第10話 彼女は実に不可解だ。
え? え? え?
一体、何が起きたの?
私の背後、
(詩織様が・・・なんで? あそこは地味子の)
地味子の席だったはず。
(理事長と話したあと地味子から詩織様に?)
もしかしてあの子は影武者的な?
もしそれなら、役不足でしょ。
地味子が高貴な詩織様と同じ扱いは無いわ。
すると私の隣に座る、
「あらら、外したんだ。大丈夫かな?」
仕事上の関係だから別に仲が良い訳ではないと断り文句を毎回聞かされたけど。
すると今度は前に座る
「
チラ見しつつ呟いていた。
え? な、名前が栞里って?
(じゃあ、あの地味子が詩織様?)
い、一体なにが起きているの?
私が呆然とチラ見していると教科書を丸めた先生からポカッと頭を叩かれた。
「こーら、授業を聞きなさい」
「すみませんでした」
「気になるのは分かるけど、それは後」
「はい・・・」
数学だと無視されるけど現代文の先生は見逃してくれないのよね。この芸能科は文系だから仕方ないのだけど。台本から役柄の心情を読み取って演じるために必要な事でもあるから。
そんな授業中、
「栞里もこれで気兼ねなく登校が出来るかな」
背後に座る
「女子校からの転入だし、外のゴミ共と般科の連中には注意だね。最低限の変装は必須かも」
「私達のプライベートを追うマスゴミの事か」
「うん。共学への転入だしね。ある事ない事騒ぐに決まっているよ。栞里も母さんの件でも酷い目に遭っているし、あの手段は必須だった」
「ああ、仕事以外では私達が護るしかないか」
「仕事では
それは私が知り得ない詩織様の真実だった。
この四人、きっちり交友があるじゃないの!
これは後ほどでも問い詰めないと!
「栞里は
「以前書かれた時は出版社に突撃したし」
「栞里は実力で今の地位に居るのにね?」
「ホント、下衆の勘繰りは困りものだよ」
え? それ、どういう事?
り、理解が追いつかない。
(とんでもない事実を聞かされた気がする)
先生は知らぬ存ぜぬで授業を進めるが。
(というか歌織さんって、大女優よね?)
大女優の娘が詩織様?
母親と違う事務所に所属している?
親の七光りが嫌いだから、あえて?
(それってとんでもない努力の結果じゃ?)
当然、親譲りの才能もあると思う。
でも、才能に胡座を掻いているだけではトップに立てない。そんな甘い世界ではないから。
かつて才能に胡座を掻いて痛い目に遭った。
それが負担になって鳴かず飛ばずだけど。
それは同じ経験をしている家嶋君も同じ。
(それがあったから同世代でトップに立っている彼女を追うことにしたのよね。何かヒントがあるのではないかって。気づいたら本気で好きになっていたけど)
私は悶々としたまま思案した。
お陰で授業内容が頭に入ってこなかった。
板書こそ行っているが先生の言葉は耳に入らなかった。それくらいショックだったからね。
そんなこんなで現代文の授業は終わった。
「本日はここまで。それと白石さんショックが酷い者が数名居るから、白石さんは責任を持って彼らに授業内容を教えてあげるように」
「ふぁ? 先生? 私、途中からなんですが」
「途中からでいいので、よろしくね」
「え、えっと、はい。分かりました」
先生が発した〈白石さんショック〉という言葉、それを聞いた詩織様は渋々と受け入れた。
これはおそらく私とか数名のクラスメイトがショック状態になったからだと思う。
授業が聞けないほどのショックだから。
すると耀子が困り顔で、
「あらら、今日の入りは遅れるかな?」
光に対して問いかけていた。
「遅れるでしょうね。天音さんには私から連絡を入れておくよ。今日は収録があるはずだし」
「それがいいだろうね。私もお願いしよ」
「耀子は自力で勉強しなさいよ?」
「いいじゃん。栞里は教え方がうまいし」
なんだろう、この勝手知ったる仲は?
すっごい羨ましいのだけど!
