第17話 隣席の極まった鈍感。
そして現代文の授業中、隣の幼馴染君は、
「あら、やだわ。ここにもゴミが」
「ぶふっ」
小声で呟きつつ台本を机の中に隠して読んでいた。そういう練習は休憩時間にやりなさいよ。それか頭でイメージして!
だからだろうか、現代文の先生が気づいて、
「うごぉ!? 痛っ!」
「そこのゴミ! 小テスト中に呟かない!」
「ぷぷっ!」
スコーンっと音をさせてチョークを彼の額に当てていた。チョークは当たった瞬間に床へと落ちたが割れることなく転がっていた。
(凄っ! ダーツみたいに直撃させてる!)
あの先生、ダーツが趣味なんじゃ?
それに微妙な力加減だよね。
(私でもこれは無理かも)
ただね、抜き打ちの小テストで不真面目を演じていれば当てられても仕方ないかな?
もう、幼馴染君よりもゴミって呼ぼうか。
「いてぇ」
「自業自得」
「うっせぇ」
「あと、声音がキモい」
そういう役柄だと知ったうえで言った。
私がそのドラマの主演で出ている事は台本に載っているから今更だけど。
「ぐっ」
「ぷっ」
私は小テストに意識を戻してダメ出しした。
「台詞に感情が乗ってない。ただ読めばいいだけでは意味がない。成りきらないと食うよ?」
「・・・」
するとポッと頬が赤くなった。
横目で見ても分かるくらい赤い。
このムッツリは何を想像したんだか?
「そこで頬を赤く染めないで。キモい」
「ぐっ」
「ぷっ」
別に性的な意味では言ってないからね。
演技で食われるって意味だから覚悟してよ。
そんな誰もが静かに受ける小テスト。
その時、私以外にも呟く女子が居た。
「ゴミを食うのは私の領分」
「ぶっ」
「粗末なゴミでも上等な素材」
「「「ぶふっ」」」
先生の前に座る座敷童が呟いたようだ。
言い回しが微妙に笑いのツボを押してくる。
なお、こちらは、
「あうち!」
丸めた教科書でパコーンっと叩かれた。
途端にあちらこちらから失笑が巻き起こる。
「いいから、黙れ」
「最後尾も叱って」
「
「はい。分かりました」
「この違い、理不尽」
「何か言った?」
「・・・」
あの子、とっても個性的だね。
そういえば見覚えがあるような。
「誰だったかな? 何度か共演したような?」
「酷い」
この時の私は複数作に出ている関係で演者の全てを覚えている訳では無かった。精々、何度が会話した共演者なら覚えているけどね。
「小さすぎて視界に入って無かったのかな?」
「もっと酷い」
「ぶふっ」
正面で肩を振るわせ笑いを堪える男子とか。
私は小テストを裏返し筆記用具を片付ける。
一先ず終わらせたので改めて周囲を見回す。
(男女比は女子が多いのね。で、男子の俳優は二人、芸人一人、タレント二人、モデル五人)
芸能科一年の総座席数は三十席まで。
五席の列が横並びで六つある。
(私の前に
その内、五つの空席がある。
誰も座った形跡が無いから退学者だと思う。
残りは女子で十五席存在するって事ね。
今日は全員出席だからフルメンバーと。
(私を含めず女優は二人。
モデルは六人、タレント五人かな。
(というか笑い過ぎでしょうに)
笑うような言動を隣が始めたからだけど。
「掃除が大変だわ〜。あら、ここにも、ゴミ」
注意されたのに、また始めたし。
チョークだけでは懲りないみたいだね。
ここまでやってダメだったらどうするつもりだろう。同じ役を得たケバ子さんですら授業を優先しているのに。学生の本分を優先してよ。
「はーい、止め! 後ろから集めて」
小テストは無事に終わり私は席を立って集めていく。ゴミも席を立ちつつ集めていく、
「それと
「なっ!」
「小テスト中にブツブツ呟けばそうなるよな」
「そ、それなら、白石さんだって」
「罰は最初に呟いた者に対してだ」
「ぐっ」
「他のツッコミ勢まで書かせたら、私の仕事が酷い事になる。お前の文字は汚いから読む身にもなってくれ」
「・・・」
罰課題を出されてしまった。
授業態度としてもダメだものね。
そこに席を立った棟潟君が訪れ肩を抱く。
「まぁ、どんまい。久しぶりの出演だから頑張っていたんだろうが、正直キモかったぞ?」
「う、うっせぇ!」
イケメンが二人。一人は残念イケメンだが。
私は教壇から席に戻りつつ、
「あー、誰かと思えば
妙に見覚えのある座敷童に気づいた。
「やっと気づいた」
「いや、存在感が無いから」
「あるよ!」
隠れ家の管理人さんの娘も女優だったね。
そこは私が実家に戻れなかった時のために借りたセーフハウスの一つである。残り二つもあるが定期的に利用して記者を撒いているのだ。
