第14話 誰でも失敗はあると。

 そうして放課後。

 私は一通の手紙を書いたのち、幼馴染君の机の上にポンッと投げた。


「手紙? 何処から?」


 その手紙は彼が余所見をしている隙に置いたので誰から送られた手紙なのか困惑気だった。

 私は帰り支度を終えたあと、幼馴染君が手紙を開く前に耀子ようこ達と合流する。


(とりあえず、内容はあれでいいかな?)


 それは彼に与えた一つのチャンスである。


(マネージャー同伴の時点で仕事の話だしね)


 但し、一発限りのオーディションだから彼が実力を発揮するか否かは、彼しか分からない。

 これで使い物になるかも判別が出来るしね。

 使えなければ二度とチャンスは訪れないが。

 すると耀子が訝しげに問いかけてきた。


「どうしたの? 何か、置いてたけど」

「ああ、ちょっとしたお仕事の話をね」

「お仕事の話?」


 私は詳しく語らずケバ子さんを見つめる。


「うん。ちょっとした空きが出来たから」

「「「「「空き?」」」」」


 ケバ子さんも今回は一緒になってきょとんだね。なので知っている者として軽く語った。

 聞かれると不味いから小声で教えたけど。


咲田さきたさんも出演していたけど、それとは別件でね。難しい役を紹介したの」

「私も出演・・・あ、あー。え? 難しい?」


 ケバ子さんは死体役だったけどね。


「あれは役柄が演者を選ぶ感じかな? 彼がその役柄を熟せるかどうかは、暇だった頃のレッスンの成果が表に出せればだけど、ね?」

「演者を選ぶ・・・あっ。敵対関係の警官?」

「正解! 原作を知っていると分かるよね」


 出演しているからこそケバ子さんも原作を読んでいるよね。読まずして思い込みで演じる事は出来ないから。初日に幼馴染君が休憩時間に読んでいた姿を見たのでイケると思ったのだ。


(私としては監督のお眼鏡に叶いそうな気もするけどね。容姿だけなら合格だね。演技力だけは未知数だけど)


 何はともあれ、手紙を読んだ幼馴染君は一瞬ピクッと反応して、真面目な顔でスマホを手に取り、マネージャーに連絡を入れていた。

 私達は教室から出て昇降口まで向かう。


「おそらくあれはリスケの連絡だろうね」

「なんというか、栞里しおりってお人好しだよね。知られたくないとか言いつつさ?」

「うんうん。陰ながら応援する的な?」

美樹みきの事もそうだけどね」

「私?」

「どんな思惑があるのか知らないけどね」

「思惑とか酷いよ。咲田さんに関しては勿体ないが先立つし。アレに関してはチャンスを用意しただけだよ。オーディションまではコネになるかもだけど勝ち取るか否かはアレ次第だし」


 今回は私が急遽ねじ込んだ空きの枠のオーディションだ。手紙には作品名と監督の名前も同時に書いているし疑う真似は出来ないでしょ。

 するとケバ子さんがしみじみと、


「売れるとそれなりに繋がりが出来るのね」


 遠い目をして廊下の天井を眺める。


「コネは濃厚な芸歴の中で培ったからね。それでも、芸歴は咲田さんよりも短いけどね?」

「そ、それを言われるとなんか複雑な気分」

「気にしない、気にしない。咲田先輩!」

「詩織様から先輩と言われて複雑な気分」

「だから、様付けはしないでね」


 ちなみに、私を嫌った監督は数名だが居た。

 監督は使い難いと言って文句を垂れていた。

 新人で名前が売れているから使ってやったとか言ってね。二度と呼ばれなくなったけど。

 その監督も不可解な引退を表明して消えた。

 一体、引退の裏で何があったのだろうね?

