第15話 それは必要な大変身。

 私が転入して一週間が過ぎた。

 それはホームルーム前の事。私は隣で唸る幼馴染君を一瞥しつつ監督からの連絡を受けた。


(あ、連絡が来たね。及第点、今後に期待か)


 あまりに難し過ぎる役柄だったので、一応起用して、撮影中にNGを連発するようなら代替を据える方向で進めていくとあった。


「くそぉ。また、及第点かよ」

「どんまい」

「ひ、人の気も知らないで」

「ここで、お祈りされないだけ、マシでしょ」

「くっ」


 私も彼が口先だけだったとは思わない。

 けれど、この世界は結果がものを言う。


「め、女神様って毒舌キャラだったのかよ」

「貴方も俳優の端くれなら、普段と仕事の演じ分けが出来るようになりなさいね。腐っても俳優なんでしょ。負けたくないなら努力なさい」

「くそっ」


 結果に文句を言う暇があるなら、さっさと動いて、役柄の特徴を掴めと言いたくなるね。


(これで崇拝が無くなれば万々歳だけどね)


 私だって最初からトントン拍子だった訳では無いし、それは大女優の母とて同じである。

 努力に努力を重ねた結果、


(今の立場も通過点でしかないと、つくづく思うよ。あの母でさえ年甲斐も無く若作りしているのは、世界を生き抜くための処世術だしね)


 更なる高みを目指そう物なら、今以上に努力が必要だと感じる今日この頃である。

 それはゴールが見えないマラソンを走っているようなものだ。何かしらでリタイアしようものなら世間から忘れ去られるリスクも生じる。

 リタイア後の復帰となると並大抵の努力では拭いきれない。リタイアに至る前の出来事が良い事ならまだいいが、悪い事なら尚のこと信頼を取り戻すに足る、起爆剤が必要なのだ。

 私はブツブツと文句を垂れる幼馴染君を見て大きな溜息を吐いた。まだ、傲慢な感情が何処かしらに見え隠れするね。天才子役なんてものは成長すればただの人、だよ。才能に胡座を掻いたまま生き残れるほど甘い世界ではないし。


(その才能を活かすも殺すも自分だって気づけないと詰むのは自分自身だからね)


 私からすれば、彼は芸歴が長いだけの、咲ききった菊の花みたいなものだと思っている。

 努力という挿し木で別の自分を見つけない限り、新たに咲くのは数年先でしかないだろう。

 それこそ咲田さきたさんのように。


「咲田さんのように自覚があるならまだいいけど、これに自覚を求めるのは、筋違いかな?」


 私がそう、正面で台本を読み込むケバ子さんを一瞥しつつ呟いた。


「じ、自覚ってなんだよ?」

「独り言よ。他意は無いわ」

「くっ」


 どうしても昔がチラついてイラッとしてしまうよね。早く未練を消し去りたいものである。


「ほらほら、さっさと動かないと、追い越されるよ? 言葉だけでなく行動で示さないと!」

「どういう意味だよ」

「若手は次々に出てくる。新陳代謝の激しい世界に居るのだから、追い越されたくないなら努力する事よ。今の努力以上の努力をね?」

「う、うっせぇ。それくらい、分かってる!」


 すると幼馴染君は大急ぎでオーディション後に貰った台本を取り出して読み始めた。


(分かっているなら、言われる前に動こうよ)


 ちなみに、ケバ子さんの恋心は私達の勘違いだと分かった。それは先週、ケバ子さんと一緒に帰った耀子ようこが聞き出したのだ。

 どうも熱視線の理由は隣ではなく私の正面に座った正統派俳優に思いを馳せていたそうだ。

 彼は先週までロケで各地を回っていて、


(意中の相手は棟潟むなかたかけるかぁ。私とも面識があるから「なんで居るの?」って初っ端から言われたよね)


 本日は久しぶりの出席となった。

 そんな彼がケバ子さんの意中であり、派手な原因も彼のようだ。とはいえ彼も女好みは隣と同じなのでケバ子さん改造計画は続行である。

 昼食時は一人になりたいからと、二人で移動している風に見えていただけだ。そのうえ学食が混むため、隣同士になることも多いという。

 そんな訳で急遽だが、彼の隣に立てる女優を目指そうと私が提案して、隣のバカのオーディションの後に強引にねじ込んだのだ。


(結果、ヤツの代替を設けるに至ったと。胸も小さいから補正下着で潰せば問題ないしね?)


