第11話 日々の気分は逃亡者。

 昇降口を出た私は裏門に向かった。

 今回は校内で露見した事もあって表門には向かわず、マネージャーの指示があった裏門へと移動したのだ。

 私は職員駐車場にて待っていたマネージャーの車に急いで乗り込んだ。


「お待たせしました」

「では向かいましょうか」


 そうして表門前を通り抜けると、


「あー、嗅ぎつけてきてるぅ」

「裏門を選んで正解だったわね」


 私を追いかける雑誌記者達が待機していた。

 彼らは私のデビュー後から付き纏うハイエナである。付き纏うに至った原因は私が目立つようになった事と、父の悪事が関係するだろう。


「貴女の父親には困ったものね」

「私自身も本気で困ってますよ」


 一つ目は父親が金欲しさに情報提供した。

 あれは俺の娘ですって。自分を売りたいがために娘を売りに出すとは何事だって、一時期は事務所と訴訟にまで発展しかけた事もあった。


「親権は無いのに娘と宣うのは顔立ちが似ていたからでしょうけど。少しは空気を読みなさいよ。だから売れない俳優なのよ、あのクズ!」


 ちなみに、私の父は既に何回かの結婚と離婚を繰り返している。なので私の母が誰なのかは調べられてすらいないようだ。間には一般人が入っているから調べようがないみたいだけど。


「い、一応でも私の父親ですので」

「それでもよ。売れた娘に、おんぶに抱っことか、俳優としてのプライドは無いのかしら?」


 二つ目は母との関係性を追っている事だ。

 今回は母の動きを追っていた可能性もある。

 この学校に大女優が何用だって感じでね。


「これは一度、貴女の母親とも話し合う必要がありそうね。数年前に別れたとはいえ、延々と付き纏っているのだもの」

「そうですね。電話連絡は出来たようですが」

「実はお爺さんからね、今度から連絡するなら都内在住の娘へって教えられてね。中々電話に出ないから職場まで突撃しようかと思ったわ」

「そ、それは止めた方がいいですね」

「なんでよ?」


 素性を明かしてないからですとは言えない。

 祖父も母が誰かなんて示していないもんね。

 職業は芸能関係者とだけ伝えているみたいだけど、本当の仕事は伝わっていないと思う。

 関係者でも演者か裏方の違いだけだけど。


「何処かで撮影中だったら迷惑をかけますし」

「あー、それもそうね。何処の会社かしら?」

「私も何処の所属か知りませんが大手なのは確かですよ。安定的に収入が得られているので」

「ああ、ウチのような零細とは違うのかぁ。それなら簡単には時間が取れなさそうね」

「時間が変則的ですもんね」

「分かるわ。私もそうだし」


 とりあえず、話題からそらせたかな?

 母の話題が出ると色々と困るからね。

 ともあれ、収録には何とか間に合い、


「おはようございまーす」

「おはよう、詩織ちゃん」


 控室に入ったのち準備を始めた。

 マネージャーは別件で電話中だけども。

 なお、先の件で制服入りすると面倒が舞い込んだので今回からは車内で着替えた私である。


(今の時期の着替えはいいけど冬場は色々困りそうだね。中学時分と違うから追々相談かな)


 今は薄着だからそれほど困らない。

 冬場は厚着だから車内に持ち込む私服をどうにかしないといけない。シワになった洋服を着ていく訳にもいなかいしね。衣装に着替えるとはいえ、ダサい格好は出来ないからね。


(抜き打ちで私服チェックする番組もあるし)


 私のイメージが崩れる格好は出来ないね。



 §



 そして翌日。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 表門を通過して裏門の職員駐車場から入った私は一人で教室に向かう。実は表門にはまたも雑誌記者が張り込んでいたのだ。懲りないね?

 私は営業スマイルで校舎外を進み、


(有名税だから仕方ないとはいえ、ホントにウザい。粗探しして他者を不幸にして何処が楽しいのだか? 野次馬根性を出し過ぎて今以上に痛い目に遭えばいいのにね。あいつらは・・・)


 時々挨拶をしては手を振り返した。


「今、見た? 手を振って、返してくれた!」

「ま、まるで、お人形さんみたい」

「でも、いつの間に転入してきたんだろう?」

「確か、数ヶ月前は女子校に入学してたよ?」

「うん。ニュースではそう聞いているけど」


 ニュースは時事くらいで芸能は見ていないけど女子校の事まで明るみにされていたとはね。


(これが今の私の認知度か。驚きだよ・・・)


 晒した途端、気が休める場所から一変か。

 休めるのは授業中の教室だけになりそうだ。


(あ、幼馴染君から羨望の眼差しを受けるよ)


