第2話 容姿が爺で確定した。
ある日、私はマネージャーから叱られた。
「
「すみませんでした。人身事故で電車が止まってしまって、スマホもバッテリーが切れて」
「謝罪はいいけど、言い訳しない」
「はい」
それは大事な収録日だというのに、度重なる不運に見舞われてしまい、リスケするはめになった収録についての説教である。
「これは今一度、交渉してみないとね。毎回これだと先方から呆れられてしまうから」
「交渉ですか?」
「貴女も高校生になったしそろそろ手放してもらわないとね。自活しているのだから義務教育時のように過保護になるのは困りものだもの」
「大丈夫でしょうか?」
「こればかりはお爺さんの頑固が軟化している事を望むわね」
私の住んでいる地元は都心ではなく田舎であり、実家から通う事が条件で芸能活動を行う許可を祖父母から得ていたのだ。
「幸い、利用者が少ないとの理由で廃線になるとニュースにあったし」
「え? 廃線になるんですか!?」
「ええ、一人しか居ないなら維持費がね」
「ああ、その一人って私ですか」
「そうともいう」
それがどういう訳か、あの人との収録が重なると、毎度毎度不運に見舞われてしまうのだ。
(この不運、中一の黒歴史が原因だよね?)
その黒歴史とは初めてのオーディションがあった日で、あの人が審査員で出ていたのだ。
このあの人とは仕事一辺倒で私の面倒を祖父母に預けていた、大変尊敬出来る実の母だ。
しかも女優として大御所で、穀潰しの父とは離婚しているが、私の親権は母が持っていた。
なので時々再会しては『栞里もドラマに出てみない?』と何度も聞かされていた私だった。
とはいえ大女優の娘だと指さされる事を良しとしなかった私は努力して演技を身につけた。
当日は頑張って参加して・・・、
(緊張しすぎてトイレに駆け込む際に)
何故か、その場に居た幼馴染に出くわして、引っ張られて、共に倒れて、彼の顔に座った。
(お陰でオーディションは大遅刻して失格)
幼馴染と仲が良かったクラスメイトの女子達からも、いじめられるまでになった。幼馴染とはそこから疎遠になり最後まで会わなかった。
(幼馴染も私の事を黒歴史にしたし)
その日から祖父母は過保護になり、都心に住んでいたのに田舎に引っ込んだり、所属活動を止めるよう何度も説得してきたりした。
それでも私はオーディションの参加を止めなかった。平日は学校があるので難しかったが休日は都心に出てきて読者モデルの仕事を行ったりした。私の容姿だけは父譲りの外見だったから、それなりに人気は出ていると思う。売れない俳優だった父のようにはなりたくないしね。
「まぁいいわ。交渉は私の仕事だから余計な事は言わないようにね」
「分かりました」
そんな黒歴史は母が関わる何かがあると必ずと言っていいほど邪魔が入るのだ。それこそ父の怨念か何かかと、思わざるを得ないほどに。
「それと雑誌撮影だけはいつも通り行うから準備だけしてね」
「はい、分かりました」
ともあれ、遅刻して叱られたものの、私の忙しない日々は一瞬で過ぎていくのであった。
§
そんなある日の事、
「無事に許可が下りたわよ」
マネージャーが祖父母から勝利を勝ち取ったと私に教えてくれたのだ。
この日の私は台本を読みながらだったのであまりの事に台詞が全て飛んでいったね。
「ホントですか!?」
「但し、学費は事務所が出す事になったわ。出せない事はないけど将来必要になるからって突っぱねられてね。それだけ貴女で儲かったなら学事くらいは出せるだろうって怒られて」
「学費、ですか?」
あの祖父母ならそれくらいは言いそうだ。
母の両親でもあるしね。事務所がどれくらい儲かっているかなんて一目瞭然だろう。
「ただ、貴女の条件に合った学校だと公立は無理でね。どうしても私立になるのよ。幸い、学力面では申し分ないから面接だけでいいって」
「試験しなくても?」
「あくまで芸能科だからね。あまり重要視していないのでしょう」
なるほど? もしかしたらと思って待ち時間の間にあれこれ勉強した事が無意味になった。
それから数日後、前の学校の制服を着たまま面接試験に臨んだ私だったが、
「
面接官から真っ先に聞かれたのは髪色の事だった。芸能活動をしている者なら多少は許してくれるものと思っていたが、面接官は普通科の教員だったらしく厳しい顔をしていた。
「はい、これは地毛です」
「地毛ですか。それは染める事は可能ですか」
「今は無理です。仕事上の不都合があるので」
「そう、ですか」
これは厳しいかな?
