第19話 一難去ってまた一難。

 俺が一生懸命覚えている台本の台詞。

 それは白石しらいしが俺のために斡旋してくれたとっても重要で貴重な仕事だった。

 マネージャーが監督から聞き出して誰が裏で動いてくれたか教えてくれた。それは嫌々ながらも優しさを振りまく銀の女神様だったのだ。

 そういう事情もあって俺は授業そっちのけで全ての台詞を頭に叩き込もうと躍起になった。


(相手役は詩織と書かれていた。なら、隣の白石が俺の相手として前に立つという事だ!)


 それなら何が何でも覚えなくてはならない。

 俺は芸歴数十年のベテランだ。子役時代は天才子役として名を馳せ、そこそこ儲けてきた。

 今は理解無き関係者のお陰で仕事こそ少ないが俺はやれば出来る俳優なのだ。それは俺のセフレ達も同じように言ってくれた言葉である。


(詩織、白石も言葉ではきつい事を言うが根は優しく俺の事を思ってくれている。あれが例のツンデレというものなのだろう。普段はキツいがデレる時はデレてくれる)


 それこそ会話の合間に思い出させられたヤツとは大違いだ。あのクソ女とは正反対だった。


(俺をゴミと貶すみやこもクソ女だ)


 この二人は素人の癖にあーだこーだと言ってきた。しまいにはオーディションに顔を出して冷やかしに来た。だから帰れと引っ張った。

 都は同じ事務所なので俺はあまり顔を出さない。都も鬱陶しいくらい言い寄ってくるしな。


(あんなクソ女だと知っていたなら家柄が良くとも付き合うべきではなかったな。今思うと後悔しかない。白石の言っていた通り黒歴史だ)


 俺の財布になるかと思ったら持ち合わせが無いとか苦笑して。結果的に俺が全額支払わなければならなくなって。あんな女が幼馴染とか最悪でしかないな。


(告白なんて真似はするべきではなかった)


 その点、白石は違う。

 クソ女に似通っているが別人だ。

 都とも顔見知りだが直前まで忘れていた。

 つまりはその程度の関係でしかない。

 その白石は表向きは嫌々ながらも、教科書を忘れた俺に自身の教科書を差し出してくれた。

 見せるフリして全て手渡してくれたのだ。


(女神様の賜り物として後生大事にするぞ!) 


 そうして俺は受け取った教科書を授業の最後まで自身の元に置いておいた。返せと言われても返さないからな。俺が貰った物なんだから。



 §



 そうして体育の授業が終わった。

 はくの初恋も同時に終わった。

 というより、英語の授業の時点で終わりかけていた、みたいだけどね。私は棟潟むなかた君に夢中だったから気づけなかったが、


栞里しおりの教科書に唾液を付けてページをめくる非常識な行為。それは彼氏彼女であったとしても忌避すべき事案よね。それで女子の半数が嫌悪を示して家嶋やじま君からのボールは何がなんでも当たらないよう逃げた)


 それは雹とて例外ではなく他の男子から当てられて外に逃げた。女子達はそれで外に逃げて最後に栞里だけが残った。直後、不愉快な言葉で私を含む女子が全員、家嶋君の敵に回った。


(最後にあの一言を吐かなければ反感を買う事も無かったのに。本当に成長していないのね)


 そして栞里が投げたボールで股間に大打撃を加えられた家嶋君は、担架に乗せられて保健室に運ばれていった。あの豪速球は男子にとっても恐ろしい球だと授業後も語り継がれている。

 先生も股間を押さえていたから相当だろう。


(投げた張本人はきょとんだったけどね。真っ直ぐ飛んでいたのに、直前で落ちるとか?)


 そんな面白可笑しい体育の後は昼休憩となったが栞里は着替え後に急いで購買に向かった。


(教科書を奪われたから、か。災難よね?)


 あれも窃盗扱いになると思うが学校側からは呼び出しが無かった。つまり譲渡と認識されたのかもしれない。譲渡した覚えの無い栞里だけが損をした事になるわね。


(というか私が欲しいわ! 栞里の私物とか)


 そんな欲望は置いといて、購買に向かった栞里は何やら美形の先輩と教室に戻ってきた。


「はい、これ」

「サンキュー」


 栞里は鞄からゼリー飲料を先輩へと手渡した。あれは収録時の間食で頂く物だと聞いていたが、今日は必要ない、ということだろう。

 すると先輩は何を思ったのか、


「ちょ、髪型が乱れるって」


 栞里の頭を思いっ切り撫でた。

 この光景はクラスメイトの誰もが目が点だ。

 一方の耀子ようこ達は拝んでいる?


「いい子いい子。また困ったら頼むな」

「たまには自分で自炊してよ!」

「善処する」

「それはしないって事じゃん!」


 栞里は何処かしら初めて見る反応を示した。


「たまには連絡をくれよ? 待ってるからな」

「はいはい。分かったから。帰った帰った」

「つれないなぁ」


 先輩は気取ったような動きを示して教室から出ていった。あれは棟潟君とは違う意味でのイケメンよね。キザなのに絵になるというか?