 あれはあれで疲れるので昨日と引き続き、雑な扱いを行おうと思った。

 昔を知る者だからこそ素で居ないと辛いし。

 そうして教室に着くと、


「おはよう!」

「おはよう」


 元気いっぱいの幼馴染君が居た。

 その元気、私に向けず演技に向けてよ。


「今日は気持ちの良い朝ですね」

「曇り空だよ。校門前には雑誌記者が居るし」

「うぐっ。きょ、今日の授業は楽しみですね」

「今日の授業? ああ、プール?」

「そうです、そうです」


 そういえば屋内プールがあったね。

 この学校は水泳部が有名らしく、世界大会に出るような選手達が上級生に居るのだとか。

 それもあってプールの授業は一ヶ月に数回程度、芸能科も例外は無く、他クラスとの合同では無いにせよプールの授業が行われるそうだ。

 でもね、それは叶わないんだよ。


「それは残念だね。今日の私はお休みだね」

「ふぁ?」

「私は女子、今日は休み、それで察してよ」

「あ、ああ」


 それで真っ赤になるってどうなのよ?

 なお、私の言葉を聞いた男子は総じてがっかりしていた。おいおい、そんなに楽しみって?


(競泳水着の何処がいいんだか?)


 というかプールは男女合同なんだね。

 普通なら男女は別々のはずだけど例のカリキュラムの影響かな? これは。

 私は溜息を吐きながら、がっかりする男子に一言添える事にした。これで雑誌の売れ行きが良くなるなら問題は無いだろう。


「そんなに私の水着が見たいなら、来週発売される青年誌でも買えばいいじゃない」

「「「!!」」」


 献本も数冊だけど頂いたしね。

 予告にも出ているから問題は無いだろう。

 私はそのうえで教室に入る耀子ようこの存在に気づいたので指をさしつつ教えた。


「それとも幼児体型が、お好みなら・・・」

栞里しおり! 私を指さして幼児体型とか言わないで!」

「あ、おはよう。耀子」

「だから幼児体型って言わないでって!」

「なら、可愛らしいシンデレラバストの耀子」

「言い方を変えてもダメ!」


 私達の言い合い中、幼馴染君が割って入る。


「おいおい。宮瀬みやせ、現実を見ろよ?」

「現実を見ろとか、売れ残り俳優のアンタには言われなくないよ!」


 直後、言葉の矢がグサッと胸に刺さった。


「ぐほっ」


 おや? これはクリティカルヒットかな?

 あまりの言葉に胸を押さえて床に伏した。

 私は仕方なく近くに寄って声をかける。


「大丈夫? 生きてる?」

「しくしく、死んでる」


 耀子は返答があった事で苦笑した。


「生きてるね。あと、顔はあげないでね」


 そして私の立ち位置に気づき苦言を呈した。


「え?」


 苦言を呈された彼はきょとんと顔をあげる。

 案の定、お約束をやってのけるね。


「あっ」


 彼からは私のスカートの中が丸見えだった。

 私自身、見られる事に対しては割と平気だったので、何とも思っていなかったけど。

 それに彼からは何度も見られているしね。

 幼い頃とか一緒にお風呂に入っていたし。

 最後に会った・・・あの時だけは例外だけど。

 だが、耀子は許す気配が無さそうだ。


「やーじーまーく〜ん?」

「し、死んでる」

「今更、顔を背けても、一緒だよ!」

「うっ」


 背中に座ってラクダ固めをしていたから。


「し、尻が、尻の、尻が」

「あ? なんだって?」

「ぎ、ぎぶ、ぎぶ!」

「仕方ないなぁ。次やったらへし折るよ?」

「そ、それだけは勘弁」


 勘弁と言いつつ、耀子が座った背中に右手を添えるのはなんでだろう? 普通は顎だよね?

 スカートがめくれていて直座りだったから?

 私は微笑みつつ彼に追撃を放った。


「というか耀子のお尻の感触は味わったよね」

「うっ」


 すると今度は男子達が出張ってきて、


「ほほう」

「これは肉体言語でお話が必要だな」

「ちょ、ま、待って!」

「連れて行くぞ!」

「「おう!」」

「ま、待てって!」


 教室から何処ぞへと連れ去った。

 耀子って何気に男子の人気があるよね。

 流石はクラスのマスコット。

 そうして私はこの騒ぎを聞きつけた生徒達に対し笑顔で宣伝だけしておいた。


「とっても可愛い水着の耀子が載ってる雑誌、是非買ってあげてね?」

「ここで宣伝しなくてもよくない?」

「一応、しておいた方がいいでしょ」

「それはそうだけどさ。雑誌のメインは」

ひかりよね。Fの胸」

「「「!!?」」」


 あ? 男子が驚いた。

 廊下を歩いてくる光にも気づいた。


「この騒ぎは何なの?」

「栞里だってEじゃん! 私には無い大きな果実がここに」

「何処を見てるのかな? 耀子さん?」

「羨ましいよ! 光のFもそうだけど」

「ちょ! 胸の大きさを大声で叫ばないで!」


 そんな騒ぎはホームルーム前まで続き、殴られたであろう彼は、授業に遅刻したのだった。


「解せぬ」




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