芸能科である以上、ある程度は仕方ないと思うのだが面接官は許してくれそうにない。
俗に言う昔気質の生真面目先生だろう。
「で、ですが、ウィッグを付けていく事が許されるのであれば、染めずとも通学は出来ます」
「ウィ?」
「ああ、カツラですね。黒髪の」
「なるほど」
少し雰囲気が和らいだかな?
その後は当たり障りない質問が続き面接を終えた。その面接の事をマネージャーに報告すると頭を抱えられたのは言うまでもない。
「あの爺、まだ居たのね」
「じ、爺?」
「私が元タレントなのは知っているでしょ?」
「ええ、まぁ」
そういえばそうだったね。
売れないタレントのまま転向したのだ。
マネージメント業の方が肌に合ったとかで。
「そこね、私の母校でもあるのよ」
「ああ、それで?」
「まぁいいわ。貴女が通うと大騒ぎになるし」
「それは喜んでいいのでしょうか?」
「それは微妙なところね。田舎ほどの認知度がなければそこまでではないけど、街のあちこちに貴女の看板がある以上は避けられないわね」
そうだよね。そうなるよね。
だって、私ってば何気に売れているもんね。
これも父の遺伝の成せる技なのか、母の遺伝に依るものなのか、それは分からないけれど。
(でも、そうか。咄嗟にウィッグを出したけどプライベートを得ようと思ったら、その作戦が無難かもしれない。私の外見って目立つから)
田舎のように好き勝手出歩けないもんね。
(仕事ではいつも通りプライベートは極力埋もれるくらいのモブで居た方がいいね。下手を打つと母さんと父さんの離婚時のような外道記者共が湧いて出てくるし。嫌いなんだよねアレ)
私はマネージャーが各所への連絡を行っている間に、ネット通販で適当なウィッグを注文する事にした。校内では何が起きるか不明なので数点だけ予備を持っておかないとね。
本当なら事務所のスタイリストさんにお願いした方がいいのだけど、これは私事だしね。
§
それから数日後、事務所に合格通知が届き、制服の採寸後に転入する運びとなった。
その前にマネージャーの家から学校に通う事になり、引っ越しと手続きを区役所で行った。
勿論、黒いウィッグを付けたうえで行った。
そうしないと区役所が大騒ぎになるからね。
「引っ越しが終わったぁ!」
「お疲れさま。と言いたいところだけど」
「けど?」
「このままお仕事です」
「そんなぁ!?」
折角休めると思ったのにお休みは午前だけ。
午後は仕方なく、仕事に出た私であった。
するとマネージャーが移動の最中、
「そうそう。ウィッグはともかく化粧は程々にしておいてね。落とし辛くなると面倒だから」
「えっと、素顔に近いナチュラルメイクは?」
「それくらいならいいわ。あと、これ」
助手席の背後から一つの黒縁眼鏡を手渡してきた。それは瓶底眼鏡と呼ばれる類いの物で視力の良すぎる私には不要と呼べる代物だった。
「眼鏡? これ見えるんです?」
「大丈夫よ。小道具さんから頂いた物だし」
実際にかけてみると見た目に反して物がはっきり見えた。どういう代物なんだろ、これ?
「これを作った小道具さんって天才ですか?」
「天才というより変態ね」
「変態って?」
「ウチの社長だもの」
「ぶっ!? あの人、小道具だったんです?」
「元、ね。小道具もそうだけど経営が性に合っていたとか言っていたわね。私も社長から見いだされたけどね。マネージャーになれって」
「ダメだと裏方に回れと言われるんですね」
「そうね。言われないよう、頑張りなさい」
「はい、分かりました」
ウチの事務所って何気に裏方出身者が多いのでは? 一応、所属している子達は私と数人のモデルの子だけだけど。
そんなこんなで転入初日、
(騒がしいクラスだね。初っ端から担任にセクハラしているし。それを許す担任も相当だよ)
私は廊下に立ったまま、コンパクトを開いて不都合が無いか再チェックした。問題ないね。
担任に呼び出されて教室に入ると嬉しいやら悲しいやらの洗礼を受けた。
(地味って言葉は結構心にくるね)
そうして自己紹介の後、席に向かうと、
(え? なんで居るの?)
幼馴染の彼が何食わぬ顔で座っていた。
一応、一度だけ共演した事はあったけど共演以降は事務所を介して拒否していた。だが学校では拒否出来ないから無視するしかないね。
隣だから挨拶はするけれど。
「よろしく」
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