第16話 明日は我が身と思う。
そして週明けの朝。
本日の弁当を用意して、朝食を食べて寛いでいる間、先週末に行ったオーディション。
そのオーディションの結果が届いた。
(やった! 彼の代替だとしても勝ち取れた)
それも文句なしの返答だった。
役柄を理解していて、その役になりきっていたと、原作の先生からも褒めてもらえたのだ。
女優としてこれほど嬉しい返答はない。
(嬉しい! でも、これだけではダメね。まだまだ役柄を極めることが出来るはず。オーディション前の練習は少しだけだったし・・・)
あの時は
(移動時間の数分で得られるのは少しだけ)
その少しから更に深い理解をしないと濃いキャラは演じられない。それこそ薄っぺらい演技では相手役の栞里に飲まれてしまうから。
栞里はどうも感覚派らしく、スッと役が入っていたけどね。それでも役柄を正確に理解してキャラを決めるまでは時間がかかるのだとか。
(いざ相手をしてみて化け物だって思えた。だけど、あれも栞里の努力の成果なら、私だって同じ事が出来るはず。芸歴は私の方が長い)
およそ三年ちょっとの栞里に出来て、私には出来ないなんて、軽々しく口に出来ない。
(母さんが応援してくれている。父さんが無理して私立に通わせてくれている。その恩に報いるために、私が頑張らないで誰が頑張るの!)
起用通知を受け取った私は制服に着替えたのち、鞄に台本を収めて一人暮らしの家を出た。
「
「はい、おはよう。
出先でマンションの管理人と出くわした。
この管理人さんは年の頃だとアラフィフなのに同年代に見える大変不可思議な女性である。
名前は
職業は管理人兼エステティシャンだとか。
この人はクラスメイトの
この人の娘も女優で私のライバル。
それも子役時代からのライバルで、
「・・・」
「ほらほら、雹ちゃんも何か言ったら?」
「今日は顔面装甲が分厚くないのね?」
「ええ、今日から変えたわよ?」
出会うだけで口喧嘩である。
今日は珍しく遅い通学が不可解だったけど。
私は珍しい黒髪幼女と共に学校まで向かう。
「どうしたの? 今日は?」
「顔面装甲には関係ないでしょ」
「名前で呼びなさいよ」
「貴女はあだ名で十分」
全く、可愛くないわね。
まだ
耀子と同じ背丈、平面一族の黒髪幼女。
髪型はショートボブで座敷童を彷彿させる。
学校の制服も耀子と同じで特注品らしい。
「ふん。そこは相変わらず育ってないわね」
「成長期」
「は?」
「成長期だから、直ぐにバインバインになる」
「雪さんは大きいけどアンタは来世に期待?」
「せい、ちょう、き!」
耀子が愛らしい顔立ちなら、雹は無表情の冷徹な印象のある顔立ちだ。それでも女優としては感情表現が大得意で引っ張りダコである。
しかも私よりも仕事があって高校生なのに子役と張り合える特殊な演技を行う女優である。
「でも、成長したら仕事大丈夫なの?」
「大丈夫。育っても仕事はある」
「その根拠は?」
「売れていない例が隣に居るから反面教師で真似しないだけ」
「それって?」
「顔面装甲。テカテカの化粧はアクが強い」
「アンタねぇ! 今日は薄化粧よ!」
全く、本当に可愛くないわ。
(まぁアクが強いと栞里からも言われたけど)
耀子からはケバ子とか。栞里が名付けたと言われて何がなんでも薄化粧で居ようと思った。
だからお勧めされた化粧品だけに変えて今日からは印象を変えたのだ。髪色だけは予算の都合上、染め直しが利かないので追々だけど。
「ところで今日は機嫌がいいのね」
「まぁね」
「ふーん」
ふーんって。それだけ? ああ、この子にこれ以上の反応を期待するのは間違いね。
あまりに無表情過ぎて、普段から感情を理解しろという方が無理である。
すると私達の前方に、
「
「意気消沈?」
トボトボと残念イケメンが歩いていた。
あの栞里と何らかの因縁がある。
「あの様子? もしかして」
もしかして落ちたのかもしれない。
それで私が? でも代替だから?
すると雹が興味深げに質問してきた。
「何か知ってる?」
無表情だがコテンと首を傾げていた。
「ん? アレに興味があるの?」
「全然」
全然って少しだけ顔が赤いけど?
まさか、この子、残念イケメンが好きと?
「そうね。オーディションがあったとだけ」
「オーディション」
それだけで沈黙する雹。
思案気に俯いてスマホを取り出して事務所に電話した。そういえば同じ事務所だったわね。
「
「わざわざ確認しなくても」
「黙る」
「はいはい」
「ギリ、合格? うん。ありがと」
ああ、落ちてはいなかったのね。
ギリというと及第点かしら?
