第3話 教室で知り合った女の子
自分がどうやって歩いてきたのかよく覚えていないが、私は気が付くと入学式の終わった会場を後にして自分の決められた教室の席に座っていた。
最下層を意味するかのような一番後ろの窓際の席だ。
考えようによってはここは主人公の席と言えるかもしれないが、今の私には誰にも干渉されないぼっちの席のようにしか思えなかった。
「ううっ、ううっ……」
まるでオセロの角になった気分だ。私をひっくり返せる者は誰もいまい。
私は机の上で突っ伏しながら泣いていた。まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。周りからヒソヒソ声が聞こえてくる。
「あの子がCランクの……」
「どうしてこの学校に来たのかしら……」
くそっ、この学校は実力主義というがここまで酷い扱いを受けるのか。
私はただ、魔法なんて珍しくて面白そうと思ってきただけなのに。
これじゃあ、ただの魔法の魔の字も知らない能力なしの落ちこぼれではないか。
これが資本主義だったらお金ならあるのに。いっそ握らせて黙らせてしまおうか。
私がそうして涙を流しながらいじけていると前に座っている女子生徒が話しかけてきた。
「ねえ、大丈夫? ハンカチ貸そうか?」
「えっ?」
顔を上げるとそこには可愛い女の子がいて心配そうな顔をしていた。何だこの子は天使だろうか。
綺麗な髪に整った顔立ち、私の事を心底心配しているのが伺える優しい瞳をしている。
私はその優しさに涙が止まらない。
「ううっ、ありがとう……ハンカチ借りるね。ずびしいっ!」
「うわっ、泣かないで。よしよし」
そうして彼女は優しく私の頭を撫でてくれたのだった。
ああ、何て暖かいんだろう。まるでお花畑にいるようだ。きっと春の魔法使いなんて人がいるのならこういう子に違いない。
私はその名前をどこで聞いたんだっけと考えて思い出す。確かあの風巻翼が私の事をそう呼んでいたのだった。
「ううっ、ぐすん……ごめんなさい。もう平気です」
「もう泣き止んだ? よかった」
「あの、あなたの名前は……」
「あたし? あたしは小池香澄よ」
「小池香澄さんですか……まるで春のせせらぎを思わせるような良い名前ですね」
「ありがとう。桜坂園音さんも素敵なお名前だと思うよ」
「そんな……ありがとうございます」
私は照れくさくて思わずうつむいてしまった。彼女は可笑しそうに笑っていた。そんな姿も絵になるようだった。
「もう何で敬語なの。これから同じクラスなんだからよろしくね」
「うん、そうだね。よろしくね」
そうして私たちは微笑みあったのだった。
私は魔法をよく知りもしないのにこの学校に来て不安だったが彼女とならやっていけそうだと思った。
少し考えて気になった事を訊いてみる。
「ねえ、香澄ちゃんは春の魔法使いって知ってる?」
するとそれを聞いた香澄ちゃんはふと真面目な顔になって声を潜めて逆に訊いてきた。
なんだなんだ、内緒にするような話なんだろうか。私も付き合って顔を寄せる。
「園音ちゃんは日本には四季があるって知ってる?」
「それは知ってるけど。春夏秋冬って毎年あるやつだよね?」
「そう。そして、四季は日本にしかないの」
「え? そうなの?」
私は他の国にもありそうと思ったのだが、香澄ちゃんが真剣な顔をしていたので茶々を入れる事はしなかった。
「魔法はこの国に来て大きく変わろうとしているの。そして、それにはおそらく四季が関わってるわ。春の魔法使いはその入り口に立つ者だと言われているのよ」
「それって凄い人なのかな?」
「それは凄いよ。だって四季に通じればやがては森羅万象に辿り着くと言われているぐらいなんだから」
「森羅万象かあ」
言葉は凄そうだが、何だか私にはよく分からない話だ。でも、風巻翼の話では私は何だかそれに関わっているらしい。
でも、私をCランクに落としたあいつに訊くなんて癪だから今は香澄ちゃんと話をしよう。
彼女は明るく話に付き合ってくれた。
「春の魔法使いになるにはどうすればいいのかな?」
「うーん、あたしもよく知らないんだけど、四季をよく知っている必要があるんじゃないかな?」
「四季を?」
「例えば今は春だから桜を見て綺麗だなって思うよね」
「うん、そうだね」
「それだけかな?」
「うーん、他には……あっ、もしかして花とかも関係してたりするの?」
「多分ね」
「へえ、知らなかった。花はあまり興味が無くて」
「あたしは好きだけどね。花言葉とかもよく調べてあるんだ」
「そっかあ。香澄ちゃんは博識で偉いなあ」
「そんなことないよ。好きで調べただけだし。ねえ、園音ちゃんはどうしてこの学校に来たの?」
「うっ、それは……」
言われると弱い質問だ。ここで何となく面白そうだからと答えるとがっかりさせれそうな気がする。
何かがっかりされない答えを返したかったが、考える時間はなかった。
「魔法に興味があったの?」
「……まあね、香澄ちゃんは?」
「あたしはね。魔法があったらもっとお花さん達の気持ちを深く知れるかもしれないと思ったの。うふふ」
何だこの子、本物の天使か? その微笑みは私にはとても眩しく思えたのだった。
「香澄ちゃんなら春の魔法使いになれるかもしれないね」
「フフ、ありがとう。ゆくゆくは森羅万象にまで近づけるようにお互いに頑張ろうね」
「うん」
私にはまだよく分からないことばかりだったけど、この学校で頑張れるかもしれないと思い始めたのだった。
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