 こればかりは私も理解出来なかったけど。


「というか栞里の場合はお気に入りだから?」

「結構な数の監督に気に入られているよね?」

「これがCMなら代理店の担当さんも!」

「最初は枕かと思ったらしていないしね」

「する訳ないでしょ。私は未経験だよ!」


 ファーストキスだけは幼馴染君としたけど。


「結局、容姿なんかって思ったら違うし」

「容姿云々は四人に言われたくないよ?」

「「「「天然物が何か言ってる!」」」」

「天然物とか酷いよ!」


 揃ってジト目を向けなくても。


「私だって最低限の化粧はしているし!」

「ああ、だから天然物と?」

「そうそう。すっぴんの方が好まれるの」

「逆に化粧ありだと年相応にならないし」

「妖艶さが出過ぎて老けて見えるしね?」

「巨乳もあるから余計にそうなるみたい」

「巨乳云々だけはひかりに言われたくない!」

「「「分かる!」」」

「きゅ、急に裏切らないでよ!?」


 そんな騒ぎのまま昇降口から出て、


「今日はオフだった!」

「そういえば私もだ!」

「「「いいなぁ!」」」


 それぞれの仕事場に向かう私達だった。

 あきら耀子ようこだけはオフだったが、こればかりはどうしようもない。

 ケバ子さんはレッスンらしいけどね。


「私もはやく活躍したいな」

「焦る必要はないよ。焦っても良い事ないし」

「そうそう。栞里も焦って失敗したらしいし」

「え? 詩織様も?」

「デビュー前にやらかしたって」

「羞恥に塗れる大失敗だってさ」

「そ、そうなんだ」


 何やら私の黒歴史が語られている気がするけど、今は気にするだけ無駄かもね・・・うん。



 §



 差出人不明の手紙を受け取った。

 それには先日読んでいた小説の実写化の件が書かれていた。用件は急遽、俳優が降板したから代役となる役者を探しているとの事だった。

 そして今週末に学校側の貸しビルにてオーディションを開くから来てくれと書かれていた。


(監督の名から察するに本当の事みたいだな)


 これで嘘だったなら酷いイタズラだと思う。

 俺は逡巡するもスマホを取り出して当日のスケジュールをマネージャーに聞いた。そのうえで可能ならリスケして貰うよう願った。

 これには理由を問われたのでありのまま答えた。こればかりは嘘を言っても意味ないから。

 マネージャーも一瞬は疑ったが、降板話は何処かしらで聞いていたらしく、許可が下りた。

 それと、このチャンスは逃すなと言われた。


(マネージャーの口調から察するに誰が手紙を寄越したか知っているのか? クラスでドラマに出ていそうな者は、沈黙のみやこと女神様と咲田くらいか? 咲田は俺と同類だが)


 クラスの女優業は割と少ないからな。

 俳優業も俺とあと一人居るくらいだ。

 そいつも連日のロケで登校していない。

 残りは芸人とタレントとモデルだけになる。

 クラス内の比率ではモデルが多いか?

 タレントは女神様と宮瀬みやせも含む。

 ともあれ、オーディションの予定を入れたので、どんな役を演じる事になってもいいように練習を行おうと決意した俺であった。

 その瞬間、不意に、


(あれ? そういえば・・・)


 過去の出来事を思い出しそうになった。


(いや、気のせいか)


 だが、有り得ないと断じた。

 思い出したきっかけは俺一人のオーディション。付き添いでセフレに付いてきて貰った。

 当時の俺には家柄が好みの彼女が居たのだ。

 疎遠から自然消滅したが居たのは確かだ。

 彼女は〈さくら〉という名字の幼馴染だ。


(あれ? 名前はなんだっけ? まぁいいか)


 俺にオーディションを勧めてきたのは幼馴染の母で「ドラマに出てみない?」という甘い言葉だった。当時の俺はギリ子役だったため、箱入り娘には伏せてもらう条件で引き受けた。


(引き受けて、初デートを延期して、何故か現場で出会って、喧嘩になって、顔に座られて)


 そのままオーディションに間に合って。

 一応、及第点という名の合格は貰った。

 貰ったが、相手役が不合格となった。

 お陰でその話は無かった事になった。

 マジで振り回された感があるよな。


(及第点に至った原因、俺はヤツが許せなかった。大事な集中力を奪われてしまったからな)


 その後、女子達からいじめられたが、ヤツはそれだけの事をしでかしたので俺は無視した。


(結果、ヤツは田舎に引っ込み疎遠になった)


 元カノが、さくらが、あんな恥ずかしい事案を引き起こしたのだ。俺を盛大に巻き込んで。

 呼吸困難になって陸上で溺れたかと思った。


(お陰で女子の尻の感触が苦手になったよな)


 今日も女神様の生パンツを見てしまい直ぐに床へと視線をそらした。その直後、宮瀬からキャラメルクラッチをかけられてしまい、嫌悪感が先立つイヤな尻の感触が背中に残ったな。

 そのまま野郎共のサンドバッグになったのだから理不尽と思っても不思議ではないだろう。


(そもそもヤツと女神様を同一視する事が自体が間違っているよな。たまたま同じ髪と瞳の色なだけだ。それに平面と巨乳、ロングとショートの違いもある。最近まで完全に忘れていたのに急に思い出すとか。俺、疲れているのか?)


 疲れているより、憑かれているのだろう。

 元カノという怨念に。いい加減、忘れたいものだな。そうしないと前に進めないのだから。

 その後、女神様達が帰宅した事に気づいた俺は後を追った。その際に耳を疑う声が響いた。


「私もはやく活躍したいな」

「焦る必要はないよ。焦っても良い事ないし」

「そうそう。栞里も焦って失敗したらしいし」

「え? 詩織様も?」


 その声は宮瀬と水原みずはらだった。

 珍しく一緒に居るのは咲田か?


「デビュー前にやらかしたって」

「羞恥に塗れる大失敗だってさ」

「そ、そうなんだ」


 あの女神様でも大失敗した事があるのか。




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