それは相当くるでしょうね。
私でもその返答だったら消沈するわ。
「役柄を理解出来ていなかった」
「そう言われたの?」
「らしい」
「まぁ演じ方は人それぞれだし」
「それを言ったら」
そのまま私の顔を見るのは止めてよね?
「何よ?」
「顔面装甲も大差ない」
「うっさいわね!」
売れていないって言いたいだけでしょ。
私はその際に栞里について問いかけてみる。
「ところで栞里については?」
この子も好きだったはずだから。
最初に教えてくれたのは雹だもの。
「あれは別次元」
「やっぱりそう思う?」
「化け物」
「それは酷いと思う」
「実際に演じてみて分かる」
確かにあれはヒヤッとしたわね。
顔は栞里なのに別人だったから。
「下手すると飲まれてNG出す」
「そう。肝に銘じておくわ」
「ん? 演じる予定ある?」
「ノーコメントで」
まだ表沙汰には出来ない。
あの役はシークレットの意味があるから。
最終話で出てくる続編に続く重要な役柄。
合間合間で声の出演もあるから大変だけど。
だからこそやりがいはある。
「ふーん」
「同じ事務所ではなかった事が救いだわ」
「ちっ」
「舌打ちしないで!」
撮影は家嶋君と別のスタジオで行う。
ここで代役が居ると知ると彼は荒れる。
彼はそれで一度干されかけたからね。
それが今に続く売れない真実だ。
(天才子役だったから、あの頃の空気感を延々と、追っているだけにも見えるけど・・・)
誰からもチヤホヤされるそんな空気。
天狗になって傲慢になって。
(売れている栞里も、天狗になりかける事があると言っていたよね。そんな時は耀子達が叱るから意識して天狗を追い出しているって・・・)
私達も反面教師として家嶋君を見て、その振る舞いから何からを、改める必要があるよね。
「ところで今日は学食?」
「今日は弁当を用意したわ」
「珍しい」
「節約よ。贅沢出来ないし」
「ふーん。まぁいいや。今日は私の独り占め」
「好きにしなさいな」
そういえばいつもの昼食では雹も居たわね。
小さすぎて気づかれない事が多いけど。
それこそ、
「アンタ、段々座敷童になってきてない?」
「失礼!」
「学食に現れる座敷童が有名になってるわよ」
「ぐぬぬ」
そんな噂が最近出てきている。
そこには必ずイケメンが居て、色んな意味で学食を豊かにしてくれると、拝まれている。
校内の女子生徒が大量に集まるからね。
あれも顔だけはいいから。顔だけは。
「栞里が女神様と拝まれる一方で雹は座敷童」
「解せぬ」
あれは女子を集める誘蛾灯だろうか。
雑誌記者をあしらいながら表門を通り抜けて揃って校内へと入る。
「というか、この記者って誰が目当てなの?」
「カメムシの思考回路は人間には分からない」
「ちょっと、カメムシって?」
聞こえたのか記者達が校内を覗き込んでる。
般科の生徒も居るから気づかれていないが。
「蜜柑に吸い付く害虫。美味い果汁を求める」
「それって・・・芸能人に吸い付く?」
「害虫。美味い情報を求める。一緒」
「上手い例えね。カメラを持ってるし」
「ん。だからカメムシ。悪臭をばらまく」
「ばらまくって? 確かに臭いけど?」
「臭い違う。酷い時には悪意をばらまく」
「あー、それで。なるほどね」
悪意という名の悪臭を周囲にばらまくと。
座敷童なのに上手い例えを考えるわね。
おそらく雹も何らかの件で巻き込まれたのだろう。この子もこんな形だから高校生ではないとか言われていそうだし。それは耀子も含む。
「結局、芸能記者に付き纏われるのは有名税だからと、諦めるしかないのでしょうけど」
「ほどほどでいい。目立ち過ぎ、ダメ」
「良い意味でも、悪い意味でもね」
「うん」
すると反対側から栞里が歩いてきた。
昇降口は表門・・・正門から離れているので記者達に気づかれる事はないと。あっ!
「記者の狙いは栞里?」
「多分、そうだと思う」
「あらら、栞里も大変ね」
だから裏門からマネージャーに送迎してもらっていると。裏門は専用の入場ゲートを越えないと出入りが出来ないからね。芸能記者達も不法侵入を犯してまで、調べる者は居ないと。
「売れるということ。一度、考えないとね」
「当然。私達は女優である前に未成年の学生」
芸能記者に追われる事が売れるという事か。
でも、そんな修羅道を選んだのは私自身なので、そうなったら受け入れるしかないわね。
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