§
先生からお願いされた私は数学の授業のあとに仕方なくショック状態となった者を相手に授業を開く事にした。
「掃除当番はさっさと終わらせてね」
「「えーっ!」」
「私も収録があるから早く終わらせたいの」
「「は〜い」」
掃除当番には悪いけど仕方ないのだ。
というかケバ子さんの眼差しが怖い。
それも狂信的なキラキラお目々でね。
「私、御神体ではないのだけど?」
「詩織教は
「変な宗教を作らないでよね、耀子?」
「あー、ごめん。もう一人、居たわ」
「もう一人? ああ」
「め、女神様が居る」
幼馴染君から女神様と呼ばれ怖気が走った。
(こいつもショック勢なのね。頭が痛いよ)
直後、私の存在に気づいた他科の生徒までも廊下に大量発生した。この分だと外道記者が嗅ぎつけてくるのは時間の問題か。覚悟しよう。
幸い、教室まで見に来るだけで、撮影する者は一人として居なかった。騒がしいだけでね。
「これも有名税として受け流すしかないと」
すると耀子達が、諦観の面持ちの私の隣に立って、苦笑しつつ慰めた。
「私達も一度は通った道だから我慢しよ?」
「そうそう。これが私生活になったら誰も彼もが慣れて、なんとも言わなくなるから」
「うん。これも騒がれる間だけだよ。幸い、校内での写真撮影は校則違反だし」
ああ、それで無断撮影者が居ないのね。
「各所に防犯カメラがあるって事は、写した子達は即呼び出しになるだろうしね?」
「大学受験を目指すのに、一時の気の迷いで内申書に悪く書かれたら、困るのは勝手に写した当人だけだもん」
確かに内申書を重要視する者はおかしな真似はしないよね。おかしな真似して犯罪者予備軍の扱いを受けたら最後、人生真っ逆さまだ。
「なるほどね。誰もが損をする真似は行わないと。それなら受け流すしかないかな」
一先ず、大騒ぎは放課後だけあって長引いたが、私が教壇に立って補習授業を始めると途端に静かになった。
「はい、ここ試験に出るって」
「やべぇ。そこは聞き逃してた」
「先生の声って何気に大きくて小さいから」
「試験に出る範囲だけは小声になるから」
「油断が出来ないんだよな。現代文は」
あー、あの小声ってそういうこと?
あの先生、割とお茶目なのかもしれない。
それが、お茶目で片付くのはその時以外は声が大きいからね。強弱つけて意識をそらすか。
まるで緩急をつける野球の投手みたいだね。
(ま、私も授業始めの範囲だけは耀子達に見せて貰わないとだけど)
そんなこんなで補習授業は終わり、帰り支度を始めた私であった。そして廊下へと出ると、
「うわぁ!」
「「「・・・」」」
無言で黒板に残った内容を板書している普通科の生徒達が居た。こ、こんなに、聞き逃し勢が存在したの? 大丈夫なの? この人達?
と、ともあれ、黒板を消すのは最後に残った誰かだと思うので、それを放置して仕事に向かった私であった。
§
さっきまで女神が居た。
そう、目の前に女神が居たのだ。
俺が崇める、凜とした素振りの詩織だ。
帰り支度をする時だけは俺の隣に来た。
(この横顔は、本当に詩織だったんだな)
今はせっせと鞄に教科書を詰めている。
今朝のような黒髪眼鏡ではなく、素顔を晒して隣に立っている。時折、スマホを取り出して何度も時計を眺めているのは、この後の収録に間に合うか、思案中・・・なのかもしれない。
「さよなら」
「あ、ああ」
詩織はそう言って教室を出ていく。
途中で立ち止まって声をあげて引き攣っていたが、その後は颯爽と昇降口に駆けていった。
(やべぇ。めっちゃかわいい)
この瞬間、地味子の印象が吹っ飛んだ。
ああ、そうか。
『いや〜、人は見かけによらないって今回は改めて思ったぞ。お前も惜しかったな。もう少し早く帰ってきたら・・・いや、残念だ、残念だ』
そう、言っていたのは俺と
(だから「惜しかったな」との言葉が出たと)
それならそれで教えて欲しかったが言えない何かがあったのだろう。そうとしか思えない。
「でも、何であんな擬態なんてしてたんだ?」
それだけが俺の中に残る一つの疑問だった。
芸能科だからこそ容姿に関する校則は緩い。
化粧でも問われないからな。咲田の厚化粧等は般科では校則違反だが芸能科は問われない。
精々、ピアスとか装飾品を付けてくる事くらいが校則違反となるからな。あとはカツラも。
「カツラ?」
校則違反をしなければならない事情があったのか? 呼び出されて、それが不要になった?
俺は誰も居ない隣席を眺めて首を傾げた。
「一体、彼女の身に何があったんだ?」
教室内は誰も居らず反応は無かった。
「黒板、消すか」
詩織って字も奇麗だな。
消すのが勿体ないな。
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