第3話 姦しい新生活の予感。
初日の授業は数学から始まり、現代文、英語、体育とロングホームルームだった。授業内容はまだ分かるけど前からの熱視線が凄いね。
(授業くらい真面目に受けようよ。自己紹介すらされていないから、名前は分からないけど)
先生もいつもの事として流しているようだ。
数式を話ながら叱ろうともしていないから。
(あの子、公立だったら一発退場だね)
正直目障りなので前を向いてほしいと思う。
(ケバい化粧とド派手な髪色だから、ケバ子さんと呼ぼうかな)
自己紹介が無かったので、今はあだ名を付けるしかない。おそらく自己紹介はロングホームルームで行う事になるのだろう。始業前は遠目にひそひそと会話する者が多かったけど、あちらも私の事を知りたがっているように思えた。
見知った顔もあったが、あくまで表で関わっている友達なので今の顔では初見でしかない。
(仮にバレたら協力を仰ごうかな?)
この生活に慣れるには、それ相応に苦労するだろうけど、慣れない現場に入って演じる事と大差ないので、いつも通り演じるだけである。
「あー、この式は・・・白石、解いてみろ」
「はい。分かりました」
初っ端から当てられたが、こればかりは仕方ない。私は席を立ちつつ黒板に向かう。
そして言われた通りに式を解いて、
「ふむ。正解だ。戻っていいぞ」
先生の納得のいく結果を出したので席に戻った。女子達からの視線が凄い痛いけどね。
地味なのに頭も良いのって聞こえたりした。
なお、男子達の視線だけはいつものことなので流しているだけである。よほどの気持ち悪い視線以外は、完全無視を決め込んでいるのだ。
(胸の視線は十人、お尻は五人、残りは顔か)
昔は苦手だったが、現場で揉まれたお陰で今では有象無象として受け流す事が出来るのだ。
胸の視線も時々感じる事があるけれど、そんなものかと流している。それでご飯を頂いているも同然で、私にとって今更でしかないのだ。
「すげえな。一発かよ」
「それはどうも」
一応、問われたので返しはする。
あまり無視すると面倒が舞い込むからね。
そんな授業は淡々と進み、
「更衣室まで案内してやるよ」
「ありがとう」
体育前に幼馴染の案内で更衣室に移動した。
校内はパッと見で広く、一日では回りきれない規模だった。
更衣室に着くと女子達が着替え中だった。
「お邪魔します」
一応、何番のロッカーを使うようにと教えられているので、そこに体操着を収めて着替えを始める。その際に、
「うそ!?」
「何あの、胸?」
「着痩せってレベルじゃないわよ」
「胸のほくろ、見覚えがあるような」
「何処で見たかな?」
「覚えがあるのが不思議よね」
半裸だけは見られてしまった。
女子しかいないから幸いだけど。
私はウィッグが外れないよう注意しながら黙々と着替えた。制服をハンガーにかけて呆然と佇むクラスメイトを見る。
「あ、着替えなきゃ」
「遅刻したら怒られる」
この学校は授業態度にどうこう言う教師はいないけど出欠確認だけは厳しいようだ。
私は着替え終えた女子と体育館へ向かう。
(ふーん、男子も同じく体育館と)
内容は聞かされていないから、その場しのぎで取り組むしかない。あとは裏方に徹しよう。
そうして本日の体育はバスケットボールだった。苦手ではないが目立ちたくないので端に寄って待機した私であった。
ただね、いじめではないにせよ、ノーマークの私にボールが飛んできたら受け取るよね?
受け取った以上はゴールに投げるよね?
「「「はぁ!?」」」
「は、端っこから入れる、普通?」
「完全にゴールの真横に居たぞ?」
「死角からのシュートで入るって何者?」
何者って受け取ったから入れただけだよ。
当然、攻撃には参加するけど、それ以外はノータッチだ。体格面では私が優れていてもあまり目立ちたくないからね。ウィッグも汗で蒸れて最悪酷い事になってしまうし。
(更衣室にシャワーがあったから流して乾かしてからあがらないと。こういう時、ショートウルフだった事が幸いしたよね?)
そんなこんなで体育の授業は無事に終わり、シャワーを浴びて乾かしてウィッグを付けた。
どうも初っ端からバレたっぽい?
それは隣で着替えていた子と目が合い、
「あー!?」
はみ出る地毛が見つかったんだよね。
今回は眼鏡も外していたから、さあ大変。
私は咄嗟に彼女の口を塞いで叱りつける。
「あぐぅ」
「騒いだらダメ」
「ふんふん」
「どうしたの?
