第4話 初日は実に賑やかだ。

 私は幼馴染の彼ではなく仕事仲間の四人に校内案内をしてもらった。弁当を早々に食べ終えてキラキラした仲間の中で地味子を演じつつ。


「ウチの学食はそれなりに美味しいけどね」

「お財布事情で余裕が無いと辛い場所だよね」

「そうそう。それにボリュームがあるからさ」

「体型維持がめっちゃ難しいんだよね。ここで食べる子はお金に余裕があるか」

「体型を気にしなくていい子、くらいだよね」

「そうなると、ケバ子さんは?」

「ここだけの話、体型を気にしなくていい子」

「「「ケバ子さん?」」」


 ああ、あだ名で呼んでしまったよ。

 私は耀子ようこを一瞥しつつ苦笑してしまった。唯一、私が名付けたあだ名の正体を知るのは耀子だけだったから。

 耀子は視線を泳がせながら、食堂で大量のご飯を食べるケバ子さんを見つめる。


「えっと・・・た、食べても、肥らない体質の」

「「あー、そういうことかぁ」」

「納得かも。詩織が好きすぎてCMに流れた品物を買い集める困ったちゃんだし」

「ふぁ?」


 私が出演しているCMって相当数あるけど?

 それを全部集めるって正直引くんだけど。


「精々、集めるとしても一点や二点だよね?」

「えっと、どうだったかな?」

「確か、詩織がCMデビューして?」

「最初に出た清涼飲料水を箱買いしていたね」

「そうそう。一人で飲めないからって事務所の人達にも配っていたよね。当時は私と同じ事務所だったから」

「そ、そうなんだね。熱烈なファン一号って事でいいのかな?」

「「「「それで合ってると思う」」」」

「おぅ」


 地方局のCM、その品物まで集めていると考えると、顔が引き攣っても仕方ないと思う。


「その流れだと車の免許取ったら?」

「同じ車も買うんじゃない?」

「同じグレードを調べて」

「「絶対買うと思うよ」」


 そこまでくると狂気すら感じるね。


「い、一応でも女優だよね?」

「一応?」

「一応かな」

「一応だね」

「一応で合ってると思う」


 それって芸能人としてどうなの?

 私は引き攣りつつも改めて四人に問う。


「じ、自分の名前を売る気はないの?」

「どうだっけ? 意欲はあるけど空回り?」

「技術もあるけど、本番に弱いかな?」

「撮影で一緒になるけど写真だけなら」

「ギリギリ耐えられるかな?」

「そんなになんだ」


 まぁ芸風は人それぞれだもんね。

 それを言うと女優というより芸人だけど。


(ただまぁ、私のように才能に胡座を掻く人物ではないって事だけは分かるかも。私もそれなりに努力はしてきたけど、大半は遺伝的な物が作用していそうだし。容姿は父に感覚は母に)


 技術があるなら弱点を克服すれば化けるってことでもあるから。今が足踏みなら尚のこと。

 とはいえ今はあのケバさをどうにかだよね。


「なんか勿体ないね」

「「「「勿体ないって?」」」」

「容姿がだよ。結構奇麗な部類だよ」

「あー、すっぴんはそうかもね」

「でも、あれは鎧みたいな物だって言ってたから剥がすのは無理だと思うよ」

「鎧?」

「女優の鎧かな」

「それが無いと耐えられないっていうか」


 鎧かぁ。だからガチガチに顔面を塗り固めて素顔を隠すと。でも、それってアクが強いってことでもあるから得られる役は少なそうだね。


「役柄事に化粧を変えればいいのに」

「「「「・・・」」」」

「どうしたの?」


 というタイミングでケバ子さんが、


「地味子さんが化粧の話ですか?」


 私の呟きに乗ってきた。

 いつのまに私の背後に?

 四人は気づいてそっぽを向いていたから何かと思えば、気になって話しかけてきたのね。


「いや、私でも化粧は気になりますし」

「そんな地味な形で、何処をどう塗りたくれば奇麗になるのやら? 教えて頂けますか?」


 これって挑発してる?

