第16話 意志

 その翌日、大介は発見された。

 ──遺体として。


 僕はそれを朝のニュースで知った。

 大介が見つかったのは彼の家から少し離れた林の中。近所の人が偶然見つけたらしい。彼の体には数え切れない暴行の後があり、その後に放置されたことが死因になったようだった。犯人は見つかっていないが、どうやら複数の人物に暴行を加えられたらしい。

 死に至る程の暴行、それはどれ程のものなのだろう。急な吐き気に襲われ、自宅のトイレで朝食の中身をぶち撒けた。


 さすがに今日はは学校を休もうと思った。しかし、まだ現実感はない。学校へ行けば、そこには大介がいるのではないか。昨日は風邪ひいちゃってさ、なんていつもの気軽な調子で声をかけてくるのではないか。

 それを希望に、それを信じて、僕はよろけそうになる両足を引きずって学校へと向かう。


 教室に入る。いつもよりも家を出るのが遅くなったこともあり、そこにはクラスメイトの姿があった。どの生徒も、暗い表情を浮かべている。ひそひそと、何かを話しているのが耳に入る。大介は、まだ来ていないようだった。茫然自失のまま、自席へと座る。

 予鈴が鳴る。まだ、大介は登校してきていない。ぽつんと、彼の席だけが空いているのが無性に物悲しがった。そして、彼が不在のままホームルームが始まった。

 そして、担任から告げられたのは大介の死。再び突きつけられる、残酷な現実。吐きそうになるのを、手の平で口を抑えて何とか堪える。全身から冷や汗がどっと滲んでシャツを濡らす。犯人がまだ見つかっていないことから、帰りは集団下校を行うことが告げられた。


 昼休み。

 昨日から続く、二度目の一人での食事。何の味もしない。ただ、栄養を摂取するためだけの行為。


「ここ、いいかしら?」


 ぼんやりと声の主へと視線を向けると、そこには藤堂さんがいた。呆けた頭では彼女に対する恐怖感を感じることも無く、僕は返事を返すこともなく、何も考えずに彼女へ虚ろな視線を向ける。

 それを肯定と取ったのか、彼女は微笑みを浮かべると本来なら大介が座っていた筈の椅子を僕の方へとくるりと回して座り、僕の机の対面で弁当箱を開いた。当たり前のように大介の席を使うことに一瞬反発を覚えるが、虚ろな思考ではそれも直ぐに霧散してしまう。


「彼、誰にやられたのかしらね」


 卵焼きに箸をつけながら、他愛ない話のように彼女は言った。彼、その言葉が指すのは一人しかいない。そして、このタイミングでの僕への接触。頭の中を覆っていた靄がクリアになっていく。


「⋯⋯何か、知っているのか」


 自分で思っていたよりもずっと低い声が出た。思考がクリアになったことで、大介を死に至らしめた犯人への怒りと憎悪が心の奥から滲み出してくる。


「さぁ? どうでしょうね?」


「お前っ⋯⋯!!」


 はぐらかすような言葉を発する彼女は目を細め、まるで何かを愉しむかのように口端を歪めていた。それが無性に苛立たしく、机を思い切り叩いてその場に立ち上がる。

 昼休みでざわついていた教室内がしんと静まり返り、全員の視線が僕に向けられていた。それにバツの悪さを覚えて、小さく舌打ちをしてから座り直した。怒声に近い声を上げたというのに、藤堂さんは一切動じることなく僕に試すような視線を向けながら呑気に食事を続けている。それにもまた苛立ちを覚えるが、二の舞にならないように必死に押し殺す。


「何か知っているなら教えてくれ」


 その言葉に、藤堂さんは笑みを深める。それは何処か嗜虐心を含んだ猛禽類を想起させるような視線。


「犯人は、所謂いわゆる半グレ集団でしょうね。佐藤くんは目を付けられ、帰宅途中に攫われて、遊び半分に暴行を受けて⋯⋯そして、死に至った」


 何故、そのような情報を彼女が持っているのかは分からない。ニュースではそこまで言っていなかった筈だ。犯人の目星は付いておらず、捜査中ということだったはずだ。

 しかし、と考える。理由は知れずとも、彼女は確信を持って話している。裏付けがなくとも、それは真実なのだという確信が僕の中にはあった。それは今までに二度、有り得ない経験をしたからだろうか。


「ねぇ、犬飼くん」


 その言葉に、僕の体はびくりと跳ねて硬直する。最早、条件反射と言っていい。生唾を飲み込み、彼女の次の言葉を待った。


「明日の放課後、私の家に来て。今の貴方に必要なものを準備するわ」


 いつの間に、食べ終わっていたのだろうか。藤堂さんは弁当箱をつつみ終えると共に、再び嗜虐心を含んだ笑みを浮かべた。

 そして、僕の返事を待つことなく、椅子を元に戻して颯爽と自身の席へと戻っていった。柑橘系の爽やかな香りが、僕の鼻腔を擽る。まだお昼は半分程度しか食べていなかったが、食欲は既に失われており、僕は溜め息と共にそそくさと片付ける。

 不意に大介の笑顔が浮かんで、強い吐き気に襲われ、トイレに走ると朝食に続いて昼食も全てぶち撒けてしまった。


 教室へ戻ると、いつも通り藤堂さんは自席で読書に勤しんでいる。僕の存在に気づくと、その視線だけを僕に向ける。しかし、不思議と、今まで感じていた恐怖心は感じなかった。気付けば、痛みを感じるほどに拳を強く握っていた。

 彼女の言葉が意味するところ、それは今までのことを思い返せば、そして先程の話の流れを考えれば、予想は付く。


 今までは強制的に、強引に、逆らうことが出来ずに彼女に付き従っていた。しかし、今の僕には明確な意思があった。その意思を持って彼女を見つめ返す。


 彼女はこちらに顔を向け、にっこりと邪気のない笑顔を浮かべた。

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