第5話 お仕事の時間は一瞬。
一先ず初日の授業を終え、マネージャーの迎えが来て、その足で撮影所へと向かう。
「おはよう、詩織」
「おはようございます
「どうだった? 学校」
私は車内でウィッグを取り、メイク落としで薄化粧を落とす。一時的にすっぴんになるがどうせ新たにメイクされるので問題はない。
「そうですね。一応は楽しめましたね。ただ、何人かにバレましたけど」
「あー、やっぱりバレるかぁ」
「体育後の着替えでバレましたね」
「一斉に着替えるものね。まぁ男子にバレないだけまだマシね」
隣席の幼馴染ですら私の事に気づいていないしね。詩織として共演した時も昔の私が忘れられていたよね。派手と思われるくらいの髪色なのに忘れるってどうなんだろうね。
「ですので、YOKOを含めた四人だけに明かしました」
「あの子達ね。事務所は違うけど仲がいい?」
「ですね。協力者として、お願いしましたが」
「なるほど、一人で隠せる範囲は狭いものね」
残りの三人も事務所がそれぞれ異なるが仲は良い方だ。私達の雑誌の撮影だと必ずセットで呼ばれるほどに。芸名を持つのは私とYOKOだけであの三人は本名を名乗っているけどね。
そこにYOKOこと
名前に光の漢字が収まっているからね。
「まぁいいわ。あちらさんのマネージャーにも話を通しておきましょうか。今日は撮影で一緒になるし」
「よろしくお願いします」
撮影所の地下駐車場入りすると同時に、いつものパーカーを羽織ってマスクを付ける。
髪色からバレるので目深に被ってね。
「おはようございます」
「おはよう、詩織ちゃん」
「本日もよろしくお願いします」
「よろしく〜」
そのまま現場入りして控室に向かう。
そこでは既にYOKOが待っていて、
「遅いよ〜」
水着に着替えたままお茶請けを食べていた。
今日はマカロンね。誰の差し入れだろう?
「着替えが早過ぎじゃない?」
私はパーカーを脱ぎ捨てて、バッグをテーブルに置く。そのまま本日の衣装を見て回る。
「可愛い水着は私が貰った!」
「なら、私はこれかな?」
今日は黒いビキニときたか。
処理はしていたし、問題無いかな。
「お? 魅惑的な水着を選ぶと?」
「というか、サイズ的にこれしかないし」
「ちぇっ。大きいから羨ましいね」
「大きすぎるのも肩がこるけどね」
するとメイクさんが入ってきたので水着に着替えたのち、パーカーを羽織って化粧をしてもらう。
「私も肩こりたいよぉ」
「小さい胸には小さい胸の需要がありますよ」
「希少価値だって?」
「「そうそう」」
「むー。それ、極一部の変態さんじゃない?」
「「そんなことはないよ(棒)」」
「棒読みで言われてもぉ」
そのまま全員が揃うまで待ち撮影を始めた。
これはこれでいつも通りの仕事だよね。
この撮影後はそれぞれの仕事に向かうけど。
私は合間に台本を取り出して台詞を覚えようとした。その際に見覚えのある名に気づいた。
(あれ? この子・・・)
気のせいかと思ったけど、ケバ子さんの名前があったのだ。死体役なので台詞は無いが。
ケバ子さんも本名で活動しているのね。
(あの肌荒れ、もしかすると役作りだったのかな? もしそれなら、悪い事をしたかも?)
可能ならお詫びを入れたいが、正体を明かす必要があるので、クランクアップまで我慢しようと思った私であった。一回限りのちょい役でも打ち上げには顔を出すはずだしね。
そうして水着撮影の後は別の現場に向かう。
私は制服を着たままで控室に入り、
「は、はじめまししぇ。
ケバ子さんと遭遇した。
おっと、カミカミだね。
というか制服に気づいてきょとんだよ。
「お、同じ学校?」
そう、呟いているし。
この分だと、先輩か何かと勘違いしそうだよね。制服で入らず着替えてくれば良かったよ。
ただね、リボン色から同学年だとバレたんだよね。学科に関わらず色は学年で同じだけど。
「い、一年生? まさか、他の科に?」
「それはいいから、よろしくね、咲田さん」
「あ、はい。よろしくお願いしましゅ!」
大丈夫かな? 興奮したまま嚙んでるし。
しばらくするとメイクさんが入ってきて、彼女の荒れた肌を見て呆れ顔になった。
「はぁ〜」
大きな溜息を吐いたのち、何らかの処置を始めてしまった。役作りと思ったけど違った?
