第9話 謎の反応に茫然自失。

 私が家嶋やじま君と学食から教室に戻ると雰囲気が変わっている事に気がついた。


「でね、ここを代入して」

「なるほど。ありがとう白石しらいしさん」

「次は私の番ね。この英文ってどう訳するの」

「これはね」


 それは地味子の周囲に人集りが出来ていたからだ。昼休憩まではギスギスとした空気だったのに、私と家嶋君が居なかった間に教室内で何があったのだろうか?


「おい、どうしたんだ?」

「ん? ああ、分からない箇所を習ってな」

「分からない箇所?」

「いや〜、人は見かけによらないって今回は改めて思ったぞ。お前も惜しかったな。もう少し早く帰ってきたら・・・いや、残念だ、残念だ」

「ご、伍朗ごろう? どういう事だよ?」


 あの家嶋君でさえ理解不能を示していた。

 クラスメイト達の手のひら返し。

 地味子と呼んでいた者達が総じて名前呼びか名字呼びに変化しているから。

 最初は耀子ようこ達、売れっ子グループの荷物持ちだと思ったのだけど様子が違うのだ。

 しまいには詩織の所属事務所に移った、


(山手さん達まで? 今朝の件から手のひらを返し過ぎでしょ? 先生が見たら驚くわよ?)


 いじめっ子達まで地味子の近くに居て、試験範囲を聞いていたのだ。


(私は夢でも見ているのかしら?)


 あの容姿至上主義だった者達の変化に右頬を抓むしかなかった。い、痛い・・・夢じゃない?

 私は地味子の背後を進み、


(え? 白よりの、銀の・・・髪?)


 足許に見覚えのない抜け毛を発見した。

 それを密かに拾いあげ、周囲を見回す。

 この教室に、この髪色の人物は居ない。

 私は自分の席に戻り拾った髪を指でしごく。


(抜け毛の割に、しっかりしてる?)


 毛髪はきっちり手入れされていて、微かに香る匂いが先日現場で匂った香水と同じだった。


(そういえば、同じ匂いが地味子からも?)


 これは一体、どういう事だろうか?

 するとその直後、


「白石さん、白石さん、今すぐ理事長室に来て頂けますか?」


 担任が大慌てで地味子を呼びにきた。

 呼ばれた地味子はきょとんと応じる。


「は? り、理事長室ですか?」

栞里しおり、何かした?」

「昼休憩の始まりに呼び出しは受けたけど?」

「でも、あれは、終わった件でしょ?」

「「「うんうん」」」

「あら? いつの間に仲直り?」

「色々ありまして」

「あー、何となく分かるかも。まぁいいわ。その事も含めてのお話だから」

「「「え?」」」

「学校長をすっ飛ばして理事長って時点で何となくお察しなんだけど?」

「うん。私もお察しな気がする」


 私は理解が出来ないけど。

 それは隣に座る家嶋君も同じ表情だった。


「お察しって、どういう意味?」

「あー、おそらく、容姿の事かも」

「容姿?」


 あの容姿に謎が隠されているの?

 地味子の背後から拾った白銀色の抜け毛。

 それから漂う現場で匂った香水の残り香。

 私の周囲の不可解な状態変化。

 雰囲気だけが軟化したと言ってもいい。

 地味子は担任と共に教室を出て行く。



 §



 教室で勉強を教えていた矢先、担任が駆け込んできて理事長が私を呼び出したという。


(私、何かやらかしたかな?)


 考えられるのはウィッグだよね。

 爺相手にはそう言ったけど、実は許可無しでの着用は思いっきり校則違反だったから。


(担任の先ほどの様子、気づいてるよね)


 教室に防犯カメラがあるって事は、そういう意味だから。ああ、転入して数日でウィッグともおさらばか。必要と思って四つも買ったのが無駄になったよ。使い道に困るよね、あれ?

 理事長室に到着した私は担任の案内で中に入る。そこに居たのは・・・ふぁ?


「あらあら。その格好はなんなの?」

「か、母さん?」


 母さんが理事長先生とお話中だった。

 私に気づいて笑顔で注意を入れたけど。

 私は咄嗟に眼鏡とウィッグを外す。

 そして母さんへと話を振るのだが、


「ああ、本当に詩織さんでしたか」


 先生が会話に割り込んだ。

 これは興味が先に出た感じだろうか。

 困惑顔になった私は読み方を訂正する。


「先生、芸名で呼ばないで下さい」

「芸名? イントネーションで変わると?」

「芸名は〈しをり〉ですからね。表記で使っている漢字だけは詩織ですけど」

「なるほど」


 私は居住まいを正して改めて問う。


「私を、お呼びとの事でしたが?」

「そうそう。所属事務所の天音あまねさんから聞いたのだけど」


 え? マネージャーから聞いた?

