第18話 兄妹揃って媚薬だと。
体育の授業は先日のバスケットボールではなく男女混合のドッチボールだった。
「座敷童、ボール行った!」
「座敷童、言うな!」
「当たれぇ!」
「残念」
「くそぉ!」
高校生になってこの選択。
私は飛んでくるボールから逃げまわり、
「体育の先生は何が狙いなんだか?」
外野に居る
「おそらく交流的な意味合いがあるのかも」
「私がクラスからハブられていると思って?」
「良くも悪くも目立ったもんね?」
すると同じチームの
「転入当初は地味、今は派手!」
「派手って素顔なだけじゃん?」
「地味からの差が半端ないもん! 隙あり!」
「おっと、今の隙を狙う? 普通」
「今は敵対関係だよ〜」
「おっぱいに当たったぁ」
「耀子、光に私怨を投げたよね?」
「投げてないよ〜(棒)」
「「投げたよ!」」
わざわざ胸を狙うってそういう事だよ?
私も耀子に胸を狙われたし!
揺れるからって狙わなくても。
「交代交代」
「次は耀子のお尻に当てる」
「お、お手柔らかに?」
「頑張ろうね。
「うん! 絶対に当てる!」
「うっ」
なお、学内は最初と比べて静かになった。
私の客寄せパンダは一週間の寿命だったと。
私は飛び回るボールから逃げ回りつつ、ゴミの投げる勢いに右頬が引き攣った。
「死ねぇ!
「おいこら! ボールに私怨を混ぜるな!」
「イケメン、死すべし、慈悲はな〜い!」
「お前が言うな! この残念イケメンが!」
「売れっ子俳優、死すべし!」
「だから不吉な単語はやめろって!」
今は棟潟君が一人で受け取っては投げ返しているけれど。ゴミが疲れた頃合いに参戦しよ。
「女子に投げる勢いじゃないでしょ、あれ?」
「なんか、ゴミ球に怨念が乗ってる気がする」
「ゴミは頂くって言ってた子が何か言ってる」
「いや、だってさ。アレを見たら百年の恋も」
「冷めたって? というか好きだったんだ?」
「好きで悪い?」
「悪くはないよ」
悪くはないけど捨てられる未来しかない。
我が儘王子様なゴミは天才子役の名誉椅子に座ったまま傲慢を繰り返すだけのクズだから。
実は私と疎遠になった後もやらかしている。
(兄さんの彼女に声をかけて同じように利用しようとした。が、兄さんが聞くわけないよね)
妹を追い詰めておいて、何様だって伸した。
(追い詰められた記憶はないけど?)
そのうえ兄の彼女に唾を付けようとした事も激怒の原因となった。「女性の扱いに長けていて」との言葉を聞いたが、あれは箱入り娘を誘導する事だけに長けているという意味だ。
(
それは同じ学校に通う般科の同級生である。
私の大親友で転校後の情報源でもあった。
その件だけは、ついさっき聞いたけどね。
更衣室で出くわして、教室であった事を聞いてきた。なのでそれを答えて教えてもらった。
私は逃げながら様子見し、
「あと一人!」
いつの間にか私だけになっていた事を知る。
「あらら。座敷童は?」
「もう、当たった! 耀子にやられた」
「お子様同士の勝負で負けたと?」
「「お子様言うな!」」
対するゴミのチームも一人だけ。
「なにこの展開? まぁいいや」
「お前を倒して俺の物にする!」
「はぁ〜。寝言は寝て言って!」
もしかすると、教科書のあれも所有物にするとか考えた結果かもしれない。こいつは何処までいってもクズという事かぁ。失敗したぁ!
ゴミは下品な笑みを浮かべ、
「俺の豪速球を受けてみろ!」
「へろへろで大口だけは一丁前ね!」
豪速球という名のゆるゆる球を投げてきた。
頑張り過ぎてボロボロだ。これも鍛え抜かれた棟潟君とやりあった後だから仕方ないけど。
私はあっさりとボールを受け取る。
「基礎体力が落ちてない? 本当にレッスンしてるの? 言葉だけだと信じられないけど?」
「やってるわ!」
「そう。それじゃあ、終わりってことで!」
私は大きな腕の振りで体重を乗せたボールをクズのどてっ腹めがけて投げた。
「なっ! おふっ」
「や、
腹と思ったら股間に直撃して悶絶した件。
「俺、玉がヒュンとしたぞ?」
「俺も。腹を狙ったと思ったのに」
「落ちたな。フォークボールか?」
「ドッチボールでか?」
「不思議だ。投げた本人も不思議がってるが」
「きょとんとしてるわ」
「「家嶋、生きろ」」
えっと、なんで当たったんだろう?
