第8話 空気の瓦解は一瞬だ。

 今日からは教室で昼食を取る事になった。

 それは結局のところいじめっ子対策もあったから。それでも担任に呼び出された結果、


「クスクス。問題児はっけーん」

「担任に呼び出されてやんの」

「私達だけ叱られるのは不公平よ」


 戻ってきや矢先に嘲笑の洗礼を受けた。

 私は彼女達を無視して自分の席に戻る。

 弁当と教科書類だけは鞄ごと持っていったので悪さされる事は無かったけどね。

 私が戻ると耀子ようこ達が弁当を持って近づいてきた。

 そして周囲の椅子を借用して机の前に座る。

 私はその際に昨日の件もそうだけど、


「あの三バカ女子って何してる子だっけ?」


 いじめっ子達の正体を問うてみた。

 問うた途端に呆れ顔をされたけどね。


「もしかして自己紹介を覚えてないの?」

「うん」

「それは酷な・・・あの子達にとってはだけど」

「あの子達もモデル仲間よ?」

「そうだったの?」

「現場が近いだけで被らないもんね」


 近くて被らない撮影所?


栞里しおりは所属事務所を明かしてないけど、あの子達は言っていたよ?」


 事務所名? あ、なんか聞き覚えのある名称だったような気がする。あとは事務所から直行した時に同乗していた新人達と似てるかも。

 ま、まさか? ね?


「お、同じ事務所の新人とか?」

「「「「正解」」」」

「それは顔を合わしても分からないね」

「今の栞里には言われたくないでしょ」

「うっ」


 それを言われると辛いです、耀子さん。

 私の場合、爺が原因だから仕方ないけど。


「最近だと冬服の撮影日よね。同乗してきて」

「そうそう。天音あまねさんの紹介で」

「GPの新人達なんですって」

「栞里は我関せずだったけど」

「うっ」


 ホント、広いようで狭い業界だ。

 ちなみに、GPとは〈ガジェットリープロモーション〉の略で私の所属事務所である。

 名称は小道具を英訳した物であり社長の前職こと小道具から来ていると知ったのは最近だ。


(そういえば他の事務所からの移転組だよ)


 だから、酷な話にもなると。

 同じ事務所の後輩なら特に。


(ホント、幼馴染君が絡むと碌な事がないね)


 何らかの問題が起きる時はだいたい彼が中心に居る時だし。


(嘆いたところで解決する話ではないかな)


 弁当を黙々と咀嚼する私は、クスクス笑う三バカ女子を一瞥しつつ、スマホを取り出した。

 そしてマネージャーへと連絡する。


「あ、もしもし。天音さん?」

「急に電話しだしたけど、何かするのかな?」

「するんじゃない? 火消しともいうけど」

「あー、やらかしたもんね?」

「栞里ではなくあの子達が、だけど」


 許可を得ずに勝手な事は出来ないからね。

 だけど事務所が同じなら上に丸投げしても問題無い。


「新人の子達に連絡を入れてもらえると助かるかなって。守秘義務に収まるか微妙だけど?」


 一応、収まると言われたので、連絡だけ入れて貰った。あの子達のスケジュール管理も天音さんの仕事だからね。


「え?」

「は?」

「嘘?」


 きょとんが三人。

 彼女達の視線は、電話を切った私に向いていて、眼鏡を下にずらして手だけ振った。

 瓶底眼鏡の有無で変化するって驚きだよね。


「「「!!」」」


 これで誰だか判明したでしょ。

 表沙汰にするなとの忠告付きだけど。


「あー、あえて上からかぁ」

「栞里さんもやりますなぁ」

「こういう時は大人に委ねるに限ると」

「ウチの担任は役立たずだもんね」


 叱ったあとに校内放送で呼び出しだから。

 これで爺の印象が変わるなら、ウィッグも外すけど、そうは問屋が卸さないだろうね。


「えっと」

「マズった?」

「う、うん」


 すると今度は顔面蒼白だったので、自己紹介の時に教えてもらっていた各自のアカウントを登録して個別にオフショットを贈ってあげた。

 これは登録する余裕がなかったから後回しになっていただけね。


「まさか、同じクラスに転入してくるなんて」

「これは夢? 夢よね? 夢って、言って!」

「夢ではないよ。公式のオリジナルだし」


 一応、無断転載禁止の文字付きね。

 許すから無かった事にしてねの意味もある。


「「「袖の下?」」」

「そういう言い方はやめてよ」

「口止め料の方が正しいかも」

「もう!」


 ともあれ、始まってしまっていた私のいじめはマネージャーの介入によって事なきを得た。


「そちらの三人も近くで食べよ?」

「「「は、はい」」」


 パッと出がガチだったと知ったからか雰囲気が悪くなるどころか一緒に昼食を食べる仲になった。男子達は理解不能を示していたけれど。


「険悪だったのに、この落差はなんだ?」

「地味子が何かしたのかね?」

「そうとしか思えないが・・・GPつったか」

「地味子って同じ事務所なのか?」

「あそこは詩織の・・・ん? しおり、栞里」

「栞里?」

「そんなわけ、ないよな」


 男子達は連呼しつつ首を傾げた。


「名前と事務所だけで判明しそうだけど」

「それって大丈夫なの、栞里さん?」

「バレたらバレた時でいいかなって」

「「「いいんだ」」」


 本当は良くないけど、あとでバレるより自分からバラす方がいいと、天音さんからも忠告を入れられたからね・・・先ほどの電話で。


「般科とゴミにバレなければってこと?」

「あとは美樹みきという猛信者もだね」


 あとは幼馴染君も、かな?

