そこで悪名が更に高まるというオチ付きだ。

 私は被害者だから、別の意味で利用は出来るけど、そんなものを利用したくない。

 明日は我が身で同じ目に遭うから。


「ええ。学校を巻き込んで、試験どころではなくなるわ。最悪、誰が漏らしたかで大騒ぎね」

「うっ」


 最悪を想定すると彼の身も危うくなるね。

 なので私は微笑みながら右手を差し出す。


「記者から名刺。もらっているでしょ?」

「あ、ああ」

「その番号は消して名刺は渡してくれない?」

「そ、そうだな」


 彼はバリバリと音がする財布から、一枚の名刺を手渡してくれた。やはり、この記者か。

 私は名刺を受け取り、茶封筒を差し上げた。


「こ、これは?」

「情報料。教科書代しかないけど受け取って」

「い、いいのか?」

「奴に支払われる所以はないからね。貴方が生活苦になっているなら手助けした方がいいし」

「す、すまない」


 彼はお辞儀しつつ茶封筒を受け取った。

 そのまま応接室を出ていった。


「この応接室には防犯カメラが無いのね」


 まさに密会向きの場所なのかもしれない。

 私はそのまま琴子をこの場に呼び出した。


「おつー!」

「午後も女子高生してるわね?」

「してるしてる!」

「お嬢様には見えないわ」

「よく言われる」


 まだ帰宅していなかったのは兄待ちだった。

 琴子の容姿は一見すると茶髪ギャルだった。

 だが、立ち振る舞いはお嬢様なので違和感が凄い。この形で、あちこちから情報を得ているなら変装が得意なのではと疑ってしまうよね。

 体型はDカップ。お腹は細くお尻は大きい。

 本人曰く安産型だそうな。私もだけどね。

 私は先ほど受け取った名刺を琴子に手渡す。


「はい、これ」

「さんきゅー」


 琴子は笑顔で名刺を撮影し何処かに送った。

 撮影後の名刺は奇麗な名刺入れに片付けた。

 自分の名刺ありって事業でもやってるの?

 私達は応接室を出て昇降口に向かう。


「まさかあそこに居るとは思わなかったよ」

「でも謝罪は受けたんだよね?」

「なんとかね」

「しかしまぁ。今回のネタは危うかったね」

「本当にそう思うよ」


 すると琴子が急に近づき、


「それとは別に咲田さきた美樹みきとの件はどうなったの?」


 小声でケバ子さんの動向を聞いてきた。

 まだ棟潟むなかた君との情事は進んでいないから、シークレットの話が主だろう。


「停学は伝えたよ。お陰で正式起用だって」

「そうかそうか。それは楽しみだね〜!」


 一先ずこれだけかな、まだありそうだけど。

 すると案の定、きょとんと催促が来た。


「他には?」


 あ、やっぱり追加があったかぁ。

 これは仕方ない。座敷童、ごめん!


みやこはくの初恋が爆散した」

「キター! 琥珀こはくちゃん轟沈!」


 裏は取っていたが真偽が欲しかったと。

 この件だけは盛大に喜んでいるよね。

 轟沈で周囲から何ぞって顔をされたけど。


「叶わぬ恋で散って座敷童も妖艶になるね」

「ああ、成長の糧と」

「恋する事で人は成長するからね!」


 成長するね。確かにそれはあるかな。

 私も箱入りからぐんっと成長したし。

 胸もお尻も田舎暮らしで成長したし。


栞里しおりはまだ引き摺ってる?」

「私も未練は無いよ。今回の件でね」

「あー、何があったの?」

「英語の教科書が唾液塗れ」

「おぅ」


 これには琴子といえど引いてしまうのね。

 本当はそれよりも前のクソ女だけども。

 あの時の奴の顔は嫌悪に値するしね。

 クソ女なら隣に居るよって言いたかったよ。

 ただそれは、今回の窃盗以上の面倒が舞い込むから止めた私だった。汚点でしかないしね。



 §



 何はともあれ、兄が合流したので琴子と別れた私は急ぎ裏門へと向かったのだった。


「ごめんなさい。遅れました」

「例の件は綾子りょうこから聞いているから大丈夫よ。向かいましょうか」

「え? 綾子?」

「ああ、友達よ。栞里ちゃんのクラス担任は私の飲み友達なのよ。あちらは独身だけどね?」

「そうだったんですか!?」


 あのおっぱいバインバインのスクールカウンセラーが天音あまねさんの友達だったとは。

 人の繋がりはバカに出来ないよね。


「綾子の胸はアルコールで出来ているといっても過言ではないからね」

「そ、そうなんですね」


 あの先生、何気に酒豪なのでは?

 二日酔いとか知らなさそうに思える。

 成人したら同窓会で呼び出したくなるね。

 ピン芸人が酔い潰れそうな気がするけど。

 すると天音さんが茶封筒を手渡してきた。


「それとこれ、目を通しておいてね?」

「これは? え? 楽譜?」


 楽譜と記録メディアだった。

 えっと、これはどういう扱いなのかな?


「第二期、続編の制作が決まったから、それのエンディングテーマね。作詞は貴女がやるの」

「ふぇ?」

「歌手デビューよ。貴女もそれなりに名が売れたし、次は歌って踊りましょうか?」


 マジで? だからボイストレーニングが?

 そういえばダンスレッスンも入っていたね。

 あとは楽器のレッスンもあった。

 私の身体が悲鳴をあげそうな気がするよ。


「そ、それって決定事項?」

「決定事項」

「・・・」


 逃げ道ゼロ。私はしょんぼりしながらスマホを取り出し、記録メディアをスマホに挿した。

 鞄からイヤホンを取り出して楽曲を聴く。


(うわぁ。バラードかと思ったら、アップテンポってマジ? 作品に合わせた曲かな?)


 そのうえ主旋律に合わせて歌詞を書かないといけない。というか、気のせいかな?

 作曲者の欄に見覚えのある名前があった。


「あの? 天音さん?」

「どうしたの?」

「これ、一人ではないですよね?」

「ああ、うん。事務所は違うけどね」


 つまり私一人ではなく二人で歌うと。


「やっぱり。これ本人に確認取りました?」

「これから取るって」

「あらら」


 その作曲者は咲田さきたさんだった。

 つまりケバ子さん。普段は女優ではなく作曲者として、個人的に利益をあげていたようだ。

 ホント、何処に才能があるか分からないね。


(連絡しておこうかな。あ、驚いてる)




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