丁度、現代文の授業も終わり、そのまま次の英語の準備に取りかかるが、
「あ、教科書忘れた」
ゴミが教科書忘れで私に視線を送る。
このパターンは見せろってことかぁ。
「台本に意識を割きすぎでしょ」
「仕方ないだろ!」
「はいはい。近くにきてね」
「なんでそんな投げやりなんだよ?」
「どうせ英語の授業でもブツブツ呟くと思うと意味があるのかなって思って!」
「もう読まねぇよ!」
「どうだか」
「読まねぇよ!」
「はいはい」
「聞けよ!」
「唾が飛ぶから叫ばないでね」
「うっ。すまん」
すると棟潟君が苦笑しつつ揶揄ってきた。
「まるで夫婦漫才だな?」
「「違う!」」
おっと、タイミングが合ってしまった。
「息がピッタリじゃねーか」
「「そうでもない(よ)だろ」」
「ピッタリ過ぎてキモい」
ぐぬぬ。言わせておけば。
「何処をどう見てピッタリなんだよ?」
「それは私の台詞よ。売れ残り俳優さん」
「ぐっ」
棟潟君はゴミの問いかけに対し思案気に、
「なんて言うか、自然体で喧嘩してるから?」
私とゴミが目を丸くする答えを出した。
「共演した事はあるが、相性がいいのかね?」
私は反応に困りつつ言葉選びに窮した。
「相性はともかく付き合いが長いから」
「は? 俺は共演以外で知らないぞ?」
「そう思うのは貴方だけよ」
「どういうことだよ?」
「どういうもこういうも、全てはデビュー前の話だから、貴方に教えるつもりはないわ」
「は? デビュー前?」
それが私の原点で詩織を形作るきっかけでもあったから。ヒントを与えるのはここまでね。
「デビュー前・・・」
これは時期を察しているのかな。
色々と思い当たる節はあるよね。
比較的、近隣で見てきたんだから。
私はポーカーフェイスで様子見する。
(この表情、まだ自覚してない? あ!)
次の瞬間、ゴミの口が〈さくら〉と動いた。
(こいつ、両親の離婚前の名字で覚えて?)
私の両親が離婚したのは私がいじめられている最中だった。都心に残る残らないで喧嘩になってね。母は守る意味合いで祖父母に願った。
父は都心の豪邸から出て行きたくなかった。
(私の旧姓かぁ。転校前に変わった事は伝えているはずなのに。ホント、自分勝手が過ぎる)
私のかつての名字は
そこだけ覚えていて嫌悪の表情を浮かべた。
「有り得ない。あのクズ女と同じな訳がない。俺は聞いたんだ。全てはクズ女が悪いって」
何処までも今の私を美化したいと。
ブツブツと焦点の合わない目で呟くゴミ。
指の爪を嚙み、有り得ないを呟き続ける。
「
「うるせぇ!」
棟潟君もこの時ばかりは引いていた。
(そのクズ女、私なんだけど?)
私は途端に呆れ顔になった。
(美化したままでいいか。未練も吹っ飛んだよ。これとのファーストキスもノーカンだね)
百年の恋もこれで冷めるというものだ。
実際は数年間の未練だったけれど。
このゴミが箱入りだった私の性格諸共粉砕したのに一方的なクズ女扱い。知らないと思ったら大間違いだけど、アンタは私の家柄だけが大好きだと聞いたんだからね? 私個人ではないって。それでも何処かしらで幻想を抱いていた私も居るけど、この反応を見て無いと思った。
改めて病んだ間女の暴言を思い出すと、
(私を間女として付き合わせた、か。資産家でもあったから、財布代わりに使いたかったと)
間女も、さぞ、操り易かっただろうね。
天才子役の名誉に溺れた傲慢だから煽てればいいって。私が箱入り娘で大女優の娘だから。
それが気に入らないから利用してやれと。
(これと幼馴染だった事が一番の汚点だよ)
所詮は浪費家の母親の息子、ということか。
この分だと化ける気配が無いからケバ子さんの代役で決定だね。もう情には流されないよ。
(誰の目から見てもギルティなんだからさ)
そんな休憩時間は過ぎ去り授業が始まった。
私は無表情に変えて、英語の授業が終わるまで待った。教科書もあとで買い換えようかな。
これに触れられるのは正直気持ち悪いから。
現に、
「次は、家嶋。読んでみろ」
「はい」
平然と私の教科書を手に取り拙い発音で教科書の英文を読んでいく。今、怖気が走ったよ。
(つ、爪嚙んだ指で。ページめくりでツバを染み込ませるな! 人の教科書をなんだと)
そのうえ教科書は返ってこなかった。
自分の物と思い込んで正面に置いたから。
(もう板書だけでいいかな。昼休み購買行こ)
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