 ああ、保護者として連絡したのね。

 母さんが一人で訪れている時点で、保護者だよね。母さんのマネージャーが居ないから。


「校則違反のウィッグを付けていた件でね」

「あ、はい。すみませんでした」

「違うわよ。校則違反とはいえ着けざるを得ない事情を聞いたのよ。その件で芸能科所属なのに、どういう事かって問いにきたの。聞けば嘱託職員の暴走じゃない? それを見逃すのは」


 ああ、苦情を言いに来たのね。

 子育ては祖父母に任せていたけど、時々でも私を愛してくれた母として。

 理事長に突撃して責任追及は驚きだけど。


「私共も誠に申し訳ないと思っております」

「違うわ。理事長、いえ。兄さん? 姪っ子が困っているのに、その対応は何なの?」

「「は?」」


 ちょっと、待って?

 この件だけは寝耳に水なんだけど?

 伯父さんって言えば・・・あ、正月に顔を出していた人だ、この人。祖父に頭が上がらない。


「い、いやぁ、古典の教師がな。中々見つからなくて、雇おうにも」

「それなら、佐倉さくらの姉が居るでしょ。あれも古典の教員免許を持っているわよ」

「あー、でも、大丈夫なのか?」

「あれから会っていないから大丈夫よ。実質、放浪状態だから姉も会っていないでしょうし」


 なんか途中から会話について行けないよ。

 あの爺を解雇する流れだけは分かるけど。

 すると手持ち無沙汰の担任が、


「あの? 佐倉とは?」


 聞き覚えの無い名字に反応して私に問う。


「えっと、私の父が転がり込んだ伯母の家ですね。母は随分前に離婚していますから」

「そ、そうなのね。伯母の家というと?」

「帰化しているだけですね。留学して古典に触れて惚れ込んで、そのまま結婚する事もなく」

「ああ、ということはやり手、です?」

「どこかの大学の研究職だったかと」

「そ、そんな人なのね・・・」


 流石にこれは圧倒されたかな?

 伯母はやり手でも父はクズなんだけどね。

 放浪状態と母さんが言っているあたり、何処かで野垂れ死んでいても不思議ではないし。

 私もあの父に会いたいとは思えない。

 会ったら碌でもない反応を起こすから。

 その間の話し合いは、


「お久しぶりね。ええ、頼みがあるのだけど」


 母さんが電話して交渉中だった。

 それは大学よりも高給だとか。

 伯父さんは対面で胃薬を飲んでいるから、母さんが無理矢理決めたかもしれない。祖父にも頭が上がらないけど、母さんにも弱いとは。


「それなら、数日中に。ええ。ありがとう」

「決まったか」

「姪っ子のためだもの。それと新しい解釈を示せるなら是が非でもだって。古くさい爺より役に立つ授業をしてくれるそうよ」


 結果、採用面接の後に、爺の解雇通知が出される事となった。あの爺もボケが目立つらしくまともな授業が出来なくなりつつあるらしい。

 そんなの生徒にとっては地獄でしかないね。

 眼鏡とウィッグも今日から外す事になった。


「これから先は蒸れて大変な事になるもの」

「あ、ありがとう、母さん」

「気にしなくていいわ。学業も頑張ってね」

「うん。ありがとう」


 私は授業が始まっている中、担任と共に母さんを見送る。

 その際に母さんが、


「そうそう。先生にはこちらを」


 バッグから色紙を取り出していた。

 そこにあったのは母さんのサインだ。


「ふぇ? サインです・・・か?」


 崩した文字で描かれた「歌織かをり」の名がそこにあった。私の芸名は母さんの芸名を参考としたものだけどね。


「お名前はこの子のマネージャーから聞いていましたから。愛娘をよろしくお願いしますね」

「は、はい!」


 母さんは頭を下げる担任に見送られ、外で待つマネージャーと共に車に乗って校外に出た。

 母さんのマネージャーは車内待機だったと。


「白石さんのお母様って?」

「ここだけの話、大女優ですね」

「私、ファンだったから家宝にするね」

「そ、そうですね。大事にして下さい」


 私はその足で午後の授業に遅れて入った。

 理由は先生も知っていたので不問とされた。

 すると幼馴染君が問いかけてきた。


「な、何があったんだ?」

「貴方には関係の無い話」

「は?」


 それしか言えないしね。

 身内が理事長でしたなんて言える訳がない。

 親の七光りだけでなく、伯父の七光りだし。

 しまいには父方の伯母までも参戦したらね。


「ところで、現代文は何処まで?」

「じゅ、十八ページ」

「ありがと」

「え?」


 私が感謝を示すと鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。ちょっと、それは失礼過ぎない?

 ホント、この幼馴染は困った男子だよ。



 §



 き、気のせいか?

 俺の隣に詩織が居るんだが。

 しかもぶっきらぼうな態度で返答してきた。

 共演した時は女神的な反応だった。

 だが、隣の席は白石の席だったはずだ。

 そこに詩織が座る理由が分からなかった。


(あ、咲田さきたが絶句してる)


 あいつが好きなタレントが背後に居ればな。



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