こればかりは私も理解出来なかった。
あり得るとすれば、先の一件での怒りが乗っただけかもしれない。クズ女って言われたし。
私は苦笑しつつ突っ伏すゴミに声をかけた。
「い、生きて?」
「・・・」
「あれ、男としてじゃなく女として生きて?」
「あれは、そういう意味にも、取れそうね?」
「「栞里、恐ろしい子」」
怖がらないでよ。たまたま腹に投げたらクズの玉に当たっただけじゃん。クズの玉がクズクズになるほど、強い球は投げてないと思うし。
「たまたま当たったところが玉だったから!」
「女子の台詞ではないわね。玉とか」
「栞里、おっさんみたい」
「うっ。座敷童に毒舌吐かれた」
「座敷童じゃないよ!」
何はともあれ、ゴミは掃除されたように保健委員の担架に乗せられ、保健室に案内された。
今日の授業はほぼ出てこないね。
午後はロングホームルームだし。
「次、二回戦するぞ」
こうして、騒がしいゴミの居ないドッチボールの試合が引き続き、行われたのだった。
「ところで
「冷めたからいい」
「新しい出会いがあるといいわね」
「うん」
§
体育の授業の後、私は制服に着替え終えると真っ先に購買へと向かった。それは奪われた英語の教科書を購入するためだ。
購買の外ではパンを買う行列が出来ていた。
内部はガランとしていて数人の生徒が居た。
私は英語の教科書を棚の中から探しだす。
「一年の教科書は・・・あった」
その際に、
「「あっ」」
一人の男子生徒の右手に触れた。
私は右手から肩へと視線を顔に向けていく。
そこに居たのは眼鏡をかけた一見地味な男子だった。顔立ちから察するにイケメンだよね。
眼鏡の似合う秀才という感じがする。
短い髪を無造作ヘアで固めていて、
(ネクタイの色からして一年生かな。同じ教科書を欲するから一年生だろうけど・・・般科?)
制服を崩していないから清潔感すらするよ。
クズという例外を見たあとだから、好感が持てるというか。見ていて、つい笑顔になるね。
私は一瞬の間のあと右手を前に差し出した。
「あ、どうぞ」
というか私より前に右手を差し出していた。
「どうぞ」
「どうぞ」
「いえいえ、先にどうぞ」
「そ、そうですか?」
私は先にと言われたので、教科書を一冊手に取る。複数の在庫があるから、どうぞどうぞは不要だったかもしれないけれど。
そして笑顔で返礼した。
「では失礼して」
すると男子生徒がきょとんとしたまま、
「あ、あの?」
私の顔を見つめつつ問うてきた。
「? 何か?」
「いえ、何でもありません」
が、教科書を手に取ってレジに向かった。
そして大急ぎで財布からお金を取り出し支払っていた。へぇ〜。珍しく現金で払ってるね。
今や校内でも電子マネーが使えるのに。
「なんか、妙に初々しい感じがする」
そう、呟くと背後から声がかかる。
「それはお前が有名人だからだろ?」
私が振り返ると、そこには兄が居た。
私の兄、
「兄さん」
「珍しいな。購買に現れるなんて」
「まぁ、色々あってね?」
「色々、ね」
「事情は琴子に聞いたら分かるよ。但し、喧嘩はダメ。外に居座ってるからね?」
「分かってるよ」
兄は私の頭をポンポンと叩いて撫でる。
妹思いというかシスコンというか。
私は兄がこの場に居る理由を問う。
「ところで兄さんは?」
「昼飯だな。パンが売り切れたから、代わりになる品を物色に来たんだ」
「物色って。食べ物とかあるの?」
「無いな。代わりに可愛い妹には会ったが」
そうやって「ふっ」て、格好いい素振りしないでよね。外の女子が気絶してるじゃないの。
私は兄をぞんざいに扱いながら、
「はいはい。琴子から弁当は?」
この場に居ない彼女を例に出す。
が、いつになく辛い表情に変わった。
「まだ食えたものじゃない」
「ああ、食い物ですらないのね。相変わらず」
一応、花嫁修業はしているようだが、作る品作る品が劇物かと思う代物に化けるそうだ。
私はレジで教科書の代金を支払うと、仕方なしで兄に提案する。
「一緒に教室に来て。収録前の間食で買ってるゼリー飲料があるから」
「それは助かる」
空腹を満たすだけならそれでいい。今日の収録はドラマだけだから食べなくて済むし。
そうして私は兄と他愛ない会話を行いつつ、
「ところで母さんは元気なの?」
「まぁな。栞里が別所属だから毎日会えないって嘆いているが」
「それはまた」
一年の学生棟に着いた。
ただね、兄は良く目立つ。私も目立つが、百八十センチの高身長だから余計に目立つよね。
毎度の如くすれ違う女子が気絶するからね。
「歩く媚薬か」
「なんか言ったか?」
「なんでも」
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