口を押さえた手を外し、どうしたものかと考える。その子は私が知っている子だった。
「なんでもないよ。
隣の子。芸名で言えばYOKOだが、この場では本名の
「な、なんで?」
「諸般の事情」
「そのヅラは?」
「普通科の爺の所為」
「あー」
それで納得するんだね。
あの爺は相当な曲者らしい。
どうも私が無試験かつ面接だけだから気になって面接官に名乗りをあげたようだ。そうしたら不良かと思う外見で、染めるよう願ったと。
ウィッグをきっちりはめて制服を着る。
「耀子も対面したら分かるよ」
「それは・・・イヤだね。染めろって言うもん」
「でしょ? 面と向かって言ったからね」
「じゃ、じゃあ、このまま伏せるの?」
「爺がくたばったなら素で通うと思う」
「というか
「あの子?」
「私の前でリップを塗っていた」
「あー、ケバ子さん?」
「ぷっ」
これは笑いのツボにはまったかな?
実際にすっぴんの方がいいのにパタパタと化粧をしているしね。私の方はそれ相応の化粧品でカバーしているから化粧は不要だけど。
汗では流れない優れものってやつだね。
「ま、まぁ、そのケバ子さんが大ファンでさ」
「それは嬉しいやら悲しいやら」
「この業界は広いようで狭い業界だからいつかはバレると思うけど」
バレた時がウザい事になりそうだね、それ。
ファンだと聞いて嬉しいけど度を越すとね。
(幸い、見知った耀子にバレたからいいか)
あとは他の子にも晒して協力してもらおうかな? 一人で隠すのはそれなりに大変だから。
「バレた時は、そうだね。協力してね」
「協力?」
「同じく売れっ子の耀子と他数名で護ってよ」
「それって地味子で過ごすために?」
「悪目立ちしないために。流石に眼鏡は外してもいいけど、地毛だけはね」
「なるほど。校内が大騒ぎになるもんね」
「そういうこと」
ということで得てして協力者が得られたので昼休みは耀子達と昼食を取って案内して貰おうと思った私である。幼馴染君には悪いけど同性しか入れない場所もあるからね。
§
昼食時、空き教室に移動した私は耀子からの紹介で顔見知りを数人集めてもらった。幸い全員が自炊組で、弁当持参だったため助かった。
「え? 地味子?」
「耀子、なんの冗談なの?」
「冗談ではないよ」
「地味子が私達に用があるの?」
「あると言えばあるかな?」
私は周囲を確認して眼鏡を取りウィッグも外して示した。顔見知り達は段階的に愕然となった。
「この姿だと、数日ぶり?」
「ま、待って? 地味子って」
「なんで、そんな事に、なっているの?」
「け、今朝の自分を殴りたい!」
その中にはケバ子さんは居らず本当に顔見知りだけだった。耀子曰く「意中の彼と昼食中」との事である。意中というとアレかな?
「私が殴ろうか? お腹」
「耀子やめて! 撮影に影響するから!?」
顔を殴るわけにはいかないから腹パンを選択したのだろうけど、それもダメだと思う。
お腹に殴り痕が残ると大変だからね。
私は転入前にあった出来事を改めて語る。
「あー、それは災難だ」
「頭がいいのも困りものよね」
「あらら目を付けられたも同然じゃん」
「清く正しい芸能人は滅多に居ないのにね」
案の定、爺に対して誰もが辟易していた。
定年はとうに過ぎているにもかかわらず、嘱託として居座っているから始末が悪いそうだ。
あれは古典の教師だそうだから、新しく雇い入れる手間が学校の事情としてあるのだろう。
「私もいつかはバラそうとは思うけど転入初日でいきなりはね。顔見知りだから晒したけど」
「私達だから出来る事でもあるよね」
「「うんうん」」
「というかバレたら狙われるよね。ゴミに」
「ゴミに狙われるね」
「有名税だから仕方ないけど」
「そこは学校の対応に期待かな」
それしかないしね。
ちなみに、この子達は私のプライベートでもカラオケとかプールにも遊びに行く仲である。
一応、私との面識があることはケバ子さんには伏せているらしい。紹介してと騒ぐからね。
「そういえば水着の撮影だっけ、今日」
「そうそう。時期的には少し遅いけど、本来の面子が揃わなかったからって聞いたよ」
「五人での撮影とか久しぶりじゃない?」
「そういえばそうだね」
「可愛い水着があるといいなぁ」
昼食時だけはウィッグを外していたが食後は今朝と同じ格好にした私だった。
「「「化けすぎでしょ?」」」
「本当にそう思う」
「褒められてる気がしない」
「「「「褒めてない褒めてない」」」」
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