 むしろケバ子さんの方が演技が上手く監督や原作者のイメージにピタッとはまったそうだ。

 それでも一応は男役なので、表向きは男性を起用した事になるが、男共が使い物にならないようなら、最終手段に出ても仕方ないと上からも許可が出たそうである。


(ま、まぁ、オカマ役だもんね。女口調の男性だから、女性が演じた方が自然なのは分かる)


 身体は男性、心は女性。

 なお、最新巻ではマジでって思える状態になったから、上の判断は間違ってなかったよね。


(そもそもの話、こいつに乙女心が理解出来るのかな? 彼女を放置して付き添いに他の女共を指名していたもんね。間女も中に居たしね)


 その間女は、私を精神的に追い詰めたいと画策した寝取り魔だったのだ。これは私がいじめられている間に聞いた、間女の壮大な願望だ。

 願望というか、既に実行済みだったけどね。


(結果的に寝取られと違うけど、今となってはコレと繋がらなくて正解だったと思えるよね)


 それでもこいつに何らかの未練があるので早く解消したいと思う私である。


(私も新しい恋がしたいよ。叶わないけど)



 §



 それは先週末の事、


「既に監督とは会った事があるだろうから詳細は省くけど、準レギュラーで出てみない?」


 私は詩織様もとい栞里しおりから提案された。それは私が死体役として出演したドラマのオーディション話だったのだ。

 昼食後、誰もいない空き教室にて聞かされたとんでもない話。それはチャンスとしては申し分なく、足がかりとしても受けたいと思った。

 だが、それは男性役だった。


「え? で、でも、それって?」

「原作を読んでいるなら分かるよね?」

「ええ、男性役では?」

「そうともいうし、そうではないともいう」


 栞里は私に近づきつつ耳打ちする。

 耳に詩織様の吐息が。飛びそうな意識をなんとか維持した私は、その内容に愕然とした。


「え? そ、それって? ネタバレじゃ?」

「読んでないなら、ごめんねって言ったよね」

「えっと、うん」


 だって、男性と思ったら、胸の薄い女性だったとか驚きでしかない。一応、配役は男性なのだけど、最初はオネエ系を探したそうだ。

 それでも見つからず男性俳優を起用した。

 だが、男のプライドを削ぐ台詞だらけで降板が相次いだという。これには監督も困惑した。

 最後の最後で栞里がクラスメイトを紹介したそうで、それが家嶋やじま君だった。


「あれも鳴かず飛ばずだから、チャンスをね」

「それで・・・お人好しと?」

「まぁヤツとは因縁があるからさ」

「因縁?」


 その言葉を吐いた時、栞里の表情に陰りが見えた。何か根深い関係があるのかもしれない。


「見える範囲で燻っていられると、気分の良いものではないしね。折角、頑張ったのに、見返せないし。どうせなら元気よくドヤりたいよ」


 ああ、やっぱり根深い関係があるようだ。

 栞里が家嶋君を見返すという事は、家嶋君が過去にやらかしたという、意味だろうから。

 それがどのような感情なのか、栞里の表情からは汲み取れないが、何かしらの思惑で動いている事だけは栞里の吐いた言葉からも読めた。


「なので、今日の夕方、時間を貸してね?」

「え、ええ。オフですから、大丈夫ですが」

「それは良かった。途中までは事務所の車で送るね。私は仕事だから一緒には行けないけど」

「そ、それでしたら、マネージャーに一言連絡を入れていいですか?」

「勿論! 入れておかないと面倒だからね」


 私は栞里からの了承が得られたのでスマホを取り出してマネージャーに連絡を入れた。

 先の死体役ではマネージャーがコネをフル動員したから勝ち取れた案件だったらしい。今度は別の意味でコネが出来て何故か喜ばれた。


「え? それって本気です? いえ、まぁそうですね。子役時代からの名前ですし」

「どうかしたの?」

「いえ、芸名を変えようって提案されて」

「ああ、昔からの愛着があったと?」

「というか本名をひらがなにしただけですが」

「そうだったんだ」


 結果的に芸名は変更する事になった。

 何でも先の回では端役なので纏めて載っているだけだった。そんな人物が大抜擢されると白い目で見る者が必ず現れると予測したらしい。

 そして急遽宣材を含めて変更が加えられた。

 子役時代から使った名は消え、


「本日からは田咲たさき美姫みきという芸名になりました」


 心機一転とでもいうような名前になった。


「ああ、本名をもじっただけなんだね」

「下手に弄ると誰か分からないそうで。私も呼ばれて反応出来なくなりますし」

「それもそうか。それなら見た目もちょっと変える?」

「見た目?」

「放課後に化粧を落として私が奇麗にしてあげるよ」

「!?」


 その日の放課後に耀子を含めた四人が現れて、栞里と共に私の知らぬメーカーの化粧品を使われたのは言うまでもない。

 そして鏡を見ると信じられなかった。


「こ、これが私?」

「美しい姫になったじゃん!」

「やっぱり芸名通りにしないとね?」

「「「分かる!」」」




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