 当人は私の事なんて覚えていないけど。

 私は黒歴史として覚えているのにね。


(引っ張られ彼が倒れて私が顔の上に座って)


 思い出すだけでもイヤな記憶だよ。

 スカートだったからパンツで直だったし。

 あれ以来、数々のオーディションはスカートを選ばず、ズボンで向かう事にしたわけで。


「どうしたの? 家嶋やじまの席見て」

「ん? ううん。なんでもないよ」


 おっと、無意識に空席を見ていたよ。


「そう? そういえば発端も、家嶋だよね?」

「「「ギクッ」」」


 問われた私もそうだけど三人も目が泳いだ。


「そ、そういえばそうかな。ところで、その家嶋君って、いつ頃から伸び悩んでいたの?」


 なので話題を変えるため時期を問いかけた。

 子役だった事は先のいじめの時点で知っていたからね。流石に赤子から子役だった事は知らなかったけど。誰も教えてくれなかったしぃ。

 すると教えてくれたのは山手さん達だった。


「えっと、確か小三かな?」

「その頃から勢いというか雰囲気が変わって」

「動きのぎこちなさが目立っていったかも」

「ぎこちなさ?」


 小三というと・・・ああ、そうか。

 夫婦喧嘩が絶えなくて近所迷惑が酷かった時期だね。理由は祖父曰く「金銭面」だという。


「なるほど、両親の離婚、か」

「「「離婚?」」」


 それは彼の母親が贅沢三昧していた話だ。

 当時は理解出来なかったけど、彼は子供ながらに多額のギャラを得ていたから、それが原因で一家崩壊のきっかけになったと。父親が親権を持って母親を家から追い出していたらしい。

 その件で、少しだけ嫌気がさしたのかもね。

 でも、演技が好きだから離れられなかった。


(今思うと、あの時のオーディションは現場復帰するために、出ていたのかもしれない。こればかりは私の憶測でしかないけど・・・)


 恥ずかしい過去は変えられないが、黒歴史として過去を葬り去るのは、悪い気がするね。


「そのまま、この年まで、結果が出ず、か」

「どうしたの? 真剣な表情になって」

「ちょっとね。彼に何らかのきっかけでも与えられたらなって」


 確か、この先の撮影で、降板した俳優枠があった気がする。敵対関係の役柄で難しいやつ。

 可能なら監督に連絡いれてもいいかもね。

 コネになるけど、これは仕方ないし。

 すると思案気な私にてるが質問してくる。


「というか、離婚とかどういうこと?」

「ああ、小三の頃ね、彼の両親がね」

「「「え?」」」

「なんで知ってるの? そんなこと?」

「うん。幼馴染だったからね」

「「「ふぁ?」」」

「「「「マジで?」」」」

「当時は子役だった事は知らなかったけど」


 私のデビューは中一の今頃だったけどね。

 大先輩と言えば、大先輩だよね、彼も。


「彼からは忘れ去られているけどね。お隣の北欧ハーフの幼馴染のことなんて」


 彼の身に何があったのか興味は無いから知る必要はないけどね。

 直後、


「今、北欧ハーフって」

「えっと、マジで?」

「地味子、貴女・・・」


 会話に耳を傾けていたクラスメイト達が愕然としていた。ああ、そうか詩織って北欧ハーフで通っていたっけ。こういう場合行うのは?

 私は仕方なくウィッグを取って眼鏡を外す。


「てへぺろ」

「うぉー!?」

「なんですってぇ!?」

「俺の時代、キタコレ!」


 もう、バレても仕方ないしね。

 一方の耀子達は呆れ顔だけど。


「やっちまったよ」

「詩織ってば、勢いだけはあるよね」

「これが本性だと知ったかな?」

「まぁそれはいいから元に戻そうか?」

「あ、うん。ケバ子さんが来るもんね」


 私は大急ぎでウィッグを眼鏡を付ける。

 そんな惜しそうな顔でこちらを見ないで。

 このパターンだと担任にもバレてるよね。

 まぁいいか。


「ま、ようやく、仲間入りしたってことで?」

「そうね。ケバ子さんもとい美樹には絶対に示せないけど。一人親衛隊になってしまうから」

「「「あー、うん」」」

「それは家嶋もだけどね」

「うん。女神様呼びしているし」

「はい?」




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