「こんなになるまで放置して。プロとしての自覚はあるの?」
「え?」
「肌が荒れていたらメイク出来ないじゃない」
「・・・」
しかも説教付きだった。
やはりプロとしては無自覚だったのかぁ。
一回きりとはいえ、テレビに顔出しするのだから肌の状態を維持するのは必要な事だよね。
自己紹介では個人の劇団所属とあったから考え方から何からを変えないといけないけど。
「完了っと。呼び出すまで触れないようにね」
「は、はい。ありがとうございました」
メイクさんはそのまま私の化粧を行う。
といっても簡単に済むけどね。
私の場合、素顔の方がいいと監督からも言われているから。それこそ学校と同じでナチュラルメイクで終了である。
「今日も奇麗に済んだわね」
「ありがとうございます」
メイク後は呼び出されるまで待機だ。
控室では沈黙が続くが、私は台本を読みつつ頭の中で台詞を練習する。私の場合、イメージすれば、その通りに演じる事が出来るから。
これは母譲りの才能でもあるのだろう。
その分、キャラ決めで悩む事が多いけど。
(今回の役は高飛車だから、ケバ子さんがイメージに近いかもね。少し、ケバ子さん寄りで)
少しアドリブが入るけど許されると思う。
イメージに近づけるなら手っ取り早いし。
そうして呼び出された私は控室を出た。
「が、頑張って下さい」
「言われるまでもないわ」
「え?」
ああ、既にキャラが入っていたね。
ごめんね、私って感覚派だから。
§
今回、マネージャーが苦心努力して私の仕事を獲ってきてくれた。それは私の大好きなマルチタレントこと詩織との共演である。
といっても私は死体役なので台詞はない。
台詞は無いが共演には変わりないのだ。
その証拠に控室が同じだった。
(ここで待っていたら、ようやく会えるのね)
本当なら別々のはずが予算の都合上、そうなったらしい。低予算の現場だから仕方ないと。
そんな現場に売れっ子の詩織を配役に加えるというのは相当な交渉があったに違いない。
しばらくすると、詩織が現場入りしたとの連絡を受けた。私は待ち時間が長く感じられた。
そして扉が開くと同時に挨拶したのだけど、
(嚙んだ、嚙んじゃった!?)
思いっきり嚙んでしまい、恥ずかしかった。
だが、その恥ずかしさも、詩織の格好で吹っ飛んだ。
「お、同じ学校?」
なんと、制服に見覚えがあるのだ。
紺の指定セーターを着ていたから。
私は着ていないが、それは何人かの巨乳持ちが着ている事の多いセーターだった。
(そういえば、地味子も着ていたような?)
実際に巨乳だったし。
そのうえリボンから同学年だと分かった。
「い、一年生? まさか、他の科に?」
「それはいいから、よろしくね、咲田さん」
「あ、はい。よろしくお願いしましゅ!」
言葉を濁されたが、こう言われたら仕方ない。芸歴では私が長くとも、売れ行きでは彼女が上だから。当初は一体何処に埋もれていた才能なのだろうかと、疑問に思ったほどである。
私としても参考にしたい女優であり尊敬に足る人物だったから。人柄も良く、人気がある。
それはともかく、メイクさんが入ってからは凄い気落ちした。私の肌が荒れていてプロではないと言われたも同然だったから。
対する詩織はノーメイクかというほどのナチュラルメイクで終わった。あれは普段から肌を労っているから出来ることなのかもしれない。
そこから先は沈黙が続いた。待機時間は私の方が長いが、更に長く感じたように思う。
しばらくすると詩織が呼び出された。
私は咄嗟に声をかける。
「が、頑張って下さい」
しかし、反応は素っ気ないものだった。
「言われるまでもないわ」
「え?」
それは普段の私を見ているような、鏡に映った姿に見えた。彼女もこんな冷ややかな声音が出せたの? それともプロとしての自覚が?
詩織の後ろ姿は妙に凜々しくて、私は呼び出されるまでの間、終始呆然とした。
§
撮影終了! といっても本日の撮影だけど。
私が控室に帰ると彼女は居なかった。
あの一回きりだから帰ったみたいだね。
私は衣装を脱ぎつつ制服に着替える。
その際に彼女からの礼の手紙が入っていた。
「ん? 手紙? あー、嬉しかった、か」
女子高生ならではの回し読みの手紙だけど。
スカートのポケットに収まっていたよね。
流石に鞄の中は覗かれていないと思う。
眼鏡とウィッグが入っているからね。
(まぁ、良い経験になったならいいかぁ)
芸歴で言えば彼女の方が長いけどね。
私はパッと出のタレントでしかないし。
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