 乗るべきか乗らざるべきか。

 なので私は意を決し、笑顔のまま宣った。


「教える前に肌荒れを治す方が先では?」

「「「「!?」」」」

「なっ!」


 実はすっぴん時に見たんだよね。

 肌が荒れてて化粧のノリが悪かったから。


「肌を休ませる事も大切な事だと思いますよ」

「じ、地味な貴女に言われるまでもないわ!」

「そうですか、自覚があるなら構いませんが」

「ふん!」


 ケバ子さんは機嫌が悪くなったのかそのまま返却口に食器を返して去っていった。

 この場に残る四人は呆然となっている。


「あれ? 私、ミスった?」

「い、いやぁ?」

「肌荒れ、あったの?」

「全然、気づかなかった」

「そういえば今日はいつにも増して」

「厚化粧だった、かな?」


 ああ、ケバ子さんの顔を見慣れていたから気づけなかっただけなのね。

 このまま昔みたいないじめにならない事を願いたいが、こればかりは自分で蒔いた種なので芽吹いた時にはバラして対応するしかないね。

 いじめを行う余裕は芸能科の生徒にはなさそうな気もするけれど。特に狭い業界だから巡り巡って自分の身に降りかかるし。

 案内は時間いっぱいまで続き、


「大体、ここら辺までかな?」

「それ以上だと上級生の棟だけだし」

「私達の場合は部室棟も行く必要が無いし」

「うんうん。普通科の面倒な先輩も居るしね」


 学生棟へと戻る。

 その際に不可解な単語が聞こえたのでオウム返しした私である。


「面倒な先輩?」

「ええ、演劇部の部長でね」

「私達は部活禁止だから関わる事はないけど」

「妙に敵視しているっていうか」

「俳優業の生徒を見つけると勝負を挑むんだよね。顔出ししている子だと大体、挑まれるね」


 おぅ、それは面倒な先輩だね。

 ここで挑むというと演技力かな?

 演技力だよね。それしか無いし。


「それって何年生?」

「今年の部長だから三年生かな」

「文化祭時期になると良く顔を出すらしいよ」

「ウチの文化祭だと夏期休暇明けかな?」

「その頃は俳優業の生徒が仕事を大量に入れるって聞くね。演劇部の伝統みたいな物もあるから歴代の先輩方も同じだったみたい」

「それはまた。帰ったらマネージャーに聞いてみようかな。あれなら入れてもらって?」

「「「あー、一応女優だったね」」」


 一応っていうかマルチタレントだから。


「そういえば、今期は主演だっけ?」

「そうなんだよね。一クールだけど」


 という会話をしながら教室に入ると、何故かクラスメイト達がきょとんと私を見つめた。


「今、主演って聞こえなかったか」

「あの地味顔で主演? 監督大丈夫か?」

「意外と腕のいい監督なんじゃ」

「そこはメイク次第でしょ?」


 ああ、驚いた理由ってそっち?

 しかも、売れっ子勢に紛れているから、


「あの四人組に地味子って意外ね」

「それか鞄持ちじゃねーの?」


 変な誤解を与えてしまった。

 立場上は同じなんだけど、これは仕方ない。

 私が平穏な学校生活を望んだ結果だから。


「そんな伍朗ごろうは女子のおっぱいを持ちたいだけだろ? こう下から持ち上げるように」

「そうそう! いつかは持ちたいよな〜」


 そこの変態共、会話が嚙み合ってないよ。

 この伍朗という男子は枕男優にでもなるつもりではないだろうか。それか、そういう仕事?


「どうせ持つなら詩織の胸がいいよな!」

「ぶっ」


 止めて! アンタだけは断固拒否よ!

 いや、男子でもこのクラスはごめんだわ。

 私は危うく枕男優を叩きそうになったよ。

 私より先に動いたのはケバ子さんだけど。


「ちょっと、そこの枕男優! 私の詩織様を穢すんじゃないわよ!?」

「枕男優とか言うな! 俺は歴とした芸人だぞ!」

「売れないピン芸人が堂々とするな!」

「売れないのはお前も同じだろうが!」


 争いは同レベルでしか起きないと聞くが、この争いはそれを体現しているような気がした。


「これって目くそ鼻くそ?」

「この場合、どっちが鼻くそ?」

「ひと目見て、伍朗じゃない?」

「なら美樹みきが目くそかぁ」

「というか誰か仲裁しないの?」

「ほっとけば勝手に終わるよ」


 ほっとけばって、どちらも罵詈雑言が続いてとんでもない事になっているけど。これって先に息切れした方が負けってことなのかもね?


「貧乳かと思えば美乳だしよ」

「バカと思ったら頭が良いし」


 あらら、罵詈雑言のネタが尽きて褒め合っているし。この二人、何気に仲が良いのかもね。

 芸人君の顔立ちは不細工ではないけど格好良くもないから好みが別れそうだよね。初っ端の変態発言がなければ私でも仲良くしたかもね。

 この業界、誰がいつ消えるか分からないだけに、高校時代の関係は維持したいと思うし。

 昔、母さんも『芸能界以外の親友も持っておいた方がいいわよ』と言っていたからね。

 この場合は芸能界の友達になるけど。

 昼休憩が終わるとロングホームルームとなった。その時間は想定通り、自己紹介が行われ、


「最後に質問タイムね。白石しらいしさんに聞きたい事がある人は、一人一問までね」


 何故か私が質問攻めに遭う事になった。

 それでも聞く必要が無いと思う子が多く顔見知りの四人以外は手をあげる者は居なかった。


「ご趣味は?」

「人物鑑賞ですかね」

「芸歴は?」

「今年で三年目ですね。濃密な時間を過ごしているので、年数以上の経験はありますが」

「普段のお仕事は?」

「雑誌撮影と女優業でしょうか?」

「芸能界入りのきっかけは?」

「母の推薦ですね。母も芸能関係者ですから」




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