第5話 ホームルームの時間
校長室のドアを閉めて廊下に出る。解放された私は少しひんやりしながらも心地いい春の陽気に包まれるかのような気分だった。
「さて、教室に戻らないと。ホームルーム始まっちゃう」
そして、来た時よりも弾む足取りで廊下を戻ろうとしているとそこで知っている男子と出くわした。
確か風巻翼の相方の……名前はまだ聞いていなかったな。沈黙していると向こうがさっさと名乗ってきた。
「土御門岩永だ。よろしくな」
「ご丁寧にどうも。私、桜坂園音です」
「ふむ、思ったより礼儀正しいじゃないか」
「くっ……」
いけないいけない。いきなりCランクとか言われて下手に出る癖がついてしまっている。
香澄ちゃんにも敬語はいいと指摘を受けたというのに。
同じ新入生なんだし、舐められないようにしないと。
「私に何か用?」
「いや、別にお前に興味はない」
「あ、そ」
「だが、校長先生には気に入られてるらしいな。それに翼もあんたに興味を持っている」
「え、風巻翼が私に? まさかあ、Cランクに落とした張本人だよ?」
「あいつはいたずらに人を貶めるような真似はしない。多分何か理由があってのことだ」
「何でそんな事が言えるの?」
「俺は翼の相棒だからな。お前にはあいつらをその気にさせる何かがあるようだ。俺もそれを知りたくなった」
「ふーん。で? 私にどうして欲しいわけ?」
「ほう、話が早いな」
え? 早いの? 私は何だか自分がまた地雷を踏んだ気しかしなかった。
なのでここは素早く退散する事にした。
「悪いけど人を待たせてるの。早く香澄ちゃんのところに戻らなくちゃならないのでこれで失礼」
「おい、待てよ」
「あ、園音ちゃんこんなところにいた」
すると間の悪い事にここに香澄ちゃんが何も知らない平和そうな顔をしてやってきた。
「香澄ちゃん、どうしてこんな所に」
「園音ちゃんが遅いから探しに来たんだよ。もうホームルーム始まっちゃうよ。土御門君も魔法は授業の時以外は使っちゃダメって先生に言われてるでしょ」
「ちっ、仕方ないな」
彼は魔法を使うつもりだったのか、言われて上げていた手を下ろした。
彼はどんな魔法が使えるのか。漫画やアニメのように魔法陣が現れたりするのだろうか。私は気になったが香澄ちゃんが素早く手を引っ張ってきた。
「早く行かなきゃ。先生が来ちゃう」
「うん、そうだね」
私は仕方なく彼女とその場を後にする。結局彼は私に何の用事があったのか、今の私には分からず仕舞いであった。
香澄ちゃんと一緒に教室に戻ると担任の先生がほとんど同時に入ってきて普通の学校と同じように席に着くように促してきた。
「何とか間に合ったね」
「ギリギリセーフだった」
安心する香澄ちゃんは可愛い。私は微笑ましく思いながら自分の席に着く。
それぞれに雑談していた生徒たちも自分の席に戻っていく。
教壇に立つ彼がここの教師だろうか。眼鏡を掛けてスーツを着た普通っぽい先生で魔法らしさは感じられない。
彼は自己紹介を始めた。
「初めまして。僕の名前は相楽真人と言います。皆さんの担当になりました。これから一年間よろしくお願いします」
女子から黄色い歓声が上がる。どうやらイケメンのようだ。アイドルとかに興味がない私にはよく分からない。
「はい、質問いいですか?」
早速一人の女子生徒が手を挙げた。彼女は背が高く、すらっとしていて可愛いと言うよりも美人という表現が似合う子だった。
私も落ち着いてきて周囲を観察する余裕が出てきたかもしれない。一番後ろの窓際の席は周囲を観察するには都合のいい席だった。
「どうぞ」
「先生はどんな魔法が使えるんですか?」
「ああ、僕は回復魔法が使えます。あまり派手に見せられる魔法でなくて御免ね」
「そうなんだ。残念」
「その代わり、怪我をしたときは任せて下さい。保健の先生の役を取っては申し訳ないですが、これでも治療の資格も持ってますから」
「わぁ、凄い」
「他に聞きたい事はありますか?」
それからも質問が続いていったが他愛もないものばかりで私の興味を引くものではなかった。
だったら自分で質問しろって? 何も分からないのに何を質問しろというのだ。無知を晒して赤っ恥は掻きたくない。みんなも同じ気持ちだったのかもしれない。
私には分からないがおいおい知っていけばいいと退屈になってきたので窓の外に目を向ける。気が付いた香澄ちゃんが振り返って声を掛けてきた。
「園音ちゃん、何を見てるの?」
「ん? いや、ちょっと校庭の桜をね」
「春だからよく咲いてるよね。ここのは特に綺麗みたい」
「これって春の魔法使いが関係してるのかな?」
「歓迎してるのかもね?」
誰が何を歓迎していると? 気になったが香澄ちゃんの綺麗な目と見つめあっても何も分からない。先生に注意されてしまった。
「桜坂、小池、私語は慎むように。そろそろホームルームを始めないと時間が無くなってしまうな」
まだ質問の手は上がっていたが、先生はそこで話を打ち切るとホームルームの伝達事項を伝え始めた。
その連絡はどこにでもあるようなありふれた話だった。
「さて、連絡は以上だ。皆も知っての通り、この学校は魔法を学ぶための場所だ。しかし、魔法の力は使い方次第では人を傷付ける事もある。だから、くれぐれもその力を悪用しないように。分かったな」
「はい」
「では、これでホームルームは終わりだ。今日は入学式だけなので、このまま解散だ。各自、気を付けて帰るように」
「起立、礼、ありがとうございました」
クラス委員の子の声に合わせて挨拶が終わるとみんなが一斉に帰り支度を始める。
私と香澄ちゃんも荷物をまとめるとすぐに帰ることにした。
「ねえ、園音ちゃん。この後どうするの?」
「特に考えてないけど、寮の部屋を見に行こうと思ってるわ」
「園音ちゃん、寮生になるんだ」
「うん。二人部屋らしいんだけど、不安だなあ」
チラッチラッと様子を伺うが頼りになるたった一人の友達は申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん、あたしも見に行きたいけど実家通いだし昼から用事があるんだ。大丈夫、園音ちゃんだったらきっとどんな子とだって仲良くできるよ」
香澄ちゃんは本当に用事で急いでいたのかそれだけ言い残して足早く帰ってしまった。残された私はポツンと立ち尽くす。
「どんな子とだってか……はあ、どうしよう。これから一人で知らない子と暮らすとか」
ここへ来る前は自信があったが何だか自信が無くなってしまう。私は本当にここでやっていけるのだろうか。
私は途方に暮れて、教室で一人立ち尽くしていた。
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