 というか、あの先輩の素振りを見た女子達が次々と気絶しているのは、何故なのだろう?

 栞里は教科書を鞄に片付けて弁当を取り出したのち私達の元に来た。


「乱れてない?」

「大丈夫大丈夫」

「しかしまぁ。瀬奈せなさんの可愛がりようは、いつ見ても・・・尊いよね〜」

「ならあとで耀子も撫でるよう伝えておくよ」

「うっ。それは勘弁して!」

「なんでよ?」


 あの先輩は瀬奈さんって言うのね。

 栞里とはどういった関係なのだろうか?


(彼氏? いや、フリーと聞いたから違うか)


 私は一人、弁当を食べながら会話に耳を傾ける。会話に参加してもいいが知らない人の名前が出ると参加して良いのか分からないからね。


「あの空気に耐えられるのは栞里だけでしょ」

「あとは彼女の琴子ことこくらい?」


 一応でも彼女が居るのね。

 居ないとモテまくりでしょうね。

 あきらも彼女と面識があるのね。

 というか全員?


「普通の女子にとっては媚薬そのものだし」


 媚薬・・・てるでも気絶する媚薬。

 ということはひかりはてきめんね。


「私も撮影で一緒になると予備のパンツが有って良かったって思う事が頻繁だしね」

「光の場合、胸も反応するよね〜?」

「そうそう。パンツだけでなく。なんでよ!」


 耀子の賑やかしで光がノリツッコミしたが、


「同じ傾向は栞里にもあるけどね」

「あー、あるある。極一部だけど」


 苦笑する耀子と輝の視線が私に向いた。

 何故、私を見るのだろうか?


美樹みきが栞里の体臭嗅いでトリップしたのは記憶に新しいでしょ」

「「あっ」」


 これには覚えがある。

 お陰でプールから上がったあとの水着。

 言葉で言い表せない状態だったから。

 プールの水で流したはずなのにね。

 あれは不思議だった。


「・・・」


 その直後、引き攣り気味の表情で目を泳がせた栞里の口から、耳を疑う言葉が発せられた。


「そ、そこは兄妹だからってことで」

「え? 兄妹?」

「そそ。美樹は知らなかったと思うけど」

「この場合はクラスの全員だね。金的君は?」

「アレは知ってるからいいの。あと晃、金的君ってあだ名はちょっと」

「ダメだった?」

「アリと言えば、アリ?」

「良かった!」


 有りなんだ。まぁそれで定着しそうよね。

 男子達もそう呼び出したし。いじめかって思うけど実際にそういう事があったばかりだし。


「で、名字はどっち?」

「私と一緒だよ。住まいは母と一緒だけど」

「え? 名字では無かったの?」


 てっきり、瀬奈が名字かと思った。

 ということは白石しらいし瀬奈せながフルネームなのね。驚きだわ。


「兄さんは勘違いされ易いけど、あれが名前なんだよね。長男だからって父が付けたから」

「そ、そうなんだ」

「私と容姿が似ていないように見えるけど、目元はそっくりでね。兄さんは母さん似だから」

「媚薬効果はそっくりじゃん!」

「耀子は兄さんの撫でられ刑が欲しいと」

「なんでもないです」


 それで普段は見せない反応を示したと。

 あれは兄妹だから出来る距離感なのね。


「一見すると美男美女のカップルに見えた」

「あはははは。やっぱり、見えちゃう?」

「うん。言われるまで気づけなかったし」

「いや、それで一度、追いかけられたよね?」

「そうそう。一緒に居た男性は誰ですかって」

「あれには参った。下手に言えないしね」

「大女優との関係を隠している以上はね」


 兄妹なのにカップルに見える。

 記者達にとって美味なる餌だろう。

 関係を明かすと七光り論争が出る。

 栞里もそれだけは避けたいと。

 まだデビューして三年ちょっと。

 これからが山場だろうから油断出来ないと。

 そんな兄妹の話題の最中、


「あ、連絡が来た。えっと、おぅ」


 栞里のスマホに一通の通知が入った。

 それを読み上げる栞里は困り顔になった。

 一体、何が届いたのだろうか?

 すると耀子が代表して問いかける。


「どうかしたの?」

「バレた。校内に私が居る事が遂にバレた」


 あー、隠していたのに誰かがリークしたと。


「どうやって? 校内には入れないでしょ?」

「記者を問い質したらタレコミがあったって」


 すると栞里は真剣な表情で対応に出た。


「一応、琴子にも連絡入れておくよ」

「それがいいね。犯人も捕まるでしょ」

「あ、返答きた。普通科の貧乏学生かぁ」

「相変わらずの早さよね。あの情報通」

「困った時の琴子ってね?」

「その琴子さんって何者なの?」

「「「「「商業科の生徒